NU 往復書簡 宇波拓
How long will you sit on the fence?-1 Ki. 18:21, “New English Bible.”
宇波様
桜が咲き始めました。月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして、という歌がありますが、それをもとにして「昔の月」という曲をやっていたことがあります。ノスタルジーの泡を睡蓮のようなノイズに変えるというような言い方を自販機雑誌がしていた頃のことです。ところで、昔、ある人が、渋谷から六本木に抜ける青山トンネルの上にあった「地球の子供たち」という店で、「テン・イヤーズ・アフター」を聴いたそうです。フラワー・ムーブメント花盛りの頃でしたから、それはいかにも月々しい選曲でした。10年以上経って、その人が、同じ場所に行ってみると、そこは「発狂の夜 スペース青山」という名前に変わっており、再結成した「テン・イヤーズ・レイター」というのがかかっていたのだそうです。その「発狂の夜」でぼくは毎晩のように主にゼロ次元の残党や保険証を持たない人たちの前で「昔の月」を<演奏し>たり<看病し>たり<脅され>たりしていたのですが、その人が、その人というのは竹田賢一ですが、かれがさらにその10数年後にまたそこを訪れたかどうかはまだ確かめていませんが、行ったとしたら今度は前世紀末の「バー青山」で、秋山さんたちが「インプロヴィゼーション ・ミーティング」をやっているのを目にすることになった筈です。「発狂の夜」のその後に関して言えば、何人か捕まって店はキャバレー・ヴォルテールくらい短期間で終わり、行方が知れなかった、「そんなことで神に勝てると思ってるの」というのが口癖だった子は桃色の涎を垂らしてゴールデン街で倒れているのを目撃された後しばらくして「インプロヴィゼーション ・ミーティング」あたりの時期に死んだという噂をやっと最近聞きました。それらのディケイドとディケイドの隙間には<なにも起こらない>事件としての、12インチを抱えて六本木通りを上って来るDJたちの出入りが、喧しい無音のようにしてあったことでしょう。<事件>と<事件>を繋ぐ糸としての無言の<残党>たちも同じように居たかもしれません。それらの無音の中で、宇波さんたちの「無音」も、最初は誰も気付かない夜のうちに成熟していたのだと思います。それはやがてフェスティバルからフェスティバルへ、国からのお金の流れの中で個人単位の移動費として海洋堂のフィギュアのようにやりとりされていきます。明石大橋を渡ると、汚れた空気に包まれて神戸大阪方面に続く街並が浮かび上がりますが、多くの人がその汚れた空気のドームの中で大地のないまま主にサービスの交換だけで生活していることを思うと、お金の流れが、血瘤のような場所に溜まる、ある総和の中の濃淡のようなものとして実感されます。国からのお金が公衆トイレに流れていくのですからぼくの死体は灰にして任意の水洗便所に流してほしいと遺言してあります。「ひょっとして今自分は死んでいるのないかと考える」、と書いておられますが、確かに動物園のズーの語源のギリシャ語のゾーエーは命そのものを表しますから、それを持っていなければ生きているように見えても死んでいることになるし、逆に言えば、灰は水洗トイレに流れてもゾーエーを持たされていれば生きているということになります。その希望がないと最終的には何をやってもだめですが、その現実に対する反応によって分かれるいくつかのタイプがあります。一つ目のタイプはとにかく正しさから逃げることを目論見ます。あれこれ言われるのが嫌なのです。好きに瞬間を生きたいわけです。種と実を無視して、中空から上下に伸びるようなプロセスだけの植物を夢想し、そして自殺してみせます。二つ目のタイプは希望がないのに希望のほうを向こうとします。実がならなくてもハードルを越えたことにして希望の種を探そうとするわけです。かれは生きている間は人に励みを与え、そして死にます。三つ目のタイプは、希望がないことを受け入れた上で、そこから絶望的な友愛の処世術を探ります。去年葉山のジャコメッティ展で初めてそれを感じて以来、さらに幾人かそういう人がいることを知りました。それにしても、「なにものでもないものをみる」こと、完全さに封印するような経験はとりあえずはたぶんないと思います。それは上の世代の人に騙されているのです。それは1000年生きてから言う言葉なのです。考古学に罪はないから、人間の概念の終わりの地点から各時代の「即興」だとか「自由」だとかの思い込みの地層を調査するのをとりあえず仕事にして終着駅まで学者をやっていたいだけなのです。終着駅に関して言えば、ぼくもキス・ユア ・デスティネーションという唇型口縁のコップのシリーズを作っていたことがありましたが、乗車と下車の二点を考えるより二点間の線を考える、パンクの「不完全さ」や「未完」に関するマヌーヴァーをフリージャズに当て嵌めた世代が銀河鉄道を牛耳っているわけで、人生を束と考えるかれらには途中下車と見切り発車と無賃乗車の三態があるだけであり、やがて団塊の子供の世代が出版のヘゲモニーを握る時期が廻ってきたら、「いごこちのいい終着駅があるとはおもえない」という感受性が今度は活字化されていくということでしょう。もっと下だと「コナン」だとか「いにお」だとかのさらに心が弱い世代になりますが。「いづれまたあるもの」というのはけれども泣ける言葉です。篠田昌己や渡邊浩一郎や角谷美智夫や金子寿徳が目が覚めた時、ぼくがいなかったらどんなにがっかりするだろう。バスーンについて云えば、三角形のヒエラルキーに飽き飽きして古楽の上下平等な合奏に凝っていた頃、オンリー ・ワンズのベースはファゴットみたいだね、と灰野さんが言うので、それならファゴットでベースをやればいいじゃないか、と思ったのが始まりです。バスーンが手に入るまで25年かかりました。三年間バスーンをベースにした曲を作り、去年の7月に「他の岬」というコンサートをやって、バスーン・プロジェクトは一応終わりました。バスーンを使ったバンドというと、カンタベリーのリンゼイ ・クーパー関連、古樂復興としてのグリファン、ベルギーのユニヴェル・ゼロ、などがあります。アメリカのユー・トーテム、オーストラリアのクロッグス、なども似た雰囲気です。ELOのロイ・ウッドもバスーンを吹きます。現代音楽では、アメリカのディヴィッド ・バーマンの「タッチ ・トーンズ」や「オン ・ジ・アザー・オーシャン」で、ジャズではイタリアのアンドレア ・ブレッサンといった人がバスーンを使います。リンゼイ ・クーパーはデヴィッド・トーマスとやった「ウィンター・カムズ・ホーム」でもバスーンを吹いています。デヴィッド・トーマスはトゥー・ペイル・ボーイズで二人のトランペッターとやっていたし、編成的にマヘルと似た感覚を持っていると思います。
宇波様
ポーの「情熱は尊敬されなければならない」という一節を呪文のように繰り返して若い時から悪事を重ねてきました。ルーの「レイブン」が出た時ロンドンに居たんですけど、レコード屋のフロアが大鴉のポスターで埋め尽くされていて、メタルマシーン以来のかれ自身のライナーノート、「私たちはなぜしてはいけないことをするのか、なぜ自分のものにはならないのに愛するのか、悪いと分かっていてなぜ悪いことをするのか」云々とあるのを読み、かれのリアリティがそこに行き着いたことを思い、フランスのように罪を誤魔化すための”友愛”などというところに行かずに緋文字の中でもがくのがいかにもアメリカ的だし、その作業には似たような文芸路線として9.11を挟んで先行するローリー・アンダーソンの「白鯨」よりもさらに私小説的な逼迫感があるように思ったのを憶えています。ポーにはSFや推理やホラーといったダヴィンチ的、一元的な多面性と、天地に引き裂かれるゴシック的な葛藤があって、宇波さんはラブクラフトというくらいだからきっと今のゲームやアニメの架空神話に繋がる想像力みたいなところからポーを見ているのだと思いますが、ぼくは専らボードレール経由でアナベル ・リーとか、ルーの歌にもあるけどザ ・ベルズとかを耽読していたわけで、そういう違う視線を可能にする重層性がポーにはありますね。さらにポーで興味深いのは、インスピレーション至上主義の場所を散文ではなく詩の領域に戦略的に限定したことと、詩作が成功した場合に限って行われる節もあるその跡付け的な詩論の作業です。デレク ・ベイリーが演奏後にその演奏を「名付ける」ことをしますが、それと似ています。とてもいい即興演奏が出来て、しかもそれが何故成功したのかについての分析を演奏者自身がやってのけ、しかもその説明自体が別の国の人々の方法論に絶大な影響を与えていく、というようなことが詩の領域で生じたわけです。
というようなことを考えながらぼくはポーの家を眺めるのだと思います。そしてポーの家に居てポーの家が見えず、草の葉はそのさまざまな形状をぼくへの訴えの代わりにし、いつか罪から解かれたら見てくださいといわんばかりに謙遜に震えているのだと思います。ぼくはラブクラフトみたいには海産物はそんなに恐くありません。モナディック美術館で海の中でクジラと踊る人を観ました。絶望を取りあえず超え、レビヤタンのようなものを通して「われわれ人類には認識しようもない途方もなく広大な時間と空間」を手っ取り早く感得するためには、ポーやホーソーンの家ではなくてローリー ・アンダーソンのようにメルヴィルの家に向かうといいかなと思いました。
工藤
工藤様
ニューヨークにおります。異常な暑さで外を歩くととたんに気分が悪くなり、いまは床に伏しつつこれを書いております。フィラデルフィアでエドガー・アラン・ポーの住んでいた家を訪ねました。とはいっても、ポーがそこに住んでいたのはたった二年間で、ありがたがるほどのものではないのかもしれません。それでも、かつてそこにいた人物の視線と、いまの自分の視線が一致しているかもしれないということに、不穏な胸騒ぎをおぼえずにはいられませんでした。あたりまえのことですが視線の持ち主がなにも文豪である必要はなく、すべての景色はもはやだれかに見られているのかもしれません。最初のメールに書いた「なにものでもないものをみる」という言葉は、いま、なにかひどく煙たいものになってきてしまいました。いままで生きてきたことのあるすべてのものがみたことのないものがあると、どうして言えるでしょう。しかし、この旅ではプロヴィデンスという街を訪れようとおもっています。ラブクラフトがその生涯の大半を過ごしたところです。調べたところ、ラブクラフトにまつわるものはほとんどなんいもないこともわかっているのですが、それでもそのひとが歩いたかもしれない道を、見たかもしれない景色を、たどってみたいと思います。それというのも、ラブクラフトが書き綴っていたのは、壁を隔てたほんの向こう側に、われわれ人類には認識しようもない途方もなく広大な時間と空間が存在しているという恐怖で、そこに向けられた視線が得るのは救いようのない絶望しかありません。しかし、それでも生き残ってしまったひとのありさまを書かずにはいられないところに執念のようなものをかんじます。圧倒的な絶望とどう対峙するのかというテーマがあるようにおもいます。
宇波
工藤さん
メッセージお送りいたします。戸塚君と相談したのですが、らんぶるでのお話を文字にして直したものも掲載させていただいて、そのあと、以下の僕の文章、ということになりますが、旅先ですとたいへんかと思いますのでこれで最後にしていただいてもかまいませんし、もちろんお返事いただけましたらそちらも、ということでお願いしたいです。
本文は以下になります。よろしくお願いいたします。 宇波拓
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最初につい書いてしまった「なにものでもないもの」という言い草に自分自身で違和感をかんじたまま、なにか言い訳をさがさなければという気持ちがあり、工藤さんのお便りに向かい合うことをどこかうしろめたくかんじるようになり、お返事差し上げるのも辛くなってしまっていましたので、先日は直接おはなしできてよかったです。何年か前、あるサックス奏者から、音楽は自分がやらなくてもよいとおもうといった言葉がでて、シンプルながら納得がいきました。近代的主体の超克を叫んでいたのはまったく文字通り僕の父の世代だったかもしれません。それってなんだったんだろうという違和感のなかで僕は育っていたのかもしれません。関係性とともに生成変化する力学によって即興演奏は音楽における主体の在り方を変えるのだと思い込もうとしていたこともありましたが、結局おれがおれがと怒鳴られているような圧迫感があり、ふさぎこむことがあまりにも多く、なにもしない、音と音との関係性がなにも生み出さないことができるのならばと、すくなくとも数年前まではそれこそが手応えでした。私がここにいるということではなく、私がいなくてもここはあるというものの見方は、どういう経緯だかうまく説明できませんが、音楽を通して得たものではあります。最近は、作曲家、みたいなことをしていますが、なにかをつくりあげるというより、風景にスケールをあててみたらこういう目盛りがあったという程度のことで、僕自身がいなくてもそれはそうだったと、なにか敗北宣言のようなものをかかげるために作業しているようです。らんぶるでのお話にややもどりますが、扉の向こう側にある自分の認識し得ない世界に希望を見いだしているわけではなくて、やはり生まれる前の時間を、死んだ後もつづく時間を、自分とは関係なく存在している世界への絶望的な畏怖がどうしてもでてきます。工藤さんのおっしゃっていたとおり、これは身の回りにあるものが語りかけることからいくらでもかんじられるものですが、僕の悪い癖はそれをかみしめるための仮想プランとして、人類の終わりとか、地底世界とか、太古の暗黒神といったものを持ち出したくなることで、それは、たしかに「なにものでもないもの」がどこか別の世界にあるという夢想に充足し、プログレ的世界観を保守することでこの人生を全うしようとしているように見えないともかぎらないかもしれません。ただ、人類が滅亡がイコールこの世の終わりではないということは、証明する術は僕にはありませんがなんとなく真実であるような気はしていて、それは救いようのない絶望である同時に、いま自分が生きている瞬間も、たとえば音楽をやっている瞬間も世界というのは同じようにしか存在しないと考えてみると、人生に希望をもたらしてくれるようにも思われます。工藤さんの音楽は、こういう言い方がいいかどうかわかりませんが…、生きている人間がやっている音楽ではないようです。天上の音楽というようなものとは真逆の意味で、このひとたちがみな死んでいても地上でこの音楽をやっているようにおもえます。自分がなにを考えているのか言葉にするのはとても苦手ですが、自分がいなくても、人間がいなくてもなっている音楽という考え方になにか惹かれていて、それこそ戸塚君のリズムマシンとか、マッティンのキータッチとか、あきらかに人の手が介入しているものですが、なにか答えがあるような気がしてなりません。が、外側に答えを求めてしまうところがやはり私の本性、ということなのかもしれません…。
この往復書簡、こういうふうに文章を書いたことがなかったので、どうしていいかわからない部分がおおく、せっかくの機会でしたのにあまり往復できず、申し訳なく、お恥ずかしいかぎりです。もしできたら、いつか一緒にライブとか、やらせていただけたらうれしいなとおもいます。どちらかが死なない前に、ですが。
宇波 お返事書けてなくてごめんなさい……。
工藤 僕、もうひとつだけ返事で書こうと思っていたのがあって、『白鯨』の流れで、それを裏っ返したみたいな、ブローディガンって人が60年代の終わりに『アメリカの鱒釣り』ってのを書いたんですけど、その翻訳者がサンフランシスコにいた日本人の女の人で、その文体が、今の日本文学のほとんどを席巻して支配している、春樹的なあの手の文体のハシリで、高橋源一郎がその影響で、日本文学を捉え直していこうみたいな現状に言及しつつ、というプログラムだったんですが──もう時間がないので(笑)。僕にとっては、フランスのデカダンと昔の(ナサニエル)ホーソーンみたいなピューリタン的なアメリカ文学との対比──ヨーロッパは「悪いことをしてしまってる」っていうのが当たり前な感じで来てるんですけど、アメリカは「悪いことだ悪いことだ」ってずっと言い続けるみたいなピューリタン的な発想が根底にあって、そこらへんでルー・リードとかも、その土俵の上でいろんなことをしてるんじゃないかって気がしていて、ポーもその文脈の上で捉えていて、それをボードレールが勝手に「悪いことだけがカッコいい」みたいに輸入して、また逆にフランスでは『悪徳の栄え』が──っていうふうな流れでずっと捉えていて、ラヴクラフトっていうのは、ポーのある面とリンクはするんですけど、ゲームの世界とかそういうのじゃなくて。SF的な自分の世界を構築してその中でやっていくみたいな人たちがいますよね。そういう流れで、ラヴクラフトも今のゲーム文化に繋がっていて、それはある面で大きな流れで無視できないんですけど、僕は今のそういうゲームの世界みたいなところでやっていく表現みたいにはならなくて、良心が痛むんですかね、�5$3$3/6$G$d$C$F$k$C$F$$$&(!(!!#$=$&いう違いみたいなのを浮き彫りにしたかったんですけどね。
宇波 たしかにラヴクラフトは神話体系があってキャラクタライズされた邪神がいて、みたいなところはあるかもしれません。実際テーブルトークのゲームになっていたりもしますが……。でも、そういうわかりやすい神話になっていったのは自称弟子みたいな作家の作業だったりして。ラヴクラフト自身の作品は、人間と邪神の闘いみたいなRPG的なものというより……、「名状しがたいもの」みたいな表現を使っちゃっていたりしますけど、人間の存在に対して、途方もない時間があって、たとえば地下に広大な空間があって……向こう側からしたら人間の存在なんてとるに足らない──。邪神の造形がどうとかいうよりも、人間には認識不可能な時間とか空間とかが壁を隔てた向こう側にあるっていう恐怖っていうか──。うーん、うまく言えない……。
工藤 そういう考え方って、まだ何かあるんじゃないかって期待で動いている感じですよね。
宇波 期待っていうよりも……例えばなんだろう、自分が死んだあとに無限の時間が続いていってしまうことに対する語りようのない恐怖ってあると思うんですけど、それはもう実際、僕には認識しようがないんだけど、おそらく現実にあるもので、それに対してはもうどうしようもないですよね。あるいは自分が生まれる前の時間とか……、そこに希望を持てるわけはなくて、なんというかその、自分には何もできない膨大な時間とかが、あるということは認めないといけないという──。だから……そこに自分が近づくとなにかが開けるとか、そういう期待のこもったものではないように思うんですが……。
工藤 そういう畏怖の念とか怖さっていうのは、例えばカバだとかワニだとかクジラだとか、そういう身近なクリーチャーを見ることによってもいけるところですよね。恐ろしいような、何故それが存在するのかとか、何故そのものであるのかとか。他の世界が無くても、身近なものを観察すると怖くなるっていうことはありますよね。僕の場合は、そのもうひとつの扉──ドアーズみたいな(笑)──は無いってところから始まっていて、身近なところの怖さみたいなところだけでやってる感じなんで、そこが違うかなと思ったんですね。時間に関しては、たしかにその通りで、認識できないですよね。だったら、人間は動物と違って、無限という概念はもっているんで、それが特殊で──
宇波 でも、マヘルのライヴを観たときには、畏怖といったら違うかもしれないですけれど……なんというか、彼方からきたものに出会ってしまったみたいな念を感じたところはあります。なんて言ったらいいか、それを説明しようと思って、うまくいかなかったんだけど……。
*
工藤 近未来SFの功罪についてつねに考えていて。近未来SFって人を騙すっていうか、もっていっちゃうところがあるじゃないですか。高度成長期や環境破壊を引き起こしましたよね。本当は時間って決まっていて、こういうふうに進むって分かっているんだけど、人間の想像力による世界がポツポツといっぱい構築されると、その世界の中にボツッと入ってゲームとかしてる感性が、未来を阻むっていうか。でも、そういう総体で進んでいくっていうのは認めるんですけど、本当は決まった進み方をしているみたいなのがあって──。あ、僕の悪いところっていうのは、身近なちょっとした経験で、全体に敷衍【ふえん】してしまって、世界を見切ってしまうみたいな、ちょっと病気になりやすいタイプの世界観をもっていて、なおさら気をつけているんですけど、少ない情報で何かをこうだ、みたいに世界に敷衍してしまうっていうのが、近未来SFには顕著にみられて、だからそういうふうには入らないようにして、なるべく「嘘だ嘘だ嘘だ」ってのめり込まないようにして、物そのものを──例えばこのピーナッツはなぜこう、ふたつに分かれるのだろうかとか(笑)そういうところに行こうとは思うんですけど。でも遊び感覚でゲームみたいな世界を構築した人たちはうらやましいっていうか、幸せだなと思うんですけど。でも実際、温暖化とかいろいろあるじゃないですか。魚はいなくなるだろうとか、海流が途絶えるだろうとか警告がなされているわけですよね。実際はもう、定まった方向に世界は進んでいるんだけども、その進んでいるなかで、「他の世界が」とか「扉が」とかいう発想が邪魔している部分はありますよね。ゲームの中で、想像力で飛翔していくのはいいんだけど、それは死ぬまでのあいだで──死んだら無になると僕は思っていて──それまでのあいだ、だまくらかされたまま恍惚のうちに死ぬ、みたいな方向を選択をしているのではないか。ビョークの映画であったんですけど、いつも夢想がちの女の子がいて、最後死刑になるんですけど、死刑の直前まで夢想によって自分を幸福に保つみたいな、夢想がひとつの処世術になっていて、それしかないといえばそうなんですけど、それだと終わりっていうか、みんながそうやって自分の世界を作って、SF的なものの中で持続して死んでいけばいいっていう話ですよね。それが人間に許された最後の自由なのかもしれませんけど。もしくは、決まった現実みたいな、ガガガと岩盤を削るような時間ってありますよね。進んでいく時間。なんか、本当に真実があるのならば、あらゆる邪魔するものは排除していく、みたいな発想もあって。
宇波 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』って、僕には嫌な映画でした。細かいことは忘れましたけど……息子の幸せイコール手術ってことを頑なにまもって、自分の無実を証明しないで死刑になっていく……なんかおかしい話だなと思って。
工藤 あれと似た話で、UAが出たドラマで、歌手の話なんですけど、歌のリアリティをキープするために、人を殺して「殺した」っていう事の重大さを引き受けながらライブをしてすごい歌を歌う、みたいなのがあったんですよ。濱マイク? 若い人っぽい主題の選び方だなと思って。音楽って架空の世界を構築するっていうのは、やっぱりありますよね。プログレとか。サン・ラなんかもそうでしたよね。完全に自分の神話大系を作って人を巻き込んで。マヘルもそうだって言われるとすごい嫌だから、そうじゃないのに、って言いながらやっていくっていう──
宇波 マヘルはそれ自体が世界の現前というか……、世界観を提示するみたいなプログレ的要素はまったく感じないですけど……。
工藤 それっぽく思われる感じをつねに自分の言葉で否定しながらやっていくみたいなやり方ですよね。
*
宇波 工藤さんは、マヘルはどの程度、計算してるんですか?
工藤 ハハハ。
宇波 というのは、ちょっと変な言い方なんですが、僕がライブを拝見した限りで、すごいなって思ったのは、うまくいってないのがどこまで計算されているのかなと。例えば、メンバーにちゃんと伝えないとか、そういう計算みたいなことはされてるんですか?
工藤 いや、ちゃんと伝えるときは伝えるんですけど、伝えることができないままライブを迎えることが多いです。純粋音楽的なところだけで音楽をやっているわけではなくて、いろんな──例えば(トランクを開けてみせて)これは全部楽譜なんですよ。つねに、どこに行くにも、今まで生きてきたなかで書いたスコアを全部持ち歩いていて、それで腰を痛めて、松葉杖をついたりして(笑)。スコアに殺されてるような──。大体がこういうちゃんとした楽譜なんですけど、例えばちょっとした長さ──ターとかタンとか──が違うと文句を言うような、全部指定があって。ただ、この楽譜自体が不完全なんで、完全な再現ではないんですよ。このようなのが毎日毎日夥しく積もり積み重なっていくんですけど、ところがこういうものを出来ないライブの日ってあるんですよ。そういうときって、なんかへんなラヴソングみたいな──『他の岬』はこういうのができない状態の、なんにも決められない感じのダーっとしたものを集めて作ったものなんですけど、そういうライブの日と、こういう非常にただ音楽至上主義的な、思いついたメロディーの再現みたいな日と、ふたつあるんですよね。いま、こういうのをやる時期に差し掛かっていて、この場合はちゃんと楽譜を渡して、長さとかを指定して──
宇波 じゃあ、こういう譜面をやるときは、工藤さんは完璧な再現を目指している?
工藤 しようとしていて。だからそこで、その人なりの味わいとかがあるので、ちょっと違うと思っても許せる人と許せない人がいて、何が許せるのか許せないのかっていうと、ジャジーなうまさっていうのが許せなくて。例えば、ホーンを吹くときに、タンギングをしないでダーダーダーって、素人みたいな吹き方を練習してもらったり、ジャズっぽい音の立ち上がりのクイッみたいなのを極力排除してもらったり。
宇波 工藤さんの中に設計図はあるんですか?
工藤 あるんですよ。そのメロディーに伴う一音一音の音の長さとか、音の消え具合とか、完全な音のイメージがあるんですよね。ただ『他の岬』は、そういうのは誰にも何にも言わなくて、ただ自分のダーっとした感じでやったっていう──。だから、そういうのは一言では語れないですね。どうでもいいときと厳密なときとがありますから。
宇波 その理想のとおりに演奏できるメンバーを選んでいるのですか?
工藤 いや、「やりたい」って人が来たら、ほとんど拒まないんですよ。だけど、あんまりうまい人は飽きて来ないんですよね。たいていは菊地(成孔)さんとか、あっちのほうに行くみたい(笑)。ただ、音楽のセンスのある人ない人ってはっきりあって。だから、その人だったら好きにしてても嫌じゃないっていう人もいるし、何をやっても嫌だっていう人もやっぱりいますよね。でも、誰でも受け入れるってことを宣言しちゃってるから受け入れざるをえないんですよ。そこらへんは永遠に課題ですね。
宇波 僕、マヘルを何回も観てるわけじゃないですけど、技術的なことを言ったら、テクニカルなプレイヤーたちではない。でも、全体になったときに、それぞれのパーツがすごい正しい位置にいるっていうか。それぞれはとるに足らないとされてしまいかねないものが、意味をもつ瞬間が選択されているように感じたんですけれど……。
工藤 情報量を与える度合いが個人によって違うんですね。例えば、中尾さんには楽譜も見せないし、勝手に合わせてるだけなんです。与えられた譜面を再現するのがうれしいってタイプの人っていますよね。そういう人にはそういうふうにするし、そういうのが嫌な人ってパッと見てわかるから。たいてい目を見ると、左の目が大きい人は右脳が発達してるから、音楽家なんですよ──いや、嘘もありますけど(笑)。そういう人にはあれこれ言わないようにして。自分のメロディーが出ちゃう人だから。
*
宇波 ローファイってありましたね。楽器の下手さが売りになっているような。そういう感じは、マヘルにはまったく感じないんです。ハイとローというのではない。
工藤 僕の場合、すごく政治的な発想が土台にあって。70年代まであった、ベースとドラムを底辺としたピラミッド型のロックの構造というのをひっくり返して、逆三角形っぽくするっていう──そういうヒエラルキーみたいなものをどうにかしたいっていうのがあって。フリージャズもその頃そういう組織論みたいなことをずっと言ってましたよね。平等、共産主義、マルクスを如何に(笑)みたいなところって課題だったんですよね。それでいろいろ試行錯誤して──で、お手本としてあったのが(コーネリアス)カーデューとかのやり方で、それをパンクでどう処理できるか、みたいな。
宇波 O-NESTで観たときに、バスーンがちゃんとベースとして機能しちゃってるっていうか、ベースラインになってて──まあどっちがいいってわけじゃないんですけど、前と印象が違うなって思いましたね。
工藤 バスーンは僕が薦めて、楽器を初めて触るところから始めてもらったんですけど、最初はすごい不評だったんですよ。
宇波 そうですか? POOで観たときは、これだという感じがしましたけど。
工藤 あれ、書きましたっけ? 最初は古楽なんですよ、発想が。古楽のアンサンブルって、上下分け隔てない感じで平等じゃないですか。ギターのカッティングと、バスーンのすごい跳躍のある──すごい音域の広い楽器なんで──みんなベートーヴェンの「田園」の♪タラタタッタラタッタンみたいな感じで全部統一したベース・ラインでやるっていうのが、長年の夢だったので、それでやってみたんですけど、一応それは『他の岬』で終わったんですよ。
宇波 そんなに意識しているわけではないんですけど、考えてみるとベースのいるバンドをやったことがないです。ホースにベースはいるんですけど、彼はチューニングもできないし、そもそもアンプの電源もいれられない……。
工藤 そっか、ベースっていうとやっぱり、ルートを弾いちゃうじゃないですか。そしたら音楽が限定されますよね。よくジョン・ゾーンもベースなしでやったりしますけど。ルートってフリーをやる人にとっては挑戦で、ある種の即興が、ある種のルートを想定したメロディーを作るのか、それともそれを無くしてやるのか──。たしかにベースって、無くてもいいですよね。とりあえず出来ることは、ある種の演奏だとベースが想定されるので、弾く人に分かっているようなものであれば無くてもよくて、弾く人に分からない場合だけベースで音を出せばっていう考えはありますよね。ドラムも8ビートだと叩かなくても伝わるから、それ以外ならなんでもいい、みたいな指定はしますね。
*
宇波 誰でも受け入れることにしたのはなぜですか。
工藤 いやなんかね、オイディプス的な──僕のお父さんってデザイナーなんですよ。中規模の工場で食器のデザインをしていて。まわりはだいたいみかん農家なんですけど、忙しくないときってありますよね。そういうときにおばさんたちに来てもらって、食器に筆で絵を描いてもらうんですけど、その絵柄を教えるんですよ。量産しないと安く流通できないですよね。だから、素朴な農家のおばさんを使ってあるていど量産して、日本全国に流通させて、しかも型とかプリントじゃなくて一応手作りで、全部手で商品を流通させるっていう──。モダンクラフト運動っていうのがあって、その影響で僕は育っていて、それって柳宗悦の民藝運動から来ていて、さらに遡るとウイリアム・モリスの、職人のユートピアみたいなのを夢想したところから来ていて、逆輸入というか逆輸出というか、バーナード・リーチっていう人がそれを今、イギリスに持ち帰って、ステューディオ・ポッタリーっていう運動を──すごく陶芸の分野では影響のある考え方なんですよ。で、僕が小さい頃から父親を見ていたときに、非常に人のことを思った、マルクス主義的な、社会主義的な発想で、平等とかいろんなことを考えて人生を進んでいって、でもデザイナーとしての彼はいて。自分のインスピレーションみたいなのをやっぱり信じていたから、自分のデザインを押し付けるようなかたちで成立しているシステムを作りあげている。その影響が無意識にあったわけですよ。今、僕は自分のスコアを、楽器をあまり嗜んだことのない人に押し付けていて、彼らに幸福になってもらいたいなって、へんな上から押し付けのなんかみたいな立場にまだ立っている。それが分かったのは、カーデューを調べていたら、お父さんが工芸家だったんですね。マイケル・カーデューっていうんですけど。そこに僕、訪ねていったんです。そしたらまだそこに工房があって職人の人たちがおんなじようにやってるんですよ。コーネリアス・カーデューも、僕と同じ民藝的っていうか、ウイリアム・モリス的な発想のなかで育ってクラフト運動を音楽に置き換えてやったんだなって分かって、それで彼がやった素人オーケストラの発想も容易に理解できた。ただその時点で「ああ、よかった」じゃなくて「結局父親といっしょじゃないか」と──。やっぱり、自分が選ばれたもので特殊な賜物があって、それを信じて人に押し付けるっていう構造は変わっていなくて、そういうのをごまかすために、ロックのヒエラルキーを逆にするだなんだってあれこれあがいているのではないかと。自分はやっぱり思い上がっているというか、僭越というか、傲慢というか……(笑)。
宇波 さっきのローファイの話もそうですが、素朴さを引き出す的な感じは僕は受けないですが、どうでしょう。
工藤 まあ、捻くれてはいますね。考え方としてそういうのはあるけど、実際問題、個人個人でみんな生きていると、今の社会では「これが素人」だとか「これがうまい」だとか、区別が無くなってきてるし、それぞれがいろんなことを思っている人が集まっているので、単純な図式では言いきれないですよね。いま労働者階級ってのが無いのと一緒で、観念の世界ですよね、素朴な云々っていうのは。ただ父の場合は、たしかに素朴なみかん農家のおばさんが現実にいたのではっきりしてたんですけど、僕ははっきりしなくなった世の中に対してそれを行おうとしたんですよね。それで、いろんな方法論とかテクニックとかは加わっているんですけど、ただ元々の構造っていうか、上から下へのベクトルみたいなことを自覚したっていうのは、非常に問題になっていて、でもそうじゃないのって見つからないんですよ。そうじゃない、完璧に平等なっていうと、やっぱり信頼しあう個人が集まって、カンパニーみたいなのをやるしかないじゃないですか、即興演奏だと。それだけだと経済的な事情とかいろんなことがあって不可能になって──。手短に音楽をやるには誰でも受け入れて、何かをその場にいる人でやっていいんじゃないかなって。
宇波 でも、完成形を一方的に押し付けるっていう方法ではないですよね。ある種、困難を招くためのガイドというか。全員がそこに向かうためにスコアがあるわけではない。
工藤 普通はリハーサルをして、サウンド・チェックをして、こんな感じって臨むんですけど、それをしないで本番でサウンド・チェックをしながらやっていく、みたいなほうがうまく行きますね。だからいつもPAの人と、すごく緊張しますね。
宇波 僕はもうPAは使わないことに決めていて。どんな広いところでも──
工藤 じゃあ、聴きたければ近くに来い、と。
宇波 いや、そもそもそんなに人がいるわけじゃないんで(笑)。でも、小さく鳴っている音を遠くでしか聴くことのできない音ってあると思いますし。PAで取るバランスって意味がよく分からなくて。例えば、中尾さんが小さく吹いている音を、PAのほうで持ち上げるのって話が違うというか。すごいだだっ広いところで小さい音の演奏をするようになって初めて分かることって結構あって。音が目の前で落ちていく感じとか。そういうのは意識し始めると楽しいことなんですが。
工藤 ただロックの場合、ボーカルを増幅することが叶わなかった時代にはシャウトがよく行われていたんですけど、マイクが発達してささやいたりも出来るようになったんですよね。それでネオ・アコースティックっていう言葉が生まれたんですけど。そういうのはPAの功績ではありますよね。でも器楽の場合はたしかにいらないので、あえて意識的に使うか使わないかのどっちかですよね。タージ・マハル旅行団とかは意識的に使ったんでしょうけど。
*
工藤 現在は、ロマン主義的な残滓をことごとく排除するみたいな近代の流れとしてあって、それの果てを21世紀にやっているわけですよね。
宇波 それはどうなんだろうなあ……。もちろんその延長にあるとは思うんですけど。
工藤 むかしは脱構築して逆に音楽を奪還するんだ、みたいな大義名分があったわけなんですけど、たとえばジョン・ケージとか。それさえもないような感じですよね、おそらく。
宇波 やっぱりケージにしても作品という感じがするかな……。逆に作り手に焦点が当たっちゃうというか。それを思いついた人が特権化しちゃうみたいな雰囲気があんまり好きじゃないのかな。だから僕、あんまり……自分がなしとげたいっていうのがないんですよ。ん、あるのかな? 分かんないけど、あんまり、自分がこれを思いついたんだ、みたいなところからは極力離れたいっていう感じはしますね。そういう意味で、もっと純化したいと思っているのかなあ。分かんないけど。
──前に「これからは歌を歌う」と言っていたけど、いまも歌っていないのは、なんでだと思います?
宇波 やろうとしてみて言葉で伝えたいことが何もないことに気付いた……。歌だけがあるみたいなことは面白いかなって思ったんだけど、僕には無理でした(笑)。
工藤 歌っちゃうと消すっていうのは無理ですよね、どう考えても。
宇波 うん……だから何かを作りあげるっていうよりは、なんかこういう音がありました、みたいなことかな? 自分の話はむずかしい……。
──工藤さんにとって、歌うことと楽器を演奏することに違いはありますか。
工藤 違うと思います。演奏は演奏だけですね。僕ほら、根がパンクだから、音楽というと歌うものだと思って始まっているので、惰性っていうか──。多分、声が好きなんだと思いますね。なんか、ある人を追っかけていくと、もう音楽的には興味が無くても、ただ惰性で買って「ちょっと元気そうになったな」とか、確認するだけみたいな人っているじゃないですか。ブライアン・フェリーとか──いや、僕の場合ですけど(笑)。ああいう感じって多分、声を聞いているんでしょうね。自分の声をただ聞きたいんじゃないですか、自分で(笑)。
──他人の声に自分の声を聞くということですか?
工藤 いや、そうじゃなくて、惰性で買い続けているようなものになりたいんです。自分が。ん、そうじゃないか? その人の楽器の音色ってあるじゃないですか。篠田(昌巳)なら篠田で、パッと聴くと分かるじゃないですか。(アルバート)アイラーとか。ああいう感じで、印のある音とか声とかって、なんか求めてたんでしょうけど。あんまりそういうのはないんですね、宇波さんは。
宇波 例えばギターの音ならこれだ、とかありますし、好きな声とかももちろんありますけれど……、最近は戸塚君がライブで使っているドラムマシンの「ドンッ」みたいなプリセット音とか、ライン録りしたギターの音とか……さっきのPAの話とやや矛盾してますけれど、心を込めようがないというか、意味の乗っかりようのない音に魅かれているところがあります。
工藤 ライン録りいいですね(笑)。何年か前に、ギターのポンと鳴る音が好きとかいう時代がありましたよね。それへのひとつのアイロニーなんでしょうね。ある時代のジョークとかが腐るときってあるじゃないですか。「ナウい」って何よそれ、みたいな(笑)。それがある時間が経つとまた旬になる、みたいな感じですか。今は寸詰まったような音が来てる、みたいな、敏感なところがあるじゃないですか。
宇波 いや、でもそれは自分だけの話なんで(笑)。
工藤 でも、来てるって思う感性を大事にしたいっていうのがあるんじゃないですか?
宇波 うーん、それはあるかも……しれない。
工藤 じゃあ、ナウいんですよ(笑)。
宇波 ハハハ。でも……たしかに否定できないです。やっぱり人が何かにワワワーって行くと──
工藤 嫌ですよね。離れたいですよね。
宇波 それはイカンという。
工藤 「ドンッ」に魅かれる感性ってやっぱり、いろんな録音文化の中で生まれてくるひとつのアイロニーですよね。
宇波 うん、もちろん参照しているものはあると思いますよ。僕、すごい流行に敏感なんですよ。今こういうのが流行っているなっていうものに対する嗅覚ってすごい鋭いと思いますよ。それに対して、こういうことは絶対にしないぞっていうのは、ありますね。
工藤 あ、もうそろそろ行かないと──
宇波 それでは……。
工藤冬里さま
こんにちは。
こちらから一方的に存じあげている方にお便りするのに、
最初のひとことを考えるのがこんなにしんどいとは正直なところ
予想しておらず、いったいどうしようと思っていたまま時間がたって
しまいました。
第一便、お待たせしてしまって恐縮です。
で、最初のひとことが思いつかないままこうしてメールを
差し上げておりますが…
マヘルをはじめて拝見したのは、たしか一昨年の暮れだとおもいます。
中尾さんにさそわれてシアター・プーにギターを持っていったところ、
それがマヘルの企画でした。
そのときの感想は、端的に申し上げまして、とんでもないものをみてし
まったなぁ
というものです。しばらくそのライブのことを考えつづけました。
「未完成なもの」とか、「できあがっていないもの」が生々しく
目前にあらわれることは、すごく難しいことだとおもいます。
以前、ある映画の感想を書いていて、”「映画ならざるなにか」
あるいは
「映画になる以前のなにか」をまさしく映画をもって志す、果敢な作品で
あるにもかかわらず、その混沌が目指されたものであることが作り手の
狙いとして見えてしまう、ということが、その作品を積極的に肯定でき
ない
原因である”、というようなことを考えていたことがあります。
マヘルに衝撃をうけたのはまさしくその点で、
音楽ではないなにか(あるいは音楽を超えたなにか?)のフリをした音楽
というのはけっこう世の中にあるように思うのですが、
マヘルには、音楽ならざるものが音楽のかたちをまとって目の前にある、
とおもったんです。
どうもうまくお伝えできず歯がゆいのですが…、
ちょっとへんな言い方になってしまってごめんなさい、ただ、同時に、
ライブをみながら、これは怖いな、とも感じました。
おかしいとか、狂っている、とかいうことではなくて、これは圧倒的に
正しいものなのかもしれないと。
言い換えますと…ある意味、信仰にちかいというか、どこかに絶対的な
ものが
存在する、という意識が共有されているように、見えてならなかったの
です。
そしてそれを受け入れざるをえない、という説得力がある。
私自身が音楽をやるうえでの原動力のひとつは、「なにものでもないも
の」
をみたいという指向のように思うのですが、それは、どこかに本質があ
る、
という考え方はどうにも受け入れがたい、というきもちと
表裏一体で、自分がやっていることがある価値として成立してしまうこ
とに
対する漠然とした恐怖感はいつもあります。
私にとって、マヘルとの出会いは、未完なものが未完なまま、ある絶対
性をまとって
たちあらわれる、受け入れがたいが圧倒的な体験だった、と言えるかも
しれません。
往復書簡ですから、ほんとうは問いかけで締めたほうがよかったのかも
しれないのですが…、
一言めとおなじく、どう結んでいいかも思いつかないので、
第一便、このようなかたちでお送りさせてください。
今日、東京はひどく風が強かったです。
花粉症の季節ですが、どうぞご自愛ください。
それでは。
宇波拓
宇波拓様
あの時マヘルがやっていたのは、一九八四年のキッド・アイラック・ホールでの最初のライブを再現してみるというものでした。その頃PSFから、そのファースト・ライブのCD『マヘル国立気分』を出すことになったので思いついた選曲でした。CD化に関しては、二種類残っていた音源を同期させ、曲間のざわめきを主に聞かせることを念頭において編集するつもりでしたが、東京行きのバス代が工面できなくて作業に立ち会えず、結局一本のカセット・テープだけを使いました。モンクの言うようにジャズがひとつの事件であるとして、事件を捉えるのが即興の目標であるとすれば、スコア上は無音の曲間というのは事件になり得ます。サッカーのロスタイムを考えれば分かることですが、あらゆる事件は、いわば何も起こらない時間の中にあることをテレビに毒された私たちは忘れがちです。ただぼくが曲間の処理のなかでやってきた無音は私小説的な事件と事件の間の無音であって、宇波さんたちのように演出された無音ではありませんでした。いずれにせよ新旧聞き比べてみれば、資本主義がこの二〇年の間に戦略的な不完全さの居場所さえ奪ったことが分かるでしょう。ではストップ・ウォッチで測られてきた無音の「間」の居場所についてはどうでしょう。今のわたしたちの自制には希望がない。希望のない人の受ける拷問は痛いでしょう。希望のない自制同士の差異を垂れ流せるならマヘルも無音化するでしょう。初期のメンバーは(中尾さんを除けば)もういません。あの日おもちゃのサルみたいに突っ込み気味にスネアを叩いていた金子も最近死にました。新しい人は大抵、昔のほうが良かったという思い入れを持つものです。それで音にある種の確信めいた核があるように思えたのだと思います。それに最初のメンバーの姿を借りて演奏しているわけですから、ふたつの映像と音の差異が、演奏者と客席の機械のような思い込みの上を乱暴に横断して行くことになります。横断といえば、あの夜の中尾さんもオフノートとオフサイトとマヘルの倫理コードの上を流れるように横断してみせたのです。流れているというのは本来本質的でありかつ未完の状態であって、ぼくにとっては、遠い土地で町から町へと移動していくツアーのように、追いかけてくる罪から等速度で逃げおおせているような感覚です。その流れのマネージメントを試みることによって、ふたつの不完全さの差異ということをコンセプト、この場合のコンセプトとは、音楽が単なる意見や見解に、あるいは議論や無駄話になり下がるのをさまたげるもののことを指しますが、その強度にしようとしたわけです。私たちは新しいコンセプトを捻り出しながらヴェニューからヴェニューへ移動しているのではありませんか? 強度=リアリティーは空気と同じくらい必要です。ルー・リードによる『メタル・マシーン・ミュージック』と『レイブン』のライナーを比較すると分かることですが、リアリティーそのものが価値として成立してしまうと、早晩「罪のリアリティー」に手を出すことになります。宇波さんの憧れる「なにものでもないもの」は「なんにでもなれる」状態と対になっているから、線的な全方向への活性化の中の台風の眼のような場所に思えます。不完全な器にその嵐を入れると今は割れてしまうでしょう。なぜなら温暖化だとか六ヵ所村や三崎町の核燃料廃棄物とかを考えるまでもなく、近い未来のある一点で、花粉症どころか実際に空気が吸えない事態、音楽どころではなくなる臨界点が来るように思うからです。今世紀に入って、すべての表現の強度はその一点から溯って測られなければならなくなりました。音楽自体は九〇年代にその準備を調えており、既に大団円を迎えたことは昨今の「〇〇年代特集」から感じられることです。米=イングランド対フランス、EUの文化的対立の図式を考えれば、今は誰も「圧倒的に正しい」批評などできないでしょう。音楽史や音楽評論は抑圧の機能しか果たしてきませんでしたから、音楽そのものの身体がそれに反撥したのです。スコアはその一点の後に来るべき人々を想定して書かれていなければなりません。宇波さんが原動力と呼ぶ「なにものでもないもの」をみたいという指向、また「どこかに本質がある」、という考え方からの逃走や、自分を制度としてしまうことへの恐れ、といった一九六八年五月を父とする考え方は、子である宇波さんが設定した仮想家族です。父と子の関係は、ほんらいは説明される必要のないことでした。子が犠牲になることが必要になった時点で父と子という関係がモデルとして与えられただけなのです。ただ与えられたそのモデルが天地で二度折り返されたものだったことに気づかないからオイディプス化するのです。たたかいには常にトリプル・クロス・カウンターが必要なのです。実体としての人間の家族は仮象としての国家よりも上にきますし、その家族は折り返された父子のモデルによってのみふたたび自分たちを個人に還元させていくことができるのです。
工藤冬里(二〇〇七年三月七日)
間があいてしまって、ごめんなさい。
半年間つづけたアルバイトを来週でやめることにしました。
いそがしいから……となんのためかわからない言い訳をして、やりたいことをしない人にはなりたくないのに、最近のぼくはまさしくそうで、くたびれた気持ちが続いてしまっていたようです。そんなに贅沢したつもりもないのに、あまり生活が楽になりもせず……、わりとみっちり働いてみて、なおさらお金の流れる仕組みがさっぱりわからなくなりました。
最近はそれほど極端でもなくなりましたが、無音のおおい音楽に長いこと取り組んできました。が、振り返ってみて、静寂のなかに豊穣な意味をききとる耳とか、沈黙がもたらす意図せざる外部の音との相互浸透といったことには、じつはあまり関心がなかったような気がします。事件という言葉にはなにか心ひかれるものがあり……リアリティーというより、現実。なぜかはわからないがそれは現実におこったのだという実感は、あとから至極シンプルに言葉で説明できたとしても、それが事件として生起するのは、ある時間を経験してはじめてのことなはずです。沈黙がなにかとなにかの間なのか、あるいは出来事とおもっていることがむしろ間なのでは、とかんがえるのは、見方による、ともいえるし、ひょっとして今自分は死んでいるのないかと考える契機にもなります。前回、なにものでもないものをみたい、と漠然とした言い方をしてしまったのですが、それはあこがれとはちょっとちがって、表現をかえると、UFOをみたいということではなく、幽霊を現実としてみてしまったその後の人生がどのようなものとして経験され得るのかしりたいという関心に似ています。流れていくさきに、居心地のよい終着駅があるとはおもえないと、音楽をやりはじめたときからかんじていた。もし世代論のようなはなしをするとすれば、ぼくはそういうところにいるとおもいます。しかし、「不完全」「未完」といったことばは、完全なものがあることをどこかで予期しているわけで、それを目指す、あるいはその状態で在り続けようとすることは、それはそれで堂々巡りです。過去のライブを再現するときいて、ふと降霊術のようなものをおもいうかべました。かつて在ったのに、いまはないものが現実として目の前に現れる。まさしくそういうものだったと思えてくるのは言葉のあやだけでしょうか。前回、「ただしさ」ということばを使いました。なにか、確信めいたものを感じたのは確かですが、それが後ろ向きなものにはとてもみえず、言うなれば、かつてあり、いまはなく、いずれまたあるもの、でしょうか。
さて、ぼくもバンドをやっているので、バンドマンとしての好奇心もあります。マヘルは低音部がバスーンということに底知れぬ魅力をかんじます。音域は低いのに、チューバやエレキベースと比べてボトムを支えるには線が細いところがイカしています。楽器の編成は、あつまって来た人々による偶然の賜物なのでしょうか?
宇波様
桜が咲き始めました。月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして、という歌がありますが、それをもとにして「昔の月」という曲をやっていたことがあります。ノスタルジーの泡を睡蓮のようなノイズに変えるというような言い方を自販機雑誌がしていた頃のことです。ところで、昔、ある人が、渋谷から六本木に抜ける青山トンネルの上にあった「地球の子供たち」という店で、「テン・イヤーズ・アフター」を聴いたそうです。フラワー・ムーブメント花盛りの頃でしたから、それはいかにも月々しい選曲でした。一〇年以上経って、その人が、同じ場所に行ってみると、そこは「発狂の夜 スペース青山」という名前に変わっており、再結成した「テン・イヤーズ・レイター」というのがかかっていたのだそうです。その「発狂の夜」でぼくは毎晩のように主にゼロ次元の残党や保険証を持たない人たちの前で「昔の月」を〈演奏し〉たり〈看病し〉たり〈脅され〉たりしていたのですが、その人が、その人というのは竹田賢一ですが、かれがさらにその一〇数年後にまたそこを訪れたかどうかはまだ確かめていませんが、行ったとしたら今度は前世紀末の「バー青山」で、秋山さんたちが「インプロヴィゼーション・ミーティング」をやっているのを目にすることになった筈です。「発狂の夜」のその後に関して言えば、何人か捕まって店はキャバレー・ヴォルテールくらい短期間で終わり、行方が知れなかった、「そんなことで神に勝てると思ってるの」というのが口癖だった子は桃色の涎を垂らしてゴールデン街で倒れているのを目撃された後しばらくして「インプロヴィゼーション・ミーティング」あたりの時期に死んだという噂をやっと最近聞きました。それらのディケイドとディケイドの隙間には〈なにも起こらない>事件としての、12インチを抱えて六本木通りを上って来るDJたちの出入りが、喧しい無音のようにしてあったことでしょう。〈事件〉と〈事件〉を繋ぐ糸としての無言の〈残党〉たちも同じように居たかもしれません。それらの無音の中で、宇波さんたちの「無音」も、最初は誰も気付かない夜のうちに成熟していたのだと思います。それはやがてフェスティバルからフェスティバルへ、国からのお金の流れの中で個人単位の移動費として海洋堂のフィギュアのようにやりとりされていきます。明石大橋を渡ると、汚れた空気に包まれて神戸大阪方面に続く街並が浮かび上がりますが、多くの人がその汚れた空気のドームの中で大地のないまま主にサービスの交換だけで生活していることを思うと、お金の流れが、血瘤のような場所に溜まる、ある総和の中の濃淡のようなものとして実感されます。国からのお金が公衆トイレに流れていくのですからぼくの死体は灰にして任意の水洗便所に流してほしいと遺言してあります。「ひょっとして今自分は死んでいるのではないかと考える」、と書いておられますが、確かに動物園のズーの語源のギリシャ語のゾーエーは命そのものを表しますから、それを持っていなければ生きているように見えても死んでいることになるし、逆に言えば、灰は水洗トイレに流れてもゾーエーを持たされていれば生きているということになります。その希望がないと最終的には何をやってもだめですが、その現実に対する反応によって分かれるいくつかのタイプがあります。一つ目のタイプはとにかく正しさから逃げることを目論見ます。あれこれ言われるのが嫌なのです。好きに瞬間を生きたいわけです。種と実を無視して、中空から上下に伸びるようなプロセスだけの植物を夢想し、そして自殺してみせます。二つ目のタイプは希望がないのに希望のほうを向こうとします。実がならなくてもハードルを越えたことにして希望の種を探そうとするわけです。かれは生きている間は人に励みを与え、そして死にます。三つ目のタイプは、希望がないことを受け入れた上で、そこから絶望的な友愛の処世術を探ります。去年葉山のジャコメッティ展で初めてそれを感じて以来、さらに幾人かそういう人がいることを知りました。それにしても、「なにものでもないものをみる」こと、完全さに封印するような経験はとりあえずはたぶんないと思います。それは上の世代の人に騙されているのです。それは一〇〇〇年生きてから言う言葉なのです。考古学に罪はないから、人間の概念の終わりの地点から各時代の「即興」だとか「自由」だとかの思い込みの地層を調査するのをとりあえず仕事にして終着駅まで学者をやっていたいだけなのです。終着駅に関して言えば、ぼくもキス・ユア・デスティネーションという唇型口縁のコップのシリーズを作っていたことがありましたが、乗車と下車の二点を考えるより二点間の線を考える、パンクの「不完全さ」や「未完」に関するマヌーヴァーをフリージャズに当て嵌めた世代が銀河鉄道を牛耳っているわけで、人生を束と考えるかれらには途中下車と見切り発車と無賃乗車の三態があるだけであり、やがて団塊の子供の世代が出版のヘゲモニーを握る時期が廻ってきたら、「いごこちのいい終着駅があるとはおもえない」という感受性が今度は活字化されていくということでしょう。もっと下だと「コナン」だとか「いにお」だとかのさらに心が弱い世代になりますが。「いづれまたあるもの」というのはけれども泣ける言葉です。篠田昌己や渡邊浩一郎や角谷美智夫や金子寿徳が目が覚めた時、ぼくがいなかったらどんなにがっかりするだろう。バスーンについて云えば、三角形のヒエラルキーに飽き飽きして古楽の上下平等な合奏に凝っていた頃、オンリー・ワンズのベースはファゴットみたいだね、と灰野さんが言うので、それならファゴットでベースをやればいいじゃないか、と思ったのが始まりです。バスーンが手に入るまで二五年かかりました。三年間バスーンをベースにした曲を作り、去年の7月に「他の岬」というコンサートをやって、バスーン・プロジェクトは一応終わりました。バスーンを使ったバンドというと、カンタベリーのリンゼイ・クーパー関連、古樂復興としてのグリファン、ベルギーのユニヴェル・ゼロ、などがあります。アメリカのユー・トーテム、オーストラリアのクロッグス、なども似た雰囲気です。ELOのロイ・ウッドもバスーンを吹きます。現代音楽では、アメリカのディヴィッド・バーマンの「タッチ・トーンズ」や「オン・ジ・アザー・オーシャン」で、ジャズではイタリアのアンドレア・ブレッサンといった人がバスーンを使います。リンゼイ・クーパーはデヴィッド・トーマスとやった「ウィンター・カムズ・ホーム」でもバスーンを吹いています。デヴィッド・トーマスはトゥー・ペイル・ボーイズで二人のトランペッターとやっていたし、編成的にマヘルと似た感覚を持っていると思います。
工藤様
ニューヨークにおります。異常な暑さで外を歩くととたんに気分が悪くなり、いまは床に伏しつつこれを書いております。フィラデルフィアでエドガー・アラン・ポーの住んでいた家を訪ねました。とはいっても、ポーがそこに住んでいたのはたった二年間で、ありがたがるほどのものではないのかもしれません。それでも、かつてそこにいた人物の視線と、いまの自分の視線が一致しているかもしれないということに、不穏な胸騒ぎをおぼえずにはいられませんでした。あたりまえのことですが視線の持ち主がなにも文豪である必要はなく、すべての景色はもはやだれかに見られているのかもしれません。最初のメールに書いた「なにものでもないものをみる」という言葉は、いま、なにかひどく煙たいものになってきてしまいました。いままで生きてきたことのあるすべてのものがみたことのないものがあると、どうして言えるでしょう。しかし、この旅ではプロヴィデンスという街を訪れようとおもっています。ラブクラフトがその生涯の大半を過ごしたところです。調べたところ、ラブクラフトにまつわるものはほとんどなんにもないこともわかっているのですが、それでもそのひとが歩いたかもしれない道を、見たかもしれない景色を、たどってみたいと思います。それというのも、ラブクラフトが書き綴っていたのは、壁を隔てたほんの向こう側に、われわれ人類には認識しようもない途方もなく広大な時間と空間が存在しているという恐怖で、そこに向けられた視線が得るのは救いようのない絶望しかありません。しかし、それでも生き残ってしまったひとのありさまを書かずにはいられないところに執念のようなものをかんじます。圧倒的な絶望とどう対峙するのかというテーマがあるようにおもいます。
宇波様
ポーの「情熱は尊敬されなければならない」という一節を呪文のように繰り返して若い時から悪事を重ねてきました。ルーの『ザ・レイブン』が出た時、ロンドンに居たんですけど、レコード屋のフロアが大鴉のポスターで埋め尽くされていて、『メタル・マシーン・ミュージック』以来のかれ自身のライナーノート、「私たちはなぜしてはいけないことをするのか、なぜ自分のものにはならないのに愛するのか、悪いと分かっていてなぜ悪いことをするのか」云々とあるのを読み、かれのリアリティがそこに行き着いたことを思い、フランスのように罪を誤魔化すための“友愛”などというところに行かずに緋文字の中でもがくのがいかにもアメリカ的だし、その作業には似たような文芸路線として9.11を挟んで先行するローリー・アンダーソンの『白鯨』よりもさらに私小説的な逼迫感があるように思ったのを憶えています。ポーにはSFや推理やホラーといったダヴィンチ的、一元的な多面性と、天地に引き裂かれるゴシック的な葛藤があって、宇波さんはラブクラフトというくらいだからきっと今のゲームやアニメの架空神話に繋がる想像力みたいなところからポーを見ているのだと思いますが、ぼくは専らボードレール経由でアナベル・リーとか、ルーの歌にもあるけどザ・ベルズとかを耽読していたわけで、そういう違う視線を可能にする重層性がポーにはありますね。さらにポーで興味深いのは、インスピレーション至上主義の場所を散文ではなく詩の領域に戦略的に限定したことと、詩作が成功した場合に限って行われる節もあるその跡付け的な詩論の作業です。デレク・ベイリーが演奏後にその演奏を「名付ける」ことをしますが、それと似ています。とてもいい即興演奏が出来て、しかもそれが何故成功したのかについての分析を演奏者自身がやってのけ、しかもその説明自体が別の国の人々の方法論に絶大な影響を与えていく、というようなことが詩の領域で生じたわけです。というようなことを考えながらぼくはポーの家を眺めるのだと思います。そしてポーの家に居てポーの家が見えず、草の葉はそのさまざまな形状をぼくへの訴えの代わりにし、いつか罪から解かれたら見てくださいといわんばかりに謙遜に震えているのだと思います。ぼくはラブクラフトみたいには海産物はそんなに恐くありません。モナディック美術館で海の中でクジラと踊る人を観ました。絶望を取りあえず超え、レビヤタンのようなものを通して「われわれ人類には認識しようもない途方もなく広大な時間と空間」を手っ取り早く感得するためには、ポーやホーソーンの家ではなくてメルヴィルの家に向かうといいかなと思いました。
工藤
宇波 お返事書けてなくてごめんなさい……。
工藤 もうひとつだけ返事で書こうと思っていたことがあって、ブローティガンが六〇年代の終わりに、『白鯨』の流れを裏返したみたいな『アメリカの鱒釣り』を書くんですけど、その翻訳者の文体が、その後の日米文学を席巻していくことになるわけで、もし宇波さんの音楽的な文体をその世代に関連づけて考えることができれば、僕の、翻訳調の文体の時代のなかのヘンリー・ミラー的な流れもうっすら分かってもらえるだろう、というプログラムだったんですが──もう時間がないので(笑)。僕にとっては、フランスのデカダンと昔の(ナサニエル)ホーソーンみたいなピューリタン的なアメリカ文学との対比──ヨーロッパは「悪いことをしてしまってる」っていうのが当たり前な感じで来てるんですけど、アメリカは「悪いことだ悪いことだ」ってずっと言い続けるみたいな発想が根底にあって、ルー・リードとかも、その土俵の上でいろんなことをしてるんじゃないかって気がしていて、ポーもその文脈の上で捉えていて、それをボードレールが勝手に「悪いことだけがカッコいい」みたいに輸入して、それでまたフランスでは悪徳が栄えるっていうふうな流れでずっと捉えていて。それに対して宇波さんがポーと結びつけているラヴクラフトっていうのは、ポーのある面とリンクはするんですけど、ゲームの世界というか、SF的な自分の世界を構築してそのなかでやっていく人たちと繋がっているという印象が強いんです。そういう意味で、ラヴクラフトや、或いはギュスターブ・モローの世界は今のゲーム文化に密に繋がっていて、それは大きな流れで無視できないんですけど、僕は今のそういうゲームの世界みたいなところでやっていく表現みたいにはならなくて。良心が痛むんですかね、どこかではなくて“ここ”でやってるっていう──。そういう違いみたいなのを浮き彫りにしたかったんですけどね。
宇波 たしかにラヴクラフトは神話体系があってキャラクタライズされた邪神がいて──みたいなところはあるかもしれません。実際、テーブルトークのゲームになっていたりもしますが……。でも、そういう分かりやすい神話になっていったのは自称弟子みたいな作家の作業だったりして。ラヴクラフト自身の作品は、人間と邪神の闘いみたいなRPG的なものというより……「名状しがたいもの」みたいな表現を使っちゃってたりしますけど、人間の存在に対して、途方もない時間があって、例えば、地下に広大な空間があって……向こう側からしたら人間の存在なんてとるに足らない──。邪神の造形がどうとかいうよりも、人間には認識不可能な時間とか空間とかが壁を隔てた向こう側にあるっていう恐怖っていうか──。うーん、うまく言えない……。
工藤 そういう考え方って、まだ何かあるんじゃないかって期待で動いている感じですよね。
宇波 期待っていうよりも……例えばなんだろう、自分が死んだあとに無限の時間が続いていってしまうことに対する語りようのない恐怖ってあると思うんですけど、それはもう実際、僕には認識しようがないんだけど、おそらく現実にあるもので、それに対してはもうどうしようもないですよね。あるいは自分が生まれる前の時間とか……、そこに希望を持てるわけはなくて、なんというかその、自分には何もできない膨大な時間とかが、あるということは認めないといけないという──。だから……そこに自分が近づくとなにかが開けるとか、そういう期待のこもったものではないように思うんですが……。
工藤 そういう畏怖の念とか怖さっていうのは、例えば、カバだとかワニだとかクジラだとか、そういう身近なクリーチャーを見ることによってもいけるところですよね。恐ろしいような、何故それが存在するのかとか、何故そのものであるのかとか。他の世界が無くても、身近なものを観察すると怖くなるっていうことはありますよね。僕の場合は、そのもうひとつの扉は無いってところから始まっていて、身近なところの怖さみたいなところだけでやってる感じなんで、そこが違うかなと思ったんですね。時間に関しては、たしかにその通りで、認識できないですよね。人間は動物と違って、無限という概念はもっているんで、それが特殊で──
宇波 でも、マヘルのライヴを観たときには、畏怖といったら違うかもしれないですけれど……なんというか、彼方からきたものに出会ってしまったみたいな念を感じたところはあります。なんて言ったらいいか、それを説明しようと思って、うまくいかなかったんだけど……。
*
工藤 近未来SFの功罪についてつねに考えていて。SFって人を騙すっていうか、もっていっちゃうところがあるじゃないですか。それが高度成長期に環境破壊を引き起こしたし低迷期には千年期を暗く先取りしようとしましたよね。本当は時間って決まっていて、国々の盛衰とかに関してはこういうふうに進むって大筋は分かっているんだけど、人間の想像力による世界がポツポツといっぱい構築されると、その世界の中にボソッと入ってゲームとかしてる感性が未来を阻むっていうか。そういう国家と個人の悪あがきの総体で進んでいくっていうのは認めるんですけど、本当はやはり決まった進み方をしているみたいなのがあって──。あ、僕の悪いところっていうのは、身近なちょっとした経験を全体に敷衍【ふえん】して、世界を見切ってしまうみたいな、ちょっと病気になりやすいタイプの世界観をもっているということで、それでなおさら気をつけているんですけど、少ない情報で何かをこうだ、みたいに世界に敷衍してしまうっていうのが、近未来SFには顕著にみられて。だからそういうふうには想像界には入らないようにして、なるべく「嘘だ嘘だ嘘だ」ってのめり込まないようにして、物そのものを見るようなところに行こうと思っているんです。ゲームみたいな世界を構築した人たちはうらやましいっていうか、幸せだなとは思うんですけど、でも実際、温暖化とかいろいろあるじゃないですか。魚はいなくなるだろうとか、海流が途絶えるだろうとか、警告がなされているわけですよね。実際はもう、定まった方向に世界は進んでいるんだけれども、その進んでいるなかで、「他の世界が」とか「扉が」とかいう発想が邪魔している部分はあると思うんです。ゲームの中で、想像力で飛翔していくのはいいんだけど、それは死ぬまでのあいだで──死んだら無になると僕は思っていて──それまでのあいだ、だまくらかされたまま恍惚のうちに死ぬ、みたいな方向を選択をしているのではないか。ビョークの映画であったんですけど、いつも夢想がちの女の子がいて、最後死刑になるんですけど、死刑の直前まで夢想によって自分を幸福に保つみたいな、夢想がひとつの処世術になっていて、それしかないといえばそうなんですけど、それだと終わりっていうか、みんながそうやって自分の世界を作って、SF的なものの中で持続して死んでいけばいいっていう話ですよね。それが人間に許された最後の自由なのかもしれませんけど。でもそれとは別に、決まった現実みたいな、ガガガと岩盤を削るような時間ってありますよね。進んでいく時間。なんか、本当に真実があるのならば、あらゆる邪魔するものは排除していく、みたいな発想があって。
宇波 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』って、僕には嫌な映画でした。細かいことは忘れましたけど……「息子の幸せイコール手術」ってことを頑なにまもって、自分の無実を証明しないで死刑になっていく……なんかおかしい話だなと思って。
工藤 たしかに筋自体はそんな感じでしたね。ビョ―クの場合は人を殺してしまったあと夢想に逃げ込むんですけど、同じような話で、UAが出た濱マイクのシリーズでは、歌手の話なんですけど、歌のリアリティをキープするために、人を殺して「殺した」っていう事の重大さを引き受けながらライヴをしてすごい歌を歌おうとする、みたいなのがあったんですよ。それも若い人っぽい主題の選び方だなと思って。そういう意味でいうと、自分のために架空の世界を構築する切実さっていうのは、やっぱり無視できないかもしれませんね。プログレとか。サン・ラなんかもそうでしたよね。完全に自分の神話大系を作って人を巻き込んで。でも架空の体系の中では死はさまざまに振舞うから、いつの間にか死は無だという基本的な事実が忘れられていく。それでマヘルもそういうドグマのひとつだって言われると嫌だから、そうじゃないのに、って言いながら死なら死そのものに近づくようなことをやっていくっていう──
宇波 マヘルはそれ自体が世界の現前というか……世界観を提示するみたいなプログレ的要素はまったく感じないですけど……。
工藤 それっぽく思われる感じをつねに自分の言葉で否定しながらやっていくみたいなやり方ですね。
*
宇波 工藤さんは、マヘルはどの程度、計算してるんですか?
工藤 ハハハ。
宇波 というのは、ちょっと変な言い方なんですが、僕がライヴを拝見した限りで、すごいなって思ったのは、うまくいってないのがどこまで計算されているのかなと。例えば、メンバーにちゃんと伝えないとか、そういう計算みたいなことはされてるんですか?
工藤 いや、ちゃんと伝えるときは伝えるんですけど、伝えることができないままライヴを迎えることが多いです。例えば(トランクを開けてみせて)これは全部楽譜なんですよ。つねに、どこに行くにも、今まで生きてきたなかで書いたスコアを全部持ち歩いていて、それで腰を痛めて、松葉杖をついたりして(笑)。スコアに殺されてるような──。大体がこういうちゃんとした楽譜なんですけど、例えばちょっとした長さ──ターとかタンとか──が違うと文句を言うくらいひとつひとつの音の立ち上がりと消え方に厳密な指定があって。ただ、記譜法自体が不完全なんで、完全な再現はないんですよ。こんなのが毎日毎日夥しく積もり積み重なっていくんです。ところがこういうスコアの曲が気分的に出来ない日ってあるんですよ。『他の岬』はこういうのができない状態の、なんにも決められない感じのダーっとしたものを集めてラフに作ったものなんですけど、そういう気分の日と、こういう非常にただ音楽至上主義的な、思いついたメロディーの厳密な再現みたいな日と、ふたつあるんですよね。いまは、スコアをきちんとやる時期に差し掛かっていて、この場合はちゃんとこういう楽譜を渡して、いろいろ指定して──
宇波 じゃあ、こういう譜面をやるときは、工藤さんは完璧な再現を目指している?
工藤 しようとしていて。だからそこで、その人なりの味わいとかがあるのでなるべく何も言いたくないのですが、ちょっと違うと思っても許せる人と許せない人がいて、何が許せるのか許せないのかっていうと、ジャジーなうまさっていうのが許せなくて。例えば、ホーンを吹くときに、タンギングをしないでダーダーダーって、素人みたいな吹き方をしてもらったり、ジャズっぽい音の立ち上がりのブローを極力排除してもらったり。
宇波 工藤さんの中に設計図はあるんですか?
工藤 あるんですよ。そのメロディーに伴う一音一音の音の長さとか、音の消え具合とか、完全な音のイメージがあるんですよね。ただ『他の岬』は、そういうのは誰にも何も言わなくて、ただ自分のダーっとした感じでやったっていう──。だから、そういうのは一言では語れないですね。どうでもいいときと厳密なときとがありますから。
宇波 その理想のとおりに演奏できるメンバーを選んでいるのですか?
工藤 いや、「やりたい」って人が来たら、ほとんど拒まないんですよ。だけど、あんまりうまい人は飽きて来なくなる。たいていは無批判にクリシェに行くみたい。ただ、ある種のセンスのある人ない人ってはっきりあって。だから、その人だったら好きにしてても嫌じゃないっていう非音楽家もいれば、何をやっても違うと感じてしまう音楽家もいますし、その逆もあります。でも、誰でも受け入れるってことを宣言しちゃってるから受け入れざるをえないんですよ。そこらへんは永遠に課題ですね。
宇波 僕、マヘルを何回も観てるわけじゃないですけど、技術的なことを言ったら、テクニカルなプレイヤーたちではない。でも、全体になったときに、それぞれのパーツがすごい正しい位置にいるっていうか。それぞれはとるに足らないとされてしまいかねないものが、意味をもつ瞬間が選択されているように感じたんですけれど。
工藤 情報量を与える度合いが個人によって違うんですね。例えば、中尾さんには楽譜も見せないし、勝手に合わせてもらってるだけなんです。与えられた譜面を再現するのがうれしいってタイプの人っていますよね。そういう人にはそういうふうにするし、そういうのが嫌な人ってパッと見て分かるから。たいてい目を見ると、左の目が大きい人は右脳が発達してるから、音楽家なんですよ──いや、嘘もありますけど(笑)。そういう人にはあれこれ言わないようにして。自分のメロディーが出ちゃう人だから。
*
宇波 ローファイってありましたね。楽器の下手さが売りになっているような。そういう感じは、マヘルにはまったく感じないんです。ハイとローというのではない。
工藤 僕の場合、すごく政治的な発想が土台にあって。七〇年代まであった、ベースとドラムを底辺としたピラミッド型のロックの構造というのをひっくり返して、逆三角形っぽくするっていう──そういうヒエラルキーみたいなものをどうにかしたいっていうのがあって。そういう組織論みたいなことがずっと課題だったんですね。それでいろいろ試行錯誤して──で、お手本としてあったのが(コーネリアス)カーデューとかのやり方で、それをパンクでどう処理できるか、みたいな。
宇波 O-NESTで観たときに、バスーンがちゃんとベースとして機能しちゃってるっていうか、ベースラインになってて──まあどっちがいいってわけじゃないんですけど、前と印象が違うなって思いましたね。
工藤 バスーンは僕が薦めて、楽器を初めて触るところから始めてもらったんですけど、最初はすごい不評だったんですよ。
宇波 そうですか? POOで観たときは、「これだ」という感じがしましたけど。
工藤 最初は古楽なんですよ、発想が。古楽のアンサンブルって、上下分け隔てない感じで平等じゃないですか。ギターのカッティングと、バスーンのすごい跳躍のある──すごい音域の広い楽器なんで──みんなベートーヴェンの「田園」の♪ターラッタ タンタララッタみたいな感じで全部統一したベース・ラインでやるっていうのが、長年の夢だったので、それでやってみたんですけど、一応それは『他の岬』で終わったんですよ。
宇波 そんなに意識しているわけではないんですけど、考えてみるとベースのいるバンドをやったことがないです。ホースにベースはいるんですけど、彼はチューニングもできないし、そもそもアンプの電源もいれられない……。
工藤 ルートを弾いてしまうと音楽が限定されますよね。よくジョン・ゾーンもベースなしでやったりしてましたけど、フリーをやる人にとっては挑戦で、ある種の即興が、ある種のルートを想定したメロディーを作るのか、それともそれを無くしてやるのか──。たしかにベースって、無くてもいいですよね。とりあえず出来ることは、ある種の演奏だとルートが想定されるので、聴く人に分かっているようなものであれば弾かなくてもよくて、聴く人に分からない場合だけベースで音を出せばっていう考え方はありますよね。ドラムも8ビートだと叩かなくても伝わるから、それ以外ならなんでもいい、みたいな指定はします。
*
宇波 誰でも受け入れることにしたのはなぜですか。
工藤 僕の父って磁器のデザイナーなんですよ。中規模の工場で主に食器のデザインをしていて。まわりはだいたいみかん農家なんですけど、忙しくない時ってありますよね。そういう時に農家のおばさんたちに来てもらって、唐草の文様を絵付けしてもらうんですけど、その絵柄を教えるんですよ。量産しないと安く流通出来ないですよね。だからそういう人たちを使って、しかもいちおう手作りで商品として流通させるっていうモダンクラフト運動の影響で僕は育っていて、それって柳宗悦の民藝運動や、さらに遡るとウイリアム・モリスが職人のユートピアみたいなのを夢想したところから来ていて、逆輸入というか逆輸出というか、父の工場にも来たことのあるバーナード・リーチっていう人がそれをイギリスに持ち帰って、スタジオ・ポッタリーっていう運動を起こして。それは陶芸の分野では今も影響のある考え方なんですけど。で、僕が小さい頃から父を見ていたときに、かれはひじょうに人のあつまりということを思っていて、社会主義的な発想でやっていこうとしていた。でもデザイナーとしての彼はいて、自分のインスピレーションみたいなのをやっぱり信じているから、自分のデザインを押し付けるようなかたちで成立するシステムを作りあげていく。その影響が無意識に僕にもあったわけですよ。今、僕は自分のスコアを、楽器をあまり嗜【たしな】んだことのない人に押し付けている、ということになっているけれど、それが自分でも分かったのは、カーデューを調べていたら、お父さんが陶芸家だったんですね。バーナード・リーチの仲間でマイケル・カーデューっていうんですけど。そこに僕、訪ねていったんです。そしたらまだそこに工房があって、職人の人たちがうちの工場とおんなじようにやってるんですよ。その時、コーネリアス・カーデューも、僕と同じ民藝的っていうか、ウイリアム・モリス的な発想のなかで育って、クラフト運動を音楽に置き換えてやったんだなって分かって、それで彼がやった素人オーケストラの発想も容易に理解できた。ただその時点で「ああ、よかった」じゃなくて「結局父親と一緒じゃないか」と──。やっぱり、自分が選ばれたもので特殊な賜物があって、というようなことを信じて人に押し付けるっていう構造は変わっていなくて、そういうのをごまかすために、古楽だ、ロックのヒエラルキーを逆にするだって、あれこれあがいているのではないかと。自分はやっぱり思い上がっているというか、僭越というか、傲慢というか……(笑)。
宇波 さっきのローファイの話もそうですが、素朴さを引き出す的な感じは僕は受けないですが、どうでしょう。
工藤 まあ、ひねくれてはいますね。考え方としてそういうのはあるけど、実際問題、今の社会では「これが素人」だとか「これがうまい」だとか、区別が無くなってきてるし、メンバーの人たちはぼくよりうまいし、それぞれがいろんなことを思っている人が集まっているので、単純な図式では言いきれないですよね。いまはホームレスとホームレス予備軍しかいないのと一緒で、観念の世界ですよね、素朴な云々っていうのは。ただ父の場合は、たしかに素朴なみかん農家のおばさんが現実にいたのではっきりしてたんですけど、僕ははっきりしなくなった世の中に対してそれを行おうとしたんですよね。それで、いろんな方法論とかテクニックとかは加わっているんですけど、ただ元々の構造っていうか、上から下へのベクトルみたいなことを自覚したっていうのが、非常に問題になっていて。でもそうじゃないのって見つからないんですよ。そうじゃない、完璧に平等なっていうと、やっぱり信頼しあう個人が集まって、カンパニー[●注]みたいなのをやるしかないじゃないですか、即興演奏だと。でも、それだけだと経済的な事情とかいろんなことがあって不可能になって──。手短に音楽をやるには誰でも受け入れて、何かをその場にいる人でやっていいんじゃないかなって。
宇波 でも、完成形を一方的に押し付けるっていう方法ではないですよね。ある種、困難を招くためのガイドというか。全員がそこに向かうためにスコアがあるわけではない。
工藤 普通はリハーサルをして、サウンド・チェックをして、こんな感じって臨むんですけど、それをしないで本番でサウンド・チェックをしながらやっていく、みたいなほうがうまく行きますね。うまくいく時はプロの人が参加してもブラスバンドの部員のように見えます。だからいつもPAの人と、すごく緊張しますね。
宇波 僕はもうPAは使わないことに決めていて。どんな広いところでも──
工藤 じゃあ、聴きたければ近くに来い、と。
宇波 いや、そもそもそんなに人がいるわけじゃないんで(笑)。でも、小さく鳴っている音を遠くでしか聴くことのできない音ってあると思いますし。PAで取るバランスって意味がよく分からなくて。例えば、中尾さんが小さく吹いている音を、PAのほうで持ち上げるのって話が違うというか。すごいだだっ広いところで小さい音の演奏をするようになって初めて分かることって結構あって。音が目の前で落ちていく感じとか。そういうのは意識し始めると楽しいことなんですが。
工藤 そうですね。ただロックの場合、ステージでボーカルを増幅することが叶わなかった時代にはシャウトがよく行われていたんですけど、マイクが発達してささやいたりも出来るようになったんですよね。それでネオ・アコースティックのつぶやくような唱法が生まれと思うんですけど、そういうのはPAの功績ではありますよね。でも器楽の場合はたしかにいらないので、あえて意識的に使うか使わないかのどっちかですよね。タージ・マハル旅行団とかは意識的に使ったんですよね。
*
工藤 現在は、近代的な残滓をことごとく排除するみたいな流れとしてあって、それの果てを二一世紀にやっているわけですよね。
宇波 それはどうなんだろうなあ……。もちろんその延長にあるとは思うんですけど。
工藤 むかしは脱構築して逆に音楽を奪還するんだ、みたいな大義名分があったわけなんですけど、それさえもないような感じですよね、おそらく。
宇波 やっぱりジョン・ケージにしても「作品」という感じがするかな……。逆に作り手に焦点が当たっちゃうというか。それを思いついた人が特権化しちゃうみたいな雰囲気があんまり好きじゃないのかな。だから僕、あんまり……自分がなしとげたいっていうのがないんですよ。ん、あるのかな? 分かんないけど、あんまり自分がこれを思いついたんだ、みたいなところからは極力離れたいっていう感じはしますね。そういう意味で、もっと純化したいと思っているのかなあ。分かんないけど。
──前に「これからは歌を歌う」と言っていましたが、いまも歌っていないのは、なんでだと思います?
宇波 やろうとしてみて言葉で伝えたいことが何もないことに気付いた……。歌だけがあるみたいなことは面白いかなって思ったんだけど、僕には無理でした(笑)。
工藤 歌っちゃうと消すっていうのは無理ですよね、どう考えても。
宇波 うん……だから何かを作りあげるっていうよりは、なんかこういう音がありました、みたいなことかな? 自分の話はむずかしい……。
──工藤さんにとって、歌うことと楽器を演奏することに違いはありますか。
工藤 違うと思います。演奏は演奏だけですね。僕ほら、根がパンクだから、音楽というと歌うものだと思って始まっているので、惰性っていうか──。多分、声が好きなんだと思いますね。なんか、ある人を追っかけていくと、もう音楽的には興味が無くても、ただ惰性で買って「ちょっと元気そうになったな」とか、確認するだけみたいな人っているじゃないですか。ブライアン・フェリーとか──いや、僕の場合ですけど(笑)。ああいう感じって多分、声を聞いているんでしょうね。自分の声をただ聞きたいんじゃないですか、自分で(笑)。
──他人の声に自分の声を聞くということですか?
工藤 そうかもしれません。その人の楽器の音色ってあるじゃないですか。篠田(昌己)なら篠田で、パッと聴くと分かるじゃないですか。(アルバート)アイラーとか。ああいう感じで、指紋とか手相みたいな音とか声とかって、なんか求めてたんでしょうけど。あんまりそういうのはないんですね、宇波さんは。
宇波 例えば、ギターの音ならこれだ、とかありますし、好きな声とかももちろんありますけれど……、最近は戸塚(泰雄)君がライヴで使っているドラムマシンの「ドンッ」みたいなプリセット音とか、ライン録りしたギターの音とか……さっきのPAの話とやや矛盾してますけれど、心を込めようがないというか、意味の乗っかりようのない音に魅かれているところがあります。
工藤 ライン録りいいですね(笑)。何年か前に、ギターのポンと鳴る音が好きとかいう時代がありましたよね。それへのひとつのアイロニーなんでしょうね。ある時代のジョークとかが腐るときってあるじゃないですか。「ナウい」って何よそれ、みたいな(笑)。それがある時間が経つとまた旬になる、みたいな感じですか。今は寸詰まったような音が来てる、みたいな、敏感なところがあるじゃないですか。
宇波 いや、でもそれは自分だけの話なんで(笑)。
工藤 でも、来てるって思う感性を大事にしたいっていうのがあるんじゃないですか?
宇波 うーん、それはあるかも……しれない。
工藤 じゃあ、ナウいんですよ(笑)。
宇波 ハハハハ。でも……たしかに否定できないです。やっぱり人が何かにワワワーって行くと──
工藤 嫌ですよね。離れたいですよね。
宇波 それはイカンという。
工藤 「ドンッ」に魅かれる感性ってやっぱり、いろんな録音文化のなかで生まれてくるひとつのアイロニーですよね。
宇波 うん、もちろん参照しているものはあると思いますよ。僕、すごい流行に敏感なんですよ。今こういうのが流行っているなっていうものに対する嗅覚ってすごい鋭いと思いますよ。それに対して、こういうことは絶対にしないぞっていうのは、ありますね。
工藤 あ、もうそろそろ行かないと──
宇波 それでは……。
最初につい書いてしまった「なにものでもないもの」という言い草に自分自身で違和感をかんじたまま、なにか言い訳をさがさなければという気持ちがあり、工藤さんのお便りに向かい合うことをどこかうしろめたくかんじるようになり、お返事差し上げるのも辛くなってしまっていましたので、先日は直接おはなしできてよかったです。何年か前、あるサックス奏者から、音楽は自分がやらなくてもよいとおもうといった言葉がでて、シンプルながら納得がいきました。近代的主体の超克を叫んでいたのはまったく文字通り僕の父の世代だったかもしれません。それってなんだったんだろうという違和感のなかで僕は育っていたのかもしれません。関係性とともに生成変化する力学によって即興演奏は音楽における主体の在り方を変えるのだと思い込もうとしていたこともありましたが、結局おれがおれがと怒鳴られているような圧迫感があり、ふさぎこむことがあまりにも多く、なにもしない、音と音との関係性がなにも生み出さないことができるのならばと、すくなくとも数年前まではそれこそが手応えでした。私がここにいるということではなく、私がいなくてもここはあるというものの見方は、どういう経緯だかうまく説明できませんが、音楽を通して得たものではあります。最近は、作曲家、みたいなことをしていますが、なにかをつくりあげるというより、風景にスケールをあててみたらこういう目盛りがあったという程度のことで、僕自身がいなくてもそれはそうだったと、なにか敗北宣言のようなものをかかげるために作業しているようです。らんぶるでのお話にややもどりますが、扉の向こう側にある自分の認識し得ない世界に希望を見いだしているわけではなくて、やはり生まれる前の時間を、死んだ後もつづく時間を、自分とは関係なく存在している世界への絶望的な畏怖がどうしてもでてきます。工藤さんのおっしゃっていたとおり、これは身の回りにあるものが語りかけることからいくらでもかんじられるものですが、僕の悪い癖はそれをかみしめるための仮想プランとして、人類の終わりとか、地底世界とか、太古の暗黒神といったものを持ち出したくなることで、それは、たしかに「なにものでもないもの」がどこか別の世界にあるという夢想に充足し、プログレ的世界観を保守することでこの人生を全うしようとしているように見えないともかぎらないかもしれません。ただ、人類の滅亡がイコールこの世の終わりではないということは、証明する術は僕にはありませんがなんとなく真実であるような気はしていて、それは救いようのない絶望である同時に、いま自分が生きている瞬間も、たとえば音楽をやっている瞬間も世界というのは同じようにしか存在しないと考えてみると、人生に希望をもたらしてくれるようにも思われます。工藤さんの音楽は、こういう言い方がいいかどうかわかりませんが……、生きている人間がやっている音楽ではないようです。天上の音楽というようなものとは真逆の意味で、このひとたちがみな死んでいても地上でこの音楽をやっているようにおもえます。自分がなにを考えているのか言葉にするのはとても苦手ですが、自分がいなくても、人間がいなくてもなっている音楽という考え方になにか惹かれていて、それこそ戸塚君のリズムマシンとか、マッティンのキータッチとか、あきらかに人の手が介入しているものですが、なにか答えがあるような気がしてなりません。が、外側に答えを求めてしまうところがやはり私の本性、ということなのかもしれません……。
この往復書簡、こういうふうに文章を書いたことがなかったので、どうしていいかわからない部分がおおく、せっかくの機会でしたのにあまり往復できず、申し訳なく、お恥ずかしいかぎりです。もしできたら、いつか一緒にライブとか、やらせていただけたらうれしいなとおもいます。どちらかが死なない前に、ですが。
この前お話して分かったことは、僕が罪と同じ速度で逃走しようとしてツアーしている世代であるのに対し、宇波さんはそのツアー中に生まれてしまった世代であるということです。僕が自分の存在している理由や復活のない死を知っているのに対し、宇波さんはある面真理の只中で育ったために内側からは真理が見えない、ということだと思います。それで、罪についてではなく死について考えてみた、と唄うのだと思います。「今はミキサーにつっこんだギターの音が一番“来ている”といった、次々と他の岬に移動する先端のアイロニーは、何かの文明の栄光の残滓のように聞こえました。でも旅の途中で聴いたホースはあっけなく音楽でした。ギターが上手すぎてしまうことにより、音楽が背中から貼り付いてしまったような作曲になっていると思いました。最後の歌詞はすばらしいと思います。ボウリングの起源を知っていますか? あれは悪霊を倒すための儀式でした。ピンが悪霊で、ボールが倒すふりをするのです。
宇波さんにとっては、ぼくが未だに19世紀的な、カラマーゾフみたいな世界に生きているので、罪という言葉が煩わしかったと思います。「一万年、後」を観て、宇波さんの言う「なにものでもないもの」の感覚が理解できました。(矢張りというか、足立正夫の「銀河系」と同じ温度を感じました。)そして宇波さんが、その時携わっていた映画の欲望を自分の欲望としていたのだなと分かりました。(ぼくの書いたものはその時ぼくの齧っていものが咀嚼されないまま放り出されていて恥ずかしい限りです。)ぼくらはそうやって誰かの欲望を生きています。宇波さんが「自分が居なくてもいい」と言うとき、それは宇波さんが共演者の欲望を生き切っていくことによって、自分自身になろうとしているからだと思います。そして宇波さんはそれが充足できない欲望であることも知っています。他者とは誰かではなくて(これも勧められてラカンを読んで言っているだけですが)、自分を自分であると仮定しようとする無意識のシニフィアンそのものでもあるかもしれないからです。言葉で定義された自分は永久に本当の自分から切り絶たれます。絶対的な不可能が恐怖の体験と似ているとしたら、それが宇波さんのいう「なにものでもないもの」なのではないでしょうか。それは宇波さんが鏡を介さないで自分自身を見るようなものだからです。「一万年、後」でもNHK第一放送で流れるような「みかんの花咲く丘」が日本語に「変換」されないまま意味を剥ぎ取られた音声として流れる場面がありましたね。一万年後の人の思考は音速を超えてソニックブームになっているからイメージが無意識の言語を介さずにそのまま定着されてああいう音そのもののような音楽になるのかもしれないなと思ったのです。ラブクラフトの怪物は言語化できる海生生物のイメージの集積ではなくて宇波さんだったのです。宇波さんが自分に追いつき自分になるとき、それは死ぬときです。宇波さんは自分のバンド・ホースで歌うときは、共演者の欲望を自分の欲望とすることができないので、それで死についてしか歌わないのだと思いました。それはとても本質的なことです。嘆きの家に行くことは、宴の家に行くことに勝ります。ほんとうに、どちらかが死なない前に、その一点を軸に演奏できたらいいなと思います。
寒天 自愛
工藤冬里インタビュー 上野 水上音楽堂にて。
工藤冬里インタビュー 上野 水上音楽堂にて。
──じつは到着と同時に演奏が終わってしまいまして、見れませんでし
た……。
工藤 なあんだ、それは残念ですね。
──今日のライブはどういったものだったんですか。
工藤 これはね、ドイツにソニグっていうマウス・オン・マーズとか出
してるレーベルがあるんですけど、そのレーベルの人たちがベルギーでラ
イブをしたときに見にきてくれたんですね。むかしノイズっていうバン
ドをやっていて、それのリミックスをコンピレーション(『ソニ
グ.イレーション』)に提供したことがあったので。それで、そ
の人たちが、サン・ルーカス・バンドっていうグァテマラの70年代
の音楽を聴かせたいっていって、送ってくれたんですよ。それを今日最
初にやったんです。サン・ルーカス・トリマンっていう村があるんです
けど、そこに贈るっていう曲で。グァテマラってスペインに支配されて
いたでしょう。その記憶で、みんなインディオの人たちがやってるんで
すよ。マヤ族からわかれた人たちで。村のお祭りとか葬式とかパーティ
とか、そういうときにやるバンドで、1922年から代々やってい
て、独特な発展をしているんです。リズムが待っていてくれたりするん
で、シャッグスと比較するひともいたりとか。それをコールド・ブラ
スっていうジャンルで呼ぶらしいですが。中尾(勘二)さんが言うに
は。それをやってみたんですね。もうひとつは、ディエゴ・オルティ
スっていう、スペインのルネサンスの古楽のひとので。それが安土桃山
城で信長が最初に聴いた音楽だから、日本人が最初に触れた西洋音楽
で。それをインディオの気持ちになって、葬儀のフューネラル・マーチ
のリズムのままで、古楽を演奏するっていうプロジェクトだったんです。
──それはぜひ体験したかったです。今回はマヘルのメンバー以外にも
沢山のひとが参加していたようですが、やってみてどうでしたか?
工藤 けっこう良かったほうなんじゃないかな。40人くらいで演
奏したんですけど、いっぺんもリハしてないんですよ。何人かのマヘル
の人たちが演奏して、それにあとのひとがその場でついてくるっていう
──あ、もう撤収しないといけないみたい。
──お忙しいところすいません。ありがとうございました。
> 工藤冬里インタビュー 上野 水上音楽堂にて。
>
> ──じつは到着と同時に演奏が終わってしまいまして、見れませんでし
> た……。
> 工藤 なあんだ、それは残念ですね。
> ──今日のライブはどういったものだったんですか。
> 工藤 これはね、ドイツにソニグっていうマウス・オン・マーズとか出
> してるレーベルがあるんですけど、そのレーベルの人たちがベルギー
> でラ イブをしたときに見にきてくれたんですね。むかしノイズっていうバン
> ドをやっていて、それのリミックスをコンピレーション(『ソニ
> グ.イレーション』)に提供したことがあったので。それで、そ
> の人たちが、サン・ルーカス・バンドっていうグァテマラの70
> 年代 の高地マヤ族の音楽を聴かせたいっていって、送ってくれたんですよ。
>それを今日最 初にやったんです。サン・ルーカス・トリマンっていう村のバンドなんだけど、その村に今日の音源を贈ったら面白いだろうな。グァテマラってスペインに支配されていたでしょう。その頃の音楽を記憶だけで今もインディオの人たちがやってるんですよ。村のお祭りとか葬式とかパーティー とか、そういうときにやるバンドで、1922年から代々やっているんだそうで。リズムが船頭がふたりいる舟みたいにバラバラで、それでいて一人が遅れても低音部が待っていてあげたりするんで、シャッグスと比較するひともいたりとか。それをコールド・ブラスっていうジャンルで呼ぶらしいですが。中尾(勘二)さんが言うに は。それをやってみたんですね。もうひとつは、ディエゴ・オルティ
> スっていう、スペインのルネサンスの古楽のひとので。それが安土桃山
> 城で信長が聴いた音楽だから、日本人が最初に触れた西洋音楽
> ということになります。それをインディオの気持ちになって、古楽を葬儀のフューネラル・マーチのリズムのままで演奏するっていうプロジェクトだったんです。
> ──それはぜひ体験したかったです。今回はマヘルのメンバー以外にも
> 沢山のひとが参加していたようですが、やってみてどうでしたか?
> 工藤 けっこう良かったほうなんじゃないかな。40人くらいで演
> 奏したんですけど、各自で音源を聞いて臨んだだけでゲネプロはしてないんですよ。何人かスコアを覚えた人たちが演奏して、それにあとのひとがその場でついてくるっていう
> ──あ、もう撤収しないといけないみたい。
> ──お忙しいところすいません。ありがとうございました。
>