tori kudo

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浜風文庫2023.9

9.4

bipedal walking blues

妄想からこれほど遠ざかったことはない
なんだこれは
観てない映画のように
疲労する有限しかないのか
小道具の単価が高過ぎる
痣のように縁日があり
ステロイドもトリチウムも弁当になる
サポートする方法はいろいろあるが
有限の胡桃柚餅子を切るのが一番だ
食べられない雪の宿の
自発的な割れ方
継ぎ合わせる赤土を光らせる
無限の低火度の蒙古斑の項
アナウンスは常に大本営からのwhy not
7人死んで7人生き返った
扇風機がアフリカっぽい
ルーのニューセンセイションはニューじゃなかった。どろどろしてた。
耳が千切れそうだ

死ぬ前の方が大事だと何故分かったのか。名前のない兄はどう覚えられているか。死んだライオンよりましという認識を親から継承した召集者も、死んだ二足歩行の兄を産もうとした二足歩行の者のことを思っただけではない筈だ。

いちめん塩を被ったからか休んでいる平面が多い
あとはずんだ餅用の豆とか
新建材はまたそれが来るまでの間生きてるという感じ

結局全部音楽じゃないんじゃないか?

9.11

Colonia Dignidad

撫で肩の法制度を用いてレンズを通す鼻先の史実が髪型の正史としてカットされていく
陽の当たる建設現場の感染症差別がシュシャン城の全てを特例にする
城へ行きたいというヒッチハイク二人組を乗せてギクシャ君は何と仲直りするのか
原則ではなく特例を勉強するのだ
公正の感覚だけはある人物像が描かれていく
美しいとは見過ごすこと
或いは茶を飲んで考えるプロジェクトで飼われていた王は日溜まりにエステルを見ず木乃伊化している

私たちは特例に賭け特例は私たちを青い釉薬の施された煉瓦の城に閉じ込めようとする
それは詩による迫害の音響である
音楽はユバルによって創始されたが詩の始まりはそれよりも古いのだから
音楽は音楽ではない
音楽は恋愛沙汰ではない
音楽はJAZZではない。
全ての音は詩として変化し得る
カザヴェテスの「too late blues 」のラストシーンで、自分だけが音楽だと思っていたゴーストは他者の演奏によってやっと自分を聴く
それはスポットライトではない
この詩は一呼吸で演奏される
この詩は普通のものであろうと努める
ヘビなどの色は象徴的に付けられた
ロックはルーパーは使わない
エステルはエステの語源である
改装フェスはワークショップであって、ステージではない

9.18

そろそろ焦った方がいいのかもしれない

思いつかなかった理由を挙げられ続け
煮しめられた魚の子の
冬に向かって段々に着膨れしていく忍耐
喉にはARDBEG
綿を仕舞って自分がアルバニアからペルーへ
祖母から受け継いだ稲荷の理由を知って
痒みと死別の種類について 根を剪定される
糺されながら氷を求めているのだろうな
矯正の歯からキャラメルの音声
葛の国から顔を覘かせる爬虫のように
日頃から自分の考えを持つな
雲にハードルがないのがいけないんだ
アルバニアから離れちゃだめだ
入院の無駄が役割を果たす
私は忍耐です
忍耐に時給をあげる
賢い花が地方に咲いて
身に付くために学ぶことやらいろいろあります
鍛えられたハードルのない雲の
欠け茶碗の欠片
白く尖った貝の
無釉の
硬貨の重さ
思いやりは英語で
自由な者にも奴隷にも
売り買い出来ない凍結が臨む
関西弁で覚えてしまった氷結
違いを楽しんでいる筈だ
世界は趣味の悪い花壇としての
ピンクの遺跡
思いやりは英語でcompassion
じっくり考えるはreflect on
そろそろ焦ったほうがいいかもしれない

 

9.25

岐れ路

 

明るすぎる
時は来なかった
一日の千年の
速い日暮れだった
半分しか息をしていなかったから
騒音が明るすぎたのだ
地下茎はいつのまにか途絶え
朱は山陵を染めなかった
透ける肉を翳して
G20に出席する政府の
岐れ路を見る
政府か政府ではないか、ではなく
その政府か別の政府か、なのだ
内向きの肩を開いて魚の背骨を矯正するつもりだろうか
腰のない湯呑を削り
嫋嫋と立たせ
傾けて雨水を流すなら
礫の多い虐めの記憶が
岐路としての器の冬なのだ
マスクをした国が孔に落ちる
息が出来ずに
盆地の集積としての球の一部分でしかないアースに
明るすぎない視線を引く
無理強いしないが
岐路が岐路として叫ぶ立体を聴かせる