2003
1.25
渋谷 青い部屋
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
琴を使った演奏
歌を回していく方法
ブラームスのワルツの編曲
3.22
博多 ペンタグラム
3.23
福岡
「contre-attaque vol.3」
ピアノ・ソロ
4.18
松山ココクルン
「copper」
maher shalal hash baz profile for ”copper”
6.15
下北沢 ERA
tenniscoats
6.16
無力無善寺
bright lights/グロキシニア
7.3-11
アートランド
exhibition「kudo tori’s thrown」
.
.3 工藤冬里/グロキシニア
.9 tokyo school/伊牟田×工藤×植野/bright lights
.11 工藤波夫/工藤礼子
7.12
法政学館
「Running On Empty」
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
7.12
渋谷 DeSeO
puka puka brians
8.17
小倉 ギャラリーsoap
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
8.3
松山 ギャラリー・リブアート
「私の大好きなカレータイム」
spice boys
9.11
spaceland,L.A.
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
レッド・クレイオラと対バンだった。リック・ポッツの家に泊まって随分練習して臨んだ
CD
2003/9/11 Spaceland, L.A.~Maher goes to the city of the palm(2010 dds)
2003/9/11 Spaceland, L.A.~Maher goes to the city of the palm
9.12
the cube,santa cruz
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.13
the ramp,barkeley
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.15
blackbird,portland
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.16red house,olympia
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.17center of contemporary art,seattle
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.18million,portland
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.19hemlock,san francisco
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
9.24高円寺 ペンギンハウス
金子寿徳×工藤冬里×トーマス・ミューラー
10.25
法政学館
「マジキック祭り~majikick outfits」
10.26
新宿 裏窓【”裏窓十人劇場”】
工藤冬里
無力無善寺
「日本ロックフェスティバル」
工藤冬里 (band)
10.30
glasgow art school, glasgow
11.1
cube cinema,bristol
11.3
brudenell social,leeds
11.4
arts cafe, london
11.8
monorail,glasgow
工藤冬里+工藤礼子
11.15
松山市総合コミュニティセンターキャメリアホール
「art ring vol.6」
矢野正人×オーガフミヒロ×工藤冬里
11.21
super deluxe
tenniscoats
11.22
渋谷 アップリンク・ファクトリー
「instreams 8」
工藤冬里 (band)
11.23
アートランド
「11月の夜」
工藤冬里 (band)/yumbo
11.24
裏窓
12.24
裏窓
12.26
法政学館
「perspective emotion #6」
工藤冬里
12.27
super deluxe
「本日のブルース」
マヘル・シャラル・ハシュ・バズ
CD
「book of life」「various artists/songs for nao」 (cd:chapter music:CH46)
本日のスープ
墓川雪夫
二月の空
2001年夏に屋久島の山尾三省が死に、それから一年ほど、ラリーズのドロンコは、60年代に三省が作詞した「二月の空(原題は切り株の歌)」を唄いつづけた。国分寺では歌はそうやって歌い継がれているのだ。黒人のフューネラル・マーチは3拍目が僅かに遅延するが、ドロンコのベースはたまに2拍目をわざと遅らせたりすることで、農耕民族的な西東京のブルース・トラディション足り得ているように思える。blues du jourという着想は、彼のベースラインを基に、24の茶封筒に区分けされた平均律ブルース曲集とでもいうようなフレーズのストックを作っていこうとしたことから始まっている
no neck blues band
。その頃、白石民夫はニューヨークで、no neck blues bandに関わっていて、その名を冠したライブを下北沢で行ったりしている。一葉の写真から、彼らが、即興やノイスやパフォーマンスによって、つまりいま向井千恵がさかんに人を召集してやっているようなことによって、シド・バレット以来の白人のブルースを可能にしたいんだとでもいうような志を窺い知る事が出来た。bluesはこの場合、ジャンルを横断する際の手形のような役割を果たしている
soup du jour
。ニューヨークのスパニッシュ・ハーレムに住んでいたことがある。行く店はいつも決まっていて、「カフェ・ネグロか(レテではなくて)コン・レーチェといって頼む。メニューにsoup du jourというのがあった。「本日のスープ」といっても代わり映えしないが、トマトとか豆とか、そういうのを順繰りに出している。四川のホット・サワー・スープもある。女給の休息はいつも苦い水飴のようだった。ある日彼女は店の外に出て、外は雨だということを知った、少し歩くと霙混じりの雨だと知れた、と言った。そんな時刻にどこからか音楽が聞こえてくる。ゴダールなら彼女にquelle musique? と言わせるだろう。ブルースは夕方の肉体労働者にしか訪れない。衰弱体に訪れるブルースはガソリンスタンドの領収書の類の裏に急いで記譜され、身体は、音叉や時報のラ音ではなく、アフリカの人々のようにその日のその時刻のその人の腹の絶対音に従って調弦され、偶さかの恩寵のようにして訪れるメロディーを歯のハーモニカが反復する。各調弦体が合わさり音の波は干渉し合ってアイラーやトルコのユニゾンのようなアンデュレーションが生じる
le weekend
。2002年4月、Maher.は、スターリン市が主催するle weekend音楽祭に、PSFから逆輸入された無邪気な思い入れと共に招待された。グラスゴーとエディンブラの中間にあるこのマヘルと最も縁遠そうな小さな田舎町は、ひとりの熱心なキュレーターのお蔭で、商店街に歓迎の旗を吊るすほどの盛り上がりを見せていた。フェスティバルの目玉となる、中世の牢獄を若干改造した芸術ホールtolbothの柿落としは、「ニホンのアンダーグラウンド」によって建造以来かつてないほどの時空の捩れを経験することになる、筈だった。ところが、その古刹然としたホールに足を踏み入れた演奏家たちは、不可思議な健康上の理由のために次々とダウンしていくのだった。マヘルだけが辛うじて元気で、失笑を買いながらもblues du jourと名付けられたフォーマット上で一群の調べを奏でた。任意に茶封筒から取り出された4小節のフレーズは、例えばそれが2003年4月16日に8分の7拍子、Emのかたちで訪れたものなら、画用紙にBDJ7/8Em16/4/03と寄席の演目のように大書されて観客に示される。4小節のフレーズは3回繰り返されることによって12小節のブルースの循環型となる。クランプス風のベースラインは二拍目を遅らせる「二月の空」そのままだが、コードはEmとAmのふたつのみで、8小節目のBmに移行する約束は除外され、その部分は空白のままユニゾンのメロディーだけを過ぎ行かせる。誘惑に負けてBmを演奏してしまったら、世界にくっつき過ぎた、という理由で、負け、ということになっていて、演奏をリタイアしなければならない。各演奏者は二巡目で、自分なりの即興的な応答をしなければならない。ひとつのテーマに対してsayaが縄跳びで応じているシーンをmajikick clip sap(DVD)で見ることが出来る。演奏の最後にはどんな時にも必ずキーボードで賑々しく増7度が鳴らされる。この場合はEm+7である。こうした約束は即興部分を際立たせるフレームのような役割を果たすことを期待されている。演奏の一部は「Make us two crayons on the floor (YikYak 001)」というCDでも聴く事が出来る
quick in quick out toned echo
。今世紀に入ってからの、サンプリングはタイムマシンだから禁止、リアルタイムの、フレーズではなく色を伴った音の塊どうしの即興を目指そう、といった鄙びた約束は、ある面茶道にも似て、ベイリー好みから織部、遠州へと80年代初期のように流されていく。このときのマヘルのステージやワークショップ(clip sap2)においても、2台のコンピューターが会場の音を拾って変調して流すといういかにも過渡的な光景が見られたが、このアルバムではその手法は控えめにquick in/out toned echo と言いなおされている
east kilbride arts centre
。ワーゲンバスでヨーロッパをツアーしたというタージマハル旅行団に憬れて、一行はワゴン車でイングランドを回り、姉妹バンドのようなmovietoneの居るブリストルに滞在した後、ウェールズからフェリーでアイルランドに渡り、(ダブリンにおける「a dream」の演奏も、majikick clip sap に収められている)、北アイルランドから再びフェリーでグラスゴーに戻って、ここに収録された41曲を録音した。その中にはいくつかのblues du jourが残滓のように収められている。パールフィツシャーの活動の傍ら、イースト・キルブライド・アーツ・センターで録音技師の仕事をしているデイヴィッド・スコットは、その作業を振り返ってこう述べている
David Scott
。「私が「金の入り江」のトラックをミックスしていた時のToriの指示はこうでした、“キューバの大きなダンスホールのステージでサルサ・バンドが演奏しているその後ろの楽屋で日本から来た民謡歌手がウォーミングアップしているのを想像すること”
ふたつのユーフォニウムのために彼は、山脈、遠くの人物像、嵐の空および光の軸の絵を描き、それらをミックスするんだと言いました。Toriは視覚的な比喩を他の音楽家が音符を使うのと同じくらい自然に使います。実際、2週間くらいの録音は楽譜を読みとりなおかつ印象派のように演奏する7人の素晴らしいミュージシャンによって特徴づけられました
。自分の役割は、常に変化し続けるラインナップのあとを追いかけて走りまわることでした。皆がドラマー、ビアニスト、ギタリストそしてホルン奏者でもあるようでした。やがて、私たちは、pixiephone、ディストーションのかかったportasound、そして鴨笛も使うようになりました。曲ごとに、異なるマイクロフォンのセットアップが必要でした。ほっとできたのはさやがドラムのときだけでした——彼女は自分の音をどんな風に録音してほしいか知っていました。曲の録音が始まってしばらくして誰かがやっぱりギターを演奏するとかいうことも再々でした。スティーヴンと私は、彼らの不意打ちに驚かないようにするというゲームを始めました。録音の最後の日、Toriはたくさんのビアノの小曲をオーディションにかけ、その間ほかのみんなは部屋の反対側に座って親指をあげる或いは下げるかしていました。その光景は騎士のようで、悦ばしく、美しかった
。技術的な面においては、7人かそれ以上のミュージシャンをあんな小さなスペースに詰め込んだのがとてもよかった。普通思うのとは反対に、こうすることで音の規模と暖かさを増すことができます
。苦情を一つ。Maherは、ここにいる間にカフェのclear calypsoというソフトドリンクの雷要を馬鹿馬鹿しいまでに著しく増加させました。それを除けば彼らはたしかにEast Kilbride Arts Centreに少しの星を撒いていったのです」
project ability
。カトリーナの妹のアリソンは中崎に比肩し得るトランペットの名手で、その音は「post office」でも聴ける。彼女はコンサート会場の物販のために布製のジオグラフィックのロゴの入ったバッグをふたつ作ったことがあり、ひとつは川手直人が所持している。彼女はスコティッシュ・カウンシルが運営する学習障害を持つ人々のアートを紹介するProject Abilityという組織に勤めている。2002年の春のPAの展覧会に出品されたジム・ヒルズのクレーンの絵はスティーブンが購入し、blues du jourのジャケットに使われることになった
。「プロジェクトアビリティーは学習障害を持った人々のためのアトリエおよびギャラリーです。ほとんどの人は作品を作りに週に一、二度来ます。私は他のアーティスト達と共に、彼らが個々の芸術的な考えを実現し、そして技能を活かせるよう手助けしてます。たくさんの異なる作業がそこでなされています。版画製作、製紙、彫刻、セラミックス、絵画など。そこは働くには実に楽しい場所です、関わっている人は皆、彼らが生みだすものに興奮して、彼らの作品を展示したり、家へ持って帰ったりしています。誰かが彼らの芸術を音楽CDのカヴァーとして採用したのはこれが初めてのことだと思いますが、アーティストのジムは、私達がそれについて興奮しているのと同じくらいに興奮しています。昨年くらいから、彼は私たちのほとんどが生活の基盤にし、彼が生活しているグラスゴーの光景を描いたとても大きな絵画を作ることに専念していました。さらに彼はバンドもやっています。私は、それらがどんな種類の音楽だかよくしらないけど、ジムはギターを演奏し、自分たちがロックしている姿を基にした絵のシリーズを描きました」Alison Mitchell
monorail record, lament, ete
。スティーブンの原稿が遅れて間に合いませんでした
open field
。 2003年2月、ほぼ現在のthe pastelsのラインナップでシングル・ヴァージョンのopen fieldが録音された。彼らは櫻の園から抜け出して何やら打ち合わせをするデカブリストのようにイーストキルブライド公民館に集合した。カメラのシャッター音と共に、窓枠のようなビル・ウェルズのピアノを強調したコンセプチュアル・ミックスも作られた
。ロシア語が出来るライザは、TV局でそれ関連の仕事をしている。お父さんはなんだか偉いさんである。グラフィックの仕事をしているリズはカトリーナのルームメイトで、maher on waterやモノレールレコードのインテリアデザインも手掛けた。プロジェクト・アビリティーで学習障害を持つ人々に絵を教えているので、彼女そっくりの線描を描く人が沢山いる。open fieldではベースを弾いたが、素人のくせにルートを弾かないグラスゴーの裾野の広さを見せ付けた。ひとつのミストーンをミックスの時に消されたが、コメントの中でそのことをまだ根に持っていることをアピールしている
。機知に富んだフルート奏者のトムは、フランスでいきなりフランス語を喋って皆を驚かせた、とスティープンは言う
。「グラスゴーから楽器を持って暗闇の中イースト・キルブライド行きの電車に乗った。心の中でサウンドは次第に大きくなっていった。私の木製のフルートは大きな音では鳴らないが、それはそれで私を連れていってくれた。そして、その音が部屋の片隅で鳴っていると思った、だがそれはフルートではなくて、Reikoが歌っていたのだった」Liza Dimbleby
初心者の物語
。「最初の(かつ最後の)練習のとき、Toriはその歌のためのスコアを渡してくれました。私は熱心に練習しました。翌日のレコーディング・セッションで彼は私にもうひとつの、違うスコアを渡しました。演奏するうちに、徐々に彼が描いた譜面上の点々に近づいていきました。しばらく後まで私はそう考えていました。誰もいままでそのことに触れていません」Liz Dew
。「僕らは“広い野原”を走りまわった……そう、野原を一時間ーーなかなかよかったーー56小節目あたりの重大な逸脱にバンドのみんなが気付くまでは。“みんながこの歌を理解してるかどうか確かめたいと思って”とToriが言う」Tom Crossley
。はじめてきつまいもを収穫する。乗っぱはよく広がったけど何が埋まっているかわからない。かたまって2、3本dづつ。そこここに
。はじめてビーナッツを収穫する。山吹色の美しい花に驚いたが みどりいろの葉の束をもって引きぬくと プラスチック製みたいな白いからが根っこについている
。ある朝 外にでると キンモクセイ が香る
。その日
。見える実(柿、いちじく)とみえない実(さつまいも、ピーナッツ、etc)
。おもちゃのような畑で
。このうたはみえない実のよう
。何があっても土の中で育ってゆく
。みえない実の栄光は
さつまいもにではなく植えた人に帰ってゆくように
。やきいも。など
。2003年秋 工藤礼子