tori kudo

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◎2016.4

ザハ・ハディド暗殺で始まる夏は

いくつか未整理のまま見切り発車

 

パディントンの一周年記念 

その人は天に行くと思われていた

隙間はその人の肩で拡がったり狭まったりしていた

ほんの百年とちょっとで

遠さは近さになり

広さは狭さになった

項の絵付

4.2

kyoto ichitubo theatre swan

“壱坪シアタースワン跡地”

墓川雪夫のロック史 

包囲網狭まりすぎて絞り出たdough夏の葱坊主 死にたい

はなびらの土に貼り付く今年かな

未来から夢のデフラグ揺らぐ過去

手術前ゆめのデフラグゆらすいま

深沢さんの、フレットを押さえきれない雑音を、三上寛が草を引っこ抜く音、と擁護している。

隣室にくぐもる娘らの声の流れてをりぬ祈るごとくに

僕の持っている楢山節考の楽譜は吉増さんに貰ったものである。藤井さんと三人でやることになった日の朝、彼はその曲を叩き台として僕にやらせることを思い付いたのだったが、僕は当然のようにやらなかった。代わりに僕はバグパイプを鳴らし続けた。彼は女のようにのたうち回った。女だな、と思った。

ギターの五線譜には「フラメンコ風に」と但し書きがあるが、「どこが」という感じである。友川のいかにもな語尾のやつも聴き、流石にギターはきれいだったが、顔だけで歌っているので僕はこの男をまだ信用していない。

僕が畏れの念を抱くのは三上と今井の兄貴だけである。以前六本木で金子とやったとき二人が対バンで、心底歳の重さを感じた。外人から見た日本とも、油面周辺とも違う、ああいうものは歴史にもう二度と現れないだろう。

ニューウェーブ以降の世代は胃弱していて、何をどうあがいてもすぺて屑だ。

80年代以降のバンドは、すべてその名前を「ユニットバス」に変えるべきだ。

ズボン裂けはなびら地面に貼り付きぬ

イタリアのフォンタナのソナタが流れている。ウィリアム・ドンゴワのコルネットって恭子さんに似てる。

死んだバナナ

うそはつらいぜにごらない、って歌作ったことある

Buleria12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

Alegrias1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1 2

Vidalita アルゼンチンのパンパの民謡のフラメンコ化したもの

 

着信はMarie Maryにしてるけどマリからかかってきたことはない #ガラ刑

曲名が「世界の葬送」に聴こえ

春の嵐に捲れ上がる時間

曲名が「世界の葬送」に聴こえ春の嵐に捲れ上がるか

散る花に雄の茶トラが嵐を歩くか

降りだして30分は経ったからきれいになった雨水を飲む

フッサール→実存→構造主義的不決定→(リゾーム)→各地層の活性化→二心→現状半容認←再稼動

わがみよにふるながめせしまに

柿若葉

雨水で割るスピリッツ

今朝生まれたので今夜死にます。

草刈りをしました。

モランディの絵のような瓶を作りました。

喫茶店で親に棄てられた人の長い長い話を聴きました。

柿の若葉の天婦羅を食べました。

 

ティムバートンのビッグフィッシュをしばしば想い出す。目が覚めると現実という夢に引き戻される。

現実という夢だけで生きているトゥウィララーが多すぎる気がする。もっと想像界に郷愁を持て。画像加工はそこでやれ。

と映画に言われている気がする。

画像加工は現実が夢であることを訴えるものでなければならない。

つまり夢の中に真の現実を持っている人のみがそれをすべきだということ。

現実は手放してもいいが、夢の現実の芯を手放してはいけない。

夜を彼らは昼の代わりに置いており,

「光は闇のゆえに近い」と言う。

 

ロンリーな論理逆転

愚脳死す 

have a look at job 17:12

蕗を煮るいろんな人がいろんな場所で

ワニサイで近日中に溝之辺騒動を演るのがイメージできる当座の夢

三越前でエナジードリンクを配っていた。しかも500ml

呼び込みのプロ

ミョンファは風呂

省線は白

 

白い電車が走ってるんだぜ

ペパーミントガムみたいだね

もう売ってないけど

 

りえなんか学校違うのにリスみたいな目してまだ見張ってるし

 

虫のように忍び込む超三日月

でたでた(でたでた月が)から

一度も問題にしたことなんかない

一度も問題にしたことなんかない

5757+雨の水割り 

パブリック白のジャンパーに

穏やかな低い声が

近づく

ダブリン再訪

包囲網狭まり足拭きにブルータスお前もかの絵柄

水面下で上っ面を見る

考えは感情を生み出し、感情は行動を生み出す。その逆であってはならない

はぐれた狼が泣いてるトリビア消されてる

電動ノコギリでドラム缶切るもんだから煙で臭くてみんな逃げたよねあのときの片割れファウスト。そこからナースウィズウウンドの人らと国境を越えてフランスに南下していった。ぼくらはその後ボルドーの森で水道電気なしでしばらく暮らした。

右も左も池で水位が違う

アーノンクールのモンテヴェルディで想い出したのが白川静、ニコ、連赤、ラ・デュッセルドルフ

ff#ecc#ecaff#gg#ac

いのち

いのち食べに行こうか

風をたべる

重信川上流の採石場の排土は1150度で脹らみはじめ、チタンを加えると酸化1200度で黄色、還元だと黒くなる。還元の方が発泡しやすい。黒楽型の黄色を考える。

劇団員のお七がやったとデマが飛び

大方の曲はつまらないんじゃなくて演奏が失敗しているだけなんだ、と気付いた。なまじ間違わずに弾くから騙されるだけであって。

カラオケ老人だって知っていることが音楽に伝わらなくなったのが近代

インスピレーションじたいは変わらずあるが、それが社会に広がっていかなくなったということ。それまではそういう意味での「社会」がなかったから広がりの問題は捨象できた。貴族と作家の関係はある意味現代の狭いサークルに似ている。汎ジャンルを謳うことのつまらなさはそこから来ている。

 

触れているものがあり

生まれ落ちたものがあり

小さいどよめきがあり

白は銀に黄は金に変わり

肉は部位によって固さを分かたれ

携帯は振動し

遠近法は遠近を作り上げ

道の広さと狭さを取り違えた人も

レジ前の列の最後尾に並び

眼鏡と裸眼が見つめ合い

空調はドライを選択し

艦内は空気に満たされる

滑る光の井戸に届かず

 

悲しいと眠くなるんだね

八重咲きて藤を待つ間の日和かな

八重咲きて藤を待つ間の日取りあり

八重咲きて藤を待つ間のひとり かな

死にたgirl

健全な空腹感というのではないのだ。大阪までのガソリン代を使い込むので種芋に手を出す感じである。二割引の、具が胡瓜だけの巻き寿司を85円で買った。それが夕飯である。

朝6時半からやってる喫茶店があれば独り言を言う男が毎日来るだろう。

骨盤をスコップで抉って心臓草を抜いて良い昨日を

これは高校の同級生で気が狂った窪田君の思い出にまつわるとてもプライベートなアルバムで、カブの暴走族温泉郡シルバーヘッドに捧げられている。

わたしは貝にナタリー

景色が多すぎる絵付けと同様塗り重ねる施釉も多重人格

ルオーみたいに削ぎながら重ねてもジャコメッティみたいにその日のうちに捨てるのでなければ恥の上塗りとしては同じこと

祖父は塗り重ねる人だった

立体みたいな油絵だった

一番上の層は埃だった

サロンドートンヌのアンデパンダンから上塗りして母を産みぼくは埃だった

モンドリアンは上塗りし

ない

天一の「味がさね」は

あじの上塗り

 

上塗りして既読デトックスするー 

上塗り足りぬwow #回文

根来かな漆工芸は何の上塗り

シャルパンティエのアンドロメードてあんどろいどみたいね

ちなみに安堵という銘の入ったワインがあっておいしい

岩にアイコンが貼り付いている。褐色だ。

いけえずみさん大病

蕗はそろそろ食べてはいけない。マムシが毒を出すために茎を噛むのだ。

蕗は噛むのに都合がいいらしい。墓川はマムシになってもて余した毒を茎の中に流し込む。

鷺「オレだよオレ」

経営するホテルを急遽シェルターと言い換えてしまったような化粧のポスターの前でやっぱ共産党にするわ

「これはほかのみさきじゃなくてたのみさきと読むんだよ」

鮎川の、ぼくはもう行かない どこにも、というのは結局どこでも行くということ

地上にはぼくを滅ぼすものがなくなった、というのは東京も松山も関係なくなった、ということかな

じゃあなにが変わったのと言われると何も変わってないね

なんか、諦め死ぬことしか考えられないね

プリンスて同い年

東京は、ぼくの町です

タンゲくんはわたしのねこだよね?

ぼんおどりだけはいや

反原発でも盆踊りコミュニティいや

がんばれどこにもない県

見えない都市を見るように確固としていたのです

藤咲いて敵に塩売る行商人

門の外ではCD売るか

徹夜明けで眠いけどどうしても藤と八重の公園に行かなくちゃなんで

風邪で目も霞んできたけど

運転危な

えいろくすけがうちに来て地金の話をした。商売するにしろ何にせよ人には元手が必要、とうことだ。気づいてみると回りには地金のなかった友達しか残ってない。「やきめん」という、こじゃれた看板を出して道端で営業している赤い自動車の前を通るときそう思った。買いたかったけど地金に気後れした。

藤は赤と青があるんだけど赤がまだで、しかも八重がだいぶ散ってる。気候変動かな。去年もそうやって気を揉んだ。

藤と八重共に咲かない公園でクマンバチは途方に暮れる

こんな時は春光亭のしょうがだ!と思って来たらこんな貼り紙が!彼の逃亡は二度目だ。それにしても「僕に会いに」はないだろアイドルか!ただラーメンに来てたんであって。そうか彼は自分を食べさせていたんだ。食材と自分の境界がなくなっていたんだ

というわけで赤白のハナミズキ通りをあてもなく走っているとイタチに会いました。

イタチさん、なぜあなたの毛は枯葉剤撒いた土手みたいに赤っぽいの?

そ、それは、こ、抗議するためだよ

ほら、三上寛が若山富三郎を通して勝新太郎に行こうとするだろ、それと同じでおれはタ、タヌキでありたかったんだよ

そ、それがベ平連と何の関係があるの

だ、だからおれは夢ではば、爆弾巻いた子役時代の舘ひろしが市場で怪しまれずにウロウロしてるつもりになったタヌキなんだよ

というところで水田商店に来た

ここは白と黒しかない

白をたのんだ

で、実際のタヌキはいまどうなんだよ、と僕は隣のイタチに訊いた。

あ、いまおしり見せて走ってく元カレってコンセプトでアイドルやってるらしいっすよ、せいぜい斜めって横切るくらいしかオレら出来ないから、真似できないっす

無理に真っ直ぐライトの先を行くとどうなるの?

まーず死んじゃいますね

目瞑って10歩、それで限度ってとこですかね

ここまでMC

〈目を瞑って歩く夜道は〉

クマモンが拍手して終わり

ZoⅢベース持っていくこと

 

ジンビームとからっぱ飲みするから青い瓦がぎらぎらするんですよ

なんで太陽光にしないんですか

 

他の瓦はあんなにしっとり落ち着いているのに

 

さあ、死ぬ時期だ。

 

ひかりのうまヘル

ヒヒーン

ぴたぴた

おーしいいこだ

5月24日大久保大草原の小さな家

 

風邪がひどくなるばかり

プリンスみたいにもう死にたい

 

4月23日

Death Savings Flag の

Liquid Pentacles

がチェコのプレス屋からの便に一枚紛れていた。彼らが NYマヘルのバックバンド?なのだが、彼らだけでの演奏は全くmarsである。ビートを刻むところは昔のテレーズぽくもある。

プリンスは走路を走りきりエノク的に”取られた”のだと思いたいが

と思って流していたらどんどん変わっていった。ブルックリンのレコード棚を見ているような弱さ。と書いていたら携帯に毛虫が

美の追求を忘れた哲学は紛い物だと京大の教授が教えていた

弱さとはそういうことなのだろう

最後の曲で元のフィールドに戻った。この構成はリアルですばらしい。等身大とパブリックの問題をそうやって止揚している。

八重藤と去り行く野なら忘れ霜さらなるさむき山に登らむ

やっと熱が風邪を引けない首から下に

殺していく殺していく

リンパの地下道

ヒつこいわねえ

 

うちのうらの川にはウナギが上ってきていた。酒粕を入れた魚籠で簡単に獲れた。奇跡のようなことだったが、百姓たちが護岸工事と農薬で潰した。

Bo`zrszcze NASTOLATSK

ポーランドの夜稲派で、鳥の研究者のメンバーが送ってきた

特筆すべきはリミッターがまるでかかってないことで、静かな曲でも窓ガラスが震えたりする 

ポーランドの即興はその構築的な案曲に徴があるが、これもご多分に漏れない。

田尾君が極寒の収容所で水ぶっかけられて夜中立たされているようなやさしさにあふれている。あたたかい氷。

 

藤に変わり山の遠さ 

ポートランドはバスーンが来れないのが確定して寂しい。hello NYでの通奏低音がいかにすばらしかったか、聴いた人には分かるだろう。

農繁期でベースが来れなくなったのもそれに劣らず淋しい。屈折のない安定感はこれで失われた。トマトは色艶良く異常に美味しかったのでヒノヒカリも頑張ってください。

2003年、ポーランドのショーの前にエチオピア料理店に行った。一日一回、ライブの前に食事するのがツアーバンドの常だった。木の塊から削り出した異様に重たい椅子がシェバの暗いクールを醸し出していた。車で聴いたエチオピア演歌にはまっていたところだったので出来た曲をエチオピアと名付けた。

グレッグという人の家に泊まった。スモールバンドだ、と彼は卑下した。その哀愁がいつまでも残った。寒がっていると着ていたフードつきの紺色のジャケットを脱いで呉れた。着ていこうかなと思っている。

 

アメリカは、アーヴィングの小説のように寂しいところだ。彼の手にかかるとスペインにさえ西部の風が吹く。その機微を最も分かっていたのはサムシェパード経由のCANだったというのは皮肉なことだ。要するに、ロック史とはノスタルジーに向き合う辺境の方法なのだ。

ゴダールが言うようにアメリカは存在しない。あるのは先住民の大地と風だけだ。ディランの歌はそのメンタリティーに触れたのだろう。

和服のトランペット嬢とユリシーズの半チャーハンが来ないのも淋しい。去年の秋に京都でやったような古楽様式の合奏はこれで不可能になった。

マグの口づけ

真鍋君の50号の風景は細かすぎて逆に人面やpm2.5まで見えてきてしまう。

メタのメタがリアルなら、リアルのリアルはメタになる、というような、デジタルが苦手な男の具象だった。よれよれの線で「いつも笑顔で」とか書いている人の書が、さびしくてよかった。線で意味を帳消しにしている。これはメタ。新居浜のさぼうるにて

うちを建てた人が周りに植えた植物はいちいち理由がある。大体が薬効で解決するが、腐ったインスタントラーメンみたいな臭いのする花の咲くヒメサカキが角に植えられているのは、あれはたぶん公との結界を作るためだった。などと、堀江さんのオチのない推理小説のようにあれこれ考えてみるのが楽しい。

定休日だと分かっているのに車を走らせる俺のシナプス

定休日と思っていたらやっていて正しかった俺の無意識

竹枯れた山を過ぎれば幽かなる不安と安堵共にありけり

山々は代車の如くひかりをり

やっと咲いた赤い藤

やっと咲いた赤い藤に八重の安堵の死顔の散乱

今日はビールを飲みたいと墓川は思った。

 

発狂の夜に居た頃、夜更けに、近くで青い部屋という店をやっていた戸川昌子が来た。「朝日の当たる家」を歌いたいというのでギターで伴奏をつけた。数フレーズが進むと、彼女は暴れ馬を押さえるような手つきで僕の頭に手を置き、無言で「坊や、」と言った。僕は筋を曲げずに、でも少し控えめに弾いた。

 

圧力団体の領土分割がNHKFMの実相である。

邦楽内ならうた沢など諸派からバランス良く組閣する。音楽は、公募団体が美術館を、利用団体が公民館を取り合うようなものとして捉えられている。ジャンルの井戸端が音楽だと思っているのだ。会長の国体維持思想が降りてきて、源を蝕んでいる。

音楽は民主主義的な結構で存在しているのではない。活動している団体をバランス良く配置することが日本の響きの内実ならそれはいま安倍内閣の味がするだけだろう。

渋谷陽一から始まるトッポいやさ声の系譜は他のジャンルにも蔓延し、いまや世界が、軍事行動を含めた茶飲み話になっていく。現状肯定と霊性の欠如による浅い地層のみの、認知の靄のかかったメンタリティーで日本は出勤する。ラジオで深淵が覗かれることはなくなった。

BBCも実相は同じだが、優れているのは、いくつもの専門放送局があり(討論専用の局まである)、人が、というかオタクが、世界として一つの局に殉じることが出来るようになっている点である。殉じる世界があるところにはジャンルの神が降臨する。それは原子力委員会のようなものではないのだ。

あ、だから古楽の楽しみのシフト変更に付いていけなくて戸惑っているだけです。圧力団体としての古楽界などというものを感じさせたら終わりですよね?皆川先生。

国立公民館の利用者の会には、邦楽サークルぽいと通りがいいかなと思い、「常磐会」という団体名で申し込んでいた。

 

バッハの「音楽の捧げ物」の五線上の様々な方法はグッドマンでさんざん篠田と試した。

マヘルの字義でもある「音楽の分取り物」というコンセプトは、その頃篠田とマヘルを立ち上げるために話し込んでいたとき閃いた。

五線上の弄りはオヤジギャグの押韻強迫に似ている。バッハは音楽の親父だったのだ!

 

活発に活動しているように見えても実は地金があって赤字の心配をしなくてもいい種類の音楽がある。そういうのが一番厄介だ。パトロンが居るのはまだいい。

美学的選択は、経済的な要請に等身大であるとき強さを持つ。

今や音楽とはプレカリアートのための貧困ビジネスなのだ。

下層の即興をしてみよう。ラップやブルースではいけない。回収されるからだ。デレクベイリーの下品なワーキングクラスの話し方はいま考えると月々しく、彼こそ真の商人であった。

 

2016.4.29 an interview by Italian journalist

 

In Maher Shalal Hash Baz you deliberately work with musicians who make mistakes, “like our imperfect lives”. Why do you do this? Is it an aesthetic choice or is it something else?

美学的な選択なのですが、それは不可避的な経済的要請から来るものです。

Aesthetic choices come from inevitable economic orders.

 

Does your work in Maher Shalal Hash Baz have a political objective?

政治的目標にからめ捕られないように航行するのがマヘルの初期コンセプトです。

ただ、福島の原発事故には生活者として多大なダメージを受けています。

The initial concept of Maher when it was launched was to voyage the public sea, so as not to touch the land by any political port of call.

However, the ship has been damaged after the nuclear accident in Fukushima.

 

What is a world worth fighting for?

まず、私たちが守るべき国家はありません。国家は悪霊が支配しているからです。国家を否定した国家なら、あるいは戦うに値するかもしれません。

First of all, no country is worth to be protected. Each nation is ruled by each evil spirit.

The policy which denied being as a nation could be worth fighting for.

 

What do you think about freedom?

自由意思を与えられていることに感謝していますが、重力に服さねばならないように、それが相対的なものであることを理解しています。それで、物理的、倫理的法則によって制限された自由のうちにしか、自由はありません。そう考えると、自由はない、とも言えます。今のままでは誰も永遠には生きられないからです。

 

I’m thankful that the free will is granted, but I also understand that freedom is relative so that I may have to obey the gravity. So, I had to agree that real freedom was found only in the freedom restricted by physical and ethical law. So, it could also be said that there is no freedom. We can not live eternally, unless helped not being the way we are now.

 

Does art describe reality or an alternative to reality? Very much of your music could be described as “happy”, but the world we live in is full of horror. How do those things go together?

生なインスピレーションソースはいつでも甘美なものです。

The raw inspiration is always a sweet thing.

 

What do you think about utopias?

失楽園から復楽園に至るまでの期間に産み出された人間の妄想

Man’s obsession during the period from paradise lost to paradise restored.

 

what do you think about riot grrrl?

彼女たちは良い意味でパンクでしたが、ロックを、言葉を乗せる器、道具として使っているので、そのムーブメントは、音楽そのものの革命ではありませんでした。僕にとって真のガールズバンドはいまだにShaggsであり、raincoatsです。

 

They were punk in a true sense of the word, but as they use music as a vessle or as means to carry their words, the movement was not the revolution of the music itself. The real girl’s band for me is still The Shaggs and The Raincoats.

 

what do you think about punk?

パンクは生き方であり、音楽ではありません。大半の彼らの音楽そのものはつまらないものでした。興味深い音楽はパンクそのものではなく、その辺境にひきずりだされた結果日の目を見たのです。

 

Punk is about a way of life and not about music. Most of their music was just ordinary,

 

the interesting music was not punk itself, but those exposed by being dragged out

from that border.

 

Is there a reason for so much of your music being instrumental?

音速を超えない限り、言葉を曲に入れることはできません。ただ、そうした曲にもタイトルという形で言葉が用いられており、それが音のフレームになっています。

You can not put words in music unless it exceeds the speed of the sound. But even for that music, word is also used as its title, and that forms the frame of the sound.