tori kudo

Back to the list

◎2016.3

削りも高台も素焼もなしでシリコンカーバイドの釉薬を手に付けて轆轤を轢いて乾かしたたものをそのまま明後日に間に合わせるために焼いている

アメリカはみな借り物なので近親憎悪的に恥ずかしい。アメリカで唯一成功する表現は不良であることだけだ。

鳥が飛んでるかあってよく飛べるなあしかし

濁った耳鳴りを春の遮断機

耳鳴りをコンビニに停めてシート倒し春

耳の裏リンパの春のうららかを流し

時給1000円の声

あと6円しかない死にたい

下弦の疲れた月が焼かれる前の芋の断面のように白い

「」いいリトルネロ

 

いつの間にか月も消えて

雪の日に木炭を挽くと椿が首を縊る

コーラとか飲んじゃって春の気違い

墓川が幸せでありますように

オリーブを鉢から植え替えたら

三椏の花が怖い感じに三方を睨んでいる

地面の星のようだとツェラン言い

まだ人生は始まってもいない

ワンカップ日本盛買ったらあと2円しかない本気で死のうと思う

八寸くらいの深い軽い皿で何でもワンプレートで済むようなのを作って食器洗いも面倒な怠惰な若者に売ろうと思う。削りも素焼きもしない。手に釉薬を付けて挽く。なるべく低い温度で酸化がいい。食事に使わないときは道に座って物乞いするとき便利だ。収容所ではそれで顔も洗える。

お墓に座ってたら足が痺れてきた

夜汽車の音が聴こえたからもういい

タンゲ君はわたしのねこだよね?

Etes-vous mon chat ?

Ps 39:13 Look away from me, that I may brighten up Before I go away and I am not.

わたしから目をそらしてください。 わたしが去って,いなくなる前に,わたしの気持ちが晴れやかになるために

粘土を切って丸めて斜め八寸に拡げるわけだけれど、玉にして手に取るとき何グラムかの重さの違いがいちいち分かるようになる。

いつも燃料切れランプが点灯したまま走っている気がする

手術してにゃんつーの青春は終わった

正味一日だった

それから僕らはR1を観た

青春が一日だったら海の砂に背中を擦り付け悶える

金を0円持っていたので酒を買おうと思ってコンビニに行った。ATMに戯れに銀行カードを入れてみたが、もちろん一銭も出てくるわけはなかった。ただコンビニに出入りすることで小銭を持っていた頃の雰囲気を味わうことができて良かった。

家に帰って、料理酒でもないかと台所を探したが、梅酒一滴さえなかった。アル中ではないので、別に堪えなかった。

小銭があった頃は、それでも希望があった。

ひときわ大きなカーテンコールのように耳鳴り

たましいという言葉は皆の思っているのとは反対に、そのように見られているという外側でしかない。たましいが服だなんて、きみは知らなかっただろう。

雨降り続き旗を仕舞う店員

同じ場所を訪れる定点観測の手法は坪内晃幸の路上の40のシリーズや、もしもしの展示場会に共通するが、この時のPTSDのフラッシュバックはそうしたアートを津波で覆ったのではなかったか

キュレーションとアートを逆転させるマヌーヴァーは3.11の風化に付随して起こったアート器械の延命である。官主導の復興のような藻抜け。逆らえばスラップ訴訟に遭う。ゾフィーの死の3ヶ月後のノヴァーリスみたいな日常への風化。

言語と工作員に対する苛立ちで空いちめんが真っ白

 

3.11

@matsuyama dogoya

“人工地震”

人工地震を起こします

 

デュマ原作 浪曲 椿太夫

下を向いて歩こう、後ろを向いて生きていこう

春先に咲く青い星形の花というゑでぃの歌があるけどそれが駐車場にも咲いていて、ゑでぃってそういうの上手いなと思う。

バイオリンベースにバラライカ?関係ないけど靴にピックアップを仕込むと面白いよ

記念写真は撮られない。地下活動に備えるためだ。

曇り空にバトラーの叡知

咲いてしまった櫻の荒地

朝急ぐボックス車らの追い抜き

峠を越えれば平野に依存する町々展け

隊員ら迷彩服で朝の自転車漕ぎをり

ミモザの黄のなほ高き

猫を呼ぶ声は流れて梅終わり

一件落着と思いきやさらなる恐怖に襲われるシーンでカット

椿にフォーカスする

いくつかの狭間に

賑わいを離れ

椿に定冠する

貧しい人は常に居ますが

わたしは常にはいないからです

目の前の猫を救ってアフリカの子供を支援しないのか、といった言いがかりは論破出来る。顔が見えるものは愛情において優先されるのだ。貧富の差に塗り分けられた顔の見えない階級を抽象したことじたいが誤りだったのではないだろうか?

情けない鰈の目玉か県庁所在地として岐阜と大津は

靴を忘れた役者には

remedy or disciplineへ

病院から製剤薬局への距離を

下から上に 上るまで

すべてのものを 満ち満ちたさまにするために

も早追い付けないほど加速して

終わりの戸を開ける黒いサマーセーター

裁きの後、時代劇の飲み屋の銚子が走馬灯

掌上に光を宿した子供が自分から死ぬことを申し出る

排泄物が体の一部分なら、私は金魚のフンでいい

窓明かりの下のストーカーが呟く

厳めしい御奉行様

サンダルで来てしまった式典

踏み行かせる道は

喉から下る気管のよう

 

波と自分とのドップラー効果は音にも光にも適用される。波に近づけば青く高く、遠ざかれば赤く低く。朝焼けより夕焼けの方が赤いのは遠ざかっているから。音に近づく。青。遠ざかる。赤。

京都マヘル舞踏公演「見舞Ⅱ」演奏者は舞台中央に座ってギターを弾いている。参加者は演奏者に近づくとき青のランプを点けルート音を上げていく。遠ざかるとき赤のランプに切り替えルート音を下げていく。

演奏者が動くと全てが相対的になる。逃げているのに近づかれている。近づこうとしているのに遠ざかっている。

神の場合は、一歩でも近づこうとすると向こうから百歩近づいて来てくれる、とイエスの弟のヤコブが書いている。

吉濱君が新しく借りた家で、スペースの名前はまだついてない。大家さんがなんかイベントをやれと言ったから1日と2日にやるらしい。僕は2日の夜着く。

場所がまだ分からないので告知出来ない。分かったらブログとFBに載せる。あと、なんで自分が呼ばれたのかはよくわからない。吉濱君が11月の余波に青く近づいているということもあるのかもしれない。あと、マヘルで呼ばれたわけではない。ただ、何をしてもいいのはたしかだ。吉濱君だからね。

バラカンの日本語修行阿羅漢振り。ジョージマーティン大往生とか言ってる。

雨曇り枇杷の若葉と鳩の尻

先の焦げた土筆の群れはコンクリートの継目に列成してをり

丸太積み前行く10tトラックの年輪たちの尻のぐるぐる

雨は靄となって街に下(お)り下(くだ)り

若い頃は親が死ぬとか思ってなくて、死がどうしたとかえらそうに唄ってたが、死というものをなんにもわかってなかった。若い頃に死ぬ連中もきっと分かってなくて分かってないまま死んだだけだ。

東の人はプライドを棄てて死と向き合うべきだ。そのほうがいい。わけもわからず死ぬよりはいい。死んでほしいわけじゃない。そういうことを言ってるんじゃない。ちゃんと生きてほしいだけだ。上澄みの層で生きてほしくないだけだ。

工作員探しも厭きてきた。国単位ではなくもっと大事なことがあるはずだ。

どうも土地所有がガンだ。自分の中の領土問題をまず解決しなければヘイトもカウンターも他人事だ。

繋げることだけが知恵の道だ。検索の知識は役に立たない。

表現はほんとうの問題ではない。器など、漏れなければいい。音楽は、インスピレーションソースが提示出来ればいい。それがこんど出すガラ刑の主旨だ。

大事なのは怖れと愛のみである。

土筆と杉菜は陰陽の最たるもののように思われるが胞子茎である土筆が陽の当たらない路地のコンクリの割れ目に焦げて密集していたりすると、陽を介在しない陽の病が革まるような一種不健康な戸惑いを覚える。

陰陽に閉じて夜半の革マル

朝時間が空いたのでもしもしにもらったポータプルプレイヤーでマクラウドのシングルをかける。蝶の唄、イワシの唄、ポテトの唄、テーブルの上の猫と鼠とゴキブリと蟻の唄。

春分けて腑分けの白肪

天に行く人は重ね着をしている

誰かが藤の殻をテーブルに挿して帰った

北島町図書館に行ったはいいが髪を切れともらっていた金をガソリン代に使ってしまって絶望の淵

CD注文してくれるのは有りがたいんだけど郵送費がないんだ

障害者夜明けのコン

ピニ袋下げ執拗な手

の動きの反復

 

今年の春分は満月に

近く人間という種の

ために死ぬ

 

スコットロスのリズムのマジックとは手癖ではなく楽器=器械に身体を合わせるということだ。それは全ての手の仕事に言えることだ。例えば手ではなく土に合わせる、とか。

LAWSONのトイレの消音押ししかば溺死のごとき声の混ざれり

触ってないのに自分で鳴り出した琴のように、土は自ら形を成したように、見えない手で。

フランドルの原発テロでルネサンスが終わりこの星は中世に戻る。

きらめきではなくあきらめが主題となるだろう。

ブリュッセル三句

荒れ野には山独活ヤマウドの花腐乱doll

ベルギーはビールの中にも苦艾ニガヨモギ

チェンバーもまた窓失くしはいろかな

荒れ野には山独活ヤマウドの花腐乱doll ルネッサンスは漸く終わり

量子論的に未来が定められた失敗陶芸展は4月16日から音凪で絶賛開催し終わりました。

表現活動しているように見えてもそれは実は政治力による社交でしかない

かまぼこ板叩いてるみたいなショパンの時代のピアノ

骨骨と兀兀と叩く

その男の背中は

脳死の牛

自分のものだと思っていた

四拍子にミレ/ドとか最悪

メイヨならどうしたかな

花の回りを飛んだかな

ファ#ミドミド

ファ#ソラ

花の回りを飛んだかな

メイヨは必死だったんだ

今も必死だけど

本番直前までフレーズの練習してた

酒は飲んでたけどね

再現オファーとかやだったろうね

自分を取り戻す振り

花の回りに墜ちたかな

おまえだれ

DDDAD

かわいそうなやつ

BFFFEBED

(ほらミレが出てきた

これでドで終われるわけさ)

C

マックの店長で朝の5時から夜中の1時まで働く女が居た。

Hello NewYorkはMOREに卸しました。2800円外税にしろと言われてそうしましたが自分には買えない値段です。参加者にはライブのとき持っていきます。今個別に送るほど郵送費がないのです。

らじるは予約されてをらず宝生流がながれてをりぬ

宝生は畑にながれて朝靄の烏がとりの鳴き真似をす

Equivalentという高知のギャラリーに今日は行ってきます

高知の なえさん は ルノーの むかしのにのっていて いなかのアリスだった。料理をするというので別府のそのちゃんを思い出した

あきこさんの個展はゴミに出ていた古い紙時代のファイルを切ってコラージュするというもので、汚さと記憶をひきずった素材が()よかった。ワークショップはオノマトペを記号化して切り取り再配置するというもので、マリーシェーファーのサウンドスケープと似ていた。

抽象化のためのフィルターを設けるというのが創作の鍵だ。

彼女は「アニキに訊け」とかいうブログもやってるので興味あれば見てください。

街もラフなコラージュで陽射しが強く桜もすでに咲いて女がみなはちきん

団栗というかニット帽あの日から減ってゆく特別な下弦

特別な下弦に衰弱してゆく

満月に死んで日が経つ下弦かな

痩せる月行き止まる露地引き返し

ようやく抜け出て柿畑を過ぎ

復活に痩せる月太る柿の芽

こんどモアから出るのは「アイアイゴムテイラ」「ほおづきおとこ」「溝之辺騒動」のカップリングです

メディアはまだ決まっていません。ソノシートはチェコが安いといいます。

俺の上層にはいつも赤い月

音色なんてどうでもいいと思っていた。いまもそう思っている。

貧困層の音色

人生はアーカイブして終わるのではない。こちらの都合など関係ないのだ。

楽園の先取りは許されない。一片の希望も持っていてはならない。それらはすべてまやかしだからだ

パンクは希望を持たない。持てないのではなく、持たないのだ。