tori kudo

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◎2015.7

7.1

goodman

7.1 piano solo 荻窪goodman

4月に鎌田さんが声をかけてくれてから3ヶ月経っていた。この日も最後と思って弾いた。最初のセットが終わると、鎌田さんが、「そんなに飛ばして大丈夫なの」と声をかけてきたので、自分ではそれが普通だと思っていることが場に当てはまっていないのだと知れた。それで客が数人帰った後、ピアノを擦るのを、声も出してやった。その楽な感じを前線からの退却と取る感じも、場にはあった。

 

病気になってもいいかと体が訊くので家につくまで待てと答える
バスの通路に百円玉が落ちていたので落としましたかと周りに訊く
吐き気をガソリンのせいにして頭蓋を震える窓に押し付けている
上向いて暫し冷たい層あれば海底のように静かだと思う
体を裏返して洗って死んでしまいたいと思う
地球が海ゆえに人を吐き出すように吐く
目と鼻から海が流れ出すあるいは逆流する
地球の自家中毒
雲の裏側が私の惨状を物語る
A ABGAFGbEb A ABGAFGbEb

戸江らい女又

読み方を訊けば「われただたるをしる」

ゲームが四頭身化するときの組み直されるスイカ頭

高インフレ+低成長でハイリターン僕らの渦は気象に過ぎない
僕らの生き死には気象に過ぎない
投資家にとっての気象に過ぎないので風になりたいなどと唄う
喜びも悲しみも彼らの気象に過ぎないのに心と体の関係などとまだ言ってる
奴隷のくせに「ポジティブ」とか言ってる
金がないから覚醒してるだけだ 

ハローハイホーがハロー警報と聴こえた人はRT

戦争で儲けようというモードに入ると所謂人間とは別の種類の機械と思った方がいい。それは兵士のモードでさえない。抗ってもそれが気象になる。高気圧と低気圧に勝ち負けなどない。ハイリターンのための気圧の差が生じるだけである。
ブレヒトの「自殺について」は「気象について」と言い換えられるべきである。富もうと思い定めた機械との対話は不可能である。ゆえに議会制民主主義は意味をなさない。安倍の答弁はその点で正しい。包摂と排除の運動史はジャズ史とは重なってもロック史とは重ならない。ロックは対話などしない。
徴兵拒否と餓死自殺が気象に組み込まれるとやっと両者は重なる。やっとジャズがロックになる日が来るのだ。マイルスやニューオーダーは注意深い者たちの中ではその視点から切り捨てられてきた。それはなかなか伝わらない。その門の外に居るのは犬である。

元町に来たら鯉川通りの瓢箪はもはや儀式のようなもので
得体が知れないのはおまえのほうだと

希望という言葉には矛盾が集約されている、と小熊さん読売書評欄。であれば希望などないほうがいいと。
雲の裏側が地表の症状を物語るように、希望はヒトの惨状を物語ると。
絶望こそが幸福の徴であると

背広にサンダル
黒いワンピースの男役が三人通る 宝塚

(アガパンサス人気だけれども)
其処彼処のアガペーを刺すか
アガペー刺してアガパンサスの空色

売布から清荒神
かなしみぶちゃぶちゃ

ウシジマくんのいいところは「くん」づけが残っていくところである。ロリイがリアルのボーカルを「シゲちゃん」とちゃんづけで呼んでいたのと同じである。「くん」や「ちゃん」でいじめに満ちた人生になんちゃって感が出る。ただ、現場監督が「あれやっちゃって」と言い捨てていくのはその悪用である。

ヨゾラ書店で手に入れたヘンリーカイザーとレオスミスのスカイガーデンはパロディーから始めてマイルス越えを目指しているが、自分らを含めて再廃墟化してしまっている。女子に云わせれば「男の子っていいわねえ」といった感想しか出てこないだろう。その余地があるだけ、焦土そのものの地層が古い。

インド人なのに電卓使ってる
白い血を食べて応援桜桃忌

つぶれた回転寿司みたいな星ね

アレクセイ・ゲルマン「神々のたそがれ」 鈴木創士と丹生谷貴志によるトークイヴェント

映画的イマージュはそれ自体、ある道徳的モチベーションを孕んだものとして与えられるので、それに融合するとき、それらは快楽と同時に、宿命=苦悶に極めて近い何かとしても看取されることになる (シェフェール)。トークショーはその観点を見事に欠いていて、浅い沼地のまま終わった。

始まるのを待っていたら後ろの人が携帯でゲームしてる音がするので芯からムカついたが、やがて館内BGMだと気付き、そうなると怒りが消えて、ああこれが中原君の例のやつかななどと考える余裕も出てきて、そうこうするうちに雪の映像が始まったのだった。
テーマは19世紀ロシア文学以来変わらぬ神の憐れみと忍耐であり、人を殺さず耳を切り落とすだけなのはぺテロのアレゴリーである。
トークショーは表層的だった。鈴木さんはルネサンスの汚なさの発見ということを強調していたがブリューゲルを見れば予想はついていたことであるし、丹生谷さんはカメラ=観客として説明していたが、最後に多用される斜め上からの、特に鳩のシーンはカメラ=「神」を視る神であり、単なる観客ではない。
レーニンはうまく描けていた。ダヴィンチは分からなかった。収容所はよく分かった。工芸の考証も良かった。

鈴木さんは冒頭の単声のモテトをルネサンスと誤解していたがそれはまだグレゴリアンチャントである。唯一半音のずれがショスタコーヴィッチへのオマージュと取れる。壁画をルネサンスと見做していたがあれは聖人画でありルネサンスのタブローではない。
丹生谷さんがミンガスだと言う主人公の旋律はぼくにはそうは聞こえなかった。ただそれで腹が痛くなるという星の住人のコメントに、所謂音楽に対するアドルノ的風刺が見えた。
ただ重要なのは、腐敗と腐臭の果ての「皆殺しだ!」という人間的な結論だけであって、美術も文芸もアナもボルもどういう動きをしたところであまり関係はない。映画とはシェフェールではないが、そのようにして道徳的な痛みとして看取されるものなのである。

世界ノーフレームデー
かなしみぶちょぶちょ
かなしみブラブラ

夕立

夕立だ
なにも洗い流さない
熱い雨
ワイパーなしで優先道路を航行する
未来への責任という選挙ポスターが剥がれかかっていて
とっくに猶予期間を過ぎた昼の
虹は写らず
山から立ち上る雲は狼煙のようで
空気は罪のように甘い

ああ朝の日光がレバニラ炒め
誰か助けて

入道雲興りて空に白さあり汚れぬ衝動などありや

字も色も不潔かなかなのみとなる
白の中では字も色も不潔だと思う夕にはかなかなを聴く

朝焼けは東の空にも西の空にも
屈折の受苦は全天に

大抵のやつは高校の時油で暗い自画像を描く。回顧展でそれが一番印象深かったりする。

窯に黒蜻蛉が息絶えてたので生の皿に乗せて焼いたった

断片のペンダントのように弊える

デモ昏しでも暮らし土竜白雲
無い部費バック
超平成
しょっちゅう見舞

焼成の最も高度な形態は還元だ。

弾く前に音色が選別されているヤマハの音はとれでもきたない

私は平和に反対もしないしクリーンエネルギーに反対もしない
柿の落ち葉は存在しない ラカン
万葉仮名のようなおれたちだったぜ

金が動く前に密約があり布石が打たれる。あからさまであってはならいのはそれが集合的無意識と関わるからだ。知られた時点で痛みの経路は胃痛や(最近では)腰痛のように遮断される。

勁さ

コンビニのトイレに座って電話するようなことってあるんですか

限界芸術論の装丁

7.27

広島marius

flamenco

フラメンコに関する断章

戦時下の哲学至上主義のようにフラメンコを流れている

フラメンコを4で知覚するような戦時下の3を流れている

3でありなおかつ4であると思う、ここでは12など飲めない 

3がなくても4の人生は耐えられるか。4がなくても3は耐えられる。

3がワインで4が料理の毎食の離婚

告げる道を造というなら3と4の中に経絡を示してくださいと祈る

フラメンコに関する断章

戦時下の哲学至上主義のようにフラメンコを流れている

哲学について熟慮しだすと、神や愛と同じく、我々には哲学が一切であるように思えてくる。哲学は、最高の効力と浸透力をもった神秘的な理念であり―我々を絶えずあらゆる方向に駆り立てる。哲学しよう―哲学を探求しよう―という決意は、奴隷解放の行為であり―我々自身に向けた攻撃となる。ノヴァーリス『断章』

フラメンコを4で知覚するような戦時下の3を流れている

「われわれがほんとうに世界を知覚しているのかどうかと怪しんではならない。かえって、世界とはわれわれが知覚する当のものであると言わなくてはならない。」メルロ=ポンティー – 知覚の現象学

3でありなおかつ4であると思う、ここでは12など飲めない
「そうでありなおかつそうでしかないと思う、ここでは牛乳を飲む」-中澤系

3がなくても4の人生は耐えられるか。 4がなくても3は耐えられる。
「私は、ミルの言ったすべてのことの中で、「その面白さがなくても人生は耐えられる」というコンウォール・ルーイスの言葉に比較することができるものを思い出すことはできない。」A.ベイン -ジョン・スチュアート・ミル評伝

3がワインで4が料理の毎食の離婚
「われわれは必然的に、つねに同じことをくり返し書かざるをえないのだが、同じものにとどまり続けるものの発展は、まさにその反復のうちに無限の豊かさをそなえている」 -モーリス・ブランショ

告げる道を造というなら3と4の中に経絡を示してくださいと祈る
「真実は神に似ている。直接には現れず、私たちはその示顕によって真実を推測するほかはない。」ゲーテ -箴言と省察

セリーヌはネトウヨみたいに嫌われていた

Los dos materiales que forman mi canto
Y el canto de ustedes que es el mismo canto
Y el canto de todos que es mi propio canto

ガムテープと床の間で三日間動けずにいたムカデは、家の主人の鶴の一言で剥がされ外に解放されました。お礼したいと思ったムカデは、かなかなを呼んで、「すまないが家の人へのお礼に哭いてやってくれないか。自分が出ていくとまたあれなので」と頼みました。
かなかなは言われた通りに哭きましたが、その夕方は家の主人は広島にフラメンコに行って留守でした。早く聴かせなければと思い翌日今治まで行って、家の主人の車が四国に入った時に哭きました。

Loyaltyとは物理法則と諸生命とのこうした連関なのだ、と家の主人が言っているのをムカデは聞き、良かったなと思いました。かなかなも良かったかなと言いました。

三角座りしてシンナー吸ってたら体が工場になって、機械とか従業員とか居るわけ。吸うのを止めるとウーウー非常警報とか点滅して「止まったぞ!」とか騒いでるわけ。
お前ジャイアンツの帽子かぶって広島歩くとはええ度胸しとるのう、旅のもんなら許してやるが、
ルーマニアでは裸の処女たちが雪の畑を走り回るという祭りがあったのよ。今は廃れたけど。
認知症が始まる前の最後の真顔の説諭のように沁みる
爪の先にアロンアルファ塗ってるんだけどさ、釣りアルファがいいよ、でもほんとは塗らない方が音はいいんだ。
私のアマルゴが帰ってきたわ、まだ死んでないけど。ウンコしてくるって。
ブリキのバケツから冷たいリモナーダを飲みなさい、死んだ私の息子のために。
ロルカの黒い悲しみのロマンスという詩にとってラリーズは全然、全然としか。ジャックスが全然というならそのお返しに。
その頃デュッセルでは駐在の息子が「お母さん、レモナーデ」、と強請る声
今左側頭葉でとうりさん、と呼んだのは誰ですか。聞き覚えのない声でした。

自由と運動に挟まれても弱まらない二語を挿入せよ
バイキングてみんな同じ味する