tori kudo

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浜風文庫2020.10

10.1

知床

中洲を避けて下りてくる光に暫し包まれ
てはいたが
それは胃の外側を流れていった

乳搾り上手いですか
どうかな
朝は三時半起きで
零下二十度でした

国後が見えます、と約束のように付け足した

10.2

更地

病院から直接介護施設に送られ、家は処分されるので
大抵自分の家がもう存在せず、更地になっていることを知らない
センチメンタル・ヴァリューを伴う所有物が何の意味も持たない、というのはそういうことである
認知が入るともはや人間とは見做されず、感傷は更地にされるのである
アロマそのものは開かれているが調合の比率に独占が、つまり見えるものではなくバランスそのものに所有権が宣言されている
陰陽ではなく空想と現実のバランスに関するブレンドが介護施設で調合され、帰る帰ると言い続けるちぐはぐが祈りのように焚かれているのだ

10.5

暗白色の明るい黒

黒い屏風 黒い屏風が 窓の代わりに立っている
暗灰色の中で溶けていく
前を向いて話さないからだ
暗黄色の机に黒いディスプレイが立てられて 消える
机の広さとの比率がホックニーだ
遠く 脱穀の重層低音が
立てられている
学習や金メダルといった黄色が
ささいな秋に消える
隙間の明るさが秋だ
首回りの
阿弥陀籤を横向きにしたHの連なりが窓だ
椅子からずり落ちる
鳥の声が滑り落ちる
行き先を知らないまま行く
設計・設立された都市というシニフィエが
定住を止(トド)めてきた
レンブラントはプラスターの街も暗茶色に塗った
彼には猫も獣であった
あ、頭が痛い
陽性かも

10.6

にたい夜は寝たほうが良いと知っているのでなるべくそうーっと帰ってきたが
青物の月は俄然黝(クロズ)んで車を狙い澄ましていた
この透明はミャンマーの溝(ドブ)の上澄みだ
夜汽車が過ぎるとiPhoneはナイトモードになって
ひどい隔たりを連れた定冠詞が欲望を食べる
僕は夕方もうビールを飲んだ
利用されなかった部屋が終の住処と呼ばれ
血管を汚す外の黒が心臓を 圧迫する
チョコレートは男性名詞だ
夢とは反歌として家々が食べられること
眠りとは死を待つ夢を食べること

10.7

最後のコモンの稲光

差別的表現が取り沙汰されて久しい▶︎人を物のように見るのは良くないと声を上げる人が増えたお陰で世の中の雰囲気が随分変わってきたように思う▶︎差別的表現は感覚器官に対する暴力であるが▶︎暴力を暴力と感じることができない状態に置かれていることのほうが暴力的である▶︎では暴力防止のために近年アメリカの警察で導入されている「活発な傍観者」としての同僚の介入を促進させる教育プログラムは▶︎自分が暴力を暴力と感じることができない状態に置かれていることをも同僚に気付かせることができるかどうか▶︎ナチ時代の良心的傍観者の▶︎ユダヤ人を匿うという実践の実話から発想されたこの教育プログラムは▶︎暴力を暴力と感じることのできるレベルを対象とするリベラルの感性を超えることはできないとしても▶︎既に備わっている良心に訴えかける最善の試みであり▶︎最後の隙間を縫って善を行き渡らせるための最後のコモンの稲光である▶︎これによって差別は少し緩和されるだろう▶︎しかしそれでも差別の涙は残り▶︎それから▶︎そのまま終わりが来るのである

10.8

渋谷!果報者としての池袋の裏返り

わたしにはアビチャッポンみたいな名前の付いた台風が来ていて首が痛い
失うものは前もって失くしていたが
内から出ていく吐き気はそれとは別問題だ
それは引き続き腹の中で量産されてゆく
失うと言うより増えていく
その点ではわたしはかなりの財産家だ
負の財産家だ
吐き気は借金のようで
数が多いと安心する
あゝ本当に金持ちになった気分だ
裏返って借金を吐き出す袋たちがその額を競っている
それが渋谷の水位だ
スマホもない頃座っていたあの階段
の水位

10.9

破られる契約の中で話語は

生き返った彼というシニフィエは存在しなかったが
声の調子とかパンの割き方で死ぬ前の彼と結びついた
彼というシニフィアンは差異として眺められてはいたが
システムが時間のことを考慮に入れてなかったので元初のシニフィエ、根源的パロールが現れて目の前で魚を食べてしまったのだ

10.12

破られる契約の中で話語は II

目の前には元初のパロールが現れて魚を食べているのだった
時間は常に洞門化している
彼というシニフィアンは彼の死後の生の現前によって究極のシニフィエを想定せざるを得なくなる
彼は建国宣言に署名したわけではなく
聴覚イメージとしてのシニフィアンが共有されていたわけでもない
証明は国民の生の肉の心に書かれると約束されていた
国民が国民に約束するという民主主義の矛盾はそこから始まっている
アーレントやパティ・などがそこを分からなかったのは何故だろうか。
行ったことがない場所でも信頼できる地図やナビがあれば安心です
死んだ彼にナビしてもらうのは不安でした
徹底的な変化です
重ね着ではありません
ナビに呼びかける人の近くにいるナビのおねいさん
ライちゃんは最近帰って来るとおねいさんの匂いがする
法の暴力性を批判することは不可能である
死刑囚に対して権利を移譲されているのだ
永山だな
右手人差し指出して
名とは常に死者の名である
名は署名されたとき初めから死後の生を生きる
民主主義においては主権在民にはならない
デリダは婚姻の不可能性に関しても阿らず突き詰めるべきだった
迷っていたら時間が経っていきます
時間は戻らない
知恵を働かせて自分で決定したい
罪人と看做すかもしれない

10.13

今日も火星が大きい

足りないものは何もない
あるとしたら未来だ
未来に足りなくなることを見越して
今埋葬を準備しているのだ
Hey 僕は眠くないよ
でもいつか眠くなるだろう
眠くなるまで眠っていよう
眠くなった時起きてないといけないから
準備とは友のための準備だ
僕のためではない
僕は眠くないのに寝て
眠いのに起きているだけだ
僕は生まれた時に死に
死んだ思い出を生きているのだ
死は眠りに似ているが
眠りは生に似ている

10.14

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

宝塚の阪急のユーハイムのブースで土産を選んだ
親が死にそうなけろひちゃん、母、親のいないかかはさん、猫を頼んださなえさん、猫を殺されたせおなさん、親が死んだふもはさん
それから宝塚ホテルが改装されたというのでレストランの階に行ってみたが満杯で宿泊客でさえ予約できない状態でして
とみっしつの入り口でギャルソンが言うので帰ることにする
ケーキがキャットタワーみたいに立体駐車したアフタヌーンの
紅茶の急須が見える
標野という和菓子が綺麗で写真を撮る
(標野はopen fieldと訳すべき事)
額田王の体温は三六・四度です
と三脚の機械が標示する

10.15

we live in a twilight world

終わりは非常に近いので映画はそれを手繰り寄せようとしている
手繰り寄せようとしてネックになるのは人類愛でも家族愛でもなく
その場限りの
魚であった
ἀγαπᾷς με
are you loving me?
ἀγαπᾷς με
are you loving me?
φιλεῖς με
are you having affection for me?
いいんだよ別に
麻痺した湖水が言う
弾丸みたいだ
ルアーは飛んでいく
いりこ出汁のように
かなりの譲歩だけど
丸亀に出る亀はドルチェ&ガッバーナを付けている
真のサイケとは
親は何人いるんだってはなしだよね
今日は無理っぽいかもね
ブラジルすごいね
大大大失敗だ
気を付けないとね
手繰り寄せる網の手触り
着衣で飛び込む春の水の熱さ

 

10.16

秋に欠落して

背景ゆえに削除され
真面目さから排除され
晩餐の予約から削除され
芳名録から削除され
骨洗う共同体から削除され
削除され 削除されて
枯死した木に
蔦は絡まり
背高泡立草は茶にされ
秋から欠落した

10.19

(刈り込まれた樹木は)

刈り込まれた樹木は
主人の無い奴隷
復活は
刈り込まれた辛抱
あとは眠り

語学

山吹

 

10.20

西東京

雨の新青梅
赤の信号の目
街道kd東京tk
薙ぎ倒される二三区の子音たちが
公園で阿弥陀に組み立てられている
上り下りする者たちの
ここは約束の地ではない という声が
イヤホンしてない方の耳にドップラーで混ざるが
脇目も振らず走り抜ける
青梅と新青梅はどちらが荒んでいるか競い合いながら交差して入れ替わるが
死んだ西東京のために
雨の日に自転車で飛ばすのは新青梅でなければならなくなった

 

赤い公園 西東京
https://www.uta-net.com/song/204846/

 

10.21

心配

投げられない
委ねられない
転がせない
手をつないで歩いているわけではない
右手を差し伸べられて
引き上げられるだけだ

 

 

10.22

フジオ(一九四九〜二〇一三)

マイナーに酔っ払ったフジオが観に来て、僕に、ションベンみたいな演奏だな!と言うので、確かにノイズのオルガンはションベンに似ているかも、とは思ったが、うるせえウンコ野郎、と言い返せば良かったのだと今日思い付いて、ほら、ションベンにウンコと返せば気が利いてるじゃん、タイムマシンがあったら、一九七八のマイナーに戻って、言い返したいな、フジオは反浜岡原発の時非常に知的な喋り方が出来る人間だと知ったけど、それとこれとは別だからな、即興舐めんなウンコ野郎、いつか言ってやりたいな

 

10.23

脳内アルヘンチーナ認知頌

名前を覚えないことで距離を置いていた
青い床
光の縁取り
裁縫の仕方を男子が教えている
なかなか身体が折れ曲がらない
宝塚っぽい暗い虹色のセーターを着て
一瞬気を失っていた
アカシア材.comから
ずぶ濡れて猫
刺し通される筈の言葉がなぜ
スペインの黄色と青のプリンタリーに
数字を右手と額に、
行為と思考に刺青する
数字と数字の距離を空けただけで
野獣は離れていくか

朱鱗洞が死ぬ一                        九       一      八年に   二      c歳のロルカは処女作「風景と印象」を出版するが黙殺される。スペイン風邪が明けた一   九   二  〇年二       二歳の時にアルヘンチーナを据えた「蝶の呪い」で処女公演を果たす。そ の    二    年 間 に 何 が あ っ た か。桜井大造はそこに満を辞したコロナ明けの演劇、という視点を持ち込むが、本当にそうなのか。

座席の距離を詰めても空けても忘れ去られるだけなのだから
シニフィアン連鎖の間隔を空けることでこちらから忘れてやる
名前を覚えられないのではない
覚えないことで距離を置いていたのだと気付いた
野獣アルヘンチーナは脳内を舞う
他の名前は
覚えない

10.26

羊羹を切らずに食べる男

石のパンを
疑念を抱きながら剥かずに
養老のコースターの
レイヴンズクロフトの紋章
一二軍団を渓谷に呼ばない代わりに
杭から下りてこいと動画で叫ばせる
FBの動画はみな誰かにやらせる復讐譚だ
一二階から飛び降りてヒョウタンツギ
誰が助けるか見てみよう
日の丸パリサイチェーンが天カスのシーニュで自尊心を満たそうとする
財布すぐにゲットできる
企業が王にしようとして押し寄せ
矢張り何とかIKEAのソファーベッドにしようとか
都合の良い時神戸に行くと見抜いた
毎回名神を使った
忍者の草とは耐えることではなく各々の背高への反応の仕方を意味する
内臓は立っている
立ったまま眠ってなんかいない
顔だけが二次元である
キャンパス上の(突起の)陰影のみが立体である
(油絵は斜め横から照らしてナンボだ)
山止たつひこから四〇年コマのまわりに矢の時間が立っている
ジャンプを縦に貫くマンガの線
家を持たなくて良かった
猫は
口から肛門に流れる線が膨らんでいるだけだ
その基はうわついた魚の線
宇和島の聴覚イメージは常に逆さになった伊達の黒である
背高泡立草の列がもはやウェーブを送っている
優雅な悩みなどない
近藤等則のIMAは今できることを考え続けることによって得られた線の処世の術であり
今できないことを考え続けることを(マイルスのように) やめてしまっている
(からだめだ)
今敢えて絵を描くということの意味を問うてきてください
絵を描くことは問われるが映画を作ることは問われない
では絵で映画を描けばいい
ということなのではないか
ドエグ的情況とは
文谷はパースペクティブを アニメの線で覆い、ドイグは写真を映画で覆った
(ということか)

 

 

10.27

International

ジジェクの「パンデミック」はその冒頭から間違っている
マグダレーネに言った「我に触れるな」(J20:17)は風船のように空中に昇っていったりはしないから大丈夫だよ、という意味である
ジジェクはここを、相手に触れることの出来ない感染拡大状況に適用する
そしてヘーゲルの若書きを引用し、触れられないなら見つめ合え、とアジテートするのだ
そのあとジジェクは

ここで大木さんから電話が入る
今自分はネオ・シチュアシオニストで、映像は繋ぎ目が大事なのに大手メディアはその微細を分かってない、原発事故やコロナよりSNSの方が問題だと言う。
僕は映像を 観るとは善悪に晒されるということだ、と説明する。
その後

胃が痛くなりそうな気がする

10.28

胃が痛くなりそうな気がする

白髪はほとんど光
死んだ男との繋ぎ目が黒を潜って顔になる
親達は叫ぶ赤子に戻り
流線は収斂する
シナイの地下水は豊富でなければならない
戦況について
身近な国の国境を越える色がまだ名付けられていない
いよっ大統領
着ることは中身を外に出すこと
パンジー刑事
反故にする
衣服を着せて体の欠点を隠す
頁のカモメ
柿色のコンパネに光が当たり
身分証明に完璧な接着剤
簡単な部屋の
名付けられていない二色が
全てを決定していく

10.29

簡単な部屋の名付けられていない二色が全てを決定していく

取りまとめてカラカラと
何の見切り発車か
デスティネーションはとうに過ぎて
スクワットを笑って三十回
時間を売って
デスティネーションに戻ろうと
留守電のようにカラカラと
空のリールのように操業する
針の長短
徒刑まで何マイル
ついにこの容れ物には入らなかった精神

 

10.30

ついにこの容れ物には入らなかった精神

は骨壺に入っている
コツウォルズに一緒に行ったとか
ほんなこつね
いつかトラムには乗っていた
居た居た居た居た
居たと署名したらその時点の生を再生し続ける
独立宣言や日本国憲法と同じように
全ての書類には神がサインすることが想定されなければその有効性はlaunchされない
骨壺の中に入っているのはマナのレシピと骨訴訟証
山本土壺という篠崎順子にドツボ!!と発語される同輩がいた
晩年は俳句に凝っていた
骨壺に入れる一つの言葉は他の全ての言葉との違いを指し示すだけだが
コロナのように際限のない土壺移り