tori kudo

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2015.11

2015.11.1-26

11月1日
辺野古

カマボコ来るのか
フェリーに乗って
棒持って

フェリーに乗って
棒持って

フェリーに乗って
棒持って

京都のやつらのことはだいたい分かってきた。東京の、夢の部分が嫌いなのだ。
骨には肉がつき、ゾンビみたいに起き上がったがまだ命はなかった。バビロンという女から開放されるのはその後の話だ。

代理戦しないでくれとシナイ言い #時事川柳

すべての視線を共有して
シナイは親しい
眠れぬままわたしは雨になった

もういちど肩まで浸かれさむいよる

人間の向精神薬が猫に効く
魚の鬱にも効くだろうか

11月2日
何にでもなれるという点で神に似た無意識のゴミ屋敷は凡ゆるスピードで夢のページを捲る

虫に喰われろアグリッパ

夢をも外から眺められるなんて俺ってどんだけ俺なの

ほとんどのパンクのレコードは一回しか聴いてない

Who are you ふゆのやまいがまた疼く
Who you are ふゆのやまいがまた疼く

寿命が縮むことを死といい伸びることを生というなら、被爆に対する現象学的態度とは数値であると工作員たちは見抜いている。

No fun my babe no fun

入れない場所がいつも目の前にあるのにそれをはっきり口にするのは限られた時だけだ
その東だとか逃亡(ノド)の地などと周縁で勿体付けずに夢見たならばはっきり名指せばいいものを
それがナイーブというものだ
ナイーブは死んだとはいえなお語っている

@ijfhnb77 中の人よ外で死ね

11月3日
誑されているのならまだ生きられる
ヘセドと死出の同行二人か
いつ寝首を掻かれるかはわからない
ヘロインのように妻
五十三次じゃあるまいし世から出る旅の茶番劇は果てがなかった いままでは
札を拾わせて尾行し、浮かれてる最中に財布ごと抜き取る
手口を知って猶生きる辛さは死者の比ではない
エジプトから出ようとするエジプト人は荒野で死んでゆく
ピア・プレッシャーやなりすましアカウントの砂漠を越えて行くつもりがアラビアの八十八ヶ所を廻り続ける
空飛ぶベッドは無かった
矢の時間を輪の時間に変える陰謀
領土のテーマパーク化

 

EXILE

我が家にも歌って踊れるEXILE
おれたちは歌って踊れるEXILE
きみたちも歌って踊れるEXILE
人はみな歌って踊れぬEXILE
エグいぜ天王洲アイル
その言い草グサッと胃に刺さる
アイルランド人みたいに政治に走る?
Excel出来なきゃ事務職参る
いい具材仕入れる
戦じゃ矢を射る

脱走自由の収容所の直ちに影響のないガス室に

在位一日ヤマト朝廷
千日前のカスうどん
万年後にも雪は降る

秋晴れや過分の文化のご親切

歌が変わった

疑わしいのは歌川国芳

思いを文字にしたもの

弛緩したヘッドライトの目の前に飛び出す小動物の正負のエネルギーの充満

老成というのは全く信用できない
スタートレックで324歳だかの違う星の女に船長が「年上の女性は好きだ」とか告白するんだけど、1000年くらいの目安で考えないと精進も発見もないと思う
20年くらい生きただけのやつのギターとか聴いてどうするんだと思ってしまう

11月4日
悪い魂も創られている
だから信じて戦く
過去の夢を実現した夢ととり違える、大過去完了に過ぎない超人
至酔飲料として科学に混ぜ合わされた夢と魂
いけてないパリのグラフィティの暴力

リサが言うには
あんたはやわらかたい
かなしみくにゃくにょ
かなしみけにょこにょ
かなしみかにゃきの
かなしみきにゅけにゃ
かなしみきゅけけきょ
かなしみ

木枯し こがらし
心臓の血管
どれが尻臼?アル出っ腹ン?

散歩との犬の朝

ジョイフルで豚汁定食食べたらあと132円しかない死にたい

 

くに

グラフィティ

くらい

具材

グサッ

車もないのに

口に

喰われろ

具合

軍勢となって

来るのか

繰り返している

空爆

苦笑

雲見

#くと打ってクリスマスって出たらリア充

 

道連れにする弛緩
共有化するサタン

11月5日
あヽむじやうてふゆめをみし

「尊」という器型
四方の風を押さえているか

水色のサボテンの夢

里芋を掘っていたら沢蟹が出てきて、ゆっくりゆっくり周章てて慌てて、意識を消して視界から消えた。

虹の鰹節
切断面の次元

何でもとりあえず拝んでおこうという心根が哀れであった。

11月6日

線だけで喜びであるような婢の

生きたいというより死に足りないみたいね

炎上や機能してないあきの暮
田を燃やす煙は見えず秋の暮

生まれ直すとは蛹の中で一旦マーマレード状になること
Il faut être absolument moderne.の訳を近代にするか現代にするかで、滅ぼしてもらうための「死に足りなさ」の閾値が変わってくる。

山の上から石を落としてしまった時に感じる、胸が水になったような危なさ。そういう岩が転がり落ちて国々をも砕く。差別する人もされる人もモダンな人もそうでない人もその岩に気付かなければ砕かれて死ぬ。

川に入るとEMどころじゃない悪い菌の方が真剣だ
やはり海だ海水は血の代わりだ
俺は骨壺製造業者だ
俺の中のクロムが錫の釉薬の中に滲み出る

風化

 

そろそろほんとうのことを書かねばならない

場所が失われたからだ

今をめぐる競争は音楽とは関係ないのに

坐り方から考えなければならなくなった

何をするにも背広を着て

辛抱を愛と心得

ただ歩き回ること

欠落しているのは家族だ

色彩ではない

相槌を打つ親密

子猫のように近づく

すみれ色に輝く雲

それでも残照は消え

今は進んだパラグラフ

鳴り渡る銅鑼

山を動かす役立たずの無用者

まきちゃんの背はまっすぐ

牛のような子供の声

残念なイケメン

ブーメランのような傷が目の裏のシンボル

福耳に畳まれ

畳は押し上げられ

「ほんとに」を「とに」と言う

群青がクレヨン

外の闇に投げ捨てる生ゴミ

地図上で近くても歩くと遠い

外猫との違い

星座は溶岩流と共に流れ

坂妻が

「パワーが得られるんですね!?」

「手紙なんですね」

軽くなってきた

天井中に蛍光灯

イヤリングを数えている

マイクは黒い

靴も黒い

色についてもはや想像力を働かせていない

もう詩にぶらさがっていない

北村太郎がしたこと

山の稜線が雲で隠れる夕方

ただ想い出す雲のすみれ色

間断なく写真を撮り続ける

バッタの殼と中身に隙はあるだろうか

ばったは美味しいだろうか

マナーは同じだ

書き方のマナーは変わってしまった

11月7日
革命も錯乱も回文に収斂してゆく生命活動

exhibition 弱い器 weaker vessels 近江八幡 酒游館
live: Arrington de Dionyso, Reiko, etc

弱い器とは女性のことで、低温で焼いた庭の土で作った器をメインに持っていった。
近江の人たちが総出で川の土手の草を刈っている。
ススキは残しておけよ、と思った。

コンサートは、曲とかやる気が起こらず、新しい考え方のルート音のドローンで済ませた。
ところがドローンが結構気持ちよくて、漢方みたいな効き方だった。

11.9 mshb「一台のグランドピアノのためのメダカくままつり」荻窪地域区民センター音楽室

mshb「一台のグランドピアノのためのメダカくままつり」荻窪地域区民センター音楽室

伊地知一子が杉並区民なので、昔よくやっていた荻窪の公民館を「常盤会」名義で借りて自主企画をやってみることにした。国立でもそうだったが、公民館を借りるときはサークル名はいつも「常盤会」なのである。
ブリュッセルのマクラウドが面白がって送ってくれたMaher islandという島のウィキを見て、そのタイトルを最初は考えていた。マヘル島は南極大陸の近くにあり、グーグルアースで見ると真っ白で島とは判らない。昔、「地続きの島を恐れるな」というタイトルのコンピレーションを出したことがあったが、地続きになるためには干潮ともうひとつ、氷結という手があったのだ、と気づいたのだ。呼びかけ文を載せて、参加を呼びかけたが、人が来るかどうかは大変心もとなかった。

「これはマヘルとして今年唯一の自主企画です。
参加者にはうちの庭で作った杯を差し上げます。それを使って演奏が行われます。

「やることは指を少し濡らしてめだか班とくままつり班に分かれてピアノをこすり共鳴音をだす、というものです。
めだかとくままつりにそんなに意味はありません。こする方向で、時計回りはめだか、下から上はくままつり、という区別があります。音楽化のために、一人(たぶん僕)は音を出さずに鍵盤を押さえ、聴衆は移り変る残響がマイクで増強された状態を聴きます。今年の春からやっている奏法で、今回が集大成になります。弦楽器では珍しい奏法ではありませんが、ピアノでは弦に竹籤を刺す内部奏法が禁じられているホールで有効な方法だと自負しております。ピアノとはなにか、というイヴェントを小石川図書館でやったときは、打楽器の側面を強調しましたが、今回は弦楽器として扱うということです。最近草月ホールであった灰野さんの88人ピアノに対抗するわけではないのですが笑、参加した人が何人かいるので、終わった後感想を聞くのも面白いと思います。

「音楽室のレンタル料は自発的な寄付によって賄われます
参加希望される方はご連絡ください。

「マヘルは島なのか星なのか
星だとしたら地続きの星はあるのか
死んで星になるなんて嘘だ
あればネフィリムたちの死骸
死は地続きになるか
島のように

「あるところに熊ピアノがいました。捕まえられて犠牲になりました。螺旋のめだかは、空に上っていきます。私たちがめだかと思っていたものは、実は鮭だったのです

当日、東京マヘルのすでに死んでいる面々が予想通り大体集まり、めだかってなんですか等の質疑のあと氷結の合奏は指示通りに行われ、録画もされたがアップされなかった。4.5人の観客は詰まらなそうにそれを鑑賞した。草月の88人ピアノを企画した新井も、「これは観ないといけないと思って来ました」などと言って、札を数枚置いて帰っていったのでなんとかホール代は賄えた。僕らは数人残って荻窪の駅近くで熱燗を飲んで、散解した。

11月10日

 shine all around

豊田君に頼まれてshine all aroundというフレーズを録音した。渋谷で一緒にやった時、mcで新譜のタイトルはshine all aroundです、と言うのを聞いて、その場で♪shineと歌ったらそれを録音してくれと頼まれていたのだ。headsの宣伝文句を見て、編曲のないウルトラポップ、というものを考えた。
歌のコードは
CGF
BF#E
BbFEb
の三種類を録音し、後にそれぞれのテイクから
CF#Eb
だけを抽出し、繋ぎ合わせ、
さらにピアノを擦って出したCGFのコードを被せた。
なにいってるか分からないでしょう
10秒のスリーコードの曲を録音・ミックスするのに半日かかった。
だからスリーコードの思い込みが半音づつずり下がって残響だけは思い込み通りのウルトラポップなんだよheadzさん

あなたのことは大体分かっているつもりで、たとえば街路樹の紅葉が一本一本時期が違うように、植物にさえ個性があるのだから、人や動物にも性格があり、うちのネコなどはどうしても人やほかのネコに馴染まず、爪を立てる癖がもう晩年なのに治りません。うちが飼っていなければ生きてはいけなかっただろう、と思います。他者を許容して共存すべきという思想が9.11以降喧伝されましたが、それがすぐ爪を立てるネコを飼うようなものだったとしたら、ネコの生き死にはこちら側の態度や行動にかかっていると言えます。ぼくらは晩年まで辛抱しあって、介護を貫く覚悟が必要です。ぼくはあなたのイヌで、あなたはぼくのネコです。
靴を履くとき「夜は遠い」と頭の中で思います
一昨日宝塚で携帯を落として見つからず携帯なしで過ごす時間が続いています

元気だった頃
中の人に話している

見えること自体はそれほど重要だろうか
見えていた記憶とそこに向かう重層こそが定着されるべきではないか

久々に「中の人」のことを祈った。聞かれなくても泣けてきた。人はみな、「中の人」なのだ。
ただの岩石に見えるが割ってみると内部は紫水晶だった。きみのお母さんもそういう人だったんだよ。

あら、とーさん
死んだのね
昔は告知に(ピアノ)と書かれるだけで死んでもピアノは弾くまいと思った。廊下を走ってはいけないとか部活の帰りにグラウンドを突っ切るなとかどうしても分からず、押さえ込まれて潰された。
バスドラ下さい、とか言われるだけで吐きそうになった。
マイクのチェックもしたくなかったので「なんか曲やってください」は殺意を覚えた。
ガラス割る方がましだった。
ロリィはその点如才なかった。「どんかまかまして」とか言うのでぼくは怖れた
マイケルはアイラブユーとか言いながら気を使ってやっていたなあ
いいPAには女が多かった。
男は自分のイメージに合わないときの融通が利かぬ人が多い
デュッセルドルフのときのPAはパニクって本番前に険悪になった。楽器の位置と音量を入力していたのが無駄だったと悟ったからだ。
PAの仕事は大変奥深いと思う。
原則的で利他的な愛だけでは廊下を走る子供を制御出来ない。
聞かれないことは分かっていたけれどこの苦々しい平穏さはどうだ

11月11日
差別の記憶と結び付いて濁ってねじ曲がっているところがなぜか水に浸かっていて
錆びるのを待っているのか渋を抜こうとしているのか
迫害の予感の中で複雑に折れ曲がった俺の節奏
犬を見せても猫(にやあ)といひ
意味のない証言は内部に刺さるだけ
血は戦車の内側に流れ出ていた
ああぼくは話しちゃあいけないんだ
なぜこんなにねじくれてしまったのか
(井の頭の水面にせり出した1本の木についてのmaonの唄)
毎度ありがとうございます
しりとりしすぎて声が嗄れたし

暴力がまた是認され始める。その雰囲気のなかでなんにんかのデマゴーグが現れるだろう。暴力は隙を見て身体に這入ってくる。一瞬の隙に雪が降り積もるように。
shouldで未来を表す用法が歴史の法則の残滓の腐臭を放つ
shallではなく

生きたのは2003から2014でそれ以降は晩年と捉えている。45才から56才までの出来事であった。アーカイブ化を嫌うフロイトには申し訳なく思っている。先生さようなら。皆さんさようなら。

11月12日

薄だけだった頃は薄かった
芒を亡くして未だ泡立ち
薄い方が秋の光を通すなら私はペラペラのソノシートになりたい
泡立つものは白濁するから濃ささえ邪魔になっていきます
秋晴れや峠にあった夢の墓

いままで生きてて一番うれしかったのは富士日記の別荘に行ったこと
なぜかわからないけど晴れててうれしかった
いままでで一番悲しかったのは美ら海水族館から本土に電話していたとき。
海がきれいで悲しかった。

11月13日
眼に見える言葉が書ならば、手に抱ける言葉が茶碗なのである 青山二郎

11月14日
エロイーズは無事だったらしい
ホーリーモータースでカフェの上席に坐る銀行員を資本主義の犬めと叫びながら銃撃するシーンがあった。深層で予期されていたし予期していた。

11月15日

あなたがわたしのあなたなら
わたしもあなたのわたしです

名付けるのではない 花の名前は 名指されるのだ

 

そもそも穏健派などは存在しない。

さらに言えば極左も存在しない。

極左はそれ自体ではもはや言葉として意味を持たない、戦略的情報操作の記号となっている。

極左という言葉を換骨奪胎した兵器が旅客機を撃ち落とす。

夢がいつも悲劇で終わる

言葉を撃ち落とす方が簡単

劇薬を持って椅子に坐ると永遠が見える

というような言葉の狭山事件三鷹事件が今回

三色の舞台の

椅子に尻

高校生の言及

仕手よ

全部夢でいきます

ひちひちじゅうく
ひちひちしじゅうくて江戸ペテンこすて

工房に原研也が来た。

11月16日
生理からルーが二日で去り
雪を南部へ
Vの貸売
Uの帰結

 

ルー

 

生理からルーが二日で去り

雪を南部へ

Vの貸売

 

先月うちに来たデザインの先生のフィリップさんパリに帰ったけど爆発はたった2ブロック先やったらしいで。

陽平君のアトリエに行ったら不登校の子と木のブロックをデッサンしてた。ピカのチラシ手書きで作ってよと頼んだ。
塩釉プロジェクトのためにバンビちゃんの家の離れの瓦斯窯の煙突を測りに行った。朴木は切らないでおきたい。

11.17  taco 新宿ロフト

戸川純を呼んでタコをやるというので浜野のベースを借りて、「諦念プシガンガ」を練習した。最初フラメンコかと思い、原曲の33222は日本人には無理なのか失われている、かわりに大きな土着二拍子になっていく、などと分析して得意になっていたが、実際はメキシコの歌で、リズムが複雑に聞こえるのは彼女の歌い方なのだと気づいた。いまのライブの録音も聴かせてもらったが、声が凄惨になっていた。マリアンヌフェイスフルというより金原まさ子になってくれ、などと思った。

11.18 阿佐ヶ谷 harnes

小春日和かなと思って”Indian Summer”をやってみた。実際のIndian Summerは英語では夏の終わりらしかったが。

売れ残った絶望

11月19日
面白おかしく生きていたいだけなのに背中と首が痛い

早朝のベルクでいつものように赤のA、と言ったら、ヌーボーありますよ、高いけど、実は僕らもまだ飲んでないんです、などと売り場の兄ちゃんが言うので、もう帰るしタコも交通費くれないしやけっぱちになって、じゃあください、きみも一口飲む?など軽口たたき。そうね、味は甘軽く調和していたよ、
一子さんから心の年末伊地知金支給され、四国まで歩いて帰っていることになっている。ここで私は言いたい、死んだ交通費の額だけは数えておかねばならない、と。
うまい!(ナイツ風)
ヌーヴォーでその年の世界を言い当てる、というような時代は終わったのではないだろうか
本当なら今年の世界は胆汁が大腸に入って下痢している筈だから
刑柱上で胆汁を混ぜたぶどう酒のその味を見、飲もうとはされなかった、とあるではないか。

ロフトで乱射
タコ禁止
ハーネスくらいだと狙われなかったかも
高円寺のガード下辺りで乱射された感じらしい
空飛ぶサニーが乱射され
先帰ったゆり子も乱射され
憮然と固い表情で帰った中尾も乱射され
そういうものだったらしい
阿佐ヶ谷ガード下の「暖流」辺りで乱射され
乱射され乱射され
爆発し
死んでるので飯食えない
死人に口なしとはこのことだ
ナイツ風穴

11月20日

五七才になったら俳句かな

歯科医しかいない
日本はテロリストをどんどん受け入れて高円寺とかを爆破してもらえばいいと思う。どうせ僕のような被爆した自殺願望の認知症歯科医なくなるのだから。仕返しもしないしちょうどいいじゃないか。
音楽禁止、すごくいいと思うよ。
泥水冬道ブルースバンドなんて最初から出禁だもん
同じことだ
近藤歯科を田中歯科と三回言い間違えてから5時に予約しました
アラーは概念であって神じゃないよ。近藤か田中かはっきりさせないと。だから爆破していいよって言ってるんだ。
もうすぐ高円寺じゃなくて霞が関が概念としての神を爆破することになるよ。そうしたら田中か近藤が霞が関を乱射する。そうして死海には歯科医しかいなくなる。

いま起きていること という薄い文字そのままなぞりツイート送る

小豆島に行くので二十四の瞳読んで寝ようとしたのにもうこんな時間
情熱はもう尊敬されないし
宣伝にも飽き飽きした。老詩人たちは過ぎ去り、読むべき新刊も出なくなった。

11月21日
下手打つと殺される

CIAてアジェンデ殺して既に一国潰してるんだから反自民で政権取ったりしたらすぐ殺しに来ると思うよ
精神安定罪

サンチャゴに雨が降ると
日本に津波が来る
中尾君この曲はあんなにピロピロ吹いちゃダメだ
アジェンデ、ミッキーマウスノート、雨、とか呟きながら持っていかないと津波が伝わっていかない
音程外してもダメだ。竪琴は地震兵器だからね。綴りは違うけど
サングリアが余ったワインで作る半端な飲み物と思っちゃいけない。パーフェクト・デイにサングリアが出てくるんだから。

白オキザリスめずい

包囲網狭まり断層突き上げる心の外でうたは出来るか
中学のきみがラジオで聞き覚えた「この泥流の恩讐さえ」

11月22日

朝顔が満開?皇帝ダリアも皇帝ダリア飼育係も

西条は水の町とはいひながらその公道ゆ灰を帯びたり
雲間より出し山影追ひしかばコモンの山頂無しと知れたり
色褪せた旗ははためき灯籠に積まれるための石は探され
やっと全容が見えたと思ったら町境をもう越えられていた
赤になっても付いて行く最後尾これが続くとだめになるかな
夏の蔦下がる電線洪水の痕の水位の変化の如し
飛ばして追い付くバスのもっさり
川之江は紙を溶かして煙吐き
赤い光がだんだん目立ってきた
初めて赤で停まってやった
パチンコ屋殿堂というにふさわしい
街路樹太る潮時の線

皇帝ダリアはまるで竹みたいだが木ではなくキク科の草。まあ竹もイネ科だけれども。
年輪によって成長しないという点ではぼくも草だなr
草と木が混じると不安になる。皇帝ダリアとはそういうことだ。
草にも輪の時間がある。
木が即興するのは面白くないよね。
こういうときの定番の言い方。「人間には二種類しかない。木っぽいやつか草っぽいやつかのどちらかだ。」
なにエッセイ書いてんだよお前
人の気を引くために鳥肌みたいにヘイトスピーチしてみよう。私は悪が嫌いだ。私は悪を忌み嫌う。悪は火と硫黄の湖へ帰れ。悪は体から去れ。私は悪が憎い。悪を殺しても殺しても殺したりないくらいだ。悪、イケてない。悪、ダメ、絶対。悪、死ね。ハァハァ
悪とは的を外すこと
悪魔も悪いが人間も悪い。だから悪魔がいなくなっても悪は残る。それが自由意思だ。
その能力だけは平等に与えられているのだから有り難く思え。
ツェッペリンは撫で付け方がまさに悪だな
再現来日公演てみんな物悲しい
ヤードバーズは下は分かってないけど上の青いところはまだいい
クラプトンはシェシズやればいいのさ
ジミーペイジにはやらせたくない。余計気持ち悪くなるから
浅草橋ガード下のロック立ち飲み屋のサラリーマンみたいだな
ジョンレノンの撫で付け方はまた違うな
善良さを信じてる感あり

11月23日

mshb パレ・ド・キョートPalais de Kyoto

 

見事に詩的なアプリケーション・フォームを当局に提出し通過させた高木薫が、「現実の音」をテーマに、三条河原町のARTZONE & VOXビルを借り切って準備していた。中高生のブラバンを100人呼んで、鴨川からビルの屋上まで行進することになっていた。付近の学校を回って教師に話をつけてくる、というので、以下の文章を書いた。

・なぜ大学生や高校生ではなく中学生が望ましいのでしょうか
トランペットひとつとっても、球場で応援する強い音、軍楽隊の音、クラシックに進むよう訓練されていく過程で得られた輝くなめらかな音色、わざと掠れさせたジャズの音、などいろいろな音色があります。楽器を始めたばかりの中学生の音には、将来どのような音色を獲得していくのか、していかないのか、という様々な要素が含まれています。私たちは完成されてしまったジャンルではなく、未完成の音の集合に美しさを見出すことがあります。例えば放課後の部室から漏れてくるブラスバンド部の音合わせの音色は風景と混じり合ってある種のサウンドスケープを感じさせます。間違いを許容するそうした音塊は、様々な周波数が混じり合った鐘の音に例えられるかもしれません。そのような音を屋上から流すという実験が成り立たせるために、楽器を始めたばかりの中学生は自らも思ってもみなかったであろう最適な演奏者となりうるのではないでしょうか。

・初見演奏、あるいは間違いを許容して進んで行くタイプの音楽の体験は、中学生にとって有益でしょうか
足並みの合わぬ人をとがめるな
かれは、あなたのきいているのとは別の
もっと見事な太鼓に足並みをあわせているかもしれないのだ
-鶴見俊輔

明治以降、完成されたスコアをなぞることを教育されていくなかで、リズムのずれや音の踏み外しは排除されてきました。グアテマラのサン・ルーカスという先住民の村に、スペインの軍楽隊の楽器を使い、冠婚葬祭の音楽を任せられて、100年近く代々続いているブラスバンドがありますが、「リズムのずれや音の踏み外し」という点ではこれ以上ないほど下手(自分たちは下手と思っていない)で、非常に美しい音楽です。簡単なユニゾンの繰り返しのようなものを、「リズムのずれや音の踏み外し」を利用して豊かにしていくようなフォーマットのなかで演奏することで、さまざまなずれや偏見やコンプレックスを溶かすことができるかもしれません。

・アートの現場に参加することは、中学生にとって何を意味しますか
この催しは「現実の音」がテーマとなっていて、戦時の金属供出を免れた鐘で収穫祭(キンローカンシャの日)にご飯を炊いて共に与(アヅ)かる、という光景を思いついたことから始まっています。それが実現するかしないかは別として、今も京都で鳴らされているというその鐘の音色は、こうして他者に語られない限り現実の音として能動的に聞かれることはなかったでしょう。歴史、記憶の共有がなければ社会、ポリスは形成されない、という言い方がありますが、地元の現実の音(鐘、自分たちの出す初見の音)を共有することによって、選挙権を数年後には得てしまう中学生にとっては、ある意味において民主主義とは何かということを学ぶ助けになると思います。

・実際の演奏はどのように行われますか
短い譜面を当日渡され、それを繰り返し演奏します。細い演奏法は、口頭で伝えられます。
ピグミーの人々は各々の「ルート音」によって旋律を歌うので、合唱すると自然に平行移動のようなハーモニーが出来上がります。ブラスバンドでは転調された楽譜を渡されますが、それをしないことによって、各自が自分の楽器の「ドレミ」で演奏する曲もあるかもしれません。
が、大体はなじみやすいメロディーです。

屋上だけでなく、下の階にいる人々も、屋上から漏れてくる音を聞きます。それが、現実の音、というテーマの一番の具現化です。

9月になっても勧誘はあまり進まず、結局小学生と、彼女の母校の高校生などが来ただけだったが、それでも30人ほどが集まった。
8月に彼女を松山空港に送って行った時に思いついて、西荻窪のFALLの個展の際にやった曲①と、そのヴァリエーション②をやることにした。晴れていれば鴨川から①を演奏しながら会場に入り、屋上に上った時点で個別に②に変化する、という構成を考えた。
演奏じたいはその個人的な事件を基にした選曲で解決したが、会場となるビルは同時多発的に演奏や展示が行われており、期日が近づくにつれ、自分がそれらにどう関わるかという負荷がかかった。ミイラ取り的な現状の鳥肌実の参加を巡って主催がdisられていた。
アートのマネージメントはロック史に掠ってないとうまくいかない。9月初めに高木薫の個展の音楽のために別府に行き、深夜の別府タワーでカラオケに興じるアート・スタッフの選曲の、メタの度合いを測りながらそう思った。美術は美術だけでは立ち行かない。音楽はそうではないが。その理由を言い表すのはそれほど難しいことではない。見えるものは無自覚なメタを孕み、美術の言語は分散するからだ。乱暴に言えば美術は男、音楽は女だ。だから美術には女が必要だ。そして音楽に男は存在しない。「現実の立てる音」がdisられたのは、女としての美術が男としての音楽に嫉妬されるという倒錯に依る。トリハダのリアルも音楽もそして美術さえも関係のないところに時代は来ている。
折しもブリュッセルが警戒水準4に上げられた。テロの格好の標的になるだろうと思った。それで、100人ブラバンの牧歌的コンセプトを捨て、「トンカツDJアゲ太郎」という名前でその場所に関わることにし、マヘルのメンバーは覆面を着けることになった。鴨川に集まっていると、事件を思い出すからやめてくれとフランス人観光客に言われた、とあとで聞いた。

23日4時から演奏する「トンカツDJアゲ太郎」です
クロニクルは「日々の出来事」の意だが、ギリシア語訳歴代誌には「省かれたもの」を意味するパラレイポメノーンという訳語が充てられている。それが「漏れた歴史」だという考えからだ。
「日々の出来事」は書き直されることで補填されていくか。きみは急いで日記を書き直す。或いは一人の男を四人の人間が描く顰みに倣い、手渡された楽譜がきみの日記を書き直すように再演奏され続ける。
DJ諸君、だからミニマルは無意味だ。
ARTZONE & VOXビルは乱射され続けなければならない。

前夜、車で会場に着き、札幌のやぎやと再会した。ドイツやATPでマヘルに参加した左官育もいて、かれの明け方のセットに僕も鳥笛で参加した。一時間ごとに演奏するバンドがいて、それに左官の緻密も取り込まれた。取り込まれる、ということがこのイヴェントを音楽ではなくアートに仕立てているのだった。屋上の仮小屋で古い大映の映画が上映されており、睡眠欲に負けた参加者はそこで寝ることを余儀なくされ、その小屋全体の作品の一部となることを強いられた。伝書鳩を飛ばすパフォーマンスを見に来た屋上の群衆は経読みの儀式に取り込まれ、階下のスペースでつまみ食いの誘惑に負けた者はyugueの鍋ノイズに取り込まれた。取り込む以外の、設営と演劇公演、ミーテイング風景の映像、といった過程表現も、結果的に全体に寄与し、ビルに取り込まれていった。寝ない食べないことだけが答えだったが冷たいコンクリに倒れている女などいた。マヘルは取り込まれず過ぎ去ることを目指し各部屋を乱射しながら屋上に着いたがハトに逃げられ失敗した。或いは逃れられたのはハトだけだった。

終わった後、ゆすらごでジョンが来るというし紅茶を飲んで待っていたらトンカツdjアゲ太郎があったのでさすがやなと思った。

アートには二種類しかない。取り込み型と通り過ぎ型の二つだ。取り込み型には抜けがなければならない。通り過ぎ型には愛がなければならない。

天晴れ ど京都

 

11月24日

下を通るようにして小春くぐる

11月25日
朝吹先生が「猫とはひとつの愛の欠如である」をお気に入りして下すった

11月26日

おもいでにゆめでごめんよよるの雨
かけめぐるゆめになくのはゆめの牙
煮凝りのとけるあいだの寒さ かな

2015.11.26-30

小豆島

暗闇に投げた前夜を弦掠る

どんなにクールで真っ直ぐに見えたとしても世の人は薄汚れて燻んでいる。そして自分ではそれに気づいていない。
大石先生の絵や像が船にも船着場にもある
島に朝6時半からやっているラーメン屋があってちょっとしたカーネギーの名言状態になっている
行列の出来る、は誇張であったけれども

鷺型の空洞鳴って樹上 哉
老女の髪一筋絡んで新香 哉
一時も滞空出来ぬ鳶以外
島嶼らに滅びの前に句は詠まれ
一筋の朝陽は射してまた消えて
石垣の石垣として遺りたり
石工らの集落昼尚暗き 哉

墓 放哉

醤油工場街の外れのうみねこおかしという店でゴンブロヴィッチのコスモスを久しぶりに読んだ。
EATは人でいっぱいで入れなかったが地に着いたかっこよさである
醤油ソフトと醢ソフトと佃煮ソフトがある
醤油で頑張っているのは空豆の高橋商店と無添加のヤマヒサであり、ワイン事情と似ている。
建築家を毒殺せよ、に倣えばの話だが。

香川大の学生が喫茶白鳥というのをやっている。朝からやっているのは正解だと思う。勉強はどうするのかと思ったが週末だけらしい。それらしい子らが船に乗っていた

瀬戸内芸術祭関連では、ヤノベケンジのやつは船のビデオが壊れていて見ることが出来ない。船着き場の竜は激マンガチックで夜中中キラキラしていた。金継ぎのオブジェの展示は元の食器が気にくわないのまで一瞥だけだったが、六角に切るのは大変だったろうと推察する。芳名録に「(金ではなく)ブロンズ粉とエボキシだろう」と書き添えた。

島は花崗岩か石灰の風化物だがあまり良さそうな土はない
オリーブが落ちているのを拾いすぎて疲れた
海水に浸けるというのを島の人に提案したが笑われた。オリーブハマチというのはあるそうである。
分教場でピアノを弾いた。
オリーブの苗を売っている人はオリーブのことを「この子」と言う。うちのオリーブのことを相談すると、二十年くらいしたら実をつけるかも、などという。
母乳で目を洗われる子供
縞の裏は昼でも暗く、カムイ外伝の集落のようである。
棚田の中に食堂があって流行っている。
寒霞渓の、観光バスから下りてくる人達を迎える店員がみどりいろのオリーブチョコレートの試食の箱を持って待ち構えている

外人は大抵一人で自転車を漕いでいる

大阪城の石の展示のある道の駅でイギスを作るおばさんは、土庄の方が人が良いと力説する。
島はあちこち花崗岩を切り出されてスペインの崖みたいに荒れている
それでなくても島影は歪で抉れており讃岐富士のようではない
多くの港がありフェリーで姫路や神戸や高松に行けるので小四国のようである。八十八ヶ所のミニチュアもあり、尚更そう言える。
人口は三万五千で高齢化し減少傾向にあるが移住してくる人は増えている。
今は小さな鰈が旬らしく、食堂には大抵それが煮付けて置いてあった。あとは鯵の干物。
味噌は愛媛の麦味噌と違い、濃くて醤の香りがきつい。オリーブ油を垂らして飲むと聞いていたがそれはなかった。
オリーブ油は大変高く、買えなかった。新浸けというのは貰った。
街路樹としてのオリーブの実は取る人が少なく銀杏のように転がっている。公共の果樹というのは良い教材と思う。

島の裏の日の当たらない集落の天辺に風雅を尽くした邸宅あり、陰鬱な青髭公の館のようだ。或いは海賊の。
島の裏は半分以上空家かそれに近い状態である。それでもよく手入れされており苔の石垣など凝ったものが多い。
かつては島に600人ほどの歌舞伎役者が居たそうで、あちこちに舞台が残っている。
敵の浸入を阻む迷路の街というのがありそこに放哉記念館などもあるが、ブイを改造した地蔵めいた灰色の置物が三津浜アート的に置かれてしまっている。
島に移住した場合、たぶんコンビニくらいしか仕事はない。あとは寒霞渓や醤油工場かオリーブ公園の売店の売り子とか。
棚田は蘖を見る限り手植えが多い。手伝いが必要だろう。
オリーブを食べたくて行っただけだったが結局評判のイタリア人のやっている店は高くて行けなかった。
それでも家賃が払えなくなる程度には困窮して帰ってきた。
あずきじま、という小島も沖合いにあって紛らわしい。
投資会社が危ない。特にソフトバンク。茶碗作れ。
放哉記念館で細川護熙の井戸見たが高台が細くてうすら笑ってまだ狐だねありゃ

馬鹿馬鹿言うなよ情状酌量してくれよもう目が悪いんだよ

鹿に遭うのはいつも午前
鹿に遭うのはいつも午前なふたり
ナフタリ知らなきゃわからないだろ

誰か気体化した塩の影響を受けない金属素材の煙突が市販されているか教えてください
そんなものはない
ゲゲゲ

手の業を目撃しながら認めようとしない私に青い短日

90年代後半のブリティッシュチャートにだけは反応する

月に背後から追いかけられて電柱の遠近
片方の手が悴んでポケットに入れる
月の黄色を徘徊するか
光に背後から追いかけられて電柱の遠近
最後の赤をじっと見つめる

月夜

月に背後から追いかけられて電柱の遠近

片方の手が悴んでポケットに入れる

月の黄色を徘徊するか

光に背後から追いかけられて電柱の遠近

最後の赤をじっと見つめる

船は船でも水でいっぱいになってもいい船は?
ご名答 おやすみなさい