◎2015.2
殺されて終わるsuspendead
鳥一羽墜ちて空一杯の号泣
I am Sajida
I am Abe
I am L.Jinny
I am Haruna
I am AbddulahⅡ
I am not me
新章突入
次のライブは緊張が解けて死と貧困に直面する私たちに向けられる
置き惑わせる菊紋
白塗り
飛べなくなって飛び下りを助けようとしたら刺された
浮かんでいって血の代わりにキラキラ
二本目の紅梅庭には二重季語
二本目の紅梅+揚雲雀
春。巨大な人骨が、売り買いの訂正を求めて。国を人格で語り始める。
歴史学とは国の人格を投げ込まれる無意識の古池
ふりゆくものは我が身なりけり
充電が出来なくなって余生寒
「れうらんのはなのはるひをふらせる」をおきまどはせる古池の音
昔、男が居た。みずくさに覆われた古池があり、そこに自分の机やベッドを投げ入れていった。全ての家財を沈めると、無意識は濁りに濁り、最後には男が古池に飛び込む水の音がしたことだ。
南欧や雪の林で撃たれけり
ネットをしない佐久間さんから電話。三年間部屋でニッティング・ダンス・パフォーマンスをしていた、と言い張る。言及されることを善しとするのであろうからここに記す。
今中東の音楽をやるなら、ロック史に則ったマヌーヴァーでやらなければならない。ポピュラーミュージックはもう奪還出来ない。ISIL の蛇のように素直に、しかし渋谷の鳩のように用心深く。横路で羽根毟ってる奴居たし
ロック史とはとりあえず「無限抱擁」であり「青春」である。それらはリアリズムに纏わるものだからである。
食べて応援 聞いて応援 生きて応援 紀元節
フグの白子で目隠しされて冷めた徳利をラッパ飲み
野生の枇杷の多い道心を全て白化粧
早く死にたい
死んで応援
コメダのレジ横に紙ナプキンを捩ったバレリーナが三匹立っている
本当は一個一個のガーデンクレイと対話して、きみは鉄、きみは銅、肌の露出はここまで、とやるつもりが、昨日の夕方に、10分くらいで急いで掛けてしまった。作為がないのが取り柄と松原さんに言われたことがあるけれども、作為どころではない、遼の騎兵の如くにイスラム国へと生き急ぐウイグル族のような白化粧が展示されるのは3月7日から宇和の池田屋、29日徳島bartxalaparta ,30日鴨島picnic,4月8日から12日まで野毛の旧バラ荘です。
もう鬱陶ではなく殺陶ですね
三行日記というものを寝る前につけるといいそうです。一行目に良くなかったこと、二行目に良かったこと、三行目に明日の目標。問題をはっきりさせると、交感・副交感神経のバランスがよくなります。自律神経を手懐(なづ)けるには、良いことと良くないことも整理して無意識に把握させることです。
自律神経にとっては、意識の側にグレーゾーンがあるのが良くないそうです。無意識を手懐けるには、寝る前に、良くなかったこと、良かったことを整理して、グレーゾーンを無くすことです。そのための可視化です。ツイッターをやめて手帳を買いなさい。
良いことを考え続けなさいというのはラッパーや宇宙人の声色でよく言われていましたが、それだと悪いことを整理する観点が抜け落ちています。いや、自律神経の側からの話ですよ。
交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキ。赤い疑惑みたいですね。そのバランスが取れているのが、所謂フローの状態です。だから競技や演奏の前に消耗させられるのは致命的です。心を鎧ってdisりあいポジティブみたいな虫になるか、トレーナー雇うかですね。ここでも金の問題か。
イスラム国三行日記
あまりよく殺せなかった
よく殺せたのもあった
よく殺そう
アメリカ三行日記
あまりよく殺せなかった
よく殺せたのもあった
よく殺そう
安倍三行日記
よく殺せたか分からなかったこと
よく殺せたみたいな気がした瞬間もあったこと
ちゃんと殺してもらって殺した感共有したい。蚊帳の外だけどテザリングして見てるからー
なんか趣旨がずれてきてるやんか
悪いやつが心を落ち着かせたところでそれがなんぼのもんやちゅうことやな
No peace for the wicked
絶賛発売中です
て宣伝かよ
みたいな
バランス崩してるな
同志たち、レザンファン、交感神経さん、副交感神経さん、ごはんですよ。
サカルトベロ(グルジア)のメスデイア村の男声合唱団ザリ
私がピグミーに次いで皆さんに最もおススメしたいポリフォニーはサカルトベロのメスデイア村の平均年齢七五歳の合唱団のザリという歌です。聴くと、自分が神になって、下から人間が鯉のように口パクして何事かを訴えているのを見ている気分になります。
普通のユーラシアのメリスマは人間が人間に歌っているだけでベクトルが水平ですが、ザリは垂直です。しかも人間から上に向かうのではなく、下から昇ってくる歌声を聴く体験になるわけです。とても気分が上ガリます。
ザリにはメリスマがありません。ストラヴィンスキーはサカルトベロの合唱が人類の作った最も美しい音楽だとしています。が、彼の好んだハッサンベグラという違う合唱団の歌にはメリスマがあります。ぼくはストラヴィンスキーはまだ甘くて、ザリが、ほんとうに地球上では全然違う音楽だと思います。
春の祭典とそれを取り巻く物語は、20世紀の舞台芸術としてピークを形作っています。それでもぼくは、ザリを通して、それが20世紀の限界だったと思うのです。
ルート音
作曲者を含めた演奏者各自のルート音を尊重しながら、インスピレーション・ソースに内在していた絶対音を色としてキープするような集団即興は可能だろうか?そのために、「ルート音によるユニゾン」をブルースの進行に乗せるフォーマットを考えた。
絶対音の側からすれば、音程とはユイスマンスの「カクテル・ピアノ」のように、絶対的な色と味わいを持つものである。色彩療法は、色の周波数によって脳からの痛みの信号を相殺するし、色覚異常の脳に色彩の周波数を音程に変換する器械を埋め込み、音で色を判断させる試みも行われている。集団即興演奏は、そうした絶対的な色と色のぶつかり合いによって成り立つと信じられてきたし、音響派も、ノイズの色による音と場との交感であったと言えるだろう。
ロックはカポを使わない、カポを使うのはフォーク野郎だ、という言い方で、高音信仰の白鍵盤的なロックは、脳の仮想キーボードに対して悪態をついてきたのかもしれない。ピグミーはルート音を使って合唱をすることで知られている。各自がユニゾンで歌おうとするとそれはハーモロディクス的な平行移動のハーモニーになるのだ。それで、私たちの前には、常に絶対音とルート音という選択肢があり、カラオケの転調装置やフォークのカポは、その断絶に対する無意識の適応であったかもしれないのだ。
絶対音感がない場合、思いついたメロディーを五線譜に落とす時、ルート音が用いられる。脳は仮想キーボードの分かりやすい白鍵盤にそれを転調する。人は疲れているので、記されたドの音は実際にはそれより低く、シbだったりラだったりするのだ。調律されたピアノやギターを使ってメロディーをこちら側からひねり出すやり方で作曲するタイプの人の場合は、そうではない。ルート音は使われず、楽器の音にぶら下がるかたちで音が選ばれるので、記譜されたドは正確に絶対音のドである。そのような場合でさえ、楽器なしでそのメロディーを再生しようとすると、低くなっていることが多い。記憶されたメロディーは、ルート音に基づいていつの間にか転調されているのだ。
Lubomyr Melnykは世界最遅のピアニストである。アルヴォ・ペルトと比べればウクライナとエストニアの違いがわかる。ウクライナはノスタルジーと決別したのだ。
高音で歌われる尾崎由美「コルネリのしゃあわせ」は声質がさやに似ているが地声との折り合いを課題としている。ヴァイオリンの奏法の稚拙さだけが浮いていて、ジャンルのフレーミングが札幌的に誤解されている。
ナミオがデザインしたbill wellsの新作は、自分が選び取らなかったジャンルについてのメタな言及、と聞こえる。ナイーブかつひねくれたスコットランドの、ベーシストの父に対する愛憎が垣間見えて興味深く、シンバルが、奇麗だ。
federico durand”el estanque esmeralda”はエレクトロニカというものの根本的な不可能性を感じさせる。事物の描写を歌の伴奏とすることはできないからだ。
車で、7epからもらったゆーきゃんを聴いていたら、「メジャーセブンスなんて一生使わないと思っていた」というフレーズを思いついた。
人生が短すぎるので死にたい
電車が二両なので死にたい
まっすぐな道なので死にたい
うちの前の家の庭に船型のコンテナがひとつ置いてあって、粗大ゴミが徐々に放り込まれてゆき、摺り切り一杯になるとどこかへ運んで行く。それが商売らしかった。たまに要らないかと声をかけられる。今回は白い棚だった。電球付きの、携帯をディスプレイしていたような店の廃品らしかった。少し考えて、重そうだったので要らないと言うと、ハンマーを取り上げて一瞬で解体した。ロンドンの辻々に同じかたちの船があった。その中からなんでも貰って、革ジャンとか見つけて着ていた。これはなんなのか、とビルダーに訊くと、shipだ、と言うので、以来それを見ると船と呼んでいるのだった。太ったねえと言われた。チョコ太りですよ、と冗談を返した。解体された白い棚はまた空の船に放り込まれた。モールのサブウェイの前まで行ったが500円が高いと思い止してボルドーを買った。卵売り場に味の素が置かれていて、決めの一振り、というコピーで攻勢をかけていた。天然素材から作られていますとか言ってるわね。天然素材というならなんだってそうだ、シャブだって天然素材だ。昨夜外道の「これで終わりにしよう」というバラードを思い出して検索していたら、女を監禁して人肉を食わせた外道という動画があった。午前中、種まき人の例えの話を聞きながら、いつもなら金はどこへ隠そうか、とか考えるのに、腸はどうしようか、咽喉はどう食おうか、といったことで悩んだ。近所にプックルという安そうな飲み屋が出来た。どんな意味なのかしら。ぷっくらしたコロボックルだろ。
辺野古の珊瑚電波乱れ曇天
それに伴いラーラドラソファソラーラーのBDJDmがEmに変調
B音の点が入ってきてカンみたいだ
無意識が身構えている
夜汽車の音が聞こえるまま完全に山奥の2セクトに別れた宿の現場に行くことになっていて知らない町に虫が居て髪を捩ったら先が顔の男で女がセクトの宿主と言い争いになるのを聞いていて水曜朝四時から仕事なのに今火曜の夜中電車で近江に行ってなきゃいけない時間今何曜?
常岡さんのツイートを読んで
弱い軍隊
というフレーズを思いついた
ドレドレドラド
ルートは絶対音だった
ホルマまでも追い散らされた
夢が悲しかったので 覚める時にラーララーファソーソーソーラソファーミラーというBDJ が鳴っていた
朝鎧を外すか鎧を着るか呟く人の二通り居て
昔細雪という女のひとが夜明けに歌を見てくれていた
ツイッターが始まった頃の話だ。遠いつながりをデザインしようとしていた。じきにそれは無理だと分かったので心ある人たちはすぐに止した。
ぼくはレイヤーに従って12のアカウントを色分けした。赤紫は存在しない音の波長。
結局言葉はそこに集中した。
なるべく遠くの星と繋がろうとして承認欲求を棄て手繰り寄せる引き網には様々な魚がいることを弁えなければならなかった。
役人、水商売、学生、右翼、主婦、ムラート、アルビノ、モスキート
工作員は殺すとしても、陰謀系で正しい人はひとりもいなかった。みなどこかで誤謬を冒していた。
「あなたは自分のツイートが世に対する爆弾だと思っているらしいけれど、そうだとしたら不発弾ね。」
うち今電気来てないんでロウソクでワイン飲んでます
あとは寝るだけですね
充電は車でしています。米はあります。灯油も安くなりましたね。菜の花の芽のあたりとかおいしいです。頼んだ豆は追跡すると関空に来ていました。コーヒーも豚骨も薄味が好きです。
あとクレジットカードは使えません。あたりまえだけど。ピーターアイヴァースのcat scratch fever て歌ってるよ。お腹なんか空いてないよ。全然。
もう両親は見捨てた。死ぬだけだ。タンカーは停まるまで8キロかかる。人も組織もタンカーのようなものだ。オランドだいとうりょう。
「ポア」とか「曽野綾子」とかすごくよく分かる。正しさのブレーキが効かないだけなんだ。あとは電池を反対に入れている。
単一買っといたほうがいいよ。
昼間て明るい
メタて耳鳴りの音に耳を傾けること
行かなきゃ
ほ
ほしになったママがみている
津波平気つー並兵器つー波平
虎と馬がサーフィンやなんつー波や元カレフラッシュで自信バックや波平和憲法オーシャンやオーシャンぜりぜオランドだいだいとうりょう
スリッパとタオル あると便利だそうだよ 非難袋にヘリウム詰めて ユーモアに転化せしうむ
さ・く・ら・んのはなのつなみをふらせる
頑張れ東北
小保方さんも分からなかったわけでしょう?イスラム国も分からなかった訳でしょう?最近分からないまま終わることが多いよね?他人の心は悪魔でもわからないからね。墓川のこともわからないママ終わるわけさ。
何が言いたいかっていうと、悪魔にさえ分からないことが大川某に分かってたまるかて批判してるわけさ。心を守れというのはそういうことなんだ。
でも死んだ人は心の中で生きているよ。
ママ友のみなさんは死についてちゃんとおしえているかな。もうすぐお別れだからね。
お別れだからね
ソンゲンとかあんまり考えないほうがいいよ。お別れはお別れだからね。
お別れだから
バカに見えるやつほど賢くてさらけだしてないだろ。みなレイヤーを決めてパブリックに乗っけてるだろ。でもジジェクじゃないけどパブリックはなくなったんだ。革命より恋愛、或いはハブりハブられ無意識蝋梅お便りヒバク子育てだろう今は、と思ってわからない粘土たちを砕いて混ぜているぜ
外食の目はない口のあり 二食
50円アボカドあれば寒鰤 あ、カンブリア紀って古生代なの
レイヤーが同一平面上に並列された恐怖が一番覚醒に近い。存立平面とか言うと時間に誤魔化される。コンビニの床、とでも呼びたい、つるつるの面。
力というのはね、手をつないで地球に向かう暴風をくい止めている握力のことなんだよ。
ジジェクで分かるように映画は書物の中に短歌的に引用「される」。ところがゴダール=映画は書物や映画を引用「し」、映画を「短歌的ではない」映画そのものとして自立させようとする。マヘルがいつもマヘルについてのマヘルであることによって音楽を音楽そのものにしようとするのと同じように。
あれ、今砂利を踏む音がして誰かに肩を叩かれた。ととン て。
早過ぎて朝のひかりの氷
眠い眼にギターのかたち宿り
あれこれと用事の有りぬ陽のゼリー
画像編集アプリのごと事物のいろは変はりたり
編集アプリで鉛筆画にされたモノクロに〈暖かさ〉を加えてみる
円心分離バター化計画はミルクの単価が高いので止す
花活けのギロチン春と修羅シュシュシュ
流れ者笑ひて畔を亙り来ぬ
切り結ぶリアルリアルに変容し結実しちまうよるのあいだに
くらいくらいうくらいなイラクくらいうくらいな
斉藤さんのハラワタ中継寒戻り
ひとり
ささくれの指先くれないのsacre