tori kudo

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2016.6-9

6.5

mshb/susan cianciolo

portland@Yale Union
a contemporary art and performance space in Portland, Oregon,
w/an exhibition by American artist and fashion designer Susan Cianciolo
https://yaleunion.org/maher-shalal-hash-baz/

mshb2016.6.5 Yale Union

 

 

 

 

@arfolk また名古屋でやるときあったら

キナコマブシワラビモチガエルでお願いします

一緒に演奏するというのはとてつもなくすばらしいことなんだ。生きている人たちにそのことを分かってほしい。薄れていく体の中で彼はそう思った。

池は地に囲まれるが、海は地を囲む。

音楽だけが抜けている音楽と音楽以外が抜けている音楽が出会った。両者の目を耀かせてみせなさい。

ハンゲンキとジャッカドフニは読み終えましたが、ポートランドまであと4日なのでベケットは時間がないかな

人称や結構は見事で反日の主題もそつなく、希望の無いところも娘は人間合格ですお父さん。

彼女は三鷹で母と同級だったのだ

あの上水の増水の日も母たちは見に行った

下連雀は噂で持ちきりだった

拘りには、理由があるのだ

イメージがわかなければ江利チエミや美空ひばりを思い浮かべてみるといい。あの世代がこの世から過ぎ去ろうとしているのだ。

期待された結末に対する見える実体のなさ

うなぎがヒィー

ひとつ星パンクの「ジニのパズル」は最初オレゴンが舞台ですね

 

毎時中央線に飛び込んで人質から気を逸らす時計を填めて出勤する消費税

 

BDJFm01/06/16

・・・・・・GEb

D・・C・・GEb

D・・C・・GEb

 

Fになったのはめずらしい。しかし疲れているので実際のルート音はDかもしれない

 

火星の赤にホタルの青がやられて風が強い

 

キャルビン、参加するってよ

 

ポートランドは2回目、前回は帰りの飛行機が落ちればいいと思った、前回のエチオピアまた行った、シェバの女王て店、くりぬいた黒い椅子のある・・・

 

前回泊めてくれたグレッグに貰ったフードつきのジャケットを再び見せようと思って嵩張るけど持っていった、見回したが帰ってしまって居なかった、ユノー、ヒーズカインドブシャイだからねとアリントンは言った・・

 

植生は日本に似ていて、ひとつだっのが千切れたという大陸移動説を思い出した、千島からアラスカに至る尾を引く納豆のような列島の点在・・

 

さっき今沢カゲロウさんがうちに来て虫の話をさんざんしていった。

Who among you takes pleasure in life

And would love to see many good days?

Pslm34:12

田植が終わりホタルはいなくなった。散歩してたらキツネがいて、逃げなかった。

 

@suzukimikikosun えっ なになに?

えっ なにそれ? 食べられるの?

マゴットのペーストみたいな?

えっ? 昆虫カレーじゃないの?

それはしつれいしました。

汁なし担々で山椒抜きとかいってるやつがいる

だから広島はだめなんだ

血の婚礼@abierto

「拉致」異論 日朝関係をどう考えるか

太田昌国 河出文庫

ロルカ生誕と米西戦争が同年、といった横断的な時代把握と、ウカマウ仕込みの鮮明な敵の名指しで、

啓蒙的であるのみならず、敵への原則的な愛と自己批判も忘れないマエストロの、平易かつ味わい深い一冊。宣伝しておきます。妄想で北朝鮮をカタルーニャ

太田さんの言っているのはただ、政治的な男たるものは国家と自分を一緒にしてはいけない、ということだけだ。それがすべての論調の底に横たわっている。そこがいいと僕は思う。

メールで崔実(チェシル)の「ジニのパズル」(『群像』6月号)は読んだか訊いてみた。訊き忘れていた。

これは大統領選前の仕組まれた劇である。

1.パルスのビデオ映像はどこにあるか?手を加えられたバージョンではなく、実際の映像。

2.目撃者のサン・バーナーディノは自分のアカウントで射手「たち」は白で偽装していた、と書いた

3.どのようにAR-15を持ってクラブに入れるというのか

CIAが作り出そうとしているのはただ混沌である。複雑系に従えばヒラリーに行くだろう。confusionが墓碑銘だ。

ルネサンスとバロックを分かつものは植民地であり

ベタなアートとメタなロックを分かつものがポストコロニアルである

コンビニで買える安全なものがない。客からの働きかけによって棚をアレンジすれば生協運動以来のサードウェーブになるのに

トランプの陰謀論嗜好は三宅に有利に働くが、日本の脳味噌の座はいよいよ京都に移るだろう。

あるところに、中身のつまったやつがいた。良い悪いは関係なく、中身がつまっていたので、震災以降の詩文の挿絵を頼まれた。いつまで中身がつまったままかは分からないが、とりあえずそういうことだったのだ。

CIAじゃなかった。FBIだ。

最終的にはクラリネットだ。テレマンは凡庸ではない。敏腕な古書店主が。いびつな茶碗に藍と金箔を惜し気もなく貼っては剥がし貼っては剥がし。

道連れの思想は悪魔のものだ。人の悪事は限られているがそれに晒されると無限大となる。罪悪感から皆殺し?俺なんか全人類を何回殺したことか。

もう一度言おう。最終的にはクラリネットだ。

大抵の世界は誤解されたクラリネットだ。(まーは直腸のようだ。モツ、と言ってもいい。)

頂上にまで葛は登りきたりぬ

Tate@Tate

“I always go round my neighbours when they build an extension.” – Grayson Perry

唯一ライバルの焼き物屋がコイツ

ナイフを持ってヘビの腹の中へ

ポートランドで1ドルで買ったzine。汚い言葉を使うまいと決意したデイブ君は、一月一日から、そういう言葉を吐いてしまった時刻と理由を記録しはじめるが・・。後半は打って変わって学術的な分析に当てられているのもクール。

G GGEbFBbG GGEbFBbG GGEbFBbG

BDJFm

今治タオルalter/nativeというブランドを考えた。

コピーは、

「雑巾にも布巾にも使える」

「砥部焼とは何か」という展示の企画を考えた。

サブタイトルは

「Tobe, or not Tobe : that is the question」

「難波アートベアーズ」という「十二球団」系の企画モノを考えた。

ガンバとは足という意味だと聞いて、倉本君主催の、復興の足を引っ張る情けない素人古楽演奏会を考えた。タイトルは「ヴィオラ・ダ・ガンバれ日本」

楽譜には音符がなくて、「明日から頑張ろうと言い続けて死ぬ」などという指示が書いてあるだけである。

水原拡張子という俳号を考えた。

誓子でも虚子でも良かったが、三文字なので。

胃むかつく親指の下土踏まず

拡張子

「沈黙のはと」というバンドの名前を考えた。

サイレント・ダブ・オーケストラ

@arfolk 馘(クビキ)られコエンザイム飲む塩山市

次のライブは土曜日、広島マリウスでフラメンコです

ビラしか作ってないけー検索してもひっかからんと思います

もうすぐ夏も終わります

6.8 w/nakao, sekijima@kichijoji kichim “conpostela tribute”

6.12

@abierto

“Lorca 「血の花嫁」の朗読劇”

6.29 w/reiko@hikarinoum 工藤礼子 工藤冬里

7.2 flamenco@hiroshima la marius

浜野は金の問題であるように見せかけて逃げた、あるいは潰そうとした、という印象です。

灰野さんは脇役に過ぎないし、抜けたことは別に悪いことでも不名誉なことでもないと思います。

僕は毎日自分の演奏がしたかったから場所を借りたまでで、他のバンドがやめても関係なく演奏を続けました。

機会があれば詳しく書けますが、今はそうしたことにかかずらう時間を取れません。

工藤浩巳さんは、マイナーの歴史を書きたいのならば、マネージャーをやめるべき時だと思います。

 

高柳の個人攻撃に溢れた文章が読むに堪えないのはとても残念なことで、それは人格的な問題としかいいようがない。

間章はその点高柳、山下、といった仮想敵を作るのがうまく、読み手は土俵に丸め込まれてしまう。

それはその下の山崎のような世代にとって悪い手本だった。山崎はたぶん間と「如是我聞」に倣った個人攻撃のポーズをさらに戦略的に使った。

それでもその世代に共通しているのは、要するに活字による個人攻撃である。

一時期、阿部薫が出版社に火を付けると喚いていた時代、本を出すとはそういうことだった。それは過ぎ去るべき感性で、音楽を殺すものだ。

ただ彼らが唯一偉かったのは自分に対する批判を潰そうなどとはしなかったことだ。

高柳は黙したまま死んだが中傷を乗り越えて復活し、弟子たちが栄えているのはめでたいことだ。

出版をチェックして都合の悪いことは削除するという動きは今のメディア規正法や特定秘密保護法の時代に月々しい。

自分は中傷する上の世代の仲間だと思われたくないので、気を使って全文削除してほしいと要請しているが、同時に中傷しているつもりはない発言を削除され、それを当然のことのように受け入れる麻痺した感性には、断固抵抗する。それは自分にとっては非常に政治的な行動である。

部分的な規制に加担することは、時代の気分に流されて、自分の身体を日本と同一視する動きにつながってしまう。騙されて「支持政党なし」に投票してしまうようなものだ。

唯一の論理がインタヴュアーがマネージャーだからというのは非常に幼稚で、それは安倍が日本の首相だからというのと同じ理屈である。

都合の悪いことなので消せと言われたなら、都合悪いなら全部消してくれと返す他はない。

都合のいい本を作ればいい。僕は間章に借金を踏み倒された人々が、何も言わずに耐えて生きているのを知っているし、そうした無名の人々の側に常に居ようとしてきた。

歴史には常に犠牲者がいる。そこに踏み込まなければ正史は書けない。

マイナーの中にもアイヌや沖縄が居たということだ。そしてアイヌの外にもさらにオロッコやギリヤークがいる。要するに差別があったということだ。アイヌが北海道は自分たちの領土だと言うのと同じ理屈で、インタビューイーに選ばれなかった者たちが、今は音楽をやめているけれども自分たちこそマイナーだった、と叫んでいる。そしてマイノリティーを全うするにはzineのような出版形式が望ましい。そうしたアンソロジーになら、ぼくは喜んで寄稿するだろう。

漏水秋道

イギリスはアメリカとくっついていないと野獣の二本の角の役割を果たせないので離脱したのですよ。そんなこともわからないのですか。EU諸国は所詮一〇本の角ですから。

夏至が暑さのピークではないように、迎角が愛の最大値を呼び覚ますのではない。それは遅れてやってくる。だから夏を実感するのは秋なのだ。

シギリージャ、ブレリア、ヴィダリータを挟んで、アレグリアス。

再び闘争の時代に入った。

政治の枠組みが全てであると思っている人々は正しく断罪し続ける

最近細い黄色いトンボが増えた

日本会議や日本会議を断罪する政治の悪霊が排除しようとしたのはその枠組みから外れる女子供の色であった

山崎のヲンナコドモというバンド名は今こそ月々しい。

三宅を断罪する正しさはその枠組みから出、彼を認める正しさもレコードショップ店員の陥る汎趣味のような川向こうの境界から来る。

「支持政党なし」党はヲンナコドモのアウシュビッツである。

彼らの方が白票党より真剣だ。

アナーキーは黒票党ではあり得ず、投票所爆破でもあり得ない。先達に倣うなら、例えば名称は自虐的に、「敵の思うつぼ党」或いは尾形亀之助に追随すれば「それはこういうことか党」であろう。

ただ、言葉を弄っても政治的枠組みの中ではすぐに追い付かれるだろう。「獄死した牧野先生の夢見た世界はこんなものだったのか党」とか「昔は与党の中にも骨のある議員が居た党」とか政治的には圧倒的に正しい再領土化が始まるだろう。

哲学とは畢竟この政治的枠組みから如何に逃げおおせられていられるかという主題を巡る必敗の記録であった。

異教徒を抹殺したい原理主義者の心理状態に陥った原理主義的ミュージシャンがマネージャーを抹殺するべきであるという結論に達した。マネージャーはロック史において常に反動もしくは障害として機能してきた、という理由で。

かれはひとりのギタリストを見た。ゆったりとしたシャツを着て椅子に腰掛け、楽器を持つ構えにも無理がない。練習してきたテクニックの蓄積による余裕が表情にも表れている。

かれもギターを弾くが、パンクなので練習したことはない。本番前も消耗しているので楽屋で当たり障りのない冗談を言ったりする余裕がない。かれはずっと貧乏だったのでレコードを漁る種族とは会話が出来ない。

かれは四〇年前山谷で永山則夫研究会に行ったことがある。フルーツパーラーで乱射するISを装った永山。ハチ公前の選挙フェスで乱射する永山を装ったIS。世界はもう階級闘争の時代でさえないのだ、とかれは思う。ゆったりした種族を皆殺しにしたところでかれの夢想は終わる。

下層の象徴が効力を持たない

下層の象徴が効力を持たない

ISに扮した永山が立ち尽くしている

かなり大きなカフェだった。造作は木が主体なのに禁煙エリアは隔たれていない。一人客は窓辺に沿った長テーブルに座る雰囲気になっている。反対側には喫煙者のための設えが対称をなしている。

下層以下は認知されない。食費が無くなっても声を上げず、それはこういうことかと餓死していく。最期の消費を速めるために店の設えは計られる。

プレカリアートと定義された途端、さらに下に押し出されるようにして、チューブをはみ出たペーストのようにかれは椅子に擦り付けられる。

連日の「最期の消費」を反時給で換算する。

マイナスが成長して木になる。

その木でカフェは作られている。

それで求められるのは覚醒ではなく麻痺なので、かれが「愛媛搾り」を飲まされている。

県を搾っても血の一滴も出ないだろう、枯木からどのように樹液を絞り出せるというのか。

テロリストが原発を爆破するのではない。原発がテロリストを爆破するのだ。テロリストが原発の?血で汚染されるだけなのだ。

下層に血はない。流れているのはリン酸塩とアステルパームとポストハーベスト農薬である。

下層の脳はコンビニの棚と同じ設えになっている。

下層はゴジラと同じだ。放射能を食べて生きているからである。

テロリストは学校給食のように押し並べて汚染される。テロリストは原発の食中毒である。

原発は存在しない。

下層の下は存在しないことにされているからだ。

世界にはテロリストしか存在しない。

カメレオンの面々が別マでサバゲーやってるようなずれ込みかたで、下層は兵隊に取られた。

いまの日本会議によるテロを文春革命と名付ける。アジア史的には文藝春秋戦国時代である。

そこでは誰もがおっさんであり少女であり元ヤンであり、一億総テロリストである。

人生に深みを与える唯一の手段が軍隊であると下層は信じ込まされている。

しかし戦闘のコミュニケーションよりも、倒錯のコミュニケーションよりも、さらに難しく深い行為とは隣人と会話することだった。

今日の飛行機は酢酸撒いてないな、と下層は空を見上げる。

早く殺して欲しいのにな。

植木屋はいま昼間働いてはいけない。地球はそのような労働を欲していない。百姓がそうしているように明け方にやるべきなのだ。冷房を二〇度にして風邪を引いた家主がかれのコーヒーに咳を飛ばした。

ガラ刑はトラック一〇まで進んだ。その間外に居た植木屋は夕方ビールを飲んだだろうか。

だが日本にビールは存在しない。似た缶はコンビニに並んでいるがそれは輸入物のコーンスターチを使ったジェノサイドの道具に過ぎない。植木屋は昼に殺され、夕方に殺された。その間ガラ刑は一〇トラック進んだ。

三分の二で議決され、国民投票過半数で改憲となる。下層は改憲前でこれだけひどいのだから改憲してもこれ以上悪くはならないだろうと思って面白がって放っておく。恐らく来年に改憲となる。下層のために唄が用意されるだろう。

国家を意識しなくなった時に残るのは自治会やローカルなコミュニティだけだ。それをナショナリズムから分断しなければならない。かれはムシさんから送られてきた素麺を近所に配る。子供は山に逃がさなければならない。例えばグラインドコアのコミュニティにその力はない。

マンションの踊り場から下を見ると、逃亡中の男女が捕まって殺されようとしている。石があったので衝動的に殺そうとしている方に投げ、結果は見ないで部屋に閉じこもりテレビを点ける。投票したのだ。

政府はテロが何より好きなので、下層がテロテロ言うと喜ぶ。皆にテロリストになって欲しいのでわざと悪人のように振る舞ったりしてくれさえする。なるべく沢山の人を道連れにして死ぬことほど大きな快感はないからだ。

 

 

 

夢魔の領域が両側から攻め取られ

収容所は消滅した

脳の中にそれはあったのに

吃音の男も滑舌が良くなり

明るさは十数年の皺を際立たせる

ころころと一〇年代は過ぎ

敵も味方も明るみの中できらめいた

リヤガーデンのない家のように

私達の領土は闇を浴びている

その銀の中で爬虫類の

頭から地軸が生え出ている

その線は折られるか

闇によって折られるだろうか

きらめくような分かり易さの中で

鉱山主は名指しされる

 

青草は干からび花は枯れる

両側から挟み込まれていく夢想の領土で

それぞれの側から見た言葉の方式が

 

骨組みだけになった二つの家のぶつかり合いのように

明るみの中に線の音を立てる

口とんがらかして歯ぎしりして寝ていたので窓開け虫受け入れる

安全が演壇に立った

応じながら 雨に降られて

見方から風に吹かれる

ありのままの裸を見せるのが恥ずかしい

無花果coveringは衣服ではないのだ

皮の長い衣long garmentは踝まで到達した

荊と薊の作業場としての地球で

過渡的な障害として作業着屋がある

転落事故の顛末

燭の中でエテコは微睡む 窓のところで

ぜひ 落ちて

鍋の中に死が入っています

コヤシントウリという下剤を知らないまま

human errorというもの

どうぞ、ほんとに気をつけるようにいたしましょう

坑を掘っている者は自らそれに落ち込み

石壁を打ち破っている者は 蛇がこれを咬む

石を切り出している者はその石で自分を傷つける

丸太を割っている者はそれに対して注意深くなければならない

 

そうしてくださることを信じています

丸太がそう言う

 

 

 

 

死は騒げば大きくなり、静かにしていれは小さくなる。だからいま死は公平ではない。本当は、雀一羽墜ちても空全体に叫びが上がるのだが。

 

 

発展途上国

 

民族衣装の残像の中で糸が絡まって

声を乗せるサーフィンが始まった

端数に誤差がある可塑的な重装甲車

ここまでにしましょう

人が住んでいるところすべてを惑わしている

竹林、判り易い白い石、(石灰?瑪瑙?)バス亭

きびきびした 曇天の滴り

タクシー 電車 バス

 

来てくれてありがとう ではなかった、細工し易い白い石

ある一本の管が間違って震えた

白檀に穴が空き

うっすら汚れ

エリート主義

韓国に出稼ぎ

韓国軍はカンボジアで

木彫りの顔の身近な

もうほんの少しすれば

あちこちで

 

 

死者を場所と結びつける大きな誤謬と「対話」してどうしようというのか。死者とは心の中に生きているもので、国家とは一切関係がない。騙されている者の心情を理解することと、霊魂不滅の土俵で政策論議をすることとの間には命に関わる隔たりがある。

犬猫や人間の殺処分に関する論議を国家の枠組みの中で行うことは無謀に近い。国家とは主に殺処分のために存在する暫定的な機械だからだ。仮に法案が通った国があったとしても、それはさらに大規模な他国での抑圧の犠牲の上に成立する一瞬の楼閣に過ぎない。

分断工作は必要ない。政治的枠組みの土俵に囚われ、左側に坐る者達は、必然的に分裂するからである。ここで、正しさは弱さ以上の意味を持たない。強く間違った工作員的正論は、弱さを攻撃することで「正しくなさ」の正当性を書店に拡大していく。

コンビニ陰謀論と書店正論は同じ存立平面上に置かれている。

敵対者たちは分裂しない。一団となって立ち構えるのは常に国家群である。故に大同団結が機能するのは与党連合に於いてのみである。沖縄にとって政治的枠組みの中で生じる分裂は常に我方アバンに於いてである。

民主主義に奴隷は含まれない。故に予定されている国民投票では誰も投票出来ない。「愚民」さえ存在しないからだ。

以前ならコンビニ陰謀論を批判する健全な言葉の型がまだあるように見せかけることも出来たが、牧歌的な季節は東京ではとうに過ぎている。敵にとってはその史観が正しいかどうかは問題ではない。領土を持たない者同士を檻に入れ、支持するしないという幻想の聖戦を行わせたいだけなのだ。

良識の府という幻想の中で戦わせられているのはISと非ISである。両者共に領土を持たない。だから参院とはゲリラと難民の見世物の府なのである。見物人はローマ市民である。

 

 

 

行かねば

 

息子を焼きに行かねば

大船山のふもとで

薪を組み

溝に水を満たし

樹々のみどりを凝視めると

ネムノキが伊予万才を踊っているではないか

人生は炭にするな灰にしろ

サンソが言った

それっきり山羊は見つからない

 

 

 

日本列島の半分は無党派層が自治を行うのはどうか。但し選挙に行ったことのない人に限る。

双方失敗してやっと分かるだろう。政治形態に関して言えば人類史は必敗の記憶に過ぎない。

政治的枠組みの愚かさは論外として、もう一方の無政府側の必敗の理由を述べる。土壌は共同体を養うほどには回復していない。自給自足は地球規模の分配によって計算上は現在も可能だが、政治勢力がある限り分配は不可能である。そして人間じしんによって政治勢力が滅ぼされる可能性はゼロである。

党派層と無党派層は終わりまで共存する。混じり合わないのは双方の夢想だけである。銀行と自然農は最後の最後まで物理的に地球の一角を占める。男たちは、このまま、立ったまま朽ち果てるのだ。

下層は、どちらかに吸い上げられるだけの存在である。下層を下層として革命あるいは覚醒の主体とする思考は潰えた。その意味で、下層と支配層の区別はない。絶望の元に平等だからだ。支配する者も、支配される者も、男も女も子供も老人も善人も悪人も共に滅ぼされる。なぜなら、自治に失敗したからだ。

政治的枠組みの中で間違っていることを間違っているということほど愚かなことはない。相手に立つ場所が無いことを嘲りながら、自分の足元にも場所がないことに気づいていないからだ。政治史そのものに正当性が無いのだから、陰謀論など間違っていて当たり前ではないか。

もはや対話はない。立場を乗り越えた政治的対話は存在しえない。下層奴隷ヤンキーによる暴力はあるかもしれない。それは支配層の平和にとってはむしろ望まれるところだ。ISは平和の象徴なのだ。

憲法がいいいいという人が多いけど、ぼくは最初に天皇が出てくるだけで嫌だったぜ。護憲は退行に過ぎない。だから改憲は退行の退行だ。ぼくはそもそも憲法なんて要らないと思う。人が人を縛る言葉を造れるわけないじゃないか。

憲法なんてぼくが作ってやるよ

第一条 日本国民は日本国民であることを止めなければならない。

以上

無党派層は虫を食べろ

被爆が原因で死んだ者はまだ居ないというあちら側の気違いじみた言い分もある意味正しい。我々は原発によって死ぬのではない。被爆の程度の大きい者も小さい者も、自治の失敗によって死ぬのだ。

そんなことを考えながら山道に死体を埋めた。

 

やだなあ、詩ですよ、詩ですってば

でも健忘症なので、と繰り返した

そんなことを考えながら山道に死体を埋めた

木と木の間に、黄色いクリーム色の炎が踊った*

それからコンビニのフリーwifiを

トッピングで不味くしたカフェラテに流した

強い者が打ち負かされる時

その痛みは省みられない

 

苦痛とは常に味方の苦痛なのだ

私が埋めた私の痛みが

地面から叫んでいる

*脚注

空色の人工物であるクリームを

木に擦り付ける

それによって蛾の卵は隠された

両生類は沈黙した

道は蛇行して山を這い上っていた

折れ曲がった陽だまりに

健忘症の元首を埋めたのだが

 

元首はそのことを忘れたのだ

実写の炎はいちばん炎に似ていない

 

反歌

オリジナルの氷結は9%のに比べてアセスルファムとか入ってないからいいんだよ、とぼくは明仁に言った

元首にされるのは嫌だから玉が抵抗を試みたというのはきっと違うと思う。長州による暗殺を恐れた、というスイス銀行絡みの陰謀論も違うと思う。英連邦内の離脱といった感情のエピソードというなら許せるがそれは世界史的には重要ではなくなる。重要なのは支配者層と悪霊の演劇だけなのだ。

 

 

おそろしい楕円の月だ

もと来た道を戻るのがおそろしい

田圃が四角なのがおそろしい

まきちゃん家の二階の灯りが点いているのもおそろしい

用水路の水のごぼごぼもおそろしい

おそろしいことだらけだ

後ろから絶対なんか付いてきてる

シャブやってるわけじゃないよ

水に月が映ってるのがとくにおそろしい

月と草がぐるになって敵対してる感じ

蛙も変にスーサイドだし

電柱も今日はなぜかまっすぐ突っ立って

見えなくていいと思って寝ていた

雑誌を落とし

濁った青空に寝転んでいた

城から城

コンビニからコンビニ

下痢した昆虫を連れて移動していった

寝覚めは

一〇時らしかった

異星の墓で草を刈った

シンボルのない病院で

うた声は

のびすぎたイネ科

緑陰は裂けた口

失敗した歌をクラシックのいやらしさに対峙させる

旅館の植物の迎合を髪切りの友好的演目に重ね合わせる

停止線の北欧の軽さにトイピアノ型の小麦反対デモの味覚

落ち窪んだ満月

 

 

 

 

 

自作自演共和国偽旗慎之介は

翻弄されたアルザス炉れーぬで

愛の雲間(クラウド)の源流を唄つた

翻弄された桶狭間が風に熱を奪われ

南雲は近づくアンリデマレ及び合唱団

対馬故に免れたいやらしさ

赦しをもらうための曲作

 

主よそんなに激しく咎めないでください

 

狭間から駆け落ちするデマレは

一方に肥大する毛利陰謀論の右頬を扇風機に当てて寝落ちし

一方にドイツの白に観念する左懐の恋人岬

一八歳の修道女マリーマルグリットと脱北脱南

対馬海流を逆走

バロックの終わり

 

迎合と孤立の狭間で

腐敗と発酵の狭間で

梅雨明けの魂に黒を飲ませる

 

社会彫刻としてはしごしているのだ、とでぶは応えた。

水曜に発売されるのはいつもそんな半ばの永遠だ

 

 

わたしより生き残った方がいい人はいるけど

月はわたしのもの

肩の上に首が乗っている

スイカのように

夜の鷺はギャーギャーうるさい

カエルのほうがその間はまだのどかだ

舞台の上にスイカが乗っている

スイカは軈て転がる

機動隊と米兵は全員ハブに咬まれて死んだ。残された家族は悲しんだ。

 

 

 

 

アーノンクール最後の仕事はベートーベンの荘厳ミサ曲

それにブーレーズをぶつけてきた。アドルノだな

それにボウイとカトリックからの返答を加えれば関ヶ原だ

大里はここまで来なかった

ディレッタントでは駄目なんだ

This is tbe dayの危うさが分かるか?

聴いていて最も殺意を覚えるのがセツナでさえない11時台のジャズである

戦後の音楽がセツナであってはいけないという反省であったとしたら、六〇’sは反動であった

ロックと現代音楽は絶対に相容れないものだ

だから南波アートベアーズは引き裂かれたアーノンクール版ミサソレニムスでなければならない

 

虫が多すぎる

字がうてない

まきちゃん家の灯りが消えた

大艱難の前に微調整を続ける

 

視覚を用いたマークシート方式的な認知コントロールしか効かないほどに私たちの聴く力は退化している。それで、日本語による美の彫琢は終わっていることに私たちは気付く。日本文学は終わった。終わりまでのわずかな間、日本語による文学表現は難民文学のみとなるだろう。

日本会議的な文章表現は最後の反動としてしばらくの間存続するが、小説の力は移民、難民による日本語の使用のみに顕在するだろう。そして私たちの伝達は視覚メディアへの移行を完了させ、関心はもっぱらアジア、アフリカ、ラテンアメリカの同様のコレクティフとの連帯に向かうだろう。

いま、高江に在る前線を共有せよ。総括は必要ない。視覚は総括しないからだ。

牢獄の中で蹲って眼を閉じてはならない。窓の外を見よ。ただし景色を見てはならない。景色は生活だからだ。その向こうの、見えない希望を見よ。日本に希望がないことのみが希望である。

忘れたい過去があっても忘れようとする必要はない。そこにエネルギーを取られてしまうからだ。未来に、見えないものに目を向けなければならない。いま見えているものは希望ではない。日本が存在しなくなることに想像力を働かせなければならない。

希望は絶望に似ている。未来という点で、それらは同じものである。ただ、私たちを前に進ませるのは希望だけなのだ。日本語表現による話者の転換が、メタ言語のレベルで行われていなければならない。それを司るのは脳内物質の映画である。

健常者心配停止都知事選

難民移民代わりの偽旗

草むしりなどは朝ごはん前にするものだ、と百合子さんは言われたわけだけれども、

草を刈るとトンボが目茶喜んで集まって来た

四七番札所の八坂寺方面を上りながら考えた。あの山肌もあの山肌も知っている。

分け入って。

対話が本当の意味で不可能になっていく。もうすぐメッセージは一転して裁きの宣告に変わるだろう。

本来は弱者による「それはこういうことか自殺」が支配者に脱領土化されたのだ。弱者はそれを引き受けることで弱者としての自分を再領土化し、自覚的な奴隷化が進んでいく。「死は最後まで自分のもの」はこれで完全に機能しなくなった。上にあるものは下にある。色を変えて。

ドイツのは自爆だし見えすぎるし話題にならない?同盟国だったのに薄情すぎやしないか、ところでオトノタニはリストに入れてくれてますか。え!?りっぱなフェスですよ心外だなあ。警備もいないよ乱射し放題。大垣から乗せていってやってもいいよ。サイファーもあるよ。0はきみらが発明したんだから

猫に足つぼしてやったら効いているぽかった

検索してみるとやはり研究され尽くしていた

しんくんはけんじょうしゃだったらさぞかしりっぱなアニキだろうしんくんのおかあさんは相模原の話になったらみちのまんなかで泣きだした

時と予見しえない出来事はクローバーフィールドのように臨む。

都合の良い間隔で事件や災害が起きるわけではないのだ。

処理能力が飽和すると心は弱くなる。

どちらかというとそちらの方が問題だ。

今こそ机を設えなければならない。

簡単に言うと家賃の見通しが立たず他のすべての問題はどうでもよくなっているだけだ

飛び込むかなかな周波数

じぎゃくわかるめー

タンブラえいぞうやろう

なんかみずのみたいっすよねー

コンビニで水かってのむとかへんなくにっすよねー

おれらいどっすよいど

あきやまさんは大物の器体に武者絵を描くが節約のため服を着ていない。たまにやくざが買う。やくざは車を停め、兎に角一番高いのを買ってこいと子分に命令する。

峠の気温は21度

ここは25度

ジョイフルの朝食は二四時間

allday breakfastはworking-classの象徴だった

あきやまさんは精神において下層ではない

たぶん外食しない

ドリンクバー付きで390円

それが24時間

豚汁には一味が付く

下層唐辛子

下層のささやき

下層の表現に金は関係ない。地金がないだけで、下層の方が金遣い荒かったりするから。

下層アム・ハーレーツとは「それはこういうことか層」なのだ。

そう考えると人はなべて下層である。ヤクザも安倍も植松も。山猫は誰か。

アランベガには地蔵に手を合わせる式の信心があった

ボトルをぶれないで轢き上げる

FALL用のモランディのシリーズいったん終わる

モランディは瓶を白く塗っていたというのです

余計な反射がいやだったのかな

オスプレイの音でトラック作ってよ

ヘリの音って胸に隙間が空くみたいでしょ

それに自分の自爆テロの音を被せればいい。ギターなんてもうダサいよ。ヘビメタ以外使い道ないっしょ

わたしたちはまるでささやきのように自分の年を終えたからです

自分の日を数えることをわたしたちに示してください

光束夜やめて熱帯夜にすれば

スガルものを見せられても

微調整続きの貧困は

漏水秋道@decablisty

精々自制することぐらい

生まれてから一度も

投票したことがない

タヌキが死んでいた。六本松スポーツ少年団が終業式で表彰されたのは、被差別区域である頭ノ向子供会と集会所で交流会をしたからだ、と囁かれた。その日は雨が降っていた。駄菓子が笊に盛られていた。由美がその時は居たかどうかは覚えていない。意識したのは中学に上がってからだ。

ハンカチ落としをしていた。後ろに置かれることが多い者は目立った地位にあるか、容姿が整っているかのどちらかであるように思われた。

「応答」に触れても画面に変化なくカイロみたいに熱い携帯

蜘蛛の糸貼り付く熱い闇を行くメールの返事は「どねきょ」と返す

永いわねまだ咲くのわたしきらいよノウゼンカズラ暑苦しくて

赤カンナきみたちは処女ではないな

かなしみラッセララッセラ

あんさんもジャブ断ちしてみなはれ

コンビニの前に坐ってペヤングのお湯を捨ててる我ならなくに 

いまとても大きなイノシシに会った

どねきょは「どうですか今日は」という陰謀論のメッカ光市辺りの方言らしい

と東が教えてくれた

タタリ

ポップ・タタリじゃ

ビール買っていいですか

神戸の異人館辺りじゃイノシシは珍しくもなんともないけど砥部じゃ珍しいんだぜ。山になにがあったのか。わりと白くて大きくて、ジブリのほら、なんとかみたいだった。

解体して皮を剥ぎ、着物を作れ。

塩がない場合は、内臓を擦り込め。

食べるのは、イナゴと蜜だ

エビと変わんないっすよ、はっきりいって。

玉虫みたいだけど丸まらないやついるじゃん

あれって人気ないよね

よいか四郎あんなやつになるではないぞ、とか言われて育って、大人になってから玉虫と違った偉大さに気づく、みたいなの、

ないか

あるといいね

あ、字打ってたらどっか行っちゃった

あ、いた

遠くで、さらに何をそんなに急いでいるのだろう

なにかを暗記するということは久しぶりだった。昔のマハラトで、マスキルである。今で言えばゴスでイーモでコア、みたいな呼び方である。

・・それは必ず速やかに過ぎ去り、わたしたちは飛び去ってしまいます。

あ、fbの友達の、郵便配達の人とすれ違った。

隣の山本さんは働いてなくて、家の周りの雑草取り以外は毎日輪投げの練習をしている。輪も棒も手製である。

鏡を見ずに髭を剃るのはひとつの訓練だと思う。

うちの洗濯機の横には包丁が置かれている。人を刺すためではなく、石鹸を刀削麺のように削りながら洗濯しているからだ。

ゴミ屋敷の人ほど優しいというし、部屋は散らかっているが、コンビニの空の容器や尿を入れたペットボトルが転がっているわけではない。頭のなかで、曲がこうなっているのだ。

夏になって初めて冷房を入れてみた。かからないので壊れたかと思ったが、リモコンをよくみると暖房になってた。

と思ったら冷房でも効かなかったので室外機を見たら葛が入り込んでいた。覆いを外して弦を引き抜くと果して直った。ノイチゴに腕を傷つけられた。いいちこは高いからセブンの麦職人だとももが言うがローソンだったので108円の親会社ニッカのやつを買った。贅沢をしてしまい罪悪感がある。

ハウスマネジメントに於けるモンロー主義的自衛の結果いいなもは将来への投資と位置付けられるもノイチゴに噛まれた腫れてきて腕は内需拡大死にたくなってきた

シンゴジラ変態前ツチノコみたいでかわいい

ここまでは日本のジブリ段階を表しているに違いない。

ジブリ段階ではツチノコゴジラと少女が友達になり、鍵を握るのである。ところが官邸前ゴジラコールに象徴される下層の喜怒哀楽は完全に無視される。ここでは地の王達が一団となって立ち構え、ゴジラ=神に敵対する状況が描かれている。下層の物語に着目する思想はとうとう失われたのだ。

フクシマによって日本は戦後を終えたのである。

それが日本に落とされた三つ目の原爆だったのだ。

二つ目はカテキズムを暗誦し禅寺を装ったあそこに毎日行こうと言う子らの上に落ちた。彼らの数は多く、学年二学級の内一つはきりしたんの組であった。アメリカは彼らを狙って上からあとみっく爆弾を落とした。あとみっくかとりっく かとりっくあとみっく

一つ目は構造主義的レイヤーのお好み焼きの上に落ちたと思われているが、実は逆である。関西お好み焼きの上に原爆が落ちて、構造主義的レイヤーのスカスカになったのである。彼らは、原爆を食べているのである。

まとめると、一つ目は関西風お好み焼きを終わらせ、二つ目はクリスンダムを終わらせ、三つ目はニホンを終わらせた、というわけね。石原さとみ談

冷房の、醤油のような風

 

7.14 mshb@ufoclub
7.17 @osaka nambaya

15:45-メンバー入り
16:00-Maher Shalal Hash Bazリハーサル
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16:45-Mainliner リハーサル
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17:30-田畑+亀川+Hikari リハーサル
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18:15-開場準備
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18:30-開場
19:00-田畑+亀川+Hikari 本番
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19:50-
20:00-Maher Shalal Hash Baz 本番
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20:50-
21:00-Mainliner 本番
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21:50-終演後BAR TIME
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終演
8.5 mshb@bears

〈CO-OP vol.2〉
森山ふとし
Supersize me
ann ihsa
8.6 mshb@urbanguild

Kath がやるといっていたのですが、連絡がないのでなさそうです
と思っていたら連絡あり
やっぱりあるみたいです
来れる人は連絡ください

8.19 /aya@jinbocho shichoshitsu
8.17-21

exhibition “陶瓷展Керамика выставки モランディの壜 Bottiglia di Morandi”

@fall


.20 performanse
8.21 piano solo@bitches brew
8.26 w/reiko@nambaya
8.27 @osaka bar hows

2016 liner note for kotoripan

9.18 mshbn@sdlx

MSHB

Every Song I’ve Ever Written – Band Night

2016.9.18 SDLX

 

 

 

9.25 w/rodger turner@kobundo
9.26 @harnes
10.1 mshb@otonotani
10.11 w/sho yoshihama, seiji shirai@takamatsu ill
10.15 mshb@墨田区八広地域プラザ吾嬬の里 本館 “black nerd festival vol.2 ~Many Concent Rockers~”
9.16-11.30 exhibition@teshima teshimanomado

10.26-

matsuyama gallery camelK

w/真鍋博文

 

2016.10.26 貧困層の窪溜りとしての「二人展」

 

10.29 /石川浩司/ippen&森田理論/spacegrainder/ピクニックディスコ/村井知之&若林輝則@”yamanami art festival”
11.2 +mako hasegawa@asagaya ten
11.5-6 exhibition “私は、さげすまれ、打ち砕かれた単なる形なのか。または喜ばれることのない器なのか。”@shuyukan
.5 solo
.11 mshb
11.11 w/Reiko@bears
11.19 w/kotoripan@lvdbbooks “galapagos punishiment ガラ刑2”
11.20 /ichiko ijichi/myonja@nambaya
12.22 mshb@matsuyama bar caezar
12.24 mshb@roppongi@shinsekaiマヘル・シャラル・ハシュ・バズ -Antifolkfolks-
12.25 tzitziki@hikarinouma
ジジキ 山崎春美  -uramado outfits vol.9-

12月

 

2016.12.1How to do things with words