12.1986
1.20 goodman
“pass over musings”
2.20 goodman
mshb
“peter at his third times”
2.23 国立公民館
mshb、光束夜
(1986.2.23 国立公民館B1ホール ライナー)
釘を踏み抜いて土方が出来なくなり、日野にあった血液検査のラボの徹夜の仕事に変わった。皆肝炎に罹って辞めていった。肝炎は勲章のようでさえあった。休憩室のMTVではレッグウォーマーのマドンナが「ライク・ア・ヴァージン」を唄っていた。そこで知り合った男からSGを借りて、週一で「unknown happiness」とか「河口湖畔にて」といった曲を練習していた。人体内部の病巣を見すぎて顔面がボコボコに腫れるので米軍基地の草刈りの仕事に変えた。朝、岩田を起こしてはキャンプ座間やキャンプ相模原に行った。その頃はよくダモのDUNKELZIFFERを聴きながら仕事していた。ライブは自分で企画しようとすると、国立公民館以外にはできそうなところはなかったので大抵はそこの地下音楽室でやっていた。貸してくれ易そうな「常磐会」という名前にして申し込んでいた。
マヘルが自分で発表したアルバムは、1985年の「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ 第一集」と、「pass over musings」という2つのカセットだけである。「・・第一集」のタイトルは、「サヌルリム第一集」からの借用で、以前のNYの断片や、今井次郎ベースの京都のコクシネルなども入っていて、マヘルというよりその時点までの集大成的なニュアンスが強いが、「pass over musings」は純粋にマヘルで、テレヴィジョンで言うなら2枚目である。タイトルはジョイ・ディヴィジョンから取られていて、誰もその歌詞の意味を考えてみようとはしなかった80年代初期に、瞑想を拒否し、黙想に伏して、中天から家々の戸口に付けられた血を確認しようとしている。ジャケットの写真は浩一郎が釜山で撮ってきたもので(当時の釜山ではメイヨ・トンプソンとデヴィッド・トーマスの絵葉書が売られていた)、赤い文字部分は当時の、一字一字シールを貼るやり方で作られている。国立の北口から恋ヶ窪の方に上った台地にほら貝のスタッフが始めた、当時は珍しいピザのテイクアウトもできるハイカラな店が出来て(ヒッピーというのはいつもハイカラなものなのだ)、そこで三谷がカセットのダビングをさせてもらって編集して作った。作れば50部は売れた。それが昔も今も変わらない「スマートなオーディエンス」の規模であった。園田による録音が残っていた86年2月の国立公民館での演奏は、「pass over musings」の発売記念として企画されたものである。対バンは光束夜で、彼らのその日の演奏もレコードになっている。)
3.29 足立区公民館
che-shizu
4.23 candy hall
che-shizu
4.26 goodman
“遠いけれど生々しい”
国々の夜 the night of nations
国々の夜
坂道を下り
蕎麦屋に入る
肩掛けの妻
ここは寒い夏
貧しい人は
常に居るけど
わたしは常には
居ないのだから
どうかあなたも
秋の国を出て
日曜だけの国へ
行きましょう
地震
きょう かなしい 地震があって
逃げる 気持ちも ないままに
見える 私が 私の果実
見えない ものに 裁かれる
苦い光に 夾竹桃が
夏の知識に揺れている
底を突き抜けた私の罪が
あなたの顔をベールで覆う
Today I felt a sad earthquake
without tinking of my escape
Visible me is my fruits
judged by invisible
Oleander in the bitter light
are swaying by summer knowledge
My sin that pierced through the rock bottom
covered your face with vail
6.28 西荻窪 watts
7.3 @home
“子供が帰った”
「tori kudo goodman 1984-6(2021 boid/discunion cd)」 に収録
ギターの練習
次の音までにはまだ間がある
その隙間にいい風が入ってくる
外は風だったろうか
それは死臭ではなかっただろうか
ベッドの上に坐り
次の音は枕のように
風をふくんで着地した
その定着の大地は
義が月のなくなる時まで宿っている未来から
風のぶんだけずれている
次の音に向かって飛ぶ
見切り発車のベルのように
不完全さがスパイクを履いてバーを跳び超える
ギターを弾かない人の未来のことまで
考えてやったことがあるだろうか
むしろ独りで暗殺していく音は
的を外れていく個的実践とやらの
ある名前を持つ悪霊の
風に吹かれた名声の
断念という美しい表札の
ベッドに坐るギターのかたちをした眠り
風のように過ぎ去るうたの時間は
ポケットの小銭を使い果たしたいマイナー・キイの衝動のよう
次の音のためには自分が飛び降りる
地平は閉じていき
墓石を座に据えた村のようなサークルの中で
王冠となるための階段を登りつめ
重力とspeedのために黒い血の噴き出る割れた爪に
バンドエイドを巻きつける
飛び降りるのに言い訳は要らない
やってしまった事に終わりはない
次の音までには もう間がない
(欲望のために前もって計画するようであってはなりません)
むしろすでにあるものを
8日目の座から出すように
税金は市役所に
音楽の贈り物は贈り主に返しなさい
もうすぐ世界全体
君のスタジオになるのだから
今は風を避け
ギターを質に入れ
ギターを未来に救い出すことを考えなさい
10.5 荻窪地域区民センター音楽室
che-shizu
“公民館運動”
10.25 下北沢 loft
che-shizu
10.31 西荻窪 watts
mshb
11.30 goodman
mshb
「末日集」「末日集拾遺」「雑一月」墓川雪夫 (パラレル通信)
冬晴れに死ぬ場所もなし枯木立
口ぐちにけがれし道を祝いけり
俗謡の只中に居り冬日哉
遠景はそれでも青なり枯木立
枯木立向かふの家も透けて見ゆ
冬の午後嫌な雑誌を見て帰る
冬の日を斜めに受けてをとこ佇ち
踏切の落つるところ迄落ちつづけ
山々に身の全貌を知られたり
満月のはやくも欠けたる 外界
世の友も死ぬほどまでには愛せざり
オリオンを見る夜見ぬ夜がありにけり
星々に寄り道をして居る土方寒
忘年や焼き鮎の腹喰いちぎる
昔おれのつくつたビルがある
じふぶんにあたゝまりたる柚子湯哉
柚子湯にも心はあらず柚子湯哉
坑掘れば逆流しおり日々の泡
この先は泡のやうなもの逆流す
ガラスのコップこへてゆく者無かりけり
極北の虎極南の竜を咬む
極南の竜極北の虎を呑む
泡ふたつ南と北に分かれ居り
霙ふる蓮の根くらし下界かな
富士山を見届けむとして愛忘る
富士山は隣人忘るためにある
美術館→広小路の牛 根雪かな
猪の肉時限られし人の鍋
湯疲れのどぼんごぼんと睡くなる
夕映えやぞつとするなり吉祥寺
中央線一段低き苦悩欲す
ふくらみのくぼみたる午日ここに居ろ
くぼみたるふくらみここに居ろ
息詰めて異教の町を還り来ぬ
色いろの本があるなり失職す
少年誌世のおはり迄続き居り
続次号世界の果てに連 なりぬ
決定の低地平原夜の風
密告のよるや荒びれて風ぬるし
幻の低地平原雪が降る
ゼロアワー 低地平原積もる雪
大雪や銀のうきかす黒いそら
いつしゆんの凡庸さに雪降り積もる
暗号の構築物となる 朝 (あした)
満月の冷たく溶ける場所に居る
来し方を忘れむとすれば日は移る
前線の城散らかれば水を飲む
暖冬に吐き出されてゐる電車
蒲団の中 黒だけとなっている ha 星座
俳諧ハ人ニ非ズヤ 言 皆 (ことばみな)
新らしき服 世は我に値せず
来し方は俳と諧とに引き裂かれ
末日集拾遺(葉月・選)
冬晴れや分からないまま漕ぐペだる
晴れた冬ただ流れてゐる橋の 下
かはのなかはれたふゆにゆきつくかばね
遠景は矢振り青なり枯木立
冬空に洋風の雲たなびきぬ
冬の雲固く小さく空の端
冬の陽 まつげに虹見ゆ 内部哉
冬の日に一直線は並びたり
寒月夜死ぬほどのこともなし外界哉
なまぬるき信仰厚し百人町
つくる俳句みる俳句とがありにけり
死ぬほどに愛しては居らず句作哉
くぼみたる今朝のふくらみここに居る
決定の場所や未だに夜の風
夜の風道切れたれば明朝跳ばむ
明後日を心配してゐる夜風 哉
大雪や隠れてぬくし雪だるま
雑 一月
冬園に妻子とひろぐ弁当のれんこんの色こんにゃくの色
みぞれ怖るわれならなくに二輪車を捨ておきはしりきたりけるかも
口で呼吸すれば空気の味苦し霊の宴の遠きに臥して
体に酒入れて朝の血速まりぬ暖まりたし殻の割れても
路傍にて楽譜を書ける少年言ふ「かたいケーキのやうな未来」と