tori kudo

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◎2015.6

下が変わることで上が変わるのか 上が変わらないことで下が変わるのか

とりあえず4時には起きて畑して杜子春と啼く鳥の声聴く

荒井は「自分など居なくてもいい居なくても自分の代わりはいくらでもいる」と言って死んだのではない。家賃の見通しがつかなくなって死んだのである。

植えた里芋の雨が降り込む

〈侵入する〉虫等にとっては此処が奥の部屋
雨に飽いた蛙が鳴き止む

非対称な葉の葛のぐんぐん

transportationに歓喜の意味があるとディキンソンの詩で知る

藤の実が、大きい。マメ科だけに食べられそうな気がしたのだったが

怒られているのか落ちた実は椿要諦は民主主義なのかと

「奥の部屋」から”that’s all I know”派を断罪するmission
「表現」は存在しない。
「俺が知っているのはこれだけだ」というのは一見誠実に見えるけれども表現ではなく芸であって、そう考えている自分を眺める外からの視点が導入されていない限りロック史からは外れる。すべてを知っているのは無意識だけである。バクーニンの文体はそれを意識しているように思われる。

ベースのキムヨンジン重態だそうです。

儂がロックだ
光州の農家の裏で負け犬のスープを飲めば解る

尾道

尾道の坂を下ると、「この先は海」と書いてある
海なので水が溜まっている
低いところには水が溜まっている
低いのに水が溜まっていないところがあるとどうしてかなと思う
水のない低いところにいる
水のない低いところにいる人に話しかけても無駄だ
水のない低いところにいるのだから

居ない蚊を叩く見えない蚊を叩く

下賜の菊紋で飲んでる無一文

6.13

京都 きんせ旅館

w/toyoda

6.13 京都 きんせ旅館

詩篇はほんとうはどのように歌われていたのかを、ユーラシア各地に散らばったシナゴーグに伝承される旋律の比較言語学的な検証によって原像をあぶり出す、という研究の成果を収めたレコードがあり、90年代には愛聴していた。ジュヌスというフレーズの、_点ではなく線の束の集合であるその旋律は無調に近く、後代のグレゴリオ聖歌の単_声のモテトの陰鬱さの影響を差し引いても、ゴシック様式の通奏低音を飛ばしてジョイ・デイヴィジョンのベースラインに直結するようなものだった。その頃荻窪にあったグッドマンで毎月ピアノを弾いていたので、普段は雅楽師である笙の人たちに、雅楽と_合う筈だ、という奇妙な確信のもとにその旋律をぶつけてみる、といった演奏を半年くらい続けたことがあった。

今回島原という旧遊郭地帯の古い旅館に呼ばれ、街を歩いていると、急にその詩篇の「モーセの歌」の旋律が蘇ったので、京都マヘルで笙をやってくれているゆれみさんに電話したら来てくれたので、久しぶりにそのオクターブのユニゾンの旋律を演奏したのだった。

今回島原という旧遊郭地帯の古い旅館に呼ばれ、街を歩いていると、急にその詩篇の「モーセの歌」の旋律が蘇ったので、京都マヘルで笙をやってくれているゆれみさんに電話したら来てくれたので、久しぶりにそのオクターブのユニゾンの旋律を演奏したのだった。

箱書きの堆く積まれてあれば悪霊共の呼気のこもるゝ
論理馬おーネット凍る万馬券
川沿いの窓を開けられひとすじの悪寒ひたすら寒い冬より寒い

目が覚めたら睡くなった
卵がふたつ、揺れているが
落ちては来ない
揺りうごかしは五分と続かない。
すっぼぬける者はない
睡くなると目覚めて
起き上がる
語群探知機は死後硬直を探す
あとは耳鳴りがはじまるから
耳鳴りの中を鳥が鳴き渡るのだからノイズなどやっている人が尚も居るのが分からない
耳も眼のように濁る
溶血でしかない朝焼け
朝焼けだらけ肺だらけマンドレイクは曼陀羅華
朝焼けはバキュームカーに乗って
心を煮る ちまたの上手で
山根大の失敗したベーグルのように無酵母の罪が肥大する
それは祭司たちより始末が悪い
夫は汲み取り代だけは払って呉れました

「ホラホラこれが僕の骨だ」とは復活して自分の骨を見ること

知りたくなかった言葉しか与えられない。知りたかったことも知りたくなかったものに、末端に触れる肉の腕は木の枝に変容する。

123 321

金色の毛虫がいて金が採れないか思わず調べた

子供の国

子供の国の境界外の池には沈みかけたポート、土手に散乱する駄菓子の袋、捕らえた生物を入れる金属製の籠、植生暗く、裏返りの白もない。蜆蝶の軽い薄青の重たい羽搏き。境界内の赤と外の青を横断する無方向の鳥の旋律。園の東、額に標。

毀れて閉まらぬ窓から刃物寒

夢のようになるだけなんだった

わかる ない
ffff Cccccccc
こと すぎ
Bbbbbbbb

Ffffffffffff

ゆめを 
みるなよ 
いまが

ゆめの 
ように 
なるまで

 

おやすいみんあさい
おやすみなさむい
おやあさどれやさい
おやさみしいなっしー
おやあさみなさい
おやこすみなさい
おやすみません
おやさむいな犀

 

ぜがじぇに聞こえる
白に蝦赤の線
祝に非ず拘束された脳たち

省略された赤子の線を削り
本線にマージしない

6.21

鴨島 studio picnic

6.21 鴨島 studio picnic

徳島にドバンドでまた呼ばれて行った。今回は一拍子だが、「夢のようになるだけなんだった」という曲をやることにした。歌詞は
わかる ないこと すぎる
ゆめを みるなよ いまが
ゆめの ように なるまで
というもので、うちに泊まりに来ていたロンドンの友人のジョナサンが、「わからない こと すぎる」という変な日本語の部分を担当し、ムネタカ君と礼子が続く部分を歌い、DJ 土柱が一拍子、自分が即興、という編成だった。結果は、歌がいつまでたってもずれ、結局30分余りずれに対処するためだけにやり続けるというような演奏になった。

スタジオでは皆の展示もした。半夏生が生けられていて、自己を「チンピラ」と規定する旧友のビコがアヤワスカを主題にした極彩の写真を展示していたのでその後数日はサイキックな気分が続いた。

半夏生アンフォルメルの白塗りに百足の毒が回ってへらへら

装飾音に消耗してバッハを止め尚子さんのピアノに蓋をして外に出ると昨日スタジオにいたツマグロヒョウモンが今日も何か言いたげにひらひらしていて逃げない。毛虫は金色である。

チンピラや山の向かうに薄い山
アヤワスカ飲んでる星の王子様

「はま寿司」の通路歩める介護士も老いては要介護とならめ
ネトカフェの通路を泳ぐギンメダイ

(変える/変えない)変えられない空に言葉のフレーム地にはクレーム
フレームが塗り替えられるというより空間が塗りつぶされていく
心室を搬入/搬出パフォーマンスのように塗り替えてゆく
塗り残した時間のためにきみの絵から額縁を外せ
半夏生塗られてゆく白夏の前

決壊させまいとしても決壊し紛糾したまま固まるもんじゃ
決壊させまいとしても決壊し紛糾したまま固まる海水
海水は脳の中煮凝りとなっている
脳の海水ゼリー掬って食べている朝
海水の壁の向こうに泳ぐ脳たち
カルデラ湖防衛するセメント森
月島やアヤワスカのシャーマン雀荘に

 

 

6.27

白楽bitches brew 

+tamio shiraishi, takashi mochizuki, yuko haiji

現実は存在しない
女が存在しないように、現在に向かうベクトルはすでに現在ではない。ゆえに現在の側から発せられる表現は存在しない。むりにそうしようとすると、言語がiphoneの基板を覗くような命の渋面に整列させられているのが見えるだけだろう。

空港内に羽田神社というものがあり、興味をそそられた私は立ち寄ってみることにした。
それは羽田神社ではなく航空神社というのであった。小さな部屋に神棚の大きくなったようなものが据えられていて、伊右衛門やカップ酒など供えられている。航空関係者の霊を祀るために昭和38年に建立されたとあるので土地のものではない。安全祈願と思いきや慰霊が本義であるらしかった。
私以外の世界は慰霊で正当化されているのだ。
ただ、賽銭箱は見当たらなかった。盗まれるからだろう。

空気の中には蜜がない

 

ピアノを、擦る
二回目のビッチーズブリューは白石さんの来日に合わせたセッションだったので、ソロの強迫はなかったが、ピアノを擦って残響を出す、というのを初めてやってみた。

 

二人の巡査の下にはいつも蟻が熔けていて

「おれはモヤシの入った味噌汁嫌いなんだよ貧乏臭くて」
「モヤシも立派な野菜ですよ」
「いやどうしても昔を思い出すんだよ貧乏味噌汁つってさあ」

夢音のマスターがバラ荘のオーキャロラインをクラゲイルで出したので極楽のミドリさんの店に1000円で置いた

「ここで彼を止めると杉田さんが悪者になっちゃうでしょ」
「うん」
杉田さんは優しい。
透析の日だったのに優しい。
ジャズはいつも負け犬のように優しかった。

東京の剥き出し
模索舎で、李珍景 「不穏なるものたちの存在論」 影本剛訳 インパクト出版会

 

6.29

大久保 ひかりのうま

+tamio shiraishi, tsukasa takahashi,non

青森のノンちゃんに久しぶりに会った。この日もピアノを擦る技法を試したが、マイクで拾った残響音にリヴァーブをかけたので、かつてなく響いた。
東京に来て三日目でICOCAのチャージが切れた

6.30

mshb 上野 水上音楽堂

-マジックアワーのマヘルシャラルハシュバズ-

主催の福岡さんが、PAの荒井輝久が居ないことを逆に主題にして、マイクなしでやろうと言うので、拡声器を持ち込んでやってみた。
荒井は「自分など居なくてもいい居なくても自分の代わりはいくらでもいる」と言って死んだのではない。
家賃の見通しがつかなくなって死んだのである。
下が変わることで上が変わるのか 上が変わらないことで下が変わるのか
昔やっていた「雨」を再演した。

 

明るい花園一番街明るい花園三番街明る

明るい一番街明るい三番街明るい五番街

一番街三番街五番街

 

死にたい田螺

蜆のみ自死

わたしは貝にナタリー

不忍池の鯉らはボーフラを

東京に来て三日目でICOCAのチャージが切れた

 

ボランティアードロップ

マヘル演るヘマ

昨日は閏秒に合わせたイベントだった?

演奏中に太陽は静止した?

だからガソリンひっかぶった?