◎2013.5
三津
海の荒野の宣告に収縮する能
一章を割いて気遣う草食の顎
鍵穴型の空の外、家、畑。
ジオラマの段丘が哀れを誘う
暗い胚芽の巨大なサンドイッチが
街路の一区画に積み上げられている
帽子の下の家のような茶色い顔
路地に天蓋を渡せば夢の町になる
波が洗う木板の一階
教室の腰高の蘭鋳
折られた新聞紙の午後の
明度の落ちた空
縫い合わされた傷の文字
いい質問だ
ぼくらは許される
太陽と月と星に恥辱のしるし
くだらない声に怒り
弁当の魚のようあ親密に泣く
茶屋じみた陰影
2013.5.1 プロフィール ヲルガン座用
工藤冬里(祝島ヘル)
2008年8月27日 篠田昌已の巡回上映会に同行しアビエルトでピアノを10分ほど弾く
2010年6月29日 ニカさんに誘われヲルガン座で祝島ヘルとして数曲を演奏 宙空一派の中西亮太などが参加
2011年11月5日 流川のpicoでキリンジの「エイリアンズ」をカラオケで歌う 共演は庄治勝治asなど
http://youtu.be/V7ll2779-Eg
2012年11月4日 廃墟ギャラリーの矢野ミチル個展にともない、ふらんす座で行われたライブ・ペインティングとコラボし、「今夜はブギー・バック」などをカラオケで歌うhttp://youtu.be/Hm2_WdvpTLw
2012年11月5日 アビエルトでピアノソロ この時は客を宙吊りにしてピアノを弾かせる
2013.5.10 プロフィール広島用
歌伴劇音の類いとしては松山「ナイトシア ター・パレス」のトラでピアノを弾いたの が最初(1972)、上京後は新宿ゴールデン 街の「ハバナ・ムーン」でピアノを弾いてい た時に知り合った「風の旅団」の音楽をしばらく担当(1983)、最近は横浜演劇祭にお けるモントリオールの劇作家ジェイコブ・ ウレンと組んだ「no double life for the wicked」(2011), 東京文化会館で行われた シェフィールドの演出家ティム・エッチェ ルスの作品「wall of sound」(2012)の音 楽監督, 自身の演劇行動としては「tori kudo’s meltdown」(2012, 高円寺), 大久 保周辺等における「ひとりデモ」のシリー ズ(2012)などがある。
そらが昏くなつてきますよしの川
或る転向 a turnaround
大抵は国家とか馬鹿にしているものに殺されるから
情感を後戻りして
忘れて過ぎ去るファイルを復活させる
人を失った時に役立つ
今のことしか考えない態度へ
虎皮の虎が
地味な写真のように白茶けて蹲っている
虎は自由を理解する必要があった
floundering
漏れる器
アートで田んぼ
マームとジプシーという劇団のオーディションの話から始まった。自分で3種類の振付を考え、その番号が呼ばれるとそのポーズをとる、というのを集団で一時間や り続ける、という過酷なワークショップで、そのポーズの「裏」とか「逆」、つまり線対称と面対象のポーズも指定されるので、合計9つのポーズに向けて瞬間的に体を動かさなくてはならず、最初はぎごちないが、だんだん体が慣れてくると疲労を通り越してある種のトランス状態になる、その集団としての動きを中空から見ている者が居れば、その者はそれを美しいと感じるであろう、と思いながらやっていた、と。それは各人の身体能力を審査するためのものなので、直接音楽とは関係ないわけだけれども、その振付を音に置き換えれば、演奏 のフォーマットとして少なくともゼロ地点にまではもっていけるのではないか、去年は土地と穀物の、水平と垂直のメソポタミア-エジプト的な起源に向き合ったが、今年はそのワークショップのメソッドを借りて草刈りの動きをやろう、と思った。システムとして高柳の集団投射、漸次投射といった言葉も頭を掠めた。振り付けに当たる奏法のための素材は「草刈り」と「雨」に絞った。「草刈り」には、単純労働、ベトナム戦争の落とし児としての農薬、原罪としての単一プランテーション、モンサント、TPP、といった人間的な営みと葛藤の一切が含まれ、「雨」には人智の及ばぬ天の一切が含まれることになるだろう。奏者は鳥の声が聞こえる範囲に意識を保ちつつ、「草刈り」ではブギーの腰の入れ方で低 音をループしてみせたり、つんのめるようにバスドラをキックしながらシンバルに頭突きしたりし、「雨」では造形作品の竹の枝を拝借して揺すったり、ギターを高く掲げてハウりングさせたり、お馴染の吊られた天蓋を揺さぶって音を出したりしていた。ピアノを弾いていると、「草刈り」と「雨」が不規則に入れ替わる度に一瞬で空気が変わるのを感じた。特にミニマルな奏法で「草刈り」を演奏しているまま「雨」になった時、選ばれている音は同じなのに風景が変わるのが分かった。「さまざまな作品や音が水を張られた水田に沈み、そこに田植えをしていく時、水面の上のおれはぞくっとするのだ」、と河野さんは言う。その感じがアートで田んぼなのだな。だいぶ分かってきた。
山の金
腰高の間合いを取れず
喰われた小判鮫
ゴールドラッシュの空撃をなぞる
走路につく
白い影
字に血が滲む
醪 to the morrow
黄色い苦悩を漬け込んで
醤(ヒシオ)の町のロータリーに
経緯は物陰を探して
赤い目を光らせる
やさしい矯正が南口を覆った
次の日になって
罪は僅かながら発酵して
軒先の店を構え
痛みを調理する
愛
書店の多さ
コーナーにとぐろを巻く装飾的な雲
ショーウィンドーには綿
没頭するディスプレイデザイナー
腹さえも優美なライン
水気の多い写真が選ばれた
元は新幹線色だったのに
醪の中に漬け込まれた心
黄色い延命は
次の日になって
追いつかれる
醪(モロミ) to the morrow
黄色い苦悩を通り越して
地球暦では次の日になって
追いつかれる
愛
着飾ったクラゲの襟
あやめ野郎
シャッターマン
五線譜の充実してない文房具屋はいくらMOLESKINEを置いていても駄目だ
漏れる器
基調色が指を切断するに至る午前
山々の会合
代車の午後
わたしたちの時は・・*
期限付きの貧乏が写真を見返している
「大いなること」を捨てた凝り固まった顔の夕暮れ
乾かぬ土のにちゃにちゃ立ったまま過ぎた
ごまかしのための時間
高架の下から裏側の時間の流れを見上げながら
単語集の夢をエメラルドの水に埋めた
enjoyという滑稽さ
すくい上げては掘ってゆく川床
わたしたちの時はいつもそこにある
*わたしの定めの時はまだ来ていませんが,あなた方の時はいつもそこにあります。(J7:6)
収穫は過ぎ、夏は終わった。しかしこのわたしたちは救われなかった!
手遅れなのは分かっていたが
排土を使って人を作った
背景の細かい仕事の
梅雨ではあるが
言葉は何一つ思い出せない
灰色の親切
雨
ぷつんと寝る
主語のない人
妄想に紅海を奪われた
声の響きから排斥の遺伝子を聞き取ろうとしている
描きかけの月の顔
写真
谷は緑や赤に色相を変えられ
実際の色は落とし込まれている
空気が空の色にならないように航走する気遣い
すべては既に知っていたことだから
木球を足元に転がし
肌の色がペットボトルから路上に流れて
気持ちを言い表そうとしている
各々の道とその実によって与えよ
眼鏡の視界さえ球に牛耳られた
弓を射る者の引き絞る頁の上で
夕暮れは誇張された心だ
眼鏡は入り江
さみしい国道沿いの夕闇
山の端はわたしたちの頭を噛む
光はイモムシのように静かに横たわる
こんな時だけきみは連絡するのか
おれさまたち、きみたち、あなた方が
夜と同じ暗さのガソリンで航走するのを見送って
色とりどりの紙テープの端を握りしめている
カモメは白い
落ちたツバメの子に押し寄せる紙テープの嵐
胸にパトカーが近づいてくる
魚とかパンとか以上に愛していますか と
島々の影は叫ぶ
ぼやけた写真家には分からない言葉で
過剰適応はもうすぐ終わるノートのように明度を上げる
足の太い添乗員がノイズカットされてトランスパラントな光の底に沈んでいる
膝を揃えた灰色
見せられない写真がまだ赫い空に昇ってゆく
四つの目と共に
赤が省かれた枠の連なり
田畑が見通せる坂の途中にスポットがあるのか
汚染瓦礫を積んだトラックの出入りする駐車場のあたり
苔はがっかりした緑だ
初夏
それでもいくつか浮かんできた泡の
実を結ぶ無活動
見えない痛みが見える希望
癌に生を掌握され
手を入れられた曲
聞こえる白髪と見えない想念
言い間違えられた歌詞
間違っていた松島
指でなぞりながら読まない海
目を閉じて刈らない草
古い理解はビニールハウスに当たる最新の日の光のようだ
見えない目の痛みが見える希望
70年という横たわるリアル
最終頁に呼びかける初夏
四角に刈られたツツジの植え込みがケーキのようだ
最終頁も何も変わらなかった
日々
美と傷
二つの悪が一つになって雲が輝く
心が捲られ蚊は却って侵入する
蜘蛛は粘り強く洗車に耐え
深き谷の黴菌の谷を往く半袖
傷を負って変色する
クロノスの空に緋が侵入する
それでも十二ヶ月の木は生え
空中の権威が色相をずらしても
空はデフォルトに設定を戻して
戸を開け放つと魚が入ってくる
単語群はアクサンのペダルを踏む
流し撮りにより変型したカイロス
まともに見る顔の
風呂敷を敷いて並べるのは
目に湛えるもの
わたしは写真の中のあたたかな雲のようにはがんばれないのです
サウンドカーの首が鳴り目の裏にも赤が侵入する