tori kudo

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4.11大木裕之展のためのテキスト

きっかけは何かあると二人セットで呼んでくれようとする小金井・倉敷・京都の久美子さんだが知巳さんの当時のPC画面からはみ出るhugeピクセルの切ない写真にはそれ以前にアートランドの「夜稲派メルトダウン」の頃トリ公で会えていたんだった。中也記念館の出したオムニバスDVDで喋りながら撮っていたのでイシキするようになり最初はジジェクの話をし、絵はエスキスと思えばステキな線だと思った。博多〜小倉では冴子さんのところで撮り合いっこしたり博多映画Last Cityに英章さんと音を付けたりもした。東京では原宿VACANTの「ネオハイブリッド宣言」にマヘルを呼んでくれた。二十世紀最大のサウンドアートたる春の祭典の百年後をシチュアシオニストのつまんなきゃいいんだろという態度でズブズブと思っていた高知県美からピアノを禁止されながらもやり遂げ、打ち上げではパリでもやろうと話したがそういう時は大体伊勢雄さんも居るのだった。塩江では最期と思って弾こうとしたピアノをパンで邪魔されたし正人さんを非道にも虎刈りにしたのでやめろと言うと拗ねた。名江さんのところで展示していると机の下に寝転んでいたし志津恵さんのところで演奏していると階段の登り口に寝転んでいた。にこみちゃんや陽二郎さんの店や十月にいたりするという話だったんだ。

 

4.11 中也アクション1から抜粋された大木さんの声がループされている。

頭にgo proを付けてzoⅢギターも持って会場内を彷徨く。映像はプロジェクターによって壁に投射される

大木さんのアクションと僕のアクションがテトラの時みたいに混ざり合う

撮られる側の憂鬱と撮る側のファシズムが交差する

 

profile

1958生まれなのでそれ以前の生まれの人とはさんざ死別してきた。間さんとか阿部さんとかアダムとかね。さいきんは歳下のpassed awayが増えた。そうやって死ぬ準備ができていた人やできてなかった人のための追悼のマーチばかり演奏してきた。どちらでもおなじことだ。3拍目が遅延して聞こえたのが人生最大の発見だった。あとは家でcremated bowlを作っている。骨灰で、窯変して、テラってするんだ。

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