浜風文庫2021.3
3.1
大きなパブ
祈りだけが現在である
呼吸は方便に過ぎない
口寄せのビルは更地にされ
ピンクの石板に引っ掻き傷が見える
大きなパブの中で
常に追われていないふりをしている
3.2
(その瞬間から)
その瞬間から解体に向かう雲
その瞬間から解体に向かう国
3.3
陽春白雪
例えば春に、遠くの雪山をスマホで撮ると、頭で考えているより小さくてがっかりすることがありませんか? 遠近法を無視したり変えたりするのが絵画史であったと言えます。例えばソ連の素朴画家の「わが息子」という絵は息子が山より大きいし、松山の三津浜駅の「三津浜図」は遠く富士山まで俯瞰していて、これらの遠近法は地球が平面であるのと同じくらい正しい。
さて祖父の描いた戦前のモンパルナスです。彼の場合、遠近法はそのままに、強調したい丘のみを物理的に他より厚塗り(二センチくらい)するわけです。ですから絵というよりもはや立体に近い。ルオーは絵の具を削り落としてはまた塗るという作業を繰り返したそうですが、祖父の場合はケントリッジか石田尚志かというくらい途中経過も全て残しながら層を堆積させていったのです。それが僕の最近の、ボイスメモをGarageBandで重ねた「練習!パフォーマンス」という声の作品の情報処理の不器用さとふと似ていると思ったのです。
3.4
荻窪Goodman1984-1986を編集する園田佐登志
付録でもんだいなのは、このアルシーヴ化のなかの、アルコン的、(言い換えれば公文書管理的)部分、つまり、前デジタル期におけるテクストを集め分類する、その権威主体が裂開しているということである。そこから立ち上るゆうれいが同じものではないということが、アルシーブ化に<法>が介入する鮮やかさに濁りを与えているのである。パラレル通信に限って言えば、園田は動機を問題にし、小山はポストモダン下のその時点で出来る範囲の観照を行い、大里はただ音楽を聴いている。ヨブの三人の友のように彼らは正しく、そしてヨブは居ない。
3.5
カンヌ出品のためのアプリケーション・フォーム
itle: Archive
target: コロナ下で自宅待機させられているすべての人類
synopsis: 監督自身の、何代かに亙る携帯電話~スマホに保存されていた今世紀初めからのデジタル画像。
usage: ガラ携からスマホへの移行に伴って画質も変化していく。画像がほぼ年代順に並んでいるだけなので、どこから見ても、飛ばしても良い。ゴダールの「ソシアリスム」のトレーラーをややゆっくりさせたようなものである。一時間半に及ぶ単調な画像の羅列の後、エンドロールに主題歌「アルシーヴ」が挿入される。
remarks: 映画よりも現実の方が劇的であることは近年特に顕著に感じられるようになってきた。ゆえに我々が、作られた映画を見る必要は年々減じてきているように思われる。そのような状況下で、自宅待機の人々の関心は「自分史」に向かい、それはデジタル画像のアルシーブ化を意味するだろう。家族の監視の状態で行われる画像の取捨選択の作業には、ジャック・デリダの言う<法>が介入する。この映画の鑑賞とは、その捨てられた写真たちによる「アルシーブの亡霊」を観るということなのだ。映像は個人史のアルシーブ作業とインターネット上の”陰謀論”ニュースだけになるだろう。これが映画史の終わりである。
3.8
雀蜂の巣穴から聞こえてきた
いつまで私は思い悩み、毎日悲しみに暮れなければならないのか
商店たち
白い商店たち
それは自分で解決できる問題ですか
どうしたら良いだろうか
風がどどぅと楸(ひさぎ)の白に
桐のように伸びる 赤目柏の暖色LEDの白空に
穏やかさを保つための錨を持つ
おだやかさをたもつためにいかりをもつて可笑しい
一切心配してはいけないという意味ではないわ
紀元前六世紀以前の人々は不完全ながらまだ風の感じ方はまともだった
一七世紀以前の音楽は無抵抗ながら光熱の感じ方がまだまともだった
ピタゴラス由来のプラトンとバッハが商店たちをマイナスの領域に追いやった
以来おだやかさをたもつためのいかりをもった転校生は一人もいない
3.9
死ぬ男
勝負の前にいつもの妄想に浸る男の万能感は陰謀論に繋がっている
対立の〈中に-入って-進む〉のではなく
宇宙論争の〈外の-近さに-遠ざかっていく〉
彼は数ページ後に殺されることを知らない
3.10
Foggy Notion
隣接する時間しか存在していないように、隣接する空間しか存在していない。すなわち、twitterを見ていない時twitterは存在していない。ログインすると、<フォロワーたち>が急いで舞台衣装に着替えて出てくるのだ。それは光子のふるまいによる。
そのようにして遠いものが近くになり、近くのものが生(ゾーエー)から遠ざかるのだ。
量子的なふるまいは人のテクネーではない。万能感に基づいた陰謀論が間違っているのはそのためなのだ。
その言葉はあなたの近く,あなたの口と心にある(rom10:8)
3.11
プリーズ騒がないでくれ
継続的変態により前を向き続けることが
いつまでも必要なのであれば春は特に
裏返った体の蝦蟇口の
大判小判に周章てる蛸を宥める
これらは鬱陶アルケイオン
中動態的蟲動態的変態μεταμορφοῦσθεを継続しつづけさせられながらしているのをさせているのをしていて
プリーズ騒がないでくれ
3.12
二つの銀の喇叭は遠くまで届く
二つの銀の喇叭は遠くまで届く
音を震わせると出発する
二人のアイラーに挟まれた背骨と腹
今わたしに終わりが来ている
トリアージ
わたしの番が来た
わたしと同じくらい額を固くして
わたしが後で理解するパフォーマンスを行う
破城槌
親が子を食べ子が親を食べる
わたしの番が来た
わたしの葬式用の花輪は出て行った
3.16
ridiculers
Havʹi·lahは輝く金を産出する
vaticanは「コロナで赤字となり」寄付を募っている
vaccineは劇薬である
vatican vaccine
トマス・ピンチョンにVという小説があった
Vaticanの裾野には「ディープステートと闘う」などという大司教が登場し
vaccineこそが生物兵器であるとする
彼はニコデモではあり得ない
Vaticanの裾野とは土俵を定め土俵に取り込もうとする何かだからだ
あと、アルバムV.U.はD.O.Aを想わせる
字は被ってないのにね
3.17
ridiculers II
地球は保険更新してヤマザクラ咲く暗さヤクザ枕
ゲサラネサラ
ケサランパサラン
フーチークーチー
アウンサンスーチー
トランプが第七のトランペットだとか語呂で地球語らないでほしい
力はステゴロに宿るのだから
それにしても今日は黄砂ひどいです半グレタさん対ヤクザ枕
ヤマザクラ咲く視界
3.18
空飛ぶベッドは觔斗雲
絨毯ならバンド名はthe carpets
数年前から松山でも作ったという人が出始めていた
昔は無意識の結晶化なんてユングしか言わなかったが
妄想の民主化は地下の入り口を開けトンネルで繋ぎ更地にし元素に還元する
瀬戸内海のゴミでスニーカーをというのは進次郎がバカなのではなく浄化と優生思想に纏わるきみたちの妄想が彼にそう言わせているのだ
神秘主義がブームの頃genesisの六日は創造ではなく自力の次元の進化と結びつけられるのが常だったがその後創造は逆手に取られ「私たちの象に」を利用することでシュミレーションゲームとして愛なくプログラムされているというマトリックスに変わった
財布を失くすことと車の事故が下層現実の何よりの関心事になっているのはそのためである
北京の黄色い空と青い太陽
3.20
millennium,
beddellium
不満を口にする人々を焼き尽くしていった
焼かれる時は熱かった
トンコツ味のマナを所望すれば良かったのに
今年の春は花を見る余裕がない
去年もそう思った
ゼカリヤのスオウが咲き始めた
去年もそう思った
千年生きるとかメドベッドとか言ってるけど
千年はとても短い
この春が十倍伸びたくらいじゃ何も成し遂げられないだろう
焼かれる時は千年後も熱いだろう
3.22
trailer
予告編があれば本編がある
全ての映画が予告編だったら
本編とは畢竟予告編のことであった、ということになる
予告編だと思っていたものが突如断ち切られそれが本番だったと知れる
時間は映画であり映画とは予告編であり
予告編とは本編であり
本編とは切り刻まれたわたしのホラーである
詩を経験しないで命を得る
予告編でわたしを亡くしたわたしにはそこにしか希望はない
3.23
末日記
何かのことを考える時に
実際はそれ以外のことを気にしていることが多い
例えば「女は存在しない」と言う時
実際は男のことを考えているのだ
情報が平たい画面の上だけに現れるようになって以来
Aは非Aとなった
月はホログラムに
地球は平らに
人はディープフェイクにより不死となったのだ
耳鳴りのことを考えないようにするために
呼吸のことだけ考えよというのを思い出して
耳鳴りのことだけを考えていた
子供の狸が轢かれて死んでいた
なれはそも なみにいくつき
諳んじている文語詩のように
赤白ピンクの馬の佇ち
紫と白のドレスは散って
春はファッションショーだった
春はファッションショーだった
3.24
杖花咲き驕傲茁す(つゑはなさきたかぶりめざす)
土地に向かってこう言う 終わりが来る! このあなた(土地)という女性単数形の 大凶大風呂敷たる四隅の 翼の果てにまで終わりが来ている 今土地に終わりが来ている 土地に怒りを送り、道に道を被せて虐待の責任を問う
no way やってしまったことの報いを受け、ピラミッド内部の死体の処理に苦しむ 災いが来る 類を見ない災いである 耳鳴りの果てに終わりが来る 終わりは必ず到来し,この土地のために必ず目覚める 終わりは来て,女性単数形に襲い掛かる それは来る 花輪が必ず男性単数形のあなた(住民)のもとに来る この土地の住民(あなた)の番が来た その時は来る その日は近い 混乱がある 山々の叫びではない 百姓の喜びはない もうすぐ全住民にデキャンタからあかい怒りを注ぎ切る 道を道で覆い、忌まわしさを結審させる もったいないとはもう思わず、同情もしない やってしまったことを中身に注ぎ、ワクチンより苦い結実が内部に居据わることになる 打たれていることを知らなければならなくなる その日が来る! それは来る! 朝、葬式の花輪は出て行った プーチンと習近平の杖に萌芽としてのバチカン停電の花が咲いた イーロンマスクに僭越が芽生えた この住民の番が来たのだ 虐待昂じて邪悪の杖となった 富も、群衆も、名声も残らない その時は来る その日はやって来る 買い注文の人は喜んではならず、売る人は悲しんではならない 激怒は住民全てに向かうからである 土地を売却した人は,たとえ命拾いしたとしても、そこに戻ることはない 預言は住民全体に対するものだからである 誰も戻らず、過ちのせいで誰も生き延びることはない ラッパが吹かれても、誰もバチカンを助ける戦いに行かない 憤りは住民全てに表されるからである
外には闘い、内には怖れ 自宅待機の部屋の中に疫病と飢餓がある 生き延びて逃れた者は山々に行き、谷間にいるハトのようにくーくーと過ちを嘆く 銃剣が追い付くと抵抗する気力も失くし、失禁する ユニクロを纏う住民は震えに襲われた 皆恥ずかしくて、どの頭も禿になる 住民は自分たちの銀を通りに投げ捨て、自分たちの過ちの元となった金を憎むようになる 銀本位制も金本位制も激怒の日に住民を救うことはできない 箪笥預金紙幣も使えず、自分たちの腹を満たすことができない 住民に背を向ける 強盗は偶像の金を持ち出して汚す 逃げないように鎖を作りなさい この土地は冤罪の死刑だらけで、暴力に満ちているからである そして 国々の中でも最悪のヤンキーみたいなのを連れて来る 樺太とか尖閣とかきみの家とかを手に入れる ネトウヨの誇りは奪い去られ,不動産は外国人に売却される no peace for the wicked 災難が相次いで降り掛かり、次々に闇動画が届き、人々はユーチューバーの占星術師に預言を求めるが、未来予測の占い師は教えることができず,セミナー経営者は助言を与えることができない 王は目の前で家族を殺され、Qはユニクロを着たまま絶望に陥り、住民は恐怖で手が震える 行いに応じて扱われ、裁いた仕方で裁かれる
3.25
キャンセルカルチャー
期日のない〆切は迫り 迫るほどに遠ざかるが 全ては同時だという考え方が 死を囲いに追い込む どの政府も悪く思わないようにするが 巷に捨てられた銀を見てから優先順位を定めてももう遅い 戦況はどうですか マタニティードレスの険しさの中に 平和の蟲は忍び寄る
3.27
pass over musings
一番大事な満月が明日です
血と体が目の前を過ぎるのを見守るという
一瞬だけのメモリアルですが
‘リアル’と踏みたいとは思いません
発酵は明日は罪です
松山は昨日は59人でした
マスクはよく忘れます
猫と目を合わせても負けなくなった
終活(ルビをアルシーヴ)に疲れたからかな
今日は39人
罹ったかも このまま治らないかなあ
3.29
スヱズ
入る形が入らない形として浮遊する時
底冷えのする竹林の膝下に蹲っている
鉄板に香水
熱と湿気
細長い直方体の
退場と同時に終わる
アライグマの顔の白黒の割合のように
スヱズ
3.30
風景は変わらないように見えた
植生は変わってしまっていた
空は真っ白だった
風景は変わらないように見えた
3.31
黄砂日記
・「ああその可もなく不可もないメロディー」
というところと
言葉だけではなくもはや文字が分断されているところがうっせぇ
・「原子力時代における哲学 國分功一郎」
図書館車の今月のお勧めですよ
10年代の総括と言っても過言ではありません
・「Foggy Notion」
・マテ子の大サボテンの写真が摩天楼に見えた件
・「アヌンナキ」
アナンヌキ工務店
穴吹不動産
サヌキ
アナキン
アナ雪
アナーキーin the USA
みずほ銀行
・「宇多田」
宇多田はもうウタというよりエッセーみたいになってて写真もアーカイブしないと言ってる諦め切った終末感がやるせなくて良い。死海文書のゼカリヤの断片が発見されたニュースもエヴァのファンしか騒いでないのが可笑しい。
・「マクラウド」
マクラウドは家で王様やってたけどとうとう個人通貨を発行した
#金融リセット
・「ライブ」
4月3か4に柳井町でライブします。電気は使えないです。浮草を退いた武井君主催
やるのは春の空家、下鴨yugueの唄、鎌倉、ピアニカとか居れば春のサーファー、、とか
詳細後日
3日7時ぽいです溺れるノ・アート旧浮雲
消毒液、マスク、アクリル板
チケット売り場の穴から手
ぁ ァぁ ァぁ ァぁ ァぁ
互いの脈拍を同期させる
互いの動機を動悸に変えて混ぜ合わせる
胸が苦しいのかいベイビーそれは恋さ。さあ踊ろう
〽︎お前と俺とは動悸のサクラ
歌うのはやめました。
消毒します
二人一組になって
衝立を介して向き合います
まず自分の右手親指で左手首の脈を測ります
同時に左手親指で相手の右手首の脈を測ります
互いの脈を口にしてループにしてもいいです
消毒します
以上です
・「Sibylle Baier」
音響エレクトロニカ後の、ジョセフィン・フォスターの登場に付随して浮上してきた系列
これでルーパーは廃れた
10年代のssw諸兄姉を準備したようで
途切れている
だって違うでしょうよ。
・遺作になりそうな「Le Sel des larmes」
いっぽんのガレルに若かず
・「メンタリティー」
タリティーメン
ソレータムメン
ヘラメン
ズノンノメン
ズオムメン
セキノモトメカタメン
ソーレオキナワメン
チカツメン
タンピンメン
バーゲンテイメン
カイシャゼツメン
タイコメン
・「命への礼儀 生田武志」
プルーストは長々とブルジョワ対貴族の思い出を書き綴った後、最後に、「小説を書ける」と書いて小説以前の何かを終わらせた。生田は野宿者襲撃論を動物論と共に部分解と捉える視点を持った時に「書ける」と決断してこの本を書いた。冒頭の「全共同体を見渡すこと」というカフカの引用が泣ける。
ディネシュ・J・ワディウェル「現代思想からの動物論―戦争・主権・生政治」人文書院 も併せ読むといいです。
・「蝶の道行」
「蝶」は地歌か端唄のSPからヒントを得た、ということになっていましたが、元は薗八節で、戦前に義太夫節に改曲された「蝶の道行」という曲だった、というのをやっと思い出しました。#goodman9枚組
・「N響 マルケヴィッチ」
83年マルケヴィッチ チャイコフスキーの悲愴 N響 てラジオで聴いたけどとんでもない名演 身体が追いつけない
・「蕎麦」
雨や
蕎麦蒔くつもりやったに
6時から始めて半分蒔きましたが疲れるといけないのでやめました
僕は意識高い系なので自然農法です
そんな僕を見つめている一羽の影があった
・「高菜」
悲報
高菜のスムージーはワサビとして使えます
・「表現の永続革命 河東碧梧桐」石川九揚
碧さんは高校の先輩なのでどうしてもお勧めします
・「ミャンマー」
カレンとかカティンとかシャンとかで考えるべきで国境の問題じゃないから
ミンシュシュギ対軍事政権とか言ってる限り理解できないですよ
蕎麦焼酎と山岳軍隊に中共が絡んでいる
・連載を終えて
今日で詩のサラリーマンは最後で4月から週一になります
この一年で聖書を都合よく使う論調が増えてきたように思います
さらに深く収めないと盗られてしまう
細胞にさえ上澄みがあり
土地は逃げていってしまう
へらへらしていてはいけない
空白「夢」
空白ハリウッドはもう映画を作れない
空白雨だった
空白僕は何か教えてくれそうな教授と外を見ていた
空白野良犬が泥水を浴びては僕の方を見ていた
空白泥水は井出に溢れ女が泳いでいるのが見えた
空白鮫も見えた
空白実況していた教授が心配して通報したら河口付近で保護されたようだった
空白旅館の人々は寝に入った
空白無口な女の子が雨に烟った天窓の犬と話していた
空白教授が暴れるので大木さんを紹介したいと思った
空白旅館の人が布団を敷くのを手伝った
空白僕はもう全てに興味はないんだと伝えて
空白覚醒した白の中に居た
きみたちは
人なつこい鷺のようだ
油っこい菓子のようだ
みんな台湾に飛んで行っては
帰ってくる
ぼくは延命の努力はしないで
介護だけはする
出て行った雄猫は春を見ず春を看る
畑を走り
山の白をたよりに
川で迂回する
白と紫のドレスが揺れて
春は先に落ちる
午前7:19
軍備ということが信じられないほど遠かった
緊張も必要と言われて闘争を受け入れるようにしていたが
正論を吐く人の結論が軍備だと正論でないことが分かるので
軍備が遠かった頃の衰弱した感性が懐かしく思えた
疲れ切って、人がなんで闘ったりするのか分からない
疲れて終わる
屠殺されて終わる
やさしさとやましさは親戚だ
夫婦別姓と民主化運動はたたかいだから遠い
軍政は生権力だから近い
モグラは空にも空洞を作るか
午前7:34
・「アケビ」
今年の春のデザイン賞は木通(アケビ)の雌花で、萼のような、花とは言えない大きさのtransparentな三つ組の椀型が雄花を受け止めます。いや、受け止めるというのは正しくない。背を向けているというのが言い過ぎなら双方下を向いている。