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interview 2002年6月 indies issue

indies issue 2002.06/07 vol3 text:岩崎一敬

インタビュー indies issue 2002.06/07 Vol.3 2002年6月発行  TEXT:岩崎一敬

  • マヘルの曲は単純に“良い曲” “良い音楽”と片づけられない深みがありますよね。ポップソングとしてのフォーマットがあリつつも、即興の要素が多分にあったり。2重3重に思考が巡らされていると思うので、今日はその意図に追りたいと思ってます。

工藤 良い曲っていうよりは旬な曲がやりたいっていうのと、あとはその場の音を大切にすること。たとえ良い曲であっても、その場では良くない場合ってあるじゃないですか。前もって考えたことをやろうとしても思い通りにいかないことって多いでしょ? 例えばリハであんまりいいフレーズをやっちゃうと、本番でそのフレーズを繰り返そうとして自己模做になって死ぬことがあるじゃないですか。そういうことが度重なると、ライブには練習しないで臨んだ方がいいんじゃないかと思うようになるんですよ。だからとにかく“その場の音”っていうのを基本にして、その路線で普段からいろんなことを考えるんです。その場で合奏することって、リアルタイムのことじゃないですか。その場で起こる瞬間瞬間をキープするってことをやってけば、良くも悪くも一応その場だから、それでいいんじゃないかと。だからコンピューターをいじっていても、その場の音で即興するっていう基本ラインをキープする。世の中にはいっぱいいろんなことがあって、考えてたらキリがないから、簡単なフォーマットだけを2~3持ってればいいんですよ。あとはみかん剥いたりしながら考えるということですよ。

  • だから初期衝動の瑞々しさが每回感じられるんですね。

工藤  でさ、曲のアイデアとかはいつもチラシの裏とかに書き散らしてだーだーなってるわけよ。そういうのを、ある日正座しながらまとめれば曲になると思うんだけど、人間関係とかプレッシャーとか煩わしいことがあったりすると、曲とかどうでもよくなることがあるじゃないですか。でもそういう嫌なことがあっても演奏できるものってーつくらいは残るから、その一つを基本モチーフにして、劇みたいなものを作るんですよ。「それさえあれば俺は大丈夫なんだ」みたいなのを一つ持ってライヴに望むんです。例えば一昨日のライヴ(2/23@吉祥寺スターパインズカフェ)だったら、あの僕のベースのフレーズ。あれは流星を見てた日に思いついたんですけど、「どんな嫌なことがあってもいつもそこに行けるんだ」っていう自信と自負には少しの力はある、と思いたい、ということです。

  • あの執拗に繰り返すベースラインにはそんな思いがあったんですか。で、聞くところによると、バンドで曲を合わせるのも、ライヴの2、3日前からだそうですね。

工藤  練習が必要な曲もありますよね。でもそれは本気の練習ってよりも、曲の構造を説明しつくすということだったり。そういうことをする時には演奏者の自発性とか即興性を最大限に引き出すことを大事にしますね。その人の向き不向きとか、星を見たか見てないっていうのもありますが、いろんなことを話したら、あとはその人のいいようにやるんですよ。個人の衝動はもちろんあって、その上で対立する両輪みたいな感じで、通行人とも一緒にできなきゃならないみたいな。まぁでも、他の人の音を聴いて反応していくような環境を作っておくっていうのはまず大事ですよね。演奏上のコミュニケーションに関してはその人の資質に負うところが大きいんですけど、その人の資質がどうであれ、ある種の場として見せられるものを供給する、演出みたいなことをスコアでやるわけなんです。基本はその人のそのままでいいから、まぁ自然にできるんですよね。たださ、音楽って人に命令しないといけない部分もあるじゃないですか。僕は焼き物でも「この形を作れ」って言われると、「ヤダ!」ってなっちゃうんですよ。押し付けられると嫌になっちゃう。それが解決できない問題としてあるんですよ。でも、自分が思いついちゃったものはやってもらわないとしょうがない。2つのフレーズを思いついちゃったら、もう一方はメンバーにやってもらうしかないじゃないですか。もともと彼の中にはなかったものを、僕が押し付けるわけだから、凄い傲慢というかファシズムというか。そうすると「あの日僕が星を見てこういう感じで」って懇切丁寧に何時間も説明しないとできないですよね。で、また中途半端なフレーズだとそれをする価値がないじゃないですか。そういうところでもまた捨てられていくフレーズっていっぱいありますよね。だから大変なことなんですよ、人に何かやらせるってことは。ヤマハの自動伴奏機みたいな感性で自動的にやっちゃうのって、言わなくてもわかる、なんかコミュニティーを想定した演奏でしょ? それはフォークをやる分にはいいけれども、今のモダンな音楽をやる場合には、それは意識的じゃないじゃないですか。ロックっていうのは…僕は自分ではロックでパンクだと思っているんですけど、意識的じゃなきゃいけないんですよ。グローバル化と平行したある種の意識的な活動なんですよ。…ちょっと渋谷陽一ぽいかな(笑)。で、そういう意識的なリズム、意識的なメロディーをやるためには、ゼロから口を酢っぱくして「こんなノリ、こんな感じ」って言っていくわけですよね。でも全員のメンバーには言う時間や気力がないんですよ。そういうときにはもっとわかりやすく、「星はこういうふうに流れた」って管楽器で「びゅー」「もっと早いかな」とか、そういうふうに説明していくんですよ。星を全然見たことないやつに対しては見たことあるやつに懐中電気を持たせて、速度まで見せるんですよ。遠い人には遠い人なりの指示、近い人には近い人なりの指示の仕方、そういうのが灰野さんじゃないけどイツクシミってもんだと思うんですよ。

  • 一昨日のライヴではライトをかざしてましたけど、あれは星を表現してたんですね。

工藤  そうなんです。それで、そのライトを見てホーンを吹いてる人がいたんですよ。で、その星もね、メンバーそれぞれ見た場所が違うんですよ。東京で窓を開けたらでっかいのが一つだけボーってあって、空が雲まで明るくなったとか、山梨の実家でガーガー見たとか、岐阜でゴーゴー音がするような感じで見たとか。明大前で一時間に2、3個見たとか(笑)。だからそれぞれの体験を元にやってもらうわけなんですよ。僕の見た愛媛県の重信町とは違う見え方でも、同じ日の同じ体験なんだからそれをやってもらう。だから自分の体験を人に伝えるってホント難しいんですよね、ノリとか。女の子とかでたまに変なリズム感の子っているじゃないですか。もうとんでもないような、三拍子叩きながら四拍子歌うみたいなのがいるんですよ。ああいうのって人にどう伝えるのかっていうのがありますよね。伝わり方の違いにも個人差があり、相性があるってことがわかった上で伝えないと、一律にメンバーに楽譜を渡してもダメなんでしょうね。

  • 一応、工藤さんの意図してることをメンバーにやってほしいっていうのはあるわけですね。

工藤  ただ、裏切る奴っていうのは想定しないとだめなんですよ、何やるにしても。こっちがそれを受け入れる体制ができてないとスタートできないんですよ。でも裏切ることを認めてるって関係は、お互いを認め合ってる関係だと思うんですよ。だからジャズとは人の集まりの中で起きる個人的な事件なんです。でもあの流星群、僕は去年、あれが一番感動したんですよね。流星群ってけっこう影響を与えてると思うよ。テレビで歌番組とか見てると流星がどうとかって歌詞が結構あるもんね。鬼束ちひろだって「星なんか見えなくたっていい、あなたがいればどうこう」って歌詞があるし。

  • 割と曲のモチーフはそういった感じで?

工藤  だいたい空ですね。空の色って水でできてるから、身体の中の水と反応しちゃうんですよ。ほら、身体って7割くらい水だから。水って元素の周期テーブルでできてるから、きっと感情もそれに反応してるんじゃないですかね。そういうのの動きで感情も説明できると思うんですよ、いつかは。だから音楽聴いてる時に、音楽嫌いな奴が入ってくると場がしらけるじゃないですか。それってそいつの水がこっちの水に反応してるんだと思うんですよ。

  • 今度のシングルも水が重要なキーワードになってますよね。

工藤 そうなんですよ、水モノばっかりで。

  • 実際、水の音も入ってるし。

工藤  あんまり聴こえないんですけどね。良い

機械ででっかくかけないと聞き逃す感じで。な

んか人間って43オクターブくらいは聴けるんですって。身体の中の金属っていうか、元素が振動して。まあ、てっぺんとか下は聴こえないんだけど、身体は聴いてるっていう。そういう意味でアナログの方が感情とか、水の音とかは届くはずなんだけど。特に水の音ってよっぽど広い幅がないと伝わらないんじゃないかって気もするけど、どうなんでしょうかね。でもこれね、手作業なんですよ。ホントはコンピュータの波形ソフトを使えばラクにできるんだけど、お金がなかったから。録音の時、全部の楽器の横でストローでぶくぶくやったんですよ。みんなね、わざわざ同じマイクで拾わなくっても、違うマイクで録ればいいって言うんだけど、なんかこだわってね、忙しく弾いてる隣で録ったんですよね。でも、あんまり聴こえなくて意味がないっていう。あ、そういえば昨日のライヴ(w/向井千恵、山本精一)ではDNAコンピューターを作ったんですよ。

  • DNAコンピューター?(笑)

工藤 「DNAコンピューター」と書いたでっかいダンボール箱に僕が入って、背中に「ワウ」って書いて、そこを客が踏むんですよ。で、僕が「あ一」って叫ぶのが「あうあうあう」となるっていう。僕がDNAの機械としてそこに組み込まれてるわけなんですよ。山本精一さんと共演したい若手っているわけじゃないですか。僕は「あ一」って言ってるだけだから、彼らは僕を通して山本精一さんたちと共演するんですね。彼らも楽しいし、僕らも楽しい(笑)。最新テクノロジーをダンボールで作って人力でやろうってところがアイロニーなんですよ。

  • 本気でやってたらただの変人ですよ(笑)。

工藤 酔っ払った人は頭の方踏んだり…。えーと、水の話だよね。それで曲も水モノを集めて「マヘル·オン·ザ·ウォーター」ってタイトルで出そうとしたんですけど、それは英語圏の人たちにとってはあんまり評判がよくないらしくてボツになるかもしれない。というのも、ニール·ヤングの不評だったアルバムをみんなが思い出すからだって。ジャケットのイメージまで考えてたんだけどね。イギリスにはきれいな水が多くて、地名に「オン·ザ·ウォーター」ってついてる場所が多いから、青い白抜きの看板に「マヘル·オン·ザ·ウォーターはあっち」って、きれいな川のほとりに立ってるようなものにしたかったんだけど。

  • それもいいですねえ。

工藤 でもね、「多摩川」って曲を録音する日に、僕リコーダー忘れちゃって、自分のやり方に反して翌日重ねて入れたんですよ。だから良くないんですよ、あんまり。同時にリコーダーを吹かなきゃ意味がないんですよ、違うんですよ。だからあんまり人に勧めたくないんですよ。

  • ところでマヘルはいろんな楽器が登場して、ベースをホーンで代用したりもしてますが、楽器の選択はどう考えてるんですか?

工藤  あれね、ファゴット。ブラジルあたりでベースの代わりに使われてたりするんですよ。あと僕は昔からひたすらストリングスがあれば豪華だと思ってて。でもそうすらすら弾ける子が友達にいなくて。憧れなんですよね。ストリングスとファゴットがあれば、他に何もいらない。この雑誌を通して呼びかけてください、なんて(笑)。

  • 1曲、ベースの入れ方がすごく面白い曲がありますね。必要最小限しか音が入ってないやつ。

工藤  ああ、あれでしょ、「ストーン·イン·ザ·リバー」って曲。ベースってずーっと鳴らしてるのが当たり前になってるでしょ、だけど本当はいらないでしょ。だから本当にいるところだけ確信的に音が鳴らせればスカスカの音が聴こえるっていう。

  • 工藤さんにとって、曲の完成形っていうのはどこに見えてますか? 到達したい地点というか。

工藤  考えたことなかったな。でも、スコアを書いた時点で完成形っていうのはあるんですよ、頭の中に。たとえ不完全な演奏だとしても、完成形が見えるように演奏するんですよ。みんなよく「あそこで間違えなきゃ凄くいい曲なのにな」とか言うんですけど、いい曲だってわかってる時点でもう良いんですよ。

  • それ、すごいわかる!未完成の隙間ってすごく美しいですから。

工解  でもね、わざとやるとダメなんですよ。お

茶碗とかでもわざと曲げるんじゃなくて、ふっと曲がっちゃったっていうのがいいんですよ。だから上手い人もわざと下手に弾く必要はないんですよ。その人が持っている技術で弾くのが一番いいんじゃないてしょうかね。

  • うんうん。工業さんはピアノすごく上手じゃないですか。それなのに他の英器をやってるのはそういうところで?

工藤  ギターっていい楽器ですよね、ピアノだと頭の中にある音を9割がた表現できるところが、ギターでは2~3割しか表現できないんで、安心してどんどん弾いていけるんですよ。10を見せるためには、9だと9しかたぶん伝わらないけど、2ぐらいだとかえって10を予想させやすいじゃないですか。あとクリシェってのを上手く使うことですよね。これはスティーヴ·レイシーって人のやり方なんですけど、即興で吹いてる中、たまにジャズのスウィング感を一音だけ出して、ジャズバンドとしての決め事を見せる。わざと既成のイディオムを混ぜながら、自分の10のうちの2ぐらいを一生懸命やるっていうやり方。もちろん自分の演奏に対しては本気でやるべきなんだけど、クリシェの既成のイディオムに対して本気でやったらだめなんですよ。わざとっていうのは大事ですよね。日本のほとんどのバンドは本気でそれをやってるけど。ほら、ロックの共通の財産ってあるじゃないですか、チョーキングとか。あれは気持ちいいもんなんだけど、でもあれを本気でやったらね…。ゴダールの言葉で、「引用する人を引用する」っていうやり方があるんですけど、自分が引用したら負けなんですよ。人が引用してることを見せるみたいな感じで常にやるんです。

  • なるほどお。

工藤  それでね、スティーヴ·レイシーは間を省略したような、ゆっくりとした演奏をするんですよ。それが歌っぽく聞こえるんですね。たとえどういうものでも自分の心にあるものを再現しようとしたら、それはその人のメロディー、歌ってことになるじゃないですか。エリック·ドルフィーの路線だと、もうみんな自滅して死ぬしかないんですよ。人間にはできないから。で、ある時期レイシーみたいなメロディーの出し方が自分の理想形に見えたんです。8ビートさえ叩かなきゃ何してもオッケーみたいなドラムと、あとスティーヴ·レイシーの音の選び方、それとビブラートのかかった声、裏切るような前後にちょっとずつズラしていくようなリズムを組み合わせれば、自分の理想形のロックができてたんですよ。80年代前半くらいまではね。今はないですけど、スティーヴ·レイシーが好きだった頃はそういうふうにやりたいことがありましたよ、カッキリと(注:この時期、sweet inspirationsというバンドで、青山の発狂の夜、吉祥寺のGATY等で演奏していた)。

  • おお、グラマラスなズッコケ·パンクみたいな。今はどうですか?

工藤 マヘルはね、劇団みたいなものなんですよ。パゾリーニが自分の映画を作るときに自分の一座しか使ってないみたいな。マヘルにはユーフォニウムの中崎くんっていうリズム音痴の人がいるんですけど、彼がいる限りは、さっき言った理想形はできるわけないんですよ(笑)。だから、それでやっていくしかないんですね。

  • そもそもの、工藤さんが音楽を始めるきっかけになった音楽ってなんですか?

工藤  T-REXかなぁ。あとヴェルヴェットのライヴ。緑色の女の人のお尻がでっかく写ってるやつ。高校くらいかな。

  • ヴェルヴェット·アンダーグラウンドの影っていうのはすごく感じてました。

工藤  僕の青春はあれから逃げる努力によって費やされたんですよ。どうやってあれを超えるかっていうか、影響から脱するかっていうのがテーマだった。いくつかの突破口はあるんですよ。決め手の言葉がね、ヴェルヴェットの2枚目に「BETWEEN RIGHT AND WRONG」って言葉があって。ルー·リードの歌詞のスタンスっていうのは、常に2つの間の中間に自分を置いて、君はどっちなんだい?って自分は立場を決めないんです。歌詞がべらべら出てくるのは自分が立場のないとこに立ってるからで、立場を決めちゃったら言葉はもっと寡黙になるはずなんですよ。それは多分彼がユダヤ人だってことだと思うんですけど、僕はカフカと同じような印象を持ったんです。カフカの日記に、「下に向かって根が伸びて、上に向かって枝や花が伸びていく木を夢想した」って書いてあるんですよ。だから、根がないんですよ。ユダヤ人って流浪の民だから床がないんですよ。だから中間の地点で宙吊り状態を活性化するような言葉を出すんですよ。で、僕は見切ったんですけど、現代音楽がロックの影響を受けてミニマルを作り、ミニマルの影響を受けてルー·リードがジョン·ケイルとバンドを組むっていう流れでしょ? ある種アカデミックなものに対してのコンプレックスと、そのユダヤ人的な彼の血筋によって成り立ってるわけなんですよ。そこを見極めればなんとか超えられるんですよ。自分が確かに思ってるものを歌詞にすることだとか。あとそうだな…もう一つ別の流れのボーカリスト…マーク·ボランとかピーター·ペレット(オンリー·ワンズ)だとか、ああいうベチャっとした声の流れっていうのはさ、ルー·リード=ボブ·ディラン系と反対の流れなんですよ。C、G、Fみたいなルー·リード的なコード進行と声の質、それとマークボラン的なC、Am的流れは僕の中で分かれていて。で、僕はオンリー·ワンズが凄い好きなんですけど、そっちの方です一っと抜けていけないかなって。

  • あぁ~、オンリー·ワンズは凄いわかる!

んですか?

工藤  そういう抜け方で僕は行ったかな、って(笑)。

でもそれは80年代の話ですよ。結局あれもニューヨーク·パンクと別物ではないんだけどね。

  • ニューヨーク·パンク@ロンドンって感じですしね。それで、日本人としてっていうのはどうなんですか?

工藤  なんか中村とうよう的な質問だね(笑)。あの、別腹っていうんですか? 結構、僕は浪曲とか演歌とか好きなんですよ。例えば浪曲の三味線って凄いフリーなんですよ。ああいうのでどんどんやっていけばいいんだけど、なんか日本人ってできてないですよね。沖縄の人は軽々とそういうことできたんですけど。たぶん学校教育のせいだと思うんですけど、洋画と日本画の区別があるのは日本だけだと思うんですよ。外国人にとっては絵は絵じゃないですか。そういうので音楽も日本と西洋は別腹っていうか、違う種類のものになってる。邦楽をモチーフにした曲とかはマヘルでもよくやってるんです。あまり評価はされないですけど、2、3秒で終わるようなのが延々と続くやつです。そういうときはルー·リードもマーク·ボランも頭にはないですね。だからそれが本来の自分に近いものなんでしょうね。だからそういうことをしているうちに、ヴェルヴェットの影響からは、わざとやってみせる程度までには開放されたんですかね。わざとできなかったですからね。真似ですから、要するに。

  • ところでマヘルはステージの演出にいつも凝ってますよね。

工藤 まずその場に行って、その場所の音の反響を見て、どういう聴こえ方が一番面白いかを考えるんですよ。ステージの立ち位置とか。それでライブハウス側に2階でも演奏したいとか、客席にもマイク立てたいとか言うんですけど、でも「ここはフリースペースではありませんから」って却下されたりもして、すごく難しいですよね。あと、PAを使うという暗黙の了解があって、PAの音に客も演奏者も慣れちゃってるじゃないですか。純粋に客の立場で考えたら、中心に座ったときにいろんな所から生音が聴こえてきて、「あ」とか「お一」とか言ったときにそれがマイクに拾われて「おーおーお一」とかになったりしたら、凄くいいと思うんですよ。それを実演したいんですけど、でも店が抵抗してやらしてくれない。だから戦いですよね。でも演奏前に戦うと消耗して演奏の半分以上ができなくなっちゃう。傷付きやすいんですよ、僕って(笑)。わざとロックバンドみたいに演奏することもできるんですよ? そういうときの演奏をみんなは面白いっていうのかもしれないんですけど、本当は違うんですよ。だってジョン·ケージがそういうこと言いたかったわけでしょ?(その場で鳴ってるすべての音が音楽だという解釈)半世紀前にああいうことを言ってて、現場はまだこの状態でしょ? おかしいんですよ、進歩が。

 

 

 

70年代後半からアンダーグラウンド·シーンで活動を続ける工藤冬里。彼のセンスはかなり特異だと思う。筆者がまだ10代の頃、90年代初頭に仙川ゴスペルにて初めてマヘルのライヴを観た時の第一印象は、「なんじゃこりゃ!みんな拍手してるけど、これ、わざとヘタなの?もしかして」といった感じ。当時のアヴァンギャルドといえば、“ザ·ノイズ·インパクト”的なものが主流だった中、彼らのトロトロへロへロな演奏はまるで逆。隙間だらけの行間はなぜだかとても美しく、たどたどしいメロディーはまるで聴き手の参加を呼びかけるような余韻を残す。私はその未体験の価値観にけっこうな衝撃を受けた。もちろんそれはただ物珍しかったからだけではない。マヘルの音楽が素晴らしいのは、批評性を幾重にも内包しつつ、それを上回る純粋な表現欲求があること。まるで自分で仕掛けたパズルに自ら飛び込んで謎解きをするような、そんなスリルを自らに課しているからこそ、いつでも彼らの音はフレッシュなのである。今回はバンドの首謀者である工藤冬里に、そんなパズルの一つ一つを教えてもらった。リスナーだけでなく、ミュージシャンにも是非読んでもらいたい。なお、イギリスのGeographicから待望の4曲入りシングルが近々リリースされる(された?)。

 

 

 

工藤冬里バイオグラフィー

 

1978

川田良の八丈島の実家でワーストノイズの合宿をした時、アイスクリームの運搬用の車で移動中窒息死しそうになった。

1980

ピナコテカ·レーベルのためにマシンガンタンゴというバンドの録音をしたがボツになった。

1981

guys’n dolls という名前でニューヨークのスタジオで録音したが発売されなかった。

noise というバンドのライブテープを編集して「天皇」というタイトルのLPを作った。

1982

guys’n dolls のメンバーの岩本君が、新宿JAMのライブから「hard rock album」というLPを作った。

1983~1984

金田一安民、渡選浩一郎と「わたしたちの演奏」というカセットを作った。

マヘルは1984年からたまにやっていて、初期のメンバーはおもに篠田晶巳。彼がじゃがたらというバンドを手伝っているのは冗談かと思っていた。

1985~1989

d’sレーベルというところから、マヘルで「maher shalal hash baz, pass over musings」という2つのカセットと、マヘルも入っているオムニバスのカセットが2つ出た。

PAPという会社の人が来て「屑の断層」というオムニバスのヴィデオを出すというので国立駅周辺で撮影をした。

1990~1997

メンバーの渡邊浩一郎が自殺したのでオルグから追悼盤を出した。ハンス·ユルゲン·シュンクという人がノイズの「天皇」の再発をしようとしたが、倒産してだめになった。「kichen tapes」というオムニバスのCDに1曲入った。

2000~2002

soniqというレーベルから頼まれてギターの演奏のテープを送ったがボツになったらしい。

フラクタルというレーベルからオムニバスを作るので参加しないかと言われたが、コンセプトが「アマテラス」だというので断った。

川手直人という人が「夜稲派meltdown」というオムニバスのCDRを出したが、僕の参加した「中崎博生taxiを歌う」はボツになった。