2000-2002
2000
9.30
mshb
@難波bears
11.20
プカプカブライアンズ
@ufo club
11.24
mshb
@法政学館
11.26
kudos
@artland
exhibition “sister ray pottery”
9.30
mshb
@難波bears
11.20
プカプカブライアンズ
高円寺 ufo club
11.24
mshb
法政学館
11.26
kudos
武蔵小金井artland
2001
2.9
mshb
@吉祥寺 スターパインズカフェ “翡翠皇帝天になし”
山の稜線
五線譜を書き込んだ眼鏡をかけて、三六〇度山が見える地点に立ち、山の稜線をメロディーとしてバイオリンを演奏する。
(2001年2月9日 吉祥寺 スターパインズカフェ)
3.4
w/京河瑞江,田中敦夫,nagako p power
@bibros “psycho out vol.7”
3.9
mshb
@新宿 ロフト
「揚雲雀」に礼子が詩を被せた
5.25
puka puka brians
@高円寺 ufoクラブ
9.19
tori kudo (band)/w/向井千惠,金子寿徳
@京都 カフェアンデパンダン
9.21
mshb
@心斎橋 ミューズホール
客席にマイクを立てて音を拾おうとしたらPAに怒られた
9.22
mshb/che-shizu
@名古屋 tokuzo
9.23
mshb/che-shizu/向井×工藤×西村×金子×菊川×sachiko×松橋×河合
@岐阜 ニュートロン
9.26
w/関雅晴/che-shizu
@薔薇レコード
犬が居た
10.1
mshb
@新宿 リキッドルーム “歌舞伎刑事”
この時も客席の音を拾い、リアクターで変調させて曲に混ぜた
102-7
Exhibition ”studio potters around Matsuyama”
@artland “夜稲派meltdown”
vessels:相原シゲル、石田まこと、勝部亮一、工藤冬里、Peter Albee、窪幸二、ヒロタニユカリ
painting:天本健一。尾張美途、ながいりさ
photo:西村知巳
sound design:関雅晴、工藤冬里
Performance
10.3
工藤波夫+佐々木陽太+久末啓果
@artland “夜稲派meltdown”
10.5
kudos
島西太郎+川手直人+佐々木育真/kudos/スズキマリモWITH山田宗広
@artland “夜稲派meltdown”
10.6
トリ公/サイトウエレトリコ/夜稲派+Tokyo School
@artland “夜稲派meltdown”
10.7
シネルパ/朝生愛/行雲流水/工藤・中崎・植野・関・菊川・礼子・佳津子・波夫
@artland “夜稲派meltdown”
2002
1.13
仙台 火星の庭 「igloo meeting vol.3」
イヴェント「地続きの島を恐れるな」のための澁谷宛テキスト
どこからこんな言葉がポロポロ出てくるんだろう、と思った。ラブソングでもない。思想でもない。ふつう言葉など出てくる筈のない場所から言葉が涌いているように見受けられた。僕の居る場所を本当には知らない筈なのに、世に居ながらにして僕のいる場所に似た場所で書かれている詩、もし僕がまだ世に居たら書いていたであろう詩、そのようなものとして澁谷浩次の歌詞群は登場した。僕に言わせればそうした詩の成立は原理的にみて不可能なことだった。僕のいけんでは世はほんらい、そうした言葉を出せる場所ではないからだ。「言葉を出せ。それは立たない。」と宣告されているにもかかわらず、澁谷は直感的に僕の居る場所に似た中空の数点に楔を打ち込み、模造のテントを立ち上げてしまっていた。それはエドガー・アラン・ポオが持っていたのと同じ技術だ。ほんとうのことを知らないくせにそうした技術は持っている、というタイプの詩人・谷川俊太郎がクレーの絵に詩をつけた本があり、それを立ち読みする人の肩越しに覗いたときに、するすると彼のひらがなが通っていくのを経験したことがある。 言葉はまだその力の余波(なごり)をとどめている。 僕は僕の居る場所をなんとかして澁谷さんに伝えなければなりません。それは僕の血の責任です。澁谷さんが父親に捨てられたことを知っていて僕はこの話を書いています。それが必要だと思ったからです。その話が、ある人が父親に捨てられた、ということよりおおきいと信じているからです。ただそのおおきさを感じるのは難しいということも知っています。お許しください。鉄橋のかかっている谷があり、そこで二本の線路の切り替えをしている鉄道員がいる。ある嵐の翌日、一方の線路が壊れていることに彼は気付いた。列車が近づいてきたので、彼は急いでもう一方に切り替えようとした。ところがその線の上に自分の子供がいることに彼は気付いた。線路を切り替えれば自分の子供は死ぬが、切り替えなければ列車は谷底に転落してしまう。列車は子供が死んだことなど気付かず、何事もなかったように走り去っていく。これは実際にあった話ですが、贖う、ということがどういうことかをよく説明していると思います。お分かりいただけたか分かりませんが、僕が居る場所は、子供を見殺しにした父親のいる場所です。僕の感情は、いつも子供を犠牲にするほど客室の中の人々を愛した父親の感情と共にあります。それに対して、詩はいつも、いわば何も知らされていない客室の中で語られていきます。僕が世の中の詩を、すべて一緒くたにして切り捨ててきたのはそのせいです。ただ客室の中でも、その気配を感じる人はいます。そうした人の言葉は列車を透過してゆくことがあります。それが詩の技術です。詩の技術があれば歌の技術もあります。特に敵の歌のなかに。頭の中で曲が生まれて現実化され、やがてバンドが曲を消化しつくしたとき、曲自体の死滅が訪れる。彼の頭の中で、曲は最初から殺されるべきものとして生まれる。 彼はインスピレーションを崇拝し、それに縛られ、やがてそれを呪い殺そうとする。新芽の喜びがあり、集団で作業する”豊穣な”時期もある。しかし彼はそこを刈り取り、籾殻をさえ燃やし尽くす。インスピレーションは彼の父から来る。彼は誉められたい。彼はじぶんで全部しきってやれたことを父に報告する。 しかし父は物陰から見ているだけで顕れない。 彼は泣く。そして次の曲にとりかかる。土には赤土白土と色々ありますが、どれひとつとして焼けない土はなく、大事なのは何度で焼くかということで、それを見つけてやるのが焼物屋の仕事です。曲の発生から死までを追うようなyumboのcdrの曲の並べ方は、美術館ぽい、というか、いろいろな温度で焼いた同じかたちの同じ粘土を並べて、あるものは溶けて流れ、あるものは生のまま、あるものは丁度こんがりトーストみたいに焼けている、というような ディスプレイを見ているようですね。どっちかしかない、と人に言われるのは目に見えています。曲の丁度良い焼け具 合を提示するシンガーソングライターになるのか、ポップソングの誕生と死滅について語るアーティストになるのか。 シンガーソングライターになるのなら、下半身が必要だ。僕は「二月の空」でイヴェントに下半身を与えたかった。堂々と、大真面目に“愛”や”感謝”を歌える人になりたかった。父親に虐待されていた鬱病の人がいた。サイモンとガーファンクルの”I am a rock”という曲がじぶんの青春には月々しい、と彼は感じていた。その歌は、傷つけられたくないから自分を島のように孤立させるのだ、といった内容だった。ほんとうの友達が出来たとき彼は「もはや島ではない」と感じた。地続きの島だ。
2.23
mshb
@スターパインズカフェ
ha星座 金子がドラムで、ニールヤングの「tonight the night」をやった
2.24
w/向井千惠,山本精一
@artland
4.27
mshb
@talbooth,stirling “le weekend 2002”
4.28
tori kudo workshop
@talbooth,stirling
talbooth,stirling kudo tori workshop 「blues de jour」をやった
5.1
mshb
@93ft east,london “geographic in london”
5.2
mshb
@the polish club,bristol
5.5
mshb
@temple bar music centre,dublin “heineken green energy festival”
5.14
mshb@
glasgow
5.19
@3ft east,london 「geographic in london」
indies issue 2002.06/07 vol3 text:岩崎一敬
インタビュー indies issue 2002.06/07 Vol.3 2002年6月発行 TEXT:岩崎一敬
- マヘルの曲は単純に“良い曲” “良い音楽”と片づけられない深みがありますよね。ポップソングとしてのフォーマットがあリつつも、即興の要素が多分にあったり。2重3重に思考が巡らされていると思うので、今日はその意図に追りたいと思ってます。
工藤 良い曲っていうよりは旬な曲がやりたいっていうのと、あとはその場の音を大切にすること。たとえ良い曲であっても、その場では良くない場合ってあるじゃないですか。前もって考えたことをやろうとしても思い通りにいかないことって多いでしょ? 例えばリハであんまりいいフレーズをやっちゃうと、本番でそのフレーズを繰り返そうとして自己模做になって死ぬことがあるじゃないですか。そういうことが度重なると、ライブには練習しないで臨んだ方がいいんじゃないかと思うようになるんですよ。だからとにかく“その場の音”っていうのを基本にして、その路線で普段からいろんなことを考えるんです。その場で合奏することって、リアルタイムのことじゃないですか。その場で起こる瞬間瞬間をキープするってことをやってけば、良くも悪くも一応その場だから、それでいいんじゃないかと。だからコンピューターをいじっていても、その場の音で即興するっていう基本ラインをキープする。世の中にはいっぱいいろんなことがあって、考えてたらキリがないから、簡単なフォーマットだけを2~3持ってればいいんですよ。あとはみかん剥いたりしながら考えるということですよ。
- だから初期衝動の瑞々しさが每回感じられるんですね。
工藤 でさ、曲のアイデアとかはいつもチラシの裏とかに書き散らしてだーだーなってるわけよ。そういうのを、ある日正座しながらまとめれば曲になると思うんだけど、人間関係とかプレッシャーとか煩わしいことがあったりすると、曲とかどうでもよくなることがあるじゃないですか。でもそういう嫌なことがあっても演奏できるものってーつくらいは残るから、その一つを基本モチーフにして、劇みたいなものを作るんですよ。「それさえあれば俺は大丈夫なんだ」みたいなのを一つ持ってライヴに望むんです。例えば一昨日のライヴ(2/23@吉祥寺スターパインズカフェ)だったら、あの僕のベースのフレーズ。あれは流星を見てた日に思いついたんですけど、「どんな嫌なことがあってもいつもそこに行けるんだ」っていう自信と自負には少しの力はある、と思いたい、ということです。
- あの執拗に繰り返すベースラインにはそんな思いがあったんですか。で、聞くところによると、バンドで曲を合わせるのも、ライヴの2、3日前からだそうですね。
工藤 練習が必要な曲もありますよね。でもそれは本気の練習ってよりも、曲の構造を説明しつくすということだったり。そういうことをする時には演奏者の自発性とか即興性を最大限に引き出すことを大事にしますね。その人の向き不向きとか、星を見たか見てないっていうのもありますが、いろんなことを話したら、あとはその人のいいようにやるんですよ。個人の衝動はもちろんあって、その上で対立する両輪みたいな感じで、通行人とも一緒にできなきゃならないみたいな。まぁでも、他の人の音を聴いて反応していくような環境を作っておくっていうのはまず大事ですよね。演奏上のコミュニケーションに関してはその人の資質に負うところが大きいんですけど、その人の資質がどうであれ、ある種の場として見せられるものを供給する、演出みたいなことをスコアでやるわけなんです。基本はその人のそのままでいいから、まぁ自然にできるんですよね。たださ、音楽って人に命令しないといけない部分もあるじゃないですか。僕は焼き物でも「この形を作れ」って言われると、「ヤダ!」ってなっちゃうんですよ。押し付けられると嫌になっちゃう。それが解決できない問題としてあるんですよ。でも、自分が思いついちゃったものはやってもらわないとしょうがない。2つのフレーズを思いついちゃったら、もう一方はメンバーにやってもらうしかないじゃないですか。もともと彼の中にはなかったものを、僕が押し付けるわけだから、凄い傲慢というかファシズムというか。そうすると「あの日僕が星を見てこういう感じで」って懇切丁寧に何時間も説明しないとできないですよね。で、また中途半端なフレーズだとそれをする価値がないじゃないですか。そういうところでもまた捨てられていくフレーズっていっぱいありますよね。だから大変なことなんですよ、人に何かやらせるってことは。ヤマハの自動伴奏機みたいな感性で自動的にやっちゃうのって、言わなくてもわかる、なんかコミュニティーを想定した演奏でしょ? それはフォークをやる分にはいいけれども、今のモダンな音楽をやる場合には、それは意識的じゃないじゃないですか。ロックっていうのは…僕は自分ではロックでパンクだと思っているんですけど、意識的じゃなきゃいけないんですよ。グローバル化と平行したある種の意識的な活動なんですよ。…ちょっと渋谷陽一ぽいかな(笑)。で、そういう意識的なリズム、意識的なメロディーをやるためには、ゼロから口を酢っぱくして「こんなノリ、こんな感じ」って言っていくわけですよね。でも全員のメンバーには言う時間や気力がないんですよ。そういうときにはもっとわかりやすく、「星はこういうふうに流れた」って管楽器で「びゅー」「もっと早いかな」とか、そういうふうに説明していくんですよ。星を全然見たことないやつに対しては見たことあるやつに懐中電気を持たせて、速度まで見せるんですよ。遠い人には遠い人なりの指示、近い人には近い人なりの指示の仕方、そういうのが灰野さんじゃないけどイツクシミってもんだと思うんですよ。
- 一昨日のライヴではライトをかざしてましたけど、あれは星を表現してたんですね。
工藤 そうなんです。それで、そのライトを見てホーンを吹いてる人がいたんですよ。で、その星もね、メンバーそれぞれ見た場所が違うんですよ。東京で窓を開けたらでっかいのが一つだけボーってあって、空が雲まで明るくなったとか、山梨の実家でガーガー見たとか、岐阜でゴーゴー音がするような感じで見たとか。明大前で一時間に2、3個見たとか(笑)。だからそれぞれの体験を元にやってもらうわけなんですよ。僕の見た愛媛県の重信町とは違う見え方でも、同じ日の同じ体験なんだからそれをやってもらう。だから自分の体験を人に伝えるってホント難しいんですよね、ノリとか。女の子とかでたまに変なリズム感の子っているじゃないですか。もうとんでもないような、三拍子叩きながら四拍子歌うみたいなのがいるんですよ。ああいうのって人にどう伝えるのかっていうのがありますよね。伝わり方の違いにも個人差があり、相性があるってことがわかった上で伝えないと、一律にメンバーに楽譜を渡してもダメなんでしょうね。
- 一応、工藤さんの意図してることをメンバーにやってほしいっていうのはあるわけですね。
工藤 ただ、裏切る奴っていうのは想定しないとだめなんですよ、何やるにしても。こっちがそれを受け入れる体制ができてないとスタートできないんですよ。でも裏切ることを認めてるって関係は、お互いを認め合ってる関係だと思うんですよ。だからジャズとは人の集まりの中で起きる個人的な事件なんです。でもあの流星群、僕は去年、あれが一番感動したんですよね。流星群ってけっこう影響を与えてると思うよ。テレビで歌番組とか見てると流星がどうとかって歌詞が結構あるもんね。鬼束ちひろだって「星なんか見えなくたっていい、あなたがいればどうこう」って歌詞があるし。
- 割と曲のモチーフはそういった感じで?
工藤 だいたい空ですね。空の色って水でできてるから、身体の中の水と反応しちゃうんですよ。ほら、身体って7割くらい水だから。水って元素の周期テーブルでできてるから、きっと感情もそれに反応してるんじゃないですかね。そういうのの動きで感情も説明できると思うんですよ、いつかは。だから音楽聴いてる時に、音楽嫌いな奴が入ってくると場がしらけるじゃないですか。それってそいつの水がこっちの水に反応してるんだと思うんですよ。
- 今度のシングルも水が重要なキーワードになってますよね。
工藤 そうなんですよ、水モノばっかりで。
- 実際、水の音も入ってるし。
工藤 あんまり聴こえないんですけどね。良い
機械ででっかくかけないと聞き逃す感じで。な
んか人間って43オクターブくらいは聴けるんですって。身体の中の金属っていうか、元素が振動して。まあ、てっぺんとか下は聴こえないんだけど、身体は聴いてるっていう。そういう意味でアナログの方が感情とか、水の音とかは届くはずなんだけど。特に水の音ってよっぽど広い幅がないと伝わらないんじゃないかって気もするけど、どうなんでしょうかね。でもこれね、手作業なんですよ。ホントはコンピュータの波形ソフトを使えばラクにできるんだけど、お金がなかったから。録音の時、全部の楽器の横でストローでぶくぶくやったんですよ。みんなね、わざわざ同じマイクで拾わなくっても、違うマイクで録ればいいって言うんだけど、なんかこだわってね、忙しく弾いてる隣で録ったんですよね。でも、あんまり聴こえなくて意味がないっていう。あ、そういえば昨日のライヴ(w/向井千恵、山本精一)ではDNAコンピューターを作ったんですよ。
- DNAコンピューター?(笑)
工藤 「DNAコンピューター」と書いたでっかいダンボール箱に僕が入って、背中に「ワウ」って書いて、そこを客が踏むんですよ。で、僕が「あ一」って叫ぶのが「あうあうあう」となるっていう。僕がDNAの機械としてそこに組み込まれてるわけなんですよ。山本精一さんと共演したい若手っているわけじゃないですか。僕は「あ一」って言ってるだけだから、彼らは僕を通して山本精一さんたちと共演するんですね。彼らも楽しいし、僕らも楽しい(笑)。最新テクノロジーをダンボールで作って人力でやろうってところがアイロニーなんですよ。
- 本気でやってたらただの変人ですよ(笑)。
工藤 酔っ払った人は頭の方踏んだり…。えーと、水の話だよね。それで曲も水モノを集めて「マヘル·オン·ザ·ウォーター」ってタイトルで出そうとしたんですけど、それは英語圏の人たちにとってはあんまり評判がよくないらしくてボツになるかもしれない。というのも、ニール·ヤングの不評だったアルバムをみんなが思い出すからだって。ジャケットのイメージまで考えてたんだけどね。イギリスにはきれいな水が多くて、地名に「オン·ザ·ウォーター」ってついてる場所が多いから、青い白抜きの看板に「マヘル·オン·ザ·ウォーターはあっち」って、きれいな川のほとりに立ってるようなものにしたかったんだけど。
- それもいいですねえ。
工藤 でもね、「多摩川」って曲を録音する日に、僕リコーダー忘れちゃって、自分のやり方に反して翌日重ねて入れたんですよ。だから良くないんですよ、あんまり。同時にリコーダーを吹かなきゃ意味がないんですよ、違うんですよ。だからあんまり人に勧めたくないんですよ。
- ところでマヘルはいろんな楽器が登場して、ベースをホーンで代用したりもしてますが、楽器の選択はどう考えてるんですか?
工藤 あれね、ファゴット。ブラジルあたりでベースの代わりに使われてたりするんですよ。あと僕は昔からひたすらストリングスがあれば豪華だと思ってて。でもそうすらすら弾ける子が友達にいなくて。憧れなんですよね。ストリングスとファゴットがあれば、他に何もいらない。この雑誌を通して呼びかけてください、なんて(笑)。
- 1曲、ベースの入れ方がすごく面白い曲がありますね。必要最小限しか音が入ってないやつ。
工藤 ああ、あれでしょ、「ストーン·イン·ザ·リバー」って曲。ベースってずーっと鳴らしてるのが当たり前になってるでしょ、だけど本当はいらないでしょ。だから本当にいるところだけ確信的に音が鳴らせればスカスカの音が聴こえるっていう。
- 工藤さんにとって、曲の完成形っていうのはどこに見えてますか? 到達したい地点というか。
工藤 考えたことなかったな。でも、スコアを書いた時点で完成形っていうのはあるんですよ、頭の中に。たとえ不完全な演奏だとしても、完成形が見えるように演奏するんですよ。みんなよく「あそこで間違えなきゃ凄くいい曲なのにな」とか言うんですけど、いい曲だってわかってる時点でもう良いんですよ。
- それ、すごいわかる!未完成の隙間ってすごく美しいですから。
工解 でもね、わざとやるとダメなんですよ。お
茶碗とかでもわざと曲げるんじゃなくて、ふっと曲がっちゃったっていうのがいいんですよ。だから上手い人もわざと下手に弾く必要はないんですよ。その人が持っている技術で弾くのが一番いいんじゃないてしょうかね。
- うんうん。工業さんはピアノすごく上手じゃないですか。それなのに他の英器をやってるのはそういうところで?
工藤 ギターっていい楽器ですよね、ピアノだと頭の中にある音を9割がた表現できるところが、ギターでは2~3割しか表現できないんで、安心してどんどん弾いていけるんですよ。10を見せるためには、9だと9しかたぶん伝わらないけど、2ぐらいだとかえって10を予想させやすいじゃないですか。あとクリシェってのを上手く使うことですよね。これはスティーヴ·レイシーって人のやり方なんですけど、即興で吹いてる中、たまにジャズのスウィング感を一音だけ出して、ジャズバンドとしての決め事を見せる。わざと既成のイディオムを混ぜながら、自分の10のうちの2ぐらいを一生懸命やるっていうやり方。もちろん自分の演奏に対しては本気でやるべきなんだけど、クリシェの既成のイディオムに対して本気でやったらだめなんですよ。わざとっていうのは大事ですよね。日本のほとんどのバンドは本気でそれをやってるけど。ほら、ロックの共通の財産ってあるじゃないですか、チョーキングとか。あれは気持ちいいもんなんだけど、でもあれを本気でやったらね…。ゴダールの言葉で、「引用する人を引用する」っていうやり方があるんですけど、自分が引用したら負けなんですよ。人が引用してることを見せるみたいな感じで常にやるんです。
- なるほどお。
工藤 それでね、スティーヴ·レイシーは間を省略したような、ゆっくりとした演奏をするんですよ。それが歌っぽく聞こえるんですね。たとえどういうものでも自分の心にあるものを再現しようとしたら、それはその人のメロディー、歌ってことになるじゃないですか。エリック·ドルフィーの路線だと、もうみんな自滅して死ぬしかないんですよ。人間にはできないから。で、ある時期レイシーみたいなメロディーの出し方が自分の理想形に見えたんです。8ビートさえ叩かなきゃ何してもオッケーみたいなドラムと、あとスティーヴ·レイシーの音の選び方、それとビブラートのかかった声、裏切るような前後にちょっとずつズラしていくようなリズムを組み合わせれば、自分の理想形のロックができてたんですよ。80年代前半くらいまではね。今はないですけど、スティーヴ·レイシーが好きだった頃はそういうふうにやりたいことがありましたよ、カッキリと(注:この時期、sweet inspirationsというバンドで、青山の発狂の夜、吉祥寺のGATY等で演奏していた)。
- おお、グラマラスなズッコケ·パンクみたいな。今はどうですか?
工藤 マヘルはね、劇団みたいなものなんですよ。パゾリーニが自分の映画を作るときに自分の一座しか使ってないみたいな。マヘルにはユーフォニウムの中崎くんっていうリズム音痴の人がいるんですけど、彼がいる限りは、さっき言った理想形はできるわけないんですよ(笑)。だから、それでやっていくしかないんですね。
- そもそもの、工藤さんが音楽を始めるきっかけになった音楽ってなんですか?
工藤 T-REXかなぁ。あとヴェルヴェットのライヴ。緑色の女の人のお尻がでっかく写ってるやつ。高校くらいかな。
- ヴェルヴェット·アンダーグラウンドの影っていうのはすごく感じてました。
工藤 僕の青春はあれから逃げる努力によって費やされたんですよ。どうやってあれを超えるかっていうか、影響から脱するかっていうのがテーマだった。いくつかの突破口はあるんですよ。決め手の言葉がね、ヴェルヴェットの2枚目に「BETWEEN RIGHT AND WRONG」って言葉があって。ルー·リードの歌詞のスタンスっていうのは、常に2つの間の中間に自分を置いて、君はどっちなんだい?って自分は立場を決めないんです。歌詞がべらべら出てくるのは自分が立場のないとこに立ってるからで、立場を決めちゃったら言葉はもっと寡黙になるはずなんですよ。それは多分彼がユダヤ人だってことだと思うんですけど、僕はカフカと同じような印象を持ったんです。カフカの日記に、「下に向かって根が伸びて、上に向かって枝や花が伸びていく木を夢想した」って書いてあるんですよ。だから、根がないんですよ。ユダヤ人って流浪の民だから床がないんですよ。だから中間の地点で宙吊り状態を活性化するような言葉を出すんですよ。で、僕は見切ったんですけど、現代音楽がロックの影響を受けてミニマルを作り、ミニマルの影響を受けてルー·リードがジョン·ケイルとバンドを組むっていう流れでしょ? ある種アカデミックなものに対してのコンプレックスと、そのユダヤ人的な彼の血筋によって成り立ってるわけなんですよ。そこを見極めればなんとか超えられるんですよ。自分が確かに思ってるものを歌詞にすることだとか。あとそうだな…もう一つ別の流れのボーカリスト…マーク·ボランとかピーター·ペレット(オンリー·ワンズ)だとか、ああいうベチャっとした声の流れっていうのはさ、ルー·リード=ボブ·ディラン系と反対の流れなんですよ。C、G、Fみたいなルー·リード的なコード進行と声の質、それとマークボラン的なC、Am的流れは僕の中で分かれていて。で、僕はオンリー·ワンズが凄い好きなんですけど、そっちの方です一っと抜けていけないかなって。
- あぁ~、オンリー·ワンズは凄いわかる!
んですか?
工藤 そういう抜け方で僕は行ったかな、って(笑)。
でもそれは80年代の話ですよ。結局あれもニューヨーク·パンクと別物ではないんだけどね。
- ニューヨーク·パンク@ロンドンって感じですしね。それで、日本人としてっていうのはどうなんですか?
工藤 なんか中村とうよう的な質問だね(笑)。あの、別腹っていうんですか? 結構、僕は浪曲とか演歌とか好きなんですよ。例えば浪曲の三味線って凄いフリーなんですよ。ああいうのでどんどんやっていけばいいんだけど、なんか日本人ってできてないですよね。沖縄の人は軽々とそういうことできたんですけど。たぶん学校教育のせいだと思うんですけど、洋画と日本画の区別があるのは日本だけだと思うんですよ。外国人にとっては絵は絵じゃないですか。そういうので音楽も日本と西洋は別腹っていうか、違う種類のものになってる。邦楽をモチーフにした曲とかはマヘルでもよくやってるんです。あまり評価はされないですけど、2、3秒で終わるようなのが延々と続くやつです。そういうときはルー·リードもマーク·ボランも頭にはないですね。だからそれが本来の自分に近いものなんでしょうね。だからそういうことをしているうちに、ヴェルヴェットの影響からは、わざとやってみせる程度までには開放されたんですかね。わざとできなかったですからね。真似ですから、要するに。
- ところでマヘルはステージの演出にいつも凝ってますよね。
工藤 まずその場に行って、その場所の音の反響を見て、どういう聴こえ方が一番面白いかを考えるんですよ。ステージの立ち位置とか。それでライブハウス側に2階でも演奏したいとか、客席にもマイク立てたいとか言うんですけど、でも「ここはフリースペースではありませんから」って却下されたりもして、すごく難しいですよね。あと、PAを使うという暗黙の了解があって、PAの音に客も演奏者も慣れちゃってるじゃないですか。純粋に客の立場で考えたら、中心に座ったときにいろんな所から生音が聴こえてきて、「あ」とか「お一」とか言ったときにそれがマイクに拾われて「おーおーお一」とかになったりしたら、凄くいいと思うんですよ。それを実演したいんですけど、でも店が抵抗してやらしてくれない。だから戦いですよね。でも演奏前に戦うと消耗して演奏の半分以上ができなくなっちゃう。傷付きやすいんですよ、僕って(笑)。わざとロックバンドみたいに演奏することもできるんですよ? そういうときの演奏をみんなは面白いっていうのかもしれないんですけど、本当は違うんですよ。だってジョン·ケージがそういうこと言いたかったわけでしょ?(その場で鳴ってるすべての音が音楽だという解釈)半世紀前にああいうことを言ってて、現場はまだこの状態でしょ? おかしいんですよ、進歩が。
70年代後半からアンダーグラウンド·シーンで活動を続ける工藤冬里。彼のセンスはかなり特異だと思う。筆者がまだ10代の頃、90年代初頭に仙川ゴスペルにて初めてマヘルのライヴを観た時の第一印象は、「なんじゃこりゃ!みんな拍手してるけど、これ、わざとヘタなの?もしかして」といった感じ。当時のアヴァンギャルドといえば、“ザ·ノイズ·インパクト”的なものが主流だった中、彼らのトロトロへロへロな演奏はまるで逆。隙間だらけの行間はなぜだかとても美しく、たどたどしいメロディーはまるで聴き手の参加を呼びかけるような余韻を残す。私はその未体験の価値観にけっこうな衝撃を受けた。もちろんそれはただ物珍しかったからだけではない。マヘルの音楽が素晴らしいのは、批評性を幾重にも内包しつつ、それを上回る純粋な表現欲求があること。まるで自分で仕掛けたパズルに自ら飛び込んで謎解きをするような、そんなスリルを自らに課しているからこそ、いつでも彼らの音はフレッシュなのである。今回はバンドの首謀者である工藤冬里に、そんなパズルの一つ一つを教えてもらった。リスナーだけでなく、ミュージシャンにも是非読んでもらいたい。なお、イギリスのGeographicから待望の4曲入りシングルが近々リリースされる(された?)。
工藤冬里バイオグラフィー
1978
川田良の八丈島の実家でワーストノイズの合宿をした時、アイスクリームの運搬用の車で移動中窒息死しそうになった。
1980
ピナコテカ·レーベルのためにマシンガンタンゴというバンドの録音をしたがボツになった。
1981
guys’n dolls という名前でニューヨークのスタジオで録音したが発売されなかった。
noise というバンドのライブテープを編集して「天皇」というタイトルのLPを作った。
1982
guys’n dolls のメンバーの岩本君が、新宿JAMのライブから「hard rock album」というLPを作った。
1983~1984
金田一安民、渡選浩一郎と「わたしたちの演奏」というカセットを作った。
マヘルは1984年からたまにやっていて、初期のメンバーはおもに篠田晶巳。彼がじゃがたらというバンドを手伝っているのは冗談かと思っていた。
1985~1989
d’sレーベルというところから、マヘルで「maher shalal hash baz, pass over musings」という2つのカセットと、マヘルも入っているオムニバスのカセットが2つ出た。
PAPという会社の人が来て「屑の断層」というオムニバスのヴィデオを出すというので国立駅周辺で撮影をした。
1990~1997
メンバーの渡邊浩一郎が自殺したのでオルグから追悼盤を出した。ハンス·ユルゲン·シュンクという人がノイズの「天皇」の再発をしようとしたが、倒産してだめになった。「kichen tapes」というオムニバスのCDに1曲入った。
2000~2002
soniqというレーベルから頼まれてギターの演奏のテープを送ったがボツになったらしい。
フラクタルというレーベルからオムニバスを作るので参加しないかと言われたが、コンセプトが「アマテラス」だというので断った。
川手直人という人が「夜稲派meltdown」というオムニバスのCDRを出したが、僕の参加した「中崎博生taxiを歌う」はボツになった。
イギリスのギター・ポップの第一人者、スティーヴン・パステルの自主レーベルからアルバムも出るなど、いわゆる「うたもの」バンドとして、マヘル・シャラル・ハシュ・バズは昨今の若い口
ック/ポップス・リスナーの一部でも強く支持されている。つまり、ヒップなもの”として受容されている側面が明らかにあるわけだが、15年以上も前からこのバンドを率いてきた工。冬里自身は、今みたいな形でプレス筋からも注目を集める時代が来るなどと考えたことがあっただろうか。
若いリスナーのほとんどは、おそらく、マヘル~以外の工藤の活動については知らないだろう。
しかし彼は、ミュージシャンとして既に20年以上のキャリアを持つ、日本のアンダーグラウンド・ロック・シーンの歴史的人物の一人であり、キーボード奏者として彼が関わってきたバンドや作品はかなりの数に上る。僕が日本のアンダーグラウント・ロック・シーン(それはパンク/ニュー・ウェイヴ・シーンと重なりながらも微妙に異なるものだった)の音楽を積極的に働きだした70年代
末期、工蕨冬里という名前は既に、灰野敬二や山崎春美やアーント・サリーなどと並んで、一種カリズマティックなトーンをもって語られていた。
表舞台で華々しい脚光を浴びることは一度たりともなかったわけだが、70年代末期から80年代半ばにかけて、東京の地下シーンで実に多くのミュージシャンたちと様々な音楽的実験を重ね、今なお独自のスタンスで静かに活動を続ける彼の話は、本特集には不可欠だろう。
故郷の愛媛で陶芸家として生計を立てつつ、音楽も続ける工族に話を聞いたのは、2月下旬。武蔵小金井の小さなライヴ・スペースで行われたライヴ&陶芸展の本番前だった。
コウモリとして生きる宿命
今、日常で、音楽と陶芸はどれくらいの割合でやってるんですか。
工半々くらい。一方をやりながら、もう一本を考える感じです。僕は常に二つを行き来しなら考える、そんな動き方なんです。70年代後半に東京に出てきた頃、一方にS・KENとかのパンク系の人たちが渋谷とか高円寺にいて、もう一方国分寺の方にはヒッピー系の人たちがいた。勢力的に同じぐらいだった。僕は、その両方からバカにされがちだった吉祥寺のマイナーなどでライヴをやることが多かったんだけど、その両方にライヴ告知のポスターを貼りに行ってました。コウモリみたいなものです。何をやるにしても、ずっとそんな感じだったんです。
今は、実家の焼き物工場で働いているけど、住んでいるのは隣町なの。で、工場では、僕は隣町、つまり別のコミュニティから来ているということで、片足だけつっこんだ、本当の仲間じゃない、そんな存在。一方、僕の住んでる村では、仕事は隣町の工場に行ってて、そこでのつき合いで生きており、ここは寝泊りするだけの場所、という見方をされている。どっちからもコウモリ状態。いつも二つのものに挟まれて生きてきた。ビトウィ
1ン・ライト・アンド・ロング、て感じで。陶芸の人には、自分は音楽の人間だと言い、音楽の人には、陶芸の人間だと言っている。
その状態が心地いいんですか。
工いや、そういう宿命なんです。国分寺のヒッピーの連中は、ちゃんと練習してやんないとダメってのがあった。で、パンクの連中も実はけっこうそういうのがあって、セックス・ピストルズが間違った曲をやり直すビデオのシーンを観て、そうあるべきだ、みたいな精神論があったりした。しかし僕としては、ちゃんとやるってのが、どうあがいてもできない。必ず間違う。ちゃんとやるってことが、準備の段階からできないというか、ちゃんと準備するってことがまずできない。なぜなら、準備してしまうと死んじゃう、生ものだから、そういう気持ちがいつもあって。その場で思いついて、その場でやらなくてはダメだという固い掟が自分の中にある。だから、両方からバカにされつつも、自虐と誇りがないまぜになっている、みたいなところが当時からありました。
1パンクにもヒッピーにもコウモリのように等距離外交で接しつつ、自分のスタイルにははっきりと自覚的だったと。
工藤いや、若かったので、黒子というか、周りが風ゴーゴーの凄い人ばかりだったので、僕は
ピアノを弾いてた。高校に入ってからはロックに惹かれた。ヴェルヴェットとか。そしてパンク。
大学入学で東京に出てきて、まず高円寺のブラック・プールに行ったら、そこの人たち(店主の鳥井ガクたち)がワースト・ノイズというバンドをやってて、それに入った。77年12月かな。ワースト・ノイズはどんどんメンバーが替わっていって、最後は僕と礼子(現在の妻)の二人だけのノイズというバンドになった。それが79年かな。その頃は吉祥寺のマイナーでよくライヴをやってましたね。で、80年の前半に、ニューヨークに行き、
1年ほどいました。
70年代末期には、あとコクシネルもやってましたよね。
工 新宿のハバナムーンという店で即興のピアノを弾いてたんです。そこは、前衛舞階の駱駐館
関係者とか新宿高校(=左翼運動)系の人たちがよく来る面白い店だったけど、よくビールとか投げつけられていた。内田裕也とか怖かったですよ。
後のライヴ・シリーズ(天国注射)も、その店から始まったんです。で、そこにセッという女の子がカウンターにいて、その旦那のヨウ(池田洋一郎)と、時々自動のベースの今井君と僕でコクシネルを始めたんです。あと、ハバナムーンの近くにニライカナイという店があって、そこのカウンターで働いてたのがゆり子(ヴァイオリン奏者の音波ゆり子。現・向島ゆり子)だった。最初僕と二人でマシンガン・タンゴというバンドをやってたんだけど、僕がその後NYに行った後に彼女はパンゴを始めた。
NYにはなぜ?
工 いろいろあって、日本にちょっといられなくなって。NYではローワー・イースト・サイドに住んでて、コーヒー・ショップで働きながら音楽活動もやりました。ガイズン・ドールズ(Guys& Dolls)というバンドを組んで。僕以外はアメリカ人。ねちゃーっとしたロック・バンドで、歌もあって。当時僕は(スーサイドの)アラン・ヴェガが好きでしたから。ガイズン・ドールスは、81年に帰国してからもメンバーを一新して続けました。NY時代に録音したガイズン・ドールズの音を、ピナコテカ・レーベルを始めようとしていたマイナーの佐藤(隆史)さんに送ったんだけど、だめだと言われた。その頃は、普通の曲をやったら、マイナー系の人たちは怒ってたんです。普通のことは、わざと冗談でやるしかない。
その流れで、わざと普通にやるっていうので、8年頃からマヘル・シャラル・ハシュ・バズをやり出したんだけど、だんだん、わざとが本気になってしまって。
81年に帰国した後、他にはどんな活動を?
工醸まだシェシズはやってなくて。詩の朗読のテーブを作ったり、白石民夫さんとか、あるいは、まったくの素人のベースやドラムの人と、即興をやってた。やっぱりパンクなんですよ。イージー、つまり誰でもできそうで、どこにもないものでないといけなかった。しかも常に、歌うべきもの、メロディがなくてはならない。そういう状態を24時間キープしなくちゃいけない。そういう時期だった。マヘルーもそうです。88~84年ぐらいには、政治活動もやってましたね。ある左翼の死刑囚を支援する活動とか、南朝鮮民族解放戦線の支援とか、足立区の部落解放同盟の支援イヴェントとか。
寿町や釜ガ時とかで。アイヌ、沖縄と団結して日本人をやっつける、とか言って(笑)。その頃やってたのが、シェンズとA・MUSIR。自分では、素人オーケストラを組織して山谷とかでやったり。譜面を書いて、素人の人たちに教えるのが嬉しくて。(コーネリアス・)カーデュー気取りっていうんですか。ワルシャワ労働歌をバンク風にやったりとか。
どうしても残ってしまう音楽だけをやる
ーマヘル~は結成当時からライヴも頻繁にやってたんですか。
工ええ、でもライヴハウスではたいてい拒否されてた。ヘタだから。ミキサーも怒ってしまって。その場で練習を始めたりするし。メンバーは素人を集めたんです。国立の都営住宅時代。近所に住んでる人たちが土日に集まってやる、そんな感じ。それが正道だと思って。フレーズをひとつ思いつけばいいんです。プロだとフレーズをいろいろ組み合わせて曲を作るわけだけど。ヒッピー系からもバンク系からもバカにされてた。今でもそうだけど。
ーマヘル~のアルバムがスティーヴン・バステルのレーベルから出た経緯はどういうことだったんですか。
工藤
80年代前半に2年半ほどイギリスに住んでたんです。庭仕事や窓拭きなとをしながら生活して
たんだけと、ほんとお食かなかったから、マイルーなど自分のレコードをう
フ・トレードの店に売りに行ったんです。そしたら店から電話がかかってきて、ある評家がマヘル~を買って行って、連絡をとりたがってると。彼がステイーサンの友達だった。イキリスでは、パステルズと一緒にライツをやったりもしました。
イギリスで音楽活動をしてやらしていこうとは思わなかったんですか。
工藤
永住したかったけ
と、ビザがとれなかったんです。遊が市役所で介護の資略をとったから、ワーキング・ピザをとれるかと思ったんだけど、だめで。僕のは誰でもできる仕事だったし。
一年代末期から80年代半の、日本のアンダークフランチ・ロック・シーンいる部分、あるいは影響を与えた部分はあると思いますか。
工藤 90年代以降は、一応、大団円、フィナーレみたいになってるでしょう。サンプリングやCD
復刻の影響もあって、あらゆる音楽が並列に並べられている。アンダーグラウンドというのもなくなってしまった。今はすべてが終わって、余生を生きてる、そんな感じがする。僕らがやったことが、そういった現在のドン詰まりの状況に特に寄与したことはないと思います。
1今も陶芸と並行して音楽をやってるわけだけど、やるということは、そこに何らかの希望を持っているわけですよね。
工そうかな…・・
じゃあ、何が楽しくてやってるんですか。
工それは難しい問題ですね。いろいろいやなことがあったり、プレッシャーがあったりすると、曲を作ってても、やりたくなくなってしまう。そういうことがあっても自分の中に残っている音楽だけをやけばいいんだと思う。周囲の状況のいかんにかかわらず、残ってしまうフレーズ、それだけをやればいい。小手先でいじって作っても、やる価値はないというか。つまり…・・なぜ音楽をやるのかはわからない。でも、それでも残ってしまうものがあればやる。店や客やスタッフがどんな状況でもやる。たとえば昨日は、簡単なベース・ライン、流星を見てたらふと思いついたフレーズだけをやったし。ちょっと音楽ぽくなってきたのかな、僕は。素直というか。
[2月24日 武蔵小金井・アートランドで
Anotes)コーネリアス・カーデュー(1934~1981)は、80年代末に職業ミューンシャンと非ミュージシャンとの混による期
”スクラッチ・オーケストラ”を組織したイギリス人の実験音楽家。現代音楽のアカテミシャンとして出発しながら、そのサークをの外部に活動の場を転じ、即興演奏の可能性や音楽と社会的運動とをつなぐ回路を探り続けた。
(外国からは)
あんまり論理的な反応はない
- ジオグラフィックからマヘルのCDを出したことで、外国からの反要はありましたか?
「e-mailで、いろいろな反応が来ます。良かった」とか…・・」
- 英晶で言うと“Thank you for your music.
みたいなニュアンスですか?
「はい、そうです。自分が子供の世話をしている境遇の人からとか。最近、アメリカ人からそういう反応が多いですね」
- そういう人って、例えば以前工さんが言ってらしたコーネリアス・カーデュー(註2)のように、偶然に工藤さんご自身と生い立ちやバックボーンが似ている人って多いのではないでしょうか?
「あるね。あります。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!の人からも来たよ。その人(駐3)のやっている別ので、A Silver Mt. Zionっていうのに、なんかマヘルの事が書いてあるんだって」
- そういえば最近のマヘルの曲(4)で、=Mountain is Waiting」っていうのがありますよ
ね
「よく知ってますね(笑)」
- これからは”Mount (ain)”ですかね・・(沈)…・すみません。
「今、その”待っている」というのがキーワードとして一つあると思うんですよ。もう一つは、Do you stil love me?(ほ5)という、2つのキーワートなんですよ、詞の。それをに、いろいろな詞を立ち上げます」
- あ、iDo you still love me ?」ってこの前のリキッド(は6)でもやってらした…。この前のライブでは特にこの、マイクでオーディエンスのヴァイヴを音等的に演奏に返すシステムが効果的でしたね。
「なんか普通マヘルって、曲間が長くってみんな飽きるじゃないですか。で、そん時に逆に、ジョン・ケージ(駐
1)の作品で石庭の石の配置を考えて打楽器とトロンボーンでやる、という作品があるんですけど、その石で表現される「音」と「音」の間を、マヘルのライブでは「曲」と「曲」の間、つまり曲間に置き換えて、それをメインにという考え方で、曲間にこれ(この装置)を®ワンワワーン」とやって、曲はもう石みたいな。曲間をむしろ聴かすっていう」
- それはステージと客席の転換とかも意志されてますか? マイクで拾ったウァイヴは常に変調されて音的に還元されてますが。
「それも同時にあるんですけど、ケージの作品でピアニストがって座ってて、オーディエンスはその間でザワサワしているのを贈き取るっていう作品があるじゃないですがそれだと、それ(オーディエンス・ノイズ=ヴイブ)は王頂されないですよね。僕の場合、最近のソフトウェアの長て、その装っていうのがずいぶん自出にできるようになったので、それで「やろうかな」とボスンになったんです。奥にしこらへんにあるんで
1 mに入ってサンプラーとは感が多承したん
(外国からは)
あんまり論理的な反応はない
- ジオグラフィックからマヘルのCDを出したことで、外国からの反要はありましたか?
「e-mailで、いろいろな反応が来ます。良かった」とか…・・」
- 英晶で言うと“Thank you for your music.
みたいなニュアンスですか?
「はい、そうです。自分が子供の世話をしている境遇の人からとか。最近、アメリカ人からそういう反応が多いですね」
- そういう人って、例えば以前工さんが言ってらしたコーネリアス・カーデュー(註2)のように、偶然に工藤さんご自身と生い立ちやバックボーンが似ている人って多いのではないでしょうか?
「あるね。あります。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!の人からも来たよ。その人(駐3)のやっている別ので、A Silver Mt. Zionっていうのに、なんかマヘルの事が書いてあるんだって」
- そういえば最近のマヘルの曲(4)で、=Mountain is Waiting」っていうのがありますよ
ね
「よく知ってますね(笑)」
- これからは”Mount (ain)”ですかね・・(沈)…・すみません。
「今、その”待っている」というのがキーワードとして一つあると思うんですよ。もう一つは、Do you stil love me?(ほ5)という、2つのキーワートなんですよ、詞の。それをに、いろいろな詞を立ち上げます」
- あ、iDo you still love me ?」ってこの前のリキッド(は6)でもやってらした…。この前のライブでは特にこの、マイクでオーディエンスのヴァイヴを音等的に演奏に返すシステムが効果的でしたね。
「なんか普通マヘルって、曲間が長くってみんな飽きるじゃないですか。で、そん時に逆に、ジョン・ケージ(駐
1)の作品で石庭の石の配置を考えて打楽器とトロンボーンでやる、という作品があるんですけど、その石で表現される「音」と「音」の間を、マヘルのライブでは「曲」と「曲」の間、つまり曲間に置き換えて、それをメインにという考え方で、曲間にこれ(この装置)を®ワンワワーン」とやって、曲はもう石みたいな。曲間をむしろ聴かすっていう」
- それはステージと客席の転換とかも意志されてますか? マイクで拾ったウァイヴは常に変調されて音的に還元されてますが。
「それも同時にあるんですけど、ケージの作品でピアニストがって座ってて、オーディエンスはその間でザワサワしているのを贈き取るっていう作品があるじゃないですがそれだと、それ(オーディエンス・ノイズ=ヴイブ)は王頂されないですよね。僕の場合、最近のソフトウェアの長て、その装っていうのがずいぶん自出にできるようになったので、それで「やろうかな」とボスンになったんです。奥にしこらへんにあるんで
1 mに入ってサンプラーとは感が多承したんですが、その「(変調の)リアルタイムで」っていう事に関してはまだそう進歩は無いんですよ。ソフトウェアとコンビュータの相性が悪いと1、2秒遅れたりするんですよ…・(ここで工さん、天井からぶらさげてあるマイクに向かって指をバチン!と鳴らす…・と、変調された残響音が部屋中に誓く)…・・これ(今の効果)はまあまあ良い方なんですけど。最近良くなってきたんで。これは「キューベース」ってやつですけど、「リアクター」(註3)
とか、そういうのを使ってます。客の反応って、シーンとしているようで、何かそれを形にしようとするじゃないですか。ちょっと「ハッ」てするような、その程度でも。それをこう、演奏に還元していく、というか。割と全員参加っぽいじゃないですか」
- そうすると、実際演奏されていない間でも“演奏」なんでしょうか。さっきのご説明ですと、演奏は”点的で、その間は別の物、というニュアンスだったと思うのですが。その曲間も含めた感じで、全てが演奏と捉えるべきなんでしょうか?
「はい、そこらへんを話しだすとアレなんですけど、昔は作曲っていうとその音符で楽譜を全部書いちゃって、構造物として完成されていたので、「音色」ってことは全然考えなくってよかったんです。その「音程」の選び方で即興していくし作曲もしていく、っていうのが可能たったんです。というのは、例えば僕が「ドミソ」って弾いたら、なんかわりと社会に寄り添っているみたいじゃないですか。それに対して関岡さんが「ファのシャーブ」とかって演ると「オレはそんなね、体制的なのはイヤだぜ!」みたいな、スネている感じになるじゃないですか。そんなふうに、音の選び方でその人と社会の関係っていうのが浮き彫りにされるじゃないですか。それによってフリーの即興とかもやれたじゃないですか。でもだんだん90年代に入ってきて、不協和音とかそういうのの意味が全くなくなってきちゃった。というのは例えば、アンダーグラウンドみたいのが全部並列に並んだじゃないですか。みんなショー・ウインドウに並列に並ぶような時代になって、その「音程」の選び方によって自分と社会の関係なり、何かを訴えっていうのは、何か意味がなくなってきてしまって、全て並列になった。という事は、音程の選び方ではちょっと即興とかそういうのが難しくなってきた。で次に何が出来るかっていうと、今度は「音色」とか。昔はちょっと考えてなかったんですけと。というのは、マヘルの曲は何で演奏してもよかった、ビアニカだろうが製だろうが。っていうのから、今度は「音色」っていうのが即興に移って、例えば僕がアトミソ」じゃなくてわりと「クッキー」とか、何ていうか「フワー」っとした音色を出すとするじゃないですか。それに対して関岡さんが「クネッ」とした音色を出すと、なんかこう・。というふうに、「音色」を出し合って即異するっていうのがソフトウェアの進歩によって可能になってきたかな、と思うようになったんです。日本人の好きな理屈づけで言えば、エリック・ドルフィー(9)、デレク・ベイリー(10)が「点」と「点」の出理で即興してきた、そのまっとうな流れの延長線上にそういった「音」と「音」のシステムをやれば、こう…・。でも、それがどうこうっていうんでも・・」
- いや、だからその(ドルフィー、ベイリーに続く)3番目に来るのが工さん、なんではないんですか(笑)
「いやいや、そういうワケじゃないんですけど(笑)。だから日本人って、そういう理屈付けとかしたがる傾向があるなって、逆に今気づかされました。僕がちょっとイキリスに行ったじゃないですか。イギリスの場合音楽っていうのがね、「退屈」と「情」っていうのの間の揺れ動きなんですよ。わかります?おばあさんとかが立派な家に住んでるじゃないですか、デコレーションされた。でも一人で住んでいるから退屈なんですよね。で、自殺とか多いんですよ、冬とか。で。その「退屈」というのが核にあって、それからそれを紛らわすために何が来るかっていうと、何か「リリシズム」っていうんですか、「殺情」ですよね。だからイギリスの音楽っていうのはメロディアスでキレイじゃないですか。ノスタルジックで。ああいうものでしばし溺れて、その間は退屈を忘れる、みたいなところあるじゃないですか。だから「退屈」と「叙情」の間に線があるはずで、その線上をこう、「退屈」の方に傾いていたり、「今はいい感じ」とか、こういうふうな揺れで、…ぐらいしかないんですよ。
そりゃAMM(註11)とか、頭で論理的なのはあるけれども、ちょっと暮らしてみると大雑把に言うとそんな感じがしたんです。ところが日本人って、そういう分け方では音楽を捉えられなくて。つまり忙しいじゃないですか。
だから退屈っていうのはまずないんですよね。忙しいか地援しているか、どっちかじゃないですか。だから事件があると「ワァー!」って盛り上がって、後はおさまる。
だから、退屈を核にした表現っていうのは日本にはそんなにはないんですよ。だから日本の場合「音楽」と音楽じゃないもの、「非音楽」っていうんですか、の間に線があって、その場界線上を揺れ動いて、こう、「深読みのドグマ」みたいのを追求しちゃうんですよ。むこうのかはシド・バレット(12)とか、ただ素朴に無邪気にやってるから楽しい、みたいに言う人多いんですけど、日本の場合変に深読みしちゃって、なんか『生き死に」に関わるような話になってしまうんですよ。だから最近、日本のアンダーグラウンドに対しての評論とか、キーナンさん(註13)とかするんですけど、僕と話した事とかにも影響を受けているんでしょうけど、やっと理解してきたんですよ。2、3年前までは彼ら、日本って「ディープでミスティック」だなんて言ってたんですけど、なんか、だんだん解ってきたみたい。何でもアカデミックに論文にしちゃうような人達だけど、遂に理解したみたい。
つまり、ある種の深読みから始まった、誤解かもしれないしわかんない、ドグマといったものが外国の(元ネタの)人以上に深くなっちゃって、誤解から始まっているくせにヘンに深いんですよ。それが外国の人にはない衝動だし、わかんない部分だから、逆にインパクトがあるんですよ。だからキーナンさんとか、阿部薫の写真とか部屋に貼って拝んでるんですよ。ヘンな現象ですよね」
- 僕、名前は忘れましたけど日本の思想家で“日本人は複から始まっての複徴を極めたところで自分のオリジナルを見付ける”みたいな事を言っている人がいたと思うのですけど。
「そういうタイプもいますけどね」
- 日本のアーティストって、無意識的かもしれないですが、模が多いじゃないですか。模倣じゃないにしても、コラージュ的センスっていうか、切り張りして違う物を造る、みたいな。
「なんか、解釈してきたんですよね、一語がバッと際立って目に飛び込んできて、それを自分の座右の銘にするみたいに、こう。やっぱりそれも深読みですよね。でも深読みうていう単語は訳そうとしたんですけど辞書ないんですよ。言葉が、誤解でもないし、だがられって、日本を説明する時のキーワードになっている気がするんですよ。それで夢ら(イギリスの音楽シャーナリスト)はそれを今、理解しつつある。あれ~何について話していたんだっけ」
- あの、マヘルのCDが出たことで外国からの反応は…・・。
「ああ、そうだった(笑)。あんまり理的な反応はないんですよ。・ホッとする”とか、つらい毎日の中でホッとするような、そういうのが多いんですよ。あと、「レコードを交換しよう」とか、高いんですよ、オルグのやつとか。たから「自分の持っているコレと交換しよう」とか、おばあちゃんが作ったピクルスと交換しようとか、なんかそういうヘンな田舎の子がいたりして。なんか面白い(笑)」
- 関係が続きそうな人もいそうですか?
「ホームベージの”Mail Me」ってとこから来る人もいるから、まぁ返事出したり」
- では、インターネットを経由した音楽的な弱がり、とかも工酸さんにとってありえますか?例えば、この間もライヴ(注14)で共演されていたメルツバウとかありま
すが…。
「ああ、それなんか秋田さん(秋田昌美。メルツバウ)がはじめたやつ。メールアートで、90年代のノイズはえらく元気になったんですよねぇ~だからその、ちょっと前まではそういった小さなジャンルがいっぱいできて、その狭いジャンルの中では、「村」だから、地球が「全体」として見ればそれは「小さな村」だから、その中で自分は有名だとか、満足を得る、っていうシステムはありましたよね、うん」
- それがさっき工さんがおっしゃっていた「音色」の選び方でそれぞれが特徴づけられる/られないといった話に結びつきますか?
「それは考えてなかったけどね。あぁ、でも…ちょっと混乱したみたい。でも、『昔色」で云々っていうのは今いっぱいありますよね。で、結局コンビュータ使わない人とかもいるんですよね。Sonig(駐15)とか、Mego(土16)系かと思ったらそうじゃなくって、生音でやってたり。その人はよくメールとか来ますよ。やりとり」
- 成る程。では次です。トラットリアのレコーディングについて・・。
「僕の子供が見に行ったらしいんですけど、(住んでいる四国の)松山のタワーレコードで室伝してあったみたいですよ。「あのカトリーナ(バステルズ)が人物の見取り図を書いてくれたぞ!」とかって貼ってあって、例のトラットリアのジオグラフィックのコンビが平積みにされていたみたい。なんか、松山でも盛り上がっているみたいですよ」
- 地元の名士みたいですね(笑)。
「いや、僕が松山に住んでいるとかは誰も知らないんですよ。だから面白いんですよ」
- でも、あのコンビ自体が都市中枢というより、ちょっとカントリーな雰囲気が漂っている妙な感じでしたよね・
あれ、ところでこの前の(イギリスでの)ベルセバのコンサートとか行った人いましたか?
5月の”2年ぶ
りとかで、優行ったんですよ。なんか田舎にみんなでマよりーで行って、そこですごいイイ雰囲気で」
- 宮のは行きますよ。
美事に表るんますーへメー!ステ
イーサイーで人じね。
・エルヴィスー、とか思うとき
ってくおますよ。
ーデーもやりますよ、なんでもや
れるんです、言われるのを持ってますよ、きっと」
- でもベル&セバスチャンってたまたま売れましたけ
と、やっている音楽はまれで、ちっとも、今度」ではないですよね?
「ただ、やってるその感じがいい感じだなっていう。
先で、
なんか地方までビクニックに行くような感じで、みんなでフェリーに乗って、田舎の小学校の講室みたいなところに行って、それで楽器とかいっぱいいるじゃないですか、ヴァイオリンが何人もいたりして、で、スコアを告く人は、凄く不幸せなは者ですよねぇ・”でもね、なんか怒ってましたよ、あの日本盤のタイトルの「私の中の美麗)っていうの。英訳して教えてあげたらすっごいビックリして、天して「これからは全部チェックしないと、って」
- 厳しい人は、その強引な沢やこじつけが原因でそれ以日本髪の訳詩を拒否したりする例もありますよね。
マ
イ・ブラッディ・ヴァレンタインとか。
「ええ。でね、ジオグラフィックのコンビレーション(註17)とかも絶対ね、”グラスゴーより愛をこめて」とか客かれるぞって僕が言ったらね、すごい流行ってね、ショークで。※From Giasgow with love, helio!」とかあんな合ってて。グラスゴーの人達が(笑)」
人力でコンピュータ系の事をするのって、割といいと思う
- シングルもまた出るんですよね、ジオグラフィックか
ら
い
註
「ええ。コンビレーションの曲はトラットリアのために
1曲だけ録音したんですよね、中村さん(#18)のところでその時はこういう(マイクをぶら下げて空気を集者する)来はまだ考えてなくて、ベースとかね、全ての楽器に水の音を混ぜ込むっていうのを考えたんですよ。
コンビュータのソフトで一つのバートの音をピックアップするでしょう、そしてその音の中に水の音を混ぜ込むっていうか、その波形の中に音の立ち上がりと酒え方はそのままにして、中間部にこっそりさ4ぐらい本の音を混せていって、全員のパートの音にその水の音が混ざった状腹でミックスダウンすれば、こう、「水っぽい」サウンドになるんじゃないか、と思ったんですよ。で、ただ水とぶつけるだけだったら昔っぽいんですけど、このコンピュータでホラ、浸作できるじゃないですか。めな立ち上がりとか、ちょっとズラしてみたり。そういうのをしょうと思ってたんですけど・すっごいらされてね、間に合わなかったんで苦肉の策で、奏中にベースだったらベースの場にもう一人付いてて、なんかマックかなんかのコップに水を汲んだのをストローで、ベースが「ポシー」と弾いた臨間に「ブクブクブクー」って、それで音が潤える原間にブクブクも止める。っていうのを全バート、ラッパとかも全てやったんですよ、だからなんか、お金とかヒマがなくて、人力でそういうコンビュータ系の事をするのって、割といいとまうんですよ。
そのヒントはねぇ、去年プリンセス・ドラゴン・マム(出
増えしたよ。ヒスーネイム・イズ・
やライラの人とかですよね
あらさせまがとくってコンビュータを考え
ないのでコンビュータのにをタンポー
んに薄いてな、
その気でオルガンをなえを凍いてろんですよ」
- ああ、それにインスパイアされたのがこの関の話しコードでの工場さんのインストア(きる)たったんですね!
「あ、そそもそ、よくったじゃないですか(笑)”アレっていいじゃないですか、なんだかすごく、それでトラットリアの時も本当はソフトを使って本の音をやりたかったんだけと、お金がなくってこう、ブクブクやりました。っていう」
- ローファイ、ですが、
そうそう、ローファイですかね。ローテク~旅行規
- つけるようなやつですよね、あの」
- えっ、それはまたちょっと違うような・・・では、あの
曲の音時にはこの異はまだなかった、と、「うん。
コンピュータのソフトがいっぱいあるから、コ
レ使わなくっちゃって」
- 成る!その、松山の公演時は工さんは何をされたのですか?
「松山にはもう2組来てて、今年の2月に来た方がプリンセス・ドラゴン・マムか。去年の秋来たのが・苦レコードのボックスにゴミとかつめてってた・・なんだっけなぁ、アレ」
- キャロライナー?
「そうそう!その、もとキャロライナーの、アレなんていったっけなぁ、名前忘れちゃった。そのデトロイトかなんかから来た、その人のバンドの方がさっきの紙に言いたコンピュータ使ってたんだ」
- (笑)”でも、プリンセス・ドラゴン・マムも…・「やってた!
草が急に髪れ出したりして。アレもダン
ボール使ってましたよね、それからあのさあ、ライブでダンボール系の理、春割っていうんですか、アレ、いいですよね。今日もやろうと思ってるんですよ。今日はコ
レイコの字型に折り曲げられる干タイプの写)をカラオケボックスに見立てて、その後ろで演奏するんですよで、その手前にこのテレビ画面覧いて。マヘルの中
崎名がフライアン・フェリーの「Taxi」を教うってい
- アヴァンギャルドだな~。
「ああ、そうですね(笑)。・えと、なんだっけ?あ、トチラトリアですね」
- トラットリアのレコーディング、レャおアレは、あのコンビのために限定されたレコーディングだったと、レやあ、あの日は今度のジオグラフィックの下には入らないのですか?
(うーん、それ、作ろうとしているみたいなんだけど、ど
うなのみな、(シオグラフィックは)お金なそうですねえなんか。
来年までに3枚ヴァイナルのシングル
を作って、ツアーに、っていう計画があったんですけど。
いつもそうやって自うんですけど、なかなから。ただ。
中おさんのとこでやったのは言くらいまったんですけと、花しくやったので。
まんまりじっくりとは・。安田
山ニオルグ・レコード。定にで)とやってた頃はものすごしい拘ってるから。全然違うんですよ、こう。いいのお願いのか…。でも、大概の人は即席でやらされてますもんねえ。でもね、この(「ストーン・イン・ザ・リバー」の)録音にはベースとかバス・クラリネットとか入ってるんですけど、普通ロックバンドって曲の最初つから最後まで、ベースとかドラムってずっと鳴っていると当たり前に思っているじゃないですか。でもこの場合はアレンジで、ちょっとでも「リアリティがない、なんでこう情性でやってるんだろう?」って自分でもわかんないって時は(プレイヤー各自が自分の演奏を途中で)
切っちゃうってことにして」
誰かがスタジオを用意してくれたら、全部自分で出来るここで本日の昔響担当の相棒、関雅晴さんが登場
- 関さんがいらしたところで、最近の日本の新しいバンドについてお聞きしたいんですけど、キヌタパンって、どうお感じですか。なんか、マヘルと合体するかもっていうウワサを聞いたんですが。
「キヌタパンねぇ..。なんかメンバーがどんどんいなくなって、奥さんと彼(関さん)だけだから、うん。で、(家に泊めてもらったりしてるんで、なんか…・。奥さんがヴィオラを弾けるんですよ。ヴィオラを弾ける人なんで、そういないじゃないですか。家の中もキレイで塾
頓されていて、こう、カツカツじゃないんですよ(生活が)。土、日が休みで、「衣食足りて礼節を知る」っていうんですか、こう、「金持ちケンカせず」っていうんですか、こう、余裕があって、ゆったりと付き合えるっていうんですか。中崎とか、いっつも失業中で、なんか…・。
いや、だから関さんは…」
ここで、グワワワワ~ン!! と、部屋に大音響が響き
渡る
「…・・結局、時間を取ってくれて、僕の曲の説明を聞いてくれる人がいれば誰でもいいんですよ。その人じゃなくってもいいっていう言い方をするとその人が傷付くんですけど、実際問題として、説明を(ライブとかの)前の日ぐらいには聞いてくれれば、誰でもいいんですけど、でも今なかなかみんな忙しいから、そう余裕のある人ってなかなかいないんですよね。だから、「マヘルって誰でもいい」とは言っているけど、ちょっとは余裕のある人じゃないとできないんでしょうかねえ・・。でも、その場に居る人用のっていうのを何か、するっていうのも一つの…。今日やる行雲流水っていうのも、誰でも一時間
ぐらい練習すれば演奏できるような楽譜を使ってやっている・」
- 植野さんにちょっとお話伺ったんですけれど、マヘルって本当にキチンとやろうと思ったら、スコアの解談から練習から、どうやっても時間がものすごくかかるっていう。それが(ライヴ当日までに)完成する場合もしない場合もある、みたいな。仮に完成しない場合も、工商さんはそれを受け入れる、という形で?
[うん、始めた曲はステージでも大体やりますけどね。でも、原曲」っていうのも、よく。きっと独特の用語ですよね、バンドの中で。技術的な問題とかもあって。だから、誰かがスタジすを用意してくれたら、全部自分で
- ご自身では、そのいわゆる。素完成”な部分と現像上の完感動との間にあるギャップについて、どうお感じになりますか。
「そのギャップがあればある程、っていうととい言とけど、あると(かえって)いいんですよ。その中な表
客も演奏者もイメージできればそれていいわけですよ
だからよく言うじゃないですか、「レドンラソフーミレド」って、「レド・ド」って吹けば、(間の)「ラテラプアミレ」って省略しても、臨いている人はわかるしゃないですか。そういう意味で、不完全な演奏をしても完成形が伝わるような形で演奏すればいいんですよ。例えは僕はピアノでは大体思ったところを押さえられるんですけど、ギターだとできないんですよ。だからビアノを弾いているつもりでギターを弾いているから、聴く人には『ちゃんと弾いたらこうなるんだろうな」っていうイメージが伝わるみたいなんですよ。それがちゃんと弾くよりもかえって・」
- 聴き手のイメージを膨らませる?
「う~ん。ただの言い逃れかもしれないけど(笑)。本当はただヘタなんですけど」
- 完成形が、カチっとした感じじゃなくって、もっと雰囲気として大きく伝われば、って面もあって。僕はマへルってそんな感じだと思ってました。
「ああ、そういうふうにいい面で捉えるといいですよね。
っていうか、そうならざるをえなかったんですよねえ。
でも、今までちゃんと自分だけで本当に理想的な環境でやった事ってないんで、なんとも言えないんですけど」ここでまた、大音響が…
「関さん、努力してくれてね、「キューベース」ってソフトをくれて、このアップルも借り物で。まぁ、ギターでいっぱいエフェクトあるのと要するにいっしょなんですけど。それを早く、バババってできるって、それだけです」
- では次の質問に。今回のツアー、音響面での試みについて。携帯電話を使われてましたか?
「ああ、これですよねぇ(と言って、ケータイ型の焼き物を取り出す)。最初にちょっと、「アンノウン・ハッピネス」を着メロでやって。でも、あんなの別に工夫に入んないですよねぇ。ああ、音響面での云々・・、だから、関さんが入る前から自分だけのサンプラーのエフェクター使って、客席にマイクたらしてやってたんですよ。ツアーって、京都・大阪・名古屋・岐阜ってやったんですけど、そん時もその演奏と同時にマイクつるして客席の音を拾って、”ワワワーン”ってさして演奏するっていうの、やりました。そん時は曲よりも即興中心で。植野君たち、プカブカブライアンズの若手のみんなが…仕事を休んで来られるみんなが来てくれて。すごく心強い人々が何人か来たんです、東京から。そんな強く「練習」とか可友想じゃないですか、たから即興っぽい要素を入れてやりました、はい。京都は反響よくって…。シェシズの向井さん(駐21)や金子(註22)、それぞれ良かったですけどね、いっしょにやったりとかも」
- それも楽曲ですか?”ライク・ア・ハリケーン」(註23)みたいな、カウァー?
「楽曲をやったり、印興をやったり、・ライク・ア・ハリケーン」は一度限りでしたね。う~ん、シェシズの曲とかやりました。・・なんか、「ムシスが走る」って言菜があるじゃないですか、で、最近(身内で)流行ってるのが「シェンズが走る」って(笑)」
向井さん、
最近間を置って「向井村の採なんと
にほくしてとですよ。新設レコードのインストアの
0その、成味さんが「CDの発売の日だから混ぜる」
とがだいだして、しかたなく前日くらいに気に共演が決まって、レょうがなく。そも、どうせやるなら考えて、
とてもなんか、あのたはずしっと喋り絞けて”説教モード」でしたね。リハの時からその日演る曲をちゃんと満っちゃうと、その日はもうその曲は死んでしまうから、ちゃんとやらない方がいいんだっていうのと、その(会場の)部国と音の関係を考える方が大事で、そのコードがどうこうとか、あまり覚えてないんですけど、いろいろ説教したりしてね、面白かったですけど」
- ほも面白かったです。でも、お客の反応は必ずしもエ
藤さんの思われるような感じではなかったのかもしれないですけど…。
「あの時はねー、ワインを僕が自腹で買って飲ませて、それで「ワァー」っとさせようと思ったんですけど、みんな大人しくって、こうやって(膝かかえて)。でもここでも金曜日に同じような感じでやったんですけど、その時あの薔薇にも来ていた子らがいたから、ラーメンおごって買収して、笛とか持たせて(笑)。でもね、その時はみんな楽器を持ってね、ミキサーで「ボオー」ってやって、ヴァイオリンとかも“ワー」ってやって、すごい良かったです。盛り上がりました、ワーっと。成功でしたね。
僕はあまり何もしなくて、(部屋に)出たり入ったりして」
20年ギターを弾いているのに昨日買ったばかりのようだ
- では次の質問です。ここでの定期(不定期?)焼き物グループ展”夜(よるいね)meltdown』について。
「前回は僕の個展だったんですけど、四国で釜でやってて2年くらいになるんですよ、それで周りにそういう人が集まってきて、なんか”者にてファン」だったりしてね、そういう人が。それで、やるんだったら一緒に、って。みんな初めてなもんで「東京で自分の作品並べる!」とかいって。僕のは、前回はなんかいっぱい色んなの並べすぎて”陶芸教室”みたいでカッコ悪かったから、今回は3つに絞ったんですよ、うん。スッキリしてるじゃないですか、こう」
- では、今回は展示者の参加人数も増えて、発展していると見てよいのですね・・・。前回(去年)も演英はあったのですか?
「うん、前回もね、一日あったんですよ。クトウズっていうバンドで。キュードウスかな?それはたから、ウチの家族が演奏するっていう。“工藤家って意味です。障子の向こうで、あれを部屋に見立てて”“夜福」っていうのはね、「夜の稲」っていうCDが出たんですよ、マジキックから」
- あ、僕がこれにレヴューさせていただきましたよといって、前号のCSを指す)。
「あ、レヴューとかあんまりされないから…。でもライナーで”20年ギターを承いているのに昨日買ったばかりのようだ”ってな、姿めてありました」
- それは異め言葉ですよね、ホントに。わかりやすいじ
ゃないですが。
「わかりやすいですよね。
ですか。
「わかりやすいですよね。でも、その文章は日本盤には入ってないんです。日本盤はライナーなし。それとは別に、Other Music(は24)のホームページにもなんかあった…・。それでね、(マヘルは)10月に本当はグラスゴ
1のウィークエンド・フェステバルに呼ばれてたんです。
スターリンって街で年に1、2回あるらしい、FLweekend」っていうのかな?でも、そのフェスティバル会場を今回用に改装していた際に、急に人骨が出てきちゃったんですよ。そしたらそこが発掘のアレになっちゃって、工事凍結っていって、残念ながら来春に持ち越しになっちゃったんですよ。で、マヘルのメンバーってみんなちゃんとした仕事する人達なのに、仕事を辞めたりとかバイトみたいのをする感じでずっと耐えてたんだけど、それが中止になっちゃってガクッとなって。グラスゴーとかに、みんな行きたかったのに。で僕が考えたのは、調度リキッドにも呼ばれたからまた焼き物展とかやって、一週間企画で選んだ人達を呼んでやれば、気持ちがそっちに向いて落ち込みが治るかなぁ、という気持ちでやったんですよ。で、その川手君(25)という人が企画したんですよ」
- あ、でも川手さん、リキッドでの演奏にはあまり参加されてなかったですよね?会場にはいらしたようでし
奈
「いました。なんか3曲ぐらい演奏して、あと客席で客の音を拾うっていう役をしてもらったんですよ。でも後半マイクを切られたみたいで、ガッカリしてましたねぇ。
PAの人って、ホントなんかそういうの嫌うんですよね。
今回のはねぇ、行要流水とかシネルバとかトリコーっていうバンドとか、面白かったですよ。これも上手くいったら川手君がCD-Aかなんかにまとめて、50部ぐらいは売ろうっていう話をしてましたけどね」
- 次に、リキッドルームで共演された大友さん(H26)との再会について。
「昔、風間君(27)っていう人がいたんですけど、それらとやってた頃に一緒にやったらしいんですけど・むこうがそう言ってましたけど、うん。面白かったのはホラ、「BAR青山」ってあるじゃないですか。あれって昔の「スペース青山」っていって、「発狂の夜」で僕とかレッド(H28)とか金子とかが毎晩やってたとこなんですよ。
同じ場所なんですって。で、僕らがやってたよりも前が「地球の子供たち」っていう有名な店があったんですよ。
だから三代に渡ってヒッピー、パンク(笑)それを知って、「BAR青山」なんてちょっとオシャレっぽい感じするのに、「あそこかぁ!」って言って。で、そういうんでなんか、また会えてしかったんですけど・」
- 大友さんの演奏はどうでしたか?
「わりとフツーにギター弾いてましたよねああいうのもできないとプロじゃないんでしょうね。そうですよね」
- あれは工藤さん的に見てJAZZって言っていいんですか?(駐29)
「ああ…(間)…どうなんでしょうね。メロディー重視でしたよね。アドリブってあんまりないんですよねぇ?」
- あのバンドは全てスコアどうりって聞いてます。オルガンの方が全曲スコアを苦かれていて、「なんかタイムリーでしたよね、*ベンタゴン”なんで…
客がいっぱい来てよかったですね」
そうですね。あの日僕はマヘルの演奏から入って後ろの方でていたんですが、デートコースの客っぽい人がウルサくってちょっと様でした。だから企画者の人には悪いけど、マヘルとデートコースの雰囲気はあまり混ざんなかった、っていうか。
「あー、でも、JANZって変わりましたよね。僕のJAZZ
って、「点・点」だから。ああゆうの(デートコース)って束しゃないですか。「線と線」っていうか。あれは、作曲したものに音色を被せて訴えたい、みたいにしてるんでしょうかねぇ・。即って、常に「点・点」なものか、コルトレーン(駐30)みたいに人生を末みたいに考えているものの2つしかなくって、ハッキリ分けられていて。
誤っていうのは前だったんですよ、ずっと。でもそういうのって50年代的発想で、今はそんな風にも思ってないけど。だから(デートコースの音は)「昔なら敵、ソレですね(笑)」
- でも、彼らは「取要」として最切っから演奏してないですよね?
「たから味方(笑)”なんでいいです。そもそも「だとと。を目指す、ってこと自体ドグマだから。本気的なことじゃないから、本当の本当のことじゃないから、いいんですよ。だから会は度を目指してても、単結に音楽で
すよな、離でも味方でもなくて。雲の場合、スコアを言
いた人と実際の支者の気にある指示、選がされる気だ傷ついたり嫌だったりする場合があるんですけど、そういうのってテーマになりうるんですよ。その時の指示する側とされる側の関係の中での即興部分っていうのは、結局指示された部分を離れてフワッと、”自分でやりたい”っていうインスピレーションがあった場合、(指示した側は)それを許すっていう意味で、許容するシステムっていう意味で即興と言える?うん。だから僕の場合、曲が今まで完全に出来てたんですよ、本当は。だから誰でもいい*とか、”好きにしてくれ”とか、もしかしたらポーズかもしれない、それは。だから決まっちゅうてたんだから。だから、上手くできなくっても…って、詭弁かもしれない。でもそういうのって誰にでもあって、例えばカーデューとかも凄いブルジョワじゃないですか、中流階級の。そういう矛盾ってありますよね。だから今
僕が考えているのは、ドグマとかそういうので物事を解決しようっていうのは意味がないっていうか、それ程深く解決しようって考え抜かない方がその問題はいいんじゃないかって。なんか若い人達見てると、演奏する前にお互いの関係を良いものにしておいて、そこから自然に干渉しあわないで、自分は「チュクチュク」って音を出す、こいつは「ボーボー」って音を出すとかって、それが自然に並列に並んでいるような、静かなものが多いんですよ。”自制”ってことに関して、昔の僕らの世代よりも遥かに進んでいるんですよ。抑制が効いているんですよ、特にトリコーなんていうのは・このをやった人
なんて、そういう意ぼで・・・塩・点
っていうのっ
て、60年代物だと思うんですよ。間の美学っていうか。
それってでも本質的なことじゃないから、それを、絶対のもの。みたいにして人に押しけたり、・味方。
た、所」だなんて言ってるのは、それはもう終わっち。
っているものなので、たから大友さんのこの前の満率だってねぇ、作成して、その上にいい音をつけてね、音それはそれて、何の旅絡も必要ないものなんですよ。
※実
印的なリズムとか音色はあったから」
- でも、工房さんもやはりスコアをだかれてそれを高姿
- 者に指示していてもらうというピをられているわけですが、もしその演奏者個人個人がもっと練習してエキスパートになって、スコア本来の音に近ついたとしますよね、それが完成度的にこののデートコースのような、流れるような演奏になったとしたら、逆に工応さんの製惑から連れていってしまうのではないですか?エ焼さんはああいう、曲」を書かないけれどいや、なんか、流れるようになったらいいと思うよ、ハさ」
- でもそれがさつきのイギリスの話ではないですが、湿
間と情緒の境界線を追れて、’」に使きすぎて
しまって、それがマヘルのステージでよく工喜さんが(チヨキチョキと手を動かして)曲を送中でカットしてしまう、ということに結びついているのではないですか?
「ああ、そういうふうに思ったのですね。そのメロディーそのものがなんかこう、器といっしょで、容量があると思うんですよ、だから、何回繰り返しに値するかっていうのを感に感じながら渡れば、そのフッと切るっていうふうにもなるんじゃないかな、と思います」
- それが工さんの感じ方の酒さなんですね。むしろ理
性的な
「はい。の場合「情結過多」っていう曲とそうじゃない曲がいっぱい受列にあるから、いっぱい色々なモードの曲があると思う。普通の人よりこう、ちょっと土俵が広いんだと思う。普通の人ってわりと同じようなイメージでさ、流々とって人はずっと減々としてるんだけどき、僕の場合はいろんな曲が。でもいくつかのバターンには分けられると思う。あの3枚組とか軽くと、なんかすぶようなやつ(B31)もたまにありますし」
- (写限でも話題にした)ジオグラフィックの1番で出たコンビレーションがありましたよね、あれになんで「お成3」(並32)を入れなかったのか?って、ステファンに会った時に思いたら送はその自思い出せなくって、「あれね、その前のオルグの都でのライブのレコード(注3)にも入ってるんです。その日でちょっと(アルパ
ムの一画気が受わるんですよ。ちょっと妙な心強気あれとけをと人と通いな人、受け入れる人と受
け入れない人で分かれるんです。で、日本的なんですよ
ね、ものやり方がイギリスの人は、そういうところにちょうとついて来れない。でもあの自はよしく考えまがれた2本のギターのスコアを若いて…すよ。おおいうのってね。
よい考えた目で
あまリフケながったですおま」
- ステプァンが本当に好きだって言ってたのは、自学のポップな主の玉なりでしたが。
「ああ、やっぱり歯接的なのが行きですよね。いはそ
の「おめ」のような。考うもあるんですけどね、うん」
- 「愛されたい犬のように注3)も入っていなかったですね。
あれも本当は弦楽四重奏でやりたいんですよ。ストリングスのために書いたんです。
人がいたらいいんですけどね、あのベルセバのように。
- ステファンは今度パステルズとして来日した際は酒にての柴山さんと是非ステージで競演したいと言っていましたが・ベルセバ次月来ますよ(笑)。口説いてみたらい
話の持込みようによっては実現可能かも
しれません。というか、セッション程度ならば好意的だと思いますよ
「彼らはよく殺置していて、聞違わないんですよね」
(ここで再び大友さんの話に戻る)
「ただ、感じがミュージシャンっぽい人って”おにいきん”みたいに思っていっていうか、うちらはヘタだから関係ない世界っていうのがあって。たからミュージシャンっぽい人とか見ると。先輩”みたいな、”おにいさん”みたいな感じがしちゃって、袋より若くてもなんかずーっと年上みたいに感じちゃうんですよ」
- でも工房さんはそれを目指してるわけではないですよ
上選したいですか?
「経習、出来ればするけどね。僕、早弾きとかしたいですね。気持ちいいでしょうね、アレ。マヘルではたまに植野君がそういうバートで剥くんですけどね。まあ、早きしている人を引用する』、みたいな、昔はだから、その写き”とかにも理屈を付けたりしたんだけど、今はなんとも・自分で出来ればしてもいいし、引用っぽくしてもいいし、何でもいいんですけどね・自分でもちょっとしたいと思ったんですよ(早弾き)
練習しよ
うかなって。でも、どうやって摂習したらいいのかわかんない。でもね、僕ね、「ファンフェア」(は34)って曲をやったんですよ、リキッドで。あん時ソロで、すっごいヘンな指使いして、なんか話が…。次の日の夕方から茶確も持てなくなっちゃったんですよ。で、中崎君にいろいろ、滋草とか送ってもらったり、おふうに特な何かを入れたりして、やっと治ってきたんです。その時はね、ピアノもギターも焼き物もめようかってくらいにね、すっごい動かなくなって、なんででしょうね?多分ね。
製の毛を抜くがあって、無理な姿勢でずっと髪の毛を抜いていたんですよ。それで扱っていたところに「ファンフェア」のヘンなソロで、しかもその夜二日いで、その翌日コレ(会場の焼き物)を並べたんですよそれでだと思うんですけど、やあ・でも、なんか、戻ってよかったでした」
- よかったですね。でも今回、10月にグラスゴーで予定されていたライブが流れたお店で東京まで来られて何国もライヴをしてもらえたということで、慣らこちらの着としてはとても短しかったです。こういう一連のことって、やっぱり何かきっかけがないとわざわざ東京まで出てをてっていうのは…・んですよ」
「旅費がかかるんで、何万が保障があればいつでも来る
- でもがっちゃけたは、この前のスターバインズ(は35)
なんかはすごく美容も多くて、あのぐらい入ればペイするんではないですか?
「ああ、あれは久しぶりにやったから。一度観ておこう」と思った人が来ただけで、(そういう人は)2度と来ない。
あの時、すぐ続けてロフトでもあったんですけど、確かにお客さんは渡ってましたね・…・。でも、内容的には口フトの方が良かったです。
「ああ、ロフト良かったですよねぇー
- あの時工産さん、サティの早きをしていませんでしたか?
「いや。あの時のテーマ(註36)は僕が作ったやつですよ。
サティの引用ってね、「国分寺」(#32)って曲でユーフォ
が安いているの」
人を裁くということは出来ない
- じゃあ、「飯・味方”は、もう演奏者としてはない、ってことですね。
「本当はあるんですけど、そういう日本史的なドグマでもって、理論でやっていくっていうのは、本当の本当の事ではないっていうのはよく解っているので、言い方はヘンかもしれないけど、「どうでもいいこと”ですよね」
- じゃあ”どうでもいいこと」として容認するのと、これは絶対認められない”っていうのの境目がもうない…
- 「昔はすっごいあったんですけどね。だから今は、お、昔の敵”とか、「昔の味方!”とか、そういう感じ」
- むしろそれは”どうでもいいもの”として認めていることに近いですね?
「うん、「諦めて近つく」ですね。でも、それももうないかな・・。なんか、者にてのライナー(駐37)を頼まれたんですけど、それにそういうことを書きましたね、だから、昔は全部能・味方で分かれていた。ほとんど全部
飴だった」とかって(笑)」
- だからそれをもう少し平板に言い換えるなら、今はもう自分のチョイスで”脳・味方」を分けることによって自分のスタイルやステイタスを築ける時代は終わった、ということになりますよね?
「うん、「音理的な酸・味方」っていうのは無効になっちやったから、昔の酸・味方!っていう言い方は出来るけど、今はもっとね、交可能ですよね。いわば、音色」的な、でもその音色でさえ、すぐチェンジ可能ですからね。一瞬にしていい音色に変わる人もいるし、だから、人を散くということは出来ないから。保田」ですよ、ずっと最後まで…その”酢・味方”を決めるのは自分じないんですよ、自分としては、自分の音色を出すことによってその場の音色が受わることもありますよね。よくあるじゃないですか、一人そのレコードが幸いなやつが部腹にいると、なんかかけててもみんながつまたなく感じるっていう。あれ、不急道ですよね…あれ、解用をれないんですか?」
- しないでしょうね・何が発しているんでしょうかね、それは本当に。医学的な話になってしまいますよね…では次に、パステルズが現在検査のサウンドトラックをやっていますが、ステファンの話によるとそれにはバステルスだけではなくてヘルの点も使われるかもしれないとのことですが、ほか聞いてますか?
クラスゴーに行った時に、ピアノを同意してきたんで
すよ、ステファン※作曲して、最年なメロディーででもステファンらのビアノって
チューニングが」
一言ずれてるんですよ。
いいですね。
それは納得いく感じにはなったんですか?
いや、よかったんですがステファンは録音状態が悪いと
いってましたがね
その映画タイトルカッコいい題なんですよ
Last great wilderness
それってスコットランドの荒野のことらしいんですけ
なんかいいタイトルなんですよね」
- ジョイ・ティヴィジョンの曲も「Wilderness」
ってありましたね。
「それってなんか・…・、ます、widomessって、この世
って意味になるワケねそのWidernessをさまようっていうのがあるんですよ、その、プロミスランドみたいなところに行くまでにさまようんですよ、そういう部分はなくなってきているんだけど、最後にそういう部分が..。わかんないよ、でもこれも“浮読み”たから、日本的な。でも、名前がそういう感じ。いいよね、なんか。
でもね、実際はただのラブ・ストーリーみたいよ、フツーの(笑)”ロード・ムービーつぽいって言ってた、なんか。で、”主人公がそのスコットランドの原野/荒野だ”みたいに僕はとったけれど、昔の流行歌手みたいな人となんか三角関係みたいになったりするらしくって、で、ステファンがワザと”流行歌手になったつもりの曲」っていうのを書いて、自分がポップスターになった
つもりで歌ってるんですよ。それが得て、ずっと聴かせてくるんです。それっぽいんですよ(笑)」
- 工原さんもそういうのやればいいじゃないですか。・これはルー・リードになった気持ちで”とか(笑)。でも、こないだ蓄でもやっていたあの曲はよかったです
ちょっと情落っぽい…
「あ、あれ。
あれは「Perican of wideress」ってい
う曲で。ベリカンって、ああいう寂しいところにポツっ
ている鳥なんですって。情緒?
うん、でも途中でみん
なでユニソンでやるところとかもあるので…」
- 感じ方には深読みや誤解も付き物なので・。マヘルって特にそういったものを誘発してしまうような存在かもしれないですね、外人はもっとニュートラルに捉えるがもしれないですけど。日本人だと、南條さんのように工さんのことをータ的な面で語りたがる人もいますけど、新しいファンってむしろ情的な面に蒸かれていたり、音容的な面に惹かれていたりで、みんな面白い反応を示していると思うんですよ、でもその先で、その人達が今度自分達でバンドとかアートとかをやるようになって、工さんの影器とかを語ると工藤さんの本質とはズレちゃうんですよ。それって深読みとかの範囲かもしれないけれど、そういうところに拡がりがあって面白いんじゃないか、
と
「(側に置いてあった「クッキーシーン」を手に取り)だいたい、「シーン」って深読みなんですかね、じゃあ」
- そうですね…
僕ら50人ぐらいこれ(クッキーシー
ン)に寄頼していますが、普段付き合いのある人って限られてますしね。・シーン”と呼ぶにはちょっと・(#
38)
「呼べないですよ。だってイギリス人だって、アカデミックな鈴文のようにして日本のアンダーグラウンドに関して決済をつけようとしているっていうのも、デザィッド・キーナンさんっていう日本オタクの評家がただ書
いたってだけで、歴史っていうのはそういう文章がちょっと書ける人が決めちゃうんですよね」
- “デヴィッド・キーナンが「The Wire」誌にこんなことを言いた」っていうのをまた、※イギリスでこんな反応があった。
って言って「G-modern」で持ち上
げたりするとまた…。まあ面白いんですけどね、あんまりキタナイものが混じらなければ。
「そうなんですよ、アレが「シーン”なんですよ。狭い世界だから、それで自尊心を満足させてやってるんでしょうね。でも、いつもそういうことは明記してないと思い上がりますよね・ただ、そのスマートな・シーン」っていうのもあったことはあったんですよね、(過去に)=ューヨークとかでは。それを真似たいんでしょうねぇ。
でも、どのぐらいの規模から「シーン」って呼ぶのか、定員でもあればねぇ。”コレはシーンではない、下一とか言って。で、僕ら真っ先に切られるんですよ(笑)。
だから、「シーン」とかではなくって(向こうに)日本オタクの評論家が何人かいるだけだって。世界はネットで結ばれているから、そういう小さい”シーン”の集合体になっているっていうことですね。それは90年代にあって、それでノイズとかが流行ったんですよね、活動的に」
これからは音色を操る
4・5人とフォークシンガー
- ネットといえば、工藤さんのホームベージ(H39)ありますよね、あそこに貼ってあるリンク先って金部工該さんのシュミなんですが?Megoとか、なんか先鋭でありながらマイナーな電子音楽系の人達が…。
「はい。あれもわざとジャンルを絞って出しているだけですからね。だから、そういったソフトの研究をずっとやってたから。そういうところにモロには行かないけど、そういうのを聴いて、あとフォークみたいな…。たから今後が考えているのは、ああいう技術、リアルタイムの即果で音色みたいのを使えるようになっている人が4、
5人いて、その中にコアになるような人がひとり、例えは胡弓の向井さんだとか、フォークシンガーみたいな人がいるっていう、そういうバンドに変わっていくんじゃないかなあ。昔はほら、ターンテーブルとかDJが付いていたじゃないですか。これからは「音色を操る4、5人とフォークシンガー”
・…なんか預言っぽいか・だ
からもう、コードとかで伴奏する必要はないんですよ。
メロディーにそのコードが付しているでしょ。人間の一生の中でトラッドのようなメロディーは既に頭に刷り込まれていますから。だから必要ないんですよ、バンド。
リズムを付ける必要もないし。だって、歌えばリズムになるじゃないですか。だから、いらないものばっかりじやないですか。それよりも、音色と音色の即興の中で伝えられれば、本当の「歌もの」ですよね、それがね」
- ちょっと今その話で連想したのはジム・オルークなんですけど、
「うん、彼がデトロイトとかシカゴとか行ったのは、まずメイヨ・トンプソンが行ったからでしょ。だから彼が一番偉いんじゃないかな。だから、彼の子供ですよ、全部みんな、シカゴとか」
- 工度さんもいいんですが、その「子供」で(笑)。
「いや、使いと思いますよ」
- 僕、それが繋がるとすっごく嬉しい
悪いいさんにそう言っていただけると。
「うん、やっぱ優近(レッドークエのCD買ったんですけど、一ゆかにっと上げていくとか、あれとかないよ
の古CD屋で安かった」
- ドラッグシティーのサブレーベルで・・関白ンジの「Carky’s Debt to His Father」をライシュージあ
Dexters Cigerっていうレーベルとからあって、をのへんでまた繋がりがありますよね、若い世代と60年代
の・
「ドラッグシティーでアレ良かったですよ、スモッグとか。一枚目、イスのの前のやつ」
- スモッグ、評価高いですよね。
「高いですね。あの路線で僕の言った「音色のやつ」が越さればすごくいいですよね、今。ただ、今のスモッグは自分の声に酔っちゃってつまんないよね。なんか、この前ドミノのオフィスに行った時僕がスモックが好きだ」って言ったら6枚程くれましたよ、ゴソゴソっとこ」
- スモッグですか…。ブラッシュってご存知ですか?
「それは勝いたことないなあ。でも例えば、高円寺のライヴハウス「UFOクラブ」とかのシーンって現場のアレだから、ロックンロールー”って言っちゃうと終わりだから。ニューヨークと似てるんですけど、やっぱりそういうのって、「現場のロックンロールの力」に押され続けるんですけど、僕の予想としては音の人とかが…ほら、ソニック・ユースの「グッパイ20thセンチュリ
I」ってあるじゃないですか、ああいうスコアって手に入るわけでしょう、音大とかに行けば。そういう奴がバンドのメンバーに入って、普通のライブハウスでそういったことをしていくようになるはずなんですよ。そうしてだんだん変わっていくんですよ。変わったらいいとか悪いとかじゃないんですが、あれが今一番カッコイイですもん、だって」
- じゃあ、進化彩路としてそういったミュータント的なものが必要とされる、ということでしょうか?
「いや、でもねぇ、そういうふうに断言するのはもうヤメてるから。とにかく何かこう、ブチ上げてどうこうっていうのは日本的で、それは間違いなんですよ。何を言ってもそれはドグマで、本当に大事なことではなくって、ただ面白くって言ってるだけですけどね・・。だから自分はそういうのを横に見ながら、淡々とやるっていうことですよ。
だって結局、いろいろな来をちょっとづつ入れてやるっていうのに収まるじゃないですか。みんなそうですよ」(2001年10月7日、武蔵小金井ARTLAND)
TARTLAND」
小金井市本町1
TEL/FAX
1616
小金井マンションBF
0421383ー6155
は!・•「シオグラフィックからの編集を」
イギリス 「From a gummer to another summer (an egypt toanother eoyp)」(ジオグラフィック/goograptio1)のこと。27曲入のCDと31日入のアナログLP2枚組の2フォーマットある。200
0年5月発表の、今までのベスト経路編集。
註2…「コーネリアス・カーデュー」
「発田実音の父」と称される現代音業家、80年代にAMMやスクラ
ッ
11.3
tori kudo-kinutapan-yumbo
@火星の庭 “igloo meeting vol.3”
12.14
@重信町 “はらっぱのおまつり”