夕食ライナー
ジャズと夕食の関係は、野村朱鱗洞と萩原井泉水の関係に似ている。 「夕食細胞は必ずあります。」 二〇〇〇年代になって、箱庭療法が効かなくなった、人に”核”のようなものがなくなったからだ、と最相葉月の「セラピスト」にある。夕食とは「ミッシング夕食」だったのかもしれない。 世界の終わりに、それぞれの態度が固まってきた気がする。例えば夕食の、「どうしてなんてないし」。 岐阜の旧市街とロックの関係は、半グレとヤクザの抗争に似ている。