◎2013.7
仮歌と思わず辞世のアニソン
奉還町果てまで来れば逆戻り
ホームドクターの制度に入って居なかった頃、フィンチェリーの漢方薬局で銀翹散を買い、銀粉蝶という女優を思い出した。 拗れてしまった後の不可避で最終的な「ねめっとした」苦さとして銀翹散と銀粉蝶はぐるぐる廻る その華やかさは、保険制度の外で生きていく覚悟の、鮮やかな苦さのことだったのだろう
産院は夜も明かりを灯し
六本目の指を切り落としている
本当のことを言おうか
つまりは死体が死体のまま言葉に引きずられて渋谷から海に運ばれるまでの時間のことなんだろ?
総ゆるデッサンが無効になる生きた時間こそが死なのだ
人間は砂の詰まった頭陀袋にすぎない
こんばんわ。砂袋です。
遠く夜汽車が行く
不安だらけの蜜柑の皮を剥き電球を顕にしたらそれが目玉になった18号棟405号室の 内部を外から見ている自閉症の座っていた 遊具
夜汽車とカエルの大合唱の遠近法的な田んぼのスコアが存立平面
天井から真結びにされてから下に垂れ煌々と演技してみせている
ダイオードの青のフェイクとしての団欒
光はだらんと 身体はどてっと 床に墜つ
ロゼを砂袋に 涙は裂けた皮袋に
帝王切開という誤訳の上に成り立っている 生
一輪挿しの上で萎れたバレリーナ
争点をなくすことによって時を進めていくという麻痺は態度としての否定弁証法の逆ではないか
棄権する代わりに引き受けるものがあるとすれば、見張る者としてのその杯を飲まなければならないだろう。
あまりにも惨めな、全方位への活性化の中で、ジミヘンの滑らかさで引き裂かれよ。
国はすべての選挙権を剥奪せよ。そうすれば絶望の自治が目覚めるだろう。
7.13
forestlimit
mshb
+reiko,3c123,tsukasa takahashi
7.14
forestlimit
+reiko
7.15
裏窓
+reiko
裏窓は直前に駐車場で拾ったマッサージ機を使わなくてはならず不評でしたが捨てる何とかに拾う何とかありで励まされました。
音楽に於ては何であれ思い付いたら躊躇わずに突き進まなくてはなりません。現実を生きるには不適格ですが、それが音楽の政治性であり無制限の自由です。AMMもそういうものだと思ってきたし
予定された叙情などくそくらえだ。ざまあみろ
わたしが目に沁みる
止まり木暮らしを録音
ラジオ点けたらJJケールがやってて の 「が」の用法を諦めているような朝
用例を許容し再稼働を容認しと書いたら 橋上で「日本一」の幟を立ててリヤカーを 牽いてく遍路野郎と擦れ違う
守るのは「が」の発音だけ 助詞を容認するのは日本はもう終わりだから
Choose one book
Touch the book
Feel the pitch of the book
Hook your voice to the pitch, then stretch the wave as a long tone
本を一冊選びなさい
その本に触りなさい
その本の音程を感じなさい
その音程に自分の声を引っ掛け、しゃくってしゃくってしゃくって長く伸ばしなさい
体を楽にして、一番楽に発声した時の音の高さを各自の身体のルート音と呼ぶことにします。カラオケで音程を上げ下げするように、各自のルート音は体調や気分によって刻々と変化し一定ではありません。あるメロディーを唄う時、各自が自分のルート音に忠実であるならば、そのポリフォニーは、オーネット・コールマンがハーモロディクスと呼ぼうとした平行移動する線の集合体となります。(だからギターはチューニングすべきではありません)
樹木に触れると、その木の音程を感じることが出来るかもしれません。自分のルート音が調整されるからです。だから山尾三省のように自分の木を選ぶことは大事なことです。
それを敷衍して、灰野敬二とデュオをした時、彼に触ってずっと「アー」と言っていたことがあります。
今回触るのは本です。参加者のポリフォニーによって、興文堂の全体が音楽に変換されます。
music for bookshop
If your body had its “felt sense”, the comfortable pitch of your voice could be called your “root sound”. Your “root sound” is changed every moment by your condition, feelings, etc. It is like the pitch adjusted on karaoke machine.
If each singer keeps his/her “root” when singing with other singers, its polyphony must be an aggregate of lines which carry out their parallel translation. Therefore the guitar should not be tuned.
You would feel a pitch when touching a tree. It is because your “root ” is adjusted. So it may be important to choose your own tree in your life. Sansei Yamao once said so.
i elaborated such thought when I had a chance to have a duo with keiji haino. I was uttering Ahhh while touching him..
This time, it is books you are expected to touch.
the whole bookstore would be changed into music by participants’ polyphony.
下卑た理想がトマトのようで スマートな現実はキュウリのようだ トマトとキュウリでサラダになって 日本の「ひとつだけ多すぎる朝」は名古屋辺りの”無理矢理モーニング”のように食べさせられている 生政治だけがダイエットしている祭では誰もがあおみどりの冷やしキュウリを食べる。串刺しにされたのは自分だと知らずに。香具師の運び入れる段ボールのキュウリのように団扇の浴衣や甚平たちはぎっしり詰まった「人」に過ぎない。「個人」は条文から削除されみどりも青ざめるのだ。
resiliency
マルティチュードがオレンジ一色でなければならないなどと誰が決めたのか。マルティチュードとは、”!!”マークを多用した断続するひとりぼっちの文体であるのに。酵母の死骸を見せられているようなものだ!! それではコンビニの至酔飲料と同じだ 発酵中のマルティチュードを掬え
堺 十三
演出家と編集者は残された唯一のすきま産業です。
表現の責任を負うことなく、表現のゼロ地点への夜逃げを請け負います。選挙で変動が起きたと言えばそこだ。
だから左右線対象の顔勢は表現と演出を同時に行う。
表現手段を持たずに参入するとゴロになる。そして今やゴロしか機能しない道行きとなった。
噛み癖のあるペットの飼い主の愛のねじれ解消
堺に来ている
不機嫌なおばちゃんに味があると思って接していたら最後までだうだうだうと不機嫌だった、みたいな
呉須と藁灰釉の土物みたいな冷房とレイコーとおばちゃん
満月的な区切りと徴兵拒否という自殺願望が明滅しあっている
久しぶりに酵母の死んだ酒を呑んでいるからだろう
酵母の死んだ酒はすべて憂国と名付けられ
それにしてもでかい月だねのどか君
洋平君の”age”の”ヂ”の発音は正しかった。 そういうことなんだ 世代の理解とは 畢竟
ダンス公演「見舞」ってどう?
蝉増えてジミンジミンジミンジンミン
つけびしてジミンジミンに田舎者
雛形の後に原型が流れた ラジオ
通りすぎるこの山間の町に生まれたんだぜI were
結局どうするの?と思いながら雲と山の写真が撮れなくなっている。
走馬灯もアーカイブ化が完了したのだ。
ライトを消し忘れた車たちが追い抜いてゆく
書道甲子園とは空に発ガン性の煙を吐く煙突の筆で青春と書くこと
魔法の粉は無かった 棺の無いまま拡散するのは僕ではなかった 再臨世界は爆発だ
淡々と選挙に行こうが行かないで騒ごうが バラを植えようが太郎や共産を貶そうが風邪に気を付けて葛根湯を飲もうが心筋梗塞後のリハビリ中風呂前にビール四本飲もうが カーレースや恋をしようが軍務を全うしようが脱走して家に戻ろうが 平然と同じ爆発が漏れかっこいい夏を包む
最後の政府が自民で良かった
最後まで人の所為にして死ねる
十三にも気の弱いおっちゃんは居てはったし
殺されるほうが何かと楽や
いてこましたるわと言われればやられてこましたるわと答える
飯が天です、というキムジハの一節を絶叫した大造は、ならば喰いたいものは土、 石、鉄、と付け加えた
私たちが元気だったのは稽古場の立地にそんな町工場的な幻想が残っていたからだ
その後「元気だった頃」という曲を作って NHKで一回だけ演奏した。演奏できたのは過去形の元気が無害だったからだろう。
おむつを持ってトイレに入ったがペーパー1 ロール使って自滅していた
漏れかっこいい
ずっと四つ足の十字の割高台を削り出していたんだけど、最近は原発マークの三つ足 になってしまった。
中央線の一人暮らしが使ってくれればと思って器を作ってきたけど、コンビニには食べられるものがない。全滅だ。
亀之助茶碗。餓死自殺のための器は。
演説がラップに変わったように 話は切れ目なく祈りに変わった だからその裾野の歌は光に変われ
JJCale死んだぜ三谷
気がつくと石棺の夢想をしていて、型枠の鉄筋とかジョイントをどうするかとかコンクリ流し込みの方法について考えている。 最終的にはそこが小富士になるのだ。
天山は人造の山だ。天辺に神社があり航空写真で見ると前方後円の地形を辿れる。飛び地のような玄武岩風化物のみで出来た自然の山などない。地層のない山などないのだ。石棺の小富士のように。
ぼたぼたとフクシマに生コンが落ちる 昭和よボタ山の寓意に目覚めよ
石灰岩層は肩凝りがない体質だと言い張る男のようだ。かれには地層がない。
ダイムストアとライムストーン・ミステリー 水養生の終わり ブルーシートの存立平面田の汚染はショッキング・ピンクのフジツボの形をしている
マーチという墓場。 墓場でマーチ、ではないのだ。
コンクリの小富士の周りで君が代行進曲を流せ
遠くから見る四国のエステル
「最後の美に殉じよ」
サイケって「資本主義と分裂症」以降死語だと思っていたけど、1920年代に対応する1960年代の解答だった。即ち「瞬間に倫理はない」。2010年代のサイケは、きみたち、心して聞きなさい。「最後の美に殉じよ」。
にいにいぜみさまあ
風立ちぬ
人は過ぎ去り行く自分の世代の中で生きるものでありその幸福も葛藤も最期の美の拠り所もそれに規定されてゆく
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箱なし男
朝のベッドに知られている
わたしに鳥が鳴き止む
灌がれる悪戯さえ塞き止められて
反芻する未遂の船出
思わず今日に漕ぎ着く