tori kudo

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◎2016.1

水仙は冬でもさいてえらいなあ
水仙は何を放送してるのか
水仙が紅白見るなと言っている
水仙がホテル行くなと言っている

黒雁や聞くだに寒いオホーツク

横顔のマスクらのみな犀に似て

方舟の形をしたタール

頭に嵌まる帽子

月を覆う影

棺に対応した形状

 

回転する剣に

不意に口の辺りが歪んで

波のように顔が歪んで

 

空のみどりや しかめっ面の

力の誤用や 日に焼けた

もう居ない人や 刈り上げられた髪や

絞られたウェスト

 

あなたに力があるとしたら、それは私に対する影響力だけです。

 

燃える水があったら

 

燃えている水

 

=beatitudes

役を貰った

冷静なふりをして殺される役

人間の皮のコート

花の道清く正しく美しく

謙遜とは理由を説明すること

しにたい薄いビルがゆきぐもの下

「ハロー ニューヨーク」のジャケは、「パンク前夜のラスボス」といったイメージにしてみました

背骨頽れし大叔父の報正月の一転喪中となりぬ

米軍の飛行機乗りのようなのが出てくるシーンだらけのBS

突然の通夜に食卓のこれがほんとのグレイヴィーソースだねと

ポール・プレイは高校の頃曼陀羅で見たがつまんなかった。一音か二音のタッチ以外僕の中には残らなかった。

僕はECMが嫌いだった。

ソーミレド シーレシドーC#mー5

倉地君に。

秒読みの破滅

をもう一度やろうかな

もし呼ばれたら

胸焼けだ

ペリカンの上に荒漠の測り綱、やまあらしの上に空爆の測り綱

黒のマーキングも白のマウンティングも去勢の失敗ではなく過保護に由来する縄張りへの不安感から来ていた。信頼し自由に行き来できるようにしてやると安心し尻尾を立てて堂々と歩き回るようになった。灰を卒業したのだ。

「ホテ北」とホタテに呼ばれて北ホテル30万の月収積んで

しっかりと嘘が馴染んだ出汁を取り蜆ラーメンしみじみ啜れ

朝から朝パーキングからパーキングバイキングからバイキング かな

さまざまな北の甘さに舌を出し餡ころ入りの香川の雑煮

旅ねぐら旅の身空の北ホテル低反発の旅枕なし

太平洋?脳味噌溶かすウニの軍艦

2016は「安心」から「ぶらぶら病」へ

餅詰まらせて死ぬ記事

に顔が載る

マイシューゲイザーもブラブラ病

ブーレーズのタンホイザーばかり聴いていたことがあった。中2の頃。

ヘッドフォンを繋ぐのを忘れて夜中に大音響で聴いていたら、父が「気が狂ったのかもしれない、ほっとけ」と母に言ったらしい。

ブーレーズも去ってあとはたとえば谷岡ヤスジを知らない世代

クラシックも民族音楽のひとつだ、とは武満徹の言だが、最近分かったのは虫の声さえクラシックのひとつだった、ということである。要するに倍音に伴う和声とその構成のことだが。

父が死んだら絵付けの唐草にちなんでアラベスクを弾こうと思っているがまだ暗譜には至っていない。

リトルネロに注目すればクラシックの形式が浮かび上がり、ゆらぎに着目すれば他の岬となるだけだ。

身体としての家をを曳き摺るヤドカリのようなものだ。そしてその家は人工物であってもよいのだ。

無人島から生還したトム・ハンクスは婚約者の結婚を知り、「ただ呼吸すること」という境地に至る。ラストシーンでは家のないヤドカリのように十字路に立ち尽くす。自分では抗わず、しっかり立って、立ち止まり、救いを見ようとしている。

猫のように帰属を確認し、精神の形式を信頼して、憐れみの発現としてのゆらぎを待つこと。

命を削るパフォーマーを観るために赴くのではない。ピアノのコンサートに行くとは殺されに行くということ。死んだ者に対する憐れみを見るということ。

忌中の家に対しては特にそうだ。死者には意識がないなどと真実を言ってはならない。心の中で生きていると言った方がいい。

いまや演奏会とは、死者が、死者を葬っている場なのだ。

ただ十字路に立ち、憐れみを待て。

 

西の国からの霧で夜は白い

ヒゼキヤの病と回復を主題にしたバロック、嬰ヘ短調だったか嬰ト短調だったか思い出せない

加島死に荒地もいよいよなくなった

あなたたちの戦争、わたしたちの死体

欠けても補充される球体の霊

走者たち

you will become nothing but joyful

道を食べる

ゆくあてがないので道を食べる

核実験で空が白い気がする

ネズミモチを煮詰めて飲んだら肝臓辺りからどっしりとした気が立ち上ったが怒りは消えなかった

因みに肝は木で怒、心は火で、膵は土、肺は金、腎は水

僕は焼物屋だけに灰を土に還す力が強いらしい。東京ですぐ下痢するのはそのためである。弱いと思っていたのが実は漢方的には強かったのである。

胞子文学選を読んで寝る

 

吐き気がする

純粋さを欠いているように思う

音は嫉妬に溢れかえっている

濁っている

クレソンの水路の

クレソンのすいろにしっとのおとながれ

訪うたれば廃屋めいてカリンあり

「墓川さん、林です。徳島の。あの、安城です」と旧姓を名乗る口ぶりから別姓に対する濃淡が窺えた。

「昭和維新の歌」が流れて尾を引く車道

昔よく朝電話しながら歩いて行った。あの頃は62キロだった。

わくらばに  問ふ人あらば  須磨ップの浦に  藻塩たれつつ  うぇぶと答へよ

基本白に白の濃淡に細い線が荊冠のジャコメッティ

女や男に畑を荒らされ

柵を作るか鉄砲で撃つか

畑はキャンパスか

入会地か

天領か

地球は住所変更したらしい 届かなくなった

包丁渡され責任取るのが人殺すことであるような夢 

手の指の股にAIDS針打たれたらファンタアップルの味がした 

5+落ちた果実は食べてよい

5+年期入った近年の粘菌

ろくなやつしかのこってない

5+

キモーい

マジ無理

まんまるだあ 

EgGgG♪ EcE♭gGgG ♪♪♪

 

入れることができる自分に自分入れ

入れる自分に入れられている夜明け

おゆめさん

痩せた土壌にEM掛けて無理に育てるライブ犇めき

5+マヘシャラ・プリライ・始発組 

ボランティアー・ティアードロップ

塗る色を間違えている神社

いま咲いてどうする

豆腐屋を廃業することになりにがりきっていた

女の雀は めすず と呼ぶことにする

邪魔が入らない限りこのまま行く

邪魔が入ってもこのまま行く

死ぬ気で自分を上から目線

落ちたカリンの少し腐った

寒い日に外で服脱げっつったらいやじゃんでも寒い風呂場の脱衣場だと脱ぐじゃん。希望てそういうもんじゃん。

英を「はなぶさ」と読ませて霙あり

かにかくに擬音はこひし寝るときも枕の下をカニのながるる

ぼくがすきなのわカニわぼくがすきではない

プッホプッヒ

というジャンルを考えた。

息を吸いながらラップするんだ。

夜降ち

ぼくたちのよ・くたち

5+おれもdeserve枯蓮(カレハチス) 

飛ぶ鷺の二本の足の揃ひたる

3.12 甲府 に寄せて

去年のキーワードが「安」だったように、みな汚染がなかったことにして安心しようとしています。それを助けていたのが当初は御用学者だったわけですが、去年あたりから、重箱の隅をつつくように反原発の非科学性を糾弾するという新手のプロバガンダが浮上しています。

EM菌信仰が似非科学だというような層と被っているのが特徴です。それは殺菌に関する文明論的なパースペクティブを保留にすれば一応正しい科学的な態度です。

汚染地域に住み続けなければならない人々の身に自分がなってみれば、とにかく安心したいので心情的に反原発は差別であり非科学的だといった意見にはたしかに飛び付きたくなります。

ただそういう、あからさまな御用学者でもなく、一見科学的事実にのみ準拠する立場であると自負する層は、本来の敵に対しての批判をしません。

反原発でありながら反原発の一部のイデオローグを批判することに精力を費やしているタイプは一見健全でありながら実相は内ゲバの世代を忠実に模倣しています。

それは原発に関する神学論争のフェイズの終わりであり、放射能が神の位置からひきずり下ろされたことを意味します。ある面それは歓迎すべき事態ではありました。終わりは放射能によってはもたらされないからです。

それでも、当座の問題としての汚染を考えるときに、反原発の非科学性のみを糾弾する人々は、結果的に原発を許す側の社会から一歩も出ることができず、国家の概念そのものに対する批判や将来への展望も解決策も持ち得ていません。

勿論反原発の側も人間による自治に関しては何ら希望を持てないという点では同じですが。

歴史の転回に関するビッグイシューというものがあり、原発事故はその中のエピソードの一つでしかありません。

それでも原発に反対するのは、こちら側からの最後の文化の創造のためです。わたしたちは最早詩に縋って生きているだけなのですから。

安心プロバガンダによって放射能が全能のメタファーとして君臨することが許されなくなったいま、反原発をあるべき位置に戻すために求められているのはトンデモ呼ばわりされないための一層の科学的正確さであることは勿論なのですが、それより大事なのはもっとしっかり絶望することではないでしょうか。

放射能さえやっつけておけばなんとかなるという時代は終わりました。偽りの「安心」に囚われない真の現在地確認は、国家の廃絶というビッグイシューに照らしてしか得られないものです。そしてそれは案外身近な嘘とか盗みとかのモラルの問題に収斂するだけのことだったりもするのです。

そのような人格の発露として、甲府でいじらしい集会があるなら、無知であるがゆえの免れ方で、それは美しい。

でもそれは一瞬の夢だ。ポートランドの運動も、太平洋が汚れたから意味がなくなった。それでもなお集まって互いに親切にしなさい。できるのはそれだけだ。

ぼくらはほろぼされるんだわるいけど

困窮コンキュバイン

それにしてもコンフォルミストの娘にどうやって甘さだけじゃなく苦さを伝える?

雪を乗せ屋根の線らは和らげりちまちまランドとしての止め跳ね

沓沢の餡掛け彗星パルティータ名古屋は雪をパスタに掛ける

おんなじシオカラがあいさつにきた

コンビニを背にして影絵の女立つ信号のない横断歩道

早緑ンぐゎお嬢は好かんでぷれしおん

総スカンリンダリンダパンジェリンガ

万博に霙状にしたものをストローで吸わせる赤白洗脳部屋があった。#はじめてのコーク

新しいアスファルトに靴を取られながら逃水の赤白車を追いかけて行くとぬるいファンタを一本呉れた。

 

山羊に訊くはもうなくて大寒山

雪の半端な山は蚤の拡大写真のようだ

低い方に流れてはいるらしい

1.22

高円寺goodman

黒鍵を白く、白鍵を黒く塗れ。或いは全て灰色に塗られたピアノの前に白黒のスーツを着て坐れ。

虫の声だと思って平気だった耳鳴りに気付く冬の夜明け

ずっと虫の声だと思っていたのが耳鳴りだったと気付く冬の夜明け前

虫の声ではなくて耳鳴りだった

今日は高円寺goodmanで耳鳴りソナタを弾くベトちゃんがいる

国際空港のくせに携帯の電波くらいちゃんと飛ばせよ

東京は裏も表もなくて晴れどうだ成田だオラオラオラ

東京駅までバスはだるいけど携帯いぢってりゃあ着くよ

頭に注射して扉の冬あける

頭に注射して鈍日のモータウェイ

頭に注射して午後四時の空の溶血

頭に注射してバスの後部席右

石黒宗麿文化村を左

1.24

harnes

going going gone

going going goneは競りやオークションの時、「いいですか・いいですか・はい決まり、終わるよ・終わるよ・はい終わり」というときに使う言葉だ。そう思うと歌詞はずいぶん違って聞こえる。
一番の歌詞はこうなる。
もうこれ以上値が上がらないってとこまで来た。これが終値だ。終わるよ、終わるよ、これで終わりだ。
ここまで読んできた本を閉じてるところだ
このあとの俺の値がどうなるかはもうほんとどうでもいい
もういいかい・もういいかい・はい決まり
いろんな読みの糸に縋って真直ぐ上昇はしてきたけど
もう切ってしまった。遅くならないうちに
だから終わるよ・終わるよ・これで終わりだ
先輩が言うには、「直感で行け
そしたら競りの最後に笑うのはお前だ
金のすべてが光るわけじゃない
惚れ込んだ銘柄は手放すな」
こんな業界を渡ってきた。ぎりぎりのところでやってきた。
さあもう立ち去ろう、壁にぶち当たる前に
というわけでいいかい・いいかい・はい決まり
株式用語に詳しい人がいたらその感覚で訳せばいい。デイランはヤクザ小説からとったりするから、その流儀を知らなければならない。その奥底には天国へのデポジットへの絶望がある。われわれは、新約が等価交換や保証書といった経済用語で信仰を定義していることを忘れてはならない。
主人公は証券会社社員だ。そしてなぜか自分が競りにかけられている。
それと、24日ハーネスは金子の命日だからかれの中学生のときの曲もやる。ミックもくるといいのにな。

削る命を見せるのではなく、立ち止まり、しっかり立って、救いを見なさい。

こだまはひかりに先を越されて

ひかりはのぞみに先を越されて

重い荷物

いのち

追い焚き

曲なんか毀してなんぼやんけ

アホや

曲やってるお前らアホや

世界は寒い

寒くてなんぼや

生まれてから追い焚きしてちょっとの間や

人生なんて追い焚き何回かして終わりや

全自動の風呂持ってないとわからん世界や

おまえら貧乏人持ってないやろ

え、持ってんの

おみそれしました

追い焚きブルースでした

蝋梅やロデオで勝つのはトラボルタ

雪残る

モータウェイを行きしかば雪屍のごと路側に帯為してをり

高速を行くバスの座席で余命僅かの携帯を殺している

そんなに寒くない蛞蝓も出てきた

パードレ・ビオの腐らない遺体の写真が飾ってある台所が楽屋になっていて吐気がした。

爆睡チューズデー

ノイズ高校、みたいな映画を観た夢で。

等価交換 旅路は一年を一日、一日を一年とせよ。

今年は中の人と入れ替わりたい

紅生姜天富士そばのコラボ図絵

一粒で今年は風呂で溺れ死ぬ

ねじくれた幹を愛していのかしら

泥水バックバンドのジェイムズ”ピーウィー”マディスン?ジャズマスターのこもったブルーノートの速弾き

筆圧と同じギターが在るだけだ

音の筆圧が文体を三次元化する

筆圧のないコミュニケーションという絵画的時間

破綻前嬰ハ短調三和音引きずる世界はいまだぶあつく

葉らを粗描すらばやとおもひしかど森の中にはおれの残骸

引くべき線の見えぬまま夜は更けて削られてゆくいのちのみあり

 

体の暖房全部切って

体温と気温は同じになって

フラメンコ国全体が変拍子

霧の山道はタヌキだらけだ

蕩けるジャズアルド

「東京流れ者」で殺し屋の女が「蕩けるよ」と誘う感じ

220円朝食の旗に惹かれて震災以来初めてすき家に行ってみた。おばさんが一人でやっていた。深夜契約社員大募集とあった。

So, 食べて応援 死んで応援 草城忌

今回は

宝塚市生瀬の白スリップ

そのまま天目になるどこで採ったか忘れた土

粘土ではなかったフランスの海岸で採った灰色の泥を透明釉と混ぜたもの

近所の鉄の多い玄武岩風化物

などをグリーンウェアに塗りたくって釘で傷つけたりコバルトを散らしたりしたセルフの店にあるような湯呑

飲食用の器はネガティブになり得ない。人はテーブル上の食器と対比させて自分のネガティブを語り出す。

食器は何を免れているかというより、土に触る食器作りは何を免れているか、ということだ。

一言で言えば土に還ることの、差し引きゼロの安心が形になるということ。

窯屋が自殺するのはふられた時だけだ。それも燃える窯に飛び込んで。今までに二人知ってる。いい還元reducedになったことだろう。

音楽だけだったら、とうの昔に自殺していただろうと思う。

ただ、金が続かなければ廃業するしかない。それはわりとすぐ先のことのように思える。それから先は生きることのみがむき出しになるだろう。

遠くに城を型どった建物のネオンが見えるような憂鬱

あなたがホームレスなら近くで炊き出しの大きなおにぎりがもらえますよ

女の子は一人で来てはいけません

串カツ食べるか?すでに胸が痛い

もと弓道部のたかちゃんとぬかるみに落ちた車を絵に描いたように助けた

咲いてみたら薔薇と椿に迎えられ

春分点歳差によりきみらの極北なるものも変わってゆく

線を消すための面なら要らないと思いながら塗りつぶしてゆく

マンガより下手な線

おはよう耳鳴り

ふさわしい身なり

Komakino 鼓膜のずれはなんミリ?耳鳴り芳一 無音がうるさい

金時鐘受賞の弁「日本語に復讐しようと思ってのこと」

ヘブライーアラム語スクリプチャーにおける「私」の登場はエズラーネヘミヤ コネクションからである。ランボーの一人称estくらい近代だ。日本はまだ縄文だが。

こんな綱渡りの芸当でおれはこの先やっていけるのかどうか