tori kudo

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tori kudo’s meltdoown

tori kudo’s meltdown
02/07/2012@showboat

 

ワイアットのキュレーションに戻って話を進めなければならない。東(玲子)の指摘によって、2001年のロイヤル・フェスティバル・ホールでのmeltdownの思い違いがくっきりしてきた。 
ワイアットはホームレスや移民のバンドを集めて興行を打った訳ではない。アラブ‐イスラエルのシンガーやジャグバンドは出たが、ギルモアが目玉としてあり、コステロやウィレム・パーカー、テリー・ライリー、マックス・ローチまで出ている。

ぼくは例によって、誤読と深読みによってとんでもない辺境に来てしまったようだ。数えたら19人の参加者とやりとりしている。映画のように声によって進んでいく原発事故後の物語を夢想してしまったのだ。

最初は、これはぼくのmeltdownだというオチがついていた。だがこれはマヘルのmeltdownだという気がしてきた。全体が、マヘルの出ないマヘルなのだ。

被害者はリアルなことは語れない。語れないということさえ語れない。そして語れないということさえ語れないということさえ語れないのか、それがテーマとして浮上してきた。

ここでぼくが思い出すのはピーター・アイヴァースの、ウエスト・コーストのケーブルTVで持っていた音楽番組である。ミツバチのコスチュームでブンブン叫ぶだけの、honey beeという女の子三人組のバンドが出てきた時、ホスト役のアイヴァースは心底嬉しそうだった。ぼくもああいう紹介をしてみたいと思っていたんだった。クリス君、そんなにRTするなら見に来てよ。番組の最後にアイヴァースが歌ってシメるんだけど、それは堂にいったもので、あんなひりひりするようなワン・コード・ワンダーはアンソニー・ムーアくらいしか比較するものがない。

ブッキング担当の台信さんが居なくなったshowboatは今回ぼくに企画を丸投げしてしまった訳だけど、こういうのはほんとうはライブハウスが企画するべきことだ。ライブハウスってなんだろう、というと思い出すのはルーリードが最後にlittle sisterを歌った映画だ。あるライブハウスが閉店することになり、企画の女の子は最後にいまだかつてないライブをしようと意気込んで、ルーリード役のルーリードとしか言えないルーリードに電話すると、ルーリードを演じるルーリードは、ベルリンのジャケみたいな, 煙のただよういかにもな退廃的なベルベットでしつらえた部屋で女の子に囲まれながら電話に出て、出演を承諾して車で出かけるが道に迷う。コンサートは始まり、マディー・ウォータース役の老ブルースマンが「Hoochie Coochie Man」を歌い終わると、檻が運ばれて来て、鎖で繋がれたパンクスが解き放たれて同じ曲を歌い、老ブルースマンは「ここに真のブルースを見た」などと述懐する。時間が凍結しているヒッピー役のドアーズのジョン・デンスモアは、店に来るなり「1969年あけましておめでとう」と言う。最後に遅れて到着したルーリードが、企画の女の子と犬しか居なくなった会場でlittle sisterを歌い、犬だけ拍手して終わる。最後の、ルーを見てるその企画の女の子の笑顔が何とも言えずいいんだ。だからライブハウスって、ほんとはそういうもんだと思う。ブッキングマネージャーは小田さんていうんだけど、見てるかな。

 

出演者紹介1 東は古い知り合いで、98年のジョン・ピールのメルトダウンにも出てるし、ぼくが首を吊ろうとしてた時2万円くれたこともある。原発事故に関連した声、というとまず石川雷太の呪詛のような反原発ノイズを思い浮かべるけれど、同じノイズ系でも、結局東が「光の・・」以降独自に行ってきた朗読の試みの最新部分で、目覚めさせられたウランになりきって呻いているヴォーカリゼーションが、一人で生きている女性の表現として優れていると思い誘うことにした。

 

出演者紹介2 小川君や橋本君がやっていた札幌のサーフィンズは、その場で歌を作ろうとするけどできない、という困難なコンセプトのバンドだった。この前高円寺のカラオケでマヘルのライブをしたら客は一人で、それが橋本君だった。彼にマイクを渡したらラップを披露してくれて、それがとても良かったので7月2日の話をしたら、サーフィンズの話になり、小川君は今東京に出てきているから誘ったら喜びますよ、と橋本君が言うので、本当にその場で歌を作るなら呼ぶ、とtwitterで連絡してみると、「橋本君が何を伝えたかは分かりませんが、今後何かがあるのなら万全の体勢で伺いたいと思います。おかげさまで、札幌から上京して墨田区在住3年目になりました。歌は、36年間生きてきて、作れた事は全く無いです。」という骨太なDMが来たので、安心して頼もうと思った。プロフィールは小川直人、墨田区在住工員、ということにしてください、ということだった。サーフィンズはもう解散しているみたいなので、どんな形態かわからないけれど、橋本君のフリースタイルがとても良かったので、その場で歌を作ろうとして出来ない、というのを一歩進めて、もし小川君さえよければ、橋本君と二人で、何が見えているかをはっきりさせてほしいと願っています。

 

出演者紹介3 バトミントン選手の福田君は不安障害と双極性障害を抱えてしょっちゅう死にたいと電話をかけてくるけれど、バトミントンではトップクラスのプレーヤーなので、瞬発力が凄くて、不失者のベースにぴったりだと思う。彼とはよく二人でギターをラケットにしてバトミントンをしたり、マヘルでは空気を切る素振りの音だけで参加したりしてもらっていた。今回は久保田君と三人でやる。三人ともギターで、それぞれが入れ替わりつつドラム、ベース、ギターのつもりで演奏する。
久保田君は京都の、サイケで分析的な人格者で、酔ってさえいなければ割礼より真面目に演奏できるかもしれない。

 

出演者紹介4 外人居留者の声、ということで探していたら、岐阜の日系ブラジル人のコミュニティーからラッパーを何人か紹介してもらえて、最終的にブルーノがやることになった。ブル-ノ(BRU)はBCCというクルーの一員で「日系兄弟」というユニットの兄の方。いまブラジルに居る弟はARCと言う。同じような顔なので動画見るときなどに参考にしてください。動画はWHOLE NINE TVで検索すると紹介されていて、ARCのソロもある。甲府の「サウダージ」では田我流がブラジル人ラッパーを刺してしまうけれど、岐阜では日系兄弟がシーンを引っ張っているのだった。母国語ではないのに、言葉がこんなになめらかにするすると出てくるというのはどういうことなのか、確かめに来てほしい。本番ではブラジルからスカイプで弟も参加できるようにする、という案が浮上しているけれど、田舎で仕事しているので電波が届くところに居られるかわからない。せめてブラジルの景色でも映してみたい。

 

不参加者紹介1 A君 脳みそが溶ける音はリアルと分かっているが録音できない、一番の見所はGRIMのTシャツを着て微笑んでる小川君である、とコメント
人を呼んで企画をすると逆に自分がよく見えてくる。ぼくの企画は本当は企画ではなくて、当日までの過程を見せる一連の演劇のようなものなのだ。

 

この企画は、3.11以降の映画として「ヒミズ」と「この空の花」を比較するところから始まっている。前者は3.11の被害とDVの苦しみを同列に置くことで、後者は原発事故に至る戦争の歴史性の中に花火を置いてみせることでいのちを全体の状況に結びつけて現前化させ、見えているものと見えていないものはそれぞれ異なっているが、ともかくも原発事故以降のリアルを捉えようとしていた。
「この空の花」の中では、空襲で死んだ子の声が聞こえているか、というテーマが繰り返されていて、そのことを考えているうちに、マヘルで前回やった、「墓川雪夫のロック史」というコンサートの反省点が浮かび上がってきた。
前回の「ロック史」は、事故で障害者になったロックの、当たり前と思っていた動きが出来なくなるという、いわば引き算による演奏だった。ロックから重力を、右左を、数を、空気を抜いてみたのだ。
それはそれで成功したとは思うが、「この空の花」が長岡市の花火を江戸末期からの戦争状態の日本の歴史の中に置いたように、ぼくらはロックを花火の代わりに原発事故に至る歴史性の中に置かねばならなかった、ということなのではないか、と思ったのだ。
具体的に言うと、鈴木さんは体をぐるぐる巻きにされてギターを演奏しなければならず、血豆を作っていたが、翌日彼女の指を見た時に、それが皆に伝わる仕組みが欠けていたのではないか、と思ったのだ。
マヘルの人たちは田尾君とのシナリオ作成には関与せず、当日ぎりぎりに集合して、架空のロック史のために縛られたり飛んだり息を止めたりしながら演奏してくれたのだが、自分たちの歴史性とリンクする部分が与えられておらず、それがないがためにリアルなものに触れられなかった。
だから今回は準備段階から原発事故に至る歴史性を共有しよう。そうするとやっと鈴木さんの血豆が見えてくるかもしれない。それで、当初はやらないつもりだったマヘルの個々の人たちにも、個人として参加するように呼びかけることにした。

 

それでいくつかのまとまりを考えた。 
1 原発事故に関するリアルな声

2 ホームレスや避難民としての生活者のリアルな声

3 外人居留者のリアルな声

4 DV、モラハラ被害者その他の人前で話しにくい人々の言葉

5 それと同一平面上に立とうとする音

6 それぞれのセクションと観客とのインタラクティブな領域

参加する人は、このうちのどれかについて自分にできることはないか、ということを考え, だれかの声を連れてこなくてはならない。

客席や録音による声を含むそれぞれの話し手のリアルはカメラワークのようなミキサーの使い方次第で表現になるはずだと思った。終わって、一本の映画を観たような気にさせたかった。

 

いまや自分の中の背の人が腹の人を溺れさせようとしていた。
興奮すると、体は逃走か逃避かに備えることになる。背側迷走神経はフリーズと関係する一方、腹側迷走神経システムは絆、愛着、霊性を活性化させる。
だから「鳥肌立った」というフレーズは使ってはいけない。あれは判断停止しているのだ。ナチの集会のワーグナーであろうと左翼の集会のインターであろうと同じことだ。

 

聞こえている、見えている、という状態に至るにはソマティックなグラウンディングがなされていなければならない。
そうじゃないと、いつの間にか背の人が勝って、人を駒のように使って、見世物にし、晒す、といった企画になってしまう。
それで最初に戻り、ワイアットがホームレスを呼んだかのような思い込みを検証するところから始めたというわけだった。彼の弁は、自分が聞きたいから呼んだだけ、といかにもイギリス人的な自然さに終始している。 そしてmeltdownは興行的にも成功しているフェスなのである。

 

マヘルの出だしは、大袈裟に言えば、スターリン批判以降の組織論から内ゲバに至る政治性へのロックからの総括にあった。出,出,出,出,出,出,出だしの失敗から始まった歌、というわけだ。

 

削減対象に含まれているので 自分は みな死ねばいいのに とも思う  花嫁衣装を着けた雨の夜の中の 丼 ヒーローものみたいな 舌   山道は下顎のようだ 滅びますよと教絵多のじゃ

 

参加者紹介1補足 Reiko.Aさん 「Aurora」でjは、ウランが無理矢理目覚めさせられる時の「眩しくて」というイントネーションが変な横浜弁ぽくて好き。 本番では、ウラン以外のキャラでもいいの、というので、米野菜でもなんでも、とリプライ

 

不?参加者紹介3 物良原さん 「 “講演会や討論会ではない” ということを、どう解釈?すれば良いか が解らなくて……」とコメント

 

参加者紹介2 補足 はしもとうさこさん 「リハーサルの時間が早めにわかれば助かります」と仕事の調整を匂わせるコメント

 

参加者紹介3 補足 福田真也さん。昨日の彼の生死を分かつ悩みは「ドイツとフランスではどっちがいいですか」というものだった。道後のライブで忙しく電話に出れなくて放置していたが、寝る前にドイツ語で呟いたら Deutschland ist besser. と勝手に深読みしたらしい。それはきみが決めることだよ福田君。

 

不参加者紹介4 A’さん 「近づくと窓から川は見えず 川には水は無く 縫い合されず端切れの端切れの千切れになった糸のような斜視で遠くから見ている 穴をとじて それぐらいで子どもが飢えることは無い」というコメントを留守電に録音

 

不参加者紹介5 A”さん 「東京という土地は私の中では無くなってしまいました。 私は2011年3月15日に東京から大阪に逃げてきました。自分の世界の中では、原発事故は起こるべくして起こり、それとリンクした自分の絶望の弾性限界点が3/11でした。
避難民とは言っても、私には東京に置き去りにした生活はありませんが、もやもやした頃の自分の想念の切れ端が残っているような気がして、それが放射性物質の形をとって放射線を出し続けているようなイメージとなっていて、足を踏み入れられないと思っています。
東京に憧れや期待を抱いた自分ごと、東京の地を捨て去りました。脳内地図から消えていきました。 だから無くなってしまったわけです。」 というコメントを録音

 

参加者紹介5 羽根田亜紀さんはブログの呼びかけ文に反応してメールボックスに連絡をくれた唯一の人で、ユーフォニウムを始めたばかりということなので、楽しみにしています。punkchillという女性3人のバンドでドラムをやっていたそうです。

 

参加者紹介6 羽根田さんが反原発デモのドラム隊を通して知り合ったのが原田淳子さんです。原田さんは呼びかけ文の野宿者の声というところを理解して、246表現者会議の小野てつオさんに声をかけてくれました。当日小野さんが来られるかどうかはわかりませんが、彼との対話を通して残ったものが彼女の声に反映されている筈です。いろんな活動をされていて、メールが来るとしたらいつも明け方なので、ぼくは密かにアンポの頃の活動家に戻った気分で「午前5時のローザ」と呼んでいます。

 

参加者紹介7 鈴木美紀子さんは「内なるモラルハラスメントと原発事故その後 で短めにまとめてみます」とさらっとコメント。そんなこと晒して大丈夫なのか鈴木さん。

 

参加者紹介3 補足 久保田健司さん「自分は3.11や原発について他の人とは全然違う意見なんですけどそれでもいいんですか」とコメント。「実は僕も本当の本当は全然違うんですよ」と返答。二人で勝手に得心。

 

どうか囮に使ってください

 

参加者紹介4 補足 Brunoの話。 知らねー 五歳の時日本に来た。理由は親が金を作るためだった。その頃親は大理石を加工する仕事をしていた。今は岐阜県大垣市寿町にある吉田ハムの社宅に住んでいる。吉田ハムはブラジル人がたくさん働いていたから親はそこに勤めだした。だけど今、ブラジル人は殆ど居ない。不景気で、ブラジル人は殆ど解雇されてしまった。まだ親は残っている。16歳でマイクを持つ。同級生のゆーまとラップを始めた。もともとスケボーが好きだったことと、ゆーまの兄がhiphopを聴いていて影響された。ある日、ある日というのは廃品回収の日、ゆーまの兄がマスターPのビデオを見せてくれた。”アットインスモークツアー”というビデオだった。それを見て日本は狭いと思った。日本じゃなくて自分のことかもしれないけど。 中学の時、二ヶ月だけブラジルに戻ったことがある。その時初めてブラジルへの想いが膨らんだ。(この話をしてる最中、急にラップし始めた。逢いたいアンテナ張ってたい、なんたらかんたら~、早くてメモれなかった。録音したかった。) 今はブラジルを追いかけている。ブラジルを知りたい。 (言葉がスラスラでてくることについて) ジョーク。ユーモア。 “じゃーねーまたねーバイバーイさよならー”、なんて言葉があるとすると、ブラジルでは最後に 神と共に という言葉がつく。+αの言葉がスラングのようにひっついてくる。しゃべっとって、なにも気にせずな感じ、言葉の意味なんてのは幅が広い。 それらはジョークでありユーモアだということ。広く言って、まとまってないとも言える。 イベントにいろんな人がくるみたいで面白い。抱えてるから強いとか弱いんかとかはよく分からんけど、なんか破壊して立て直すのか。ラップやってることについて言えば、金になればいいし、でもそれだけの為ではない、好きなことだし。「てゆーか、知らねーよ。 あ、うん が合う奴らとやっとる。

 

参加者紹介6 補足 原田淳子さんはグリムとか昔話の研究家で、それをギターで弾き語りたいそうです。今回はまだ考え中。以下は原田さんとは関係ありません。 
本当は怖くないグリム童話 「灰かぶり」
父が死にました。母は原爆を禁止しました。それに違反して灰かぶりは原発を作りました。母はそれを探り出し灰かぶりの原発を探そうとしました。灰かぶりが原発と一緒に居ることが母に漏れました。母は策略を用いてタイコで灰かぶりを誘き寄せました。灰かぶりはそれと知らずタイコで心ならずも母を幇助しました。母はタイコに毒を盛って原発を殺しました。灰かぶりは欠けた原発を手に入れたいと思い、出立しました。手は淳子を試して声を連れて来たら呪具をあげようと言いました。灰かぶりは連れて来ましょうと言いました。灰かぶりは声を手に入れました。灰かぶりは山梨国に案内されました。灰かぶりが母と戦いました。灰かぶりが勝利しました。母が敗北しました。原発は実は生きていました。灰かぶりは家に帰ろうとしました。灰かぶりは追跡されました。灰かぶりは追跡から救われました。灰かぶりは気づかれずに家に到着しました。にせ灰かぶりが原発に不当な要求をしました。灰かぶりに難題が課せられました。灰かぶりは難題を解消しました。灰かぶりは認知されました。にせ灰かぶりは母だったと露見しました。灰かぶりはきれいな黒い原発姫になりました。母が罰せられました。灰かぶりは白い原発王子と結婚し、黒い原発姫として即位しいつまでも幸せに戦いました。

 

参加者紹介8 小川てつオさんはリアルな声はその場で出るものなのか。出ないことがほとんどだし、そもそも出すべきなのか。出すぎて困ることもあるし、と逡巡していましたが、演奏者と同時というわけではない、ということを理解して、本当に出てくれることになりました。

 

不参加者紹介4 捕捉 A’さんというか下司愛さん 録音だけでなく重さ7キロの絵を送ってくださることになりました。坂口恭平の「態度経済」だそうです。

参加者紹介4 補足 日系兄弟の音源を前もって聴きたい人は連絡くれればこっそりデータ送ってあげます。

Brunoはサウダージ見てないそうだ

 

3.11以降、「見えているか」、という問いかけは既に無効になった。
「この空の花」の、「見えている」と断言する花という巫女的な配役はスクリプト上必要だっただけなのに、そのことに意識が向きすぎていると、「見えていなければならない」というスローガンは同じ反原発の仲間内の学芸会になってしまう。ベクトルは逆でなければならなかったのだ。
既に見えている見えない汚染の現実の中で、「再稼働反対」のシュプレヒコールさえ聞けないほどダメージを負ったひとりぼっちの被害者たちの声は抽象化され到達すべき対象ではなく、既に見えすぎるほど見えている。追うどころではない。向こうから迫ってくるのだ。
「この空の花」がわざと学芸会を使って、声を役者に演じさせることのリアルの薄め具合こそ学ばなければならないポイントだったのだ。リアルな声をshowboatで聞くことなど出来ない。そこから始めるためには、たとえば全員が仮面を被るべきなのだ。
企画が目的化してはいけない。なぶり殺しの雨に企画されている現実を生息しているに過ぎない。

 

showboaには3時から入れるそうです。スナック・メルトダウンでは話者のために店の酒を使った水割りのみが提供されます。うさこさんは元ホームレスとニートの若者を連れてくるそうです。

 

今ごろになってスティーブンとカトリーナのEverybody Is a Star

 

モラハラ企画者は出演者を取り込み、自分の一部にしようとする。
ここまで来ると編集工学というのも嘘だと分かる。テーマは「企画とは何か」ではなく「企画の剥きだし」でなければならない。
言ってみれば乖離人格の症例と後期資本主義の可塑的な花火玉の不可避の爆発
天命を尽くして人事を待つ。あとはフィードバックだな

 

見に来るという人のコメント1 いろんな声があって、それぞれ切実なんだと思っています。ので、先入観なしに、どんな声も聞くこと。が、私はわりと得意だと思うし今大事だと思うことです。自分の意見を押し付けない、とか。
表現しよう、としなくても、聞くことは考えることだし、自分の中にとか、そこから外へと、湧き出てくることがあるでしょう、といいなぁ。あとは、素直さとか、思いやりとか、想像力、よく生きようって思うことだけが希望だとおもいます。
チェルフィッチュの現在地という芝居はある現象についての意見の相違によりすれ違い分かたれていく人たちの模様を女性のみのキャストで声ですすめていくような内容でした。一番冷静で現実的だった人が友達を作ろうと外に出はじめた引きこもりの女性を殺すシーンがあったり、寓話っぽい。最後は二つに分かたれた人たちが、それぞれにお互いは死んだものとして暮らしてゆく、という結末で、ぼんやりしてしまいたが、そういう風に切り捨てることも出来ずにいるのが現在っぽい。境界を超えることができればいいのだろうけど。

 

皮算用1 東とかのノイズ村の集いは外人とか居て一見華やかだが、ハコを借りる費用を賄うだけで、ギャラは通常発生しない。中原君が怒ったのもそこらへんで、だから、ノイズ系の客は2,3人しか期待できない。

皮算用2 小川てつオさんは一人で来るだろうし、素人の乱や246表現会議がその夜行くとしたら新宿アルタ前の大熊たちの反原発イベントであろう。だからこれも来ても1,2人であろう。

皮算用3 モラハラ被害者は、啓蒙イベントではないし、語ることも絶対にできないのだからおおっぴらには来ないだろう。

皮算用4 サーフィンズは札幌では知られているが東京では誰も知らないから来ないだろう。小川君の無善寺つながりといっても、そもそも無善寺は1000円払ってやるところなので、彼らは情宣に関しては無欲であろう。

皮算用5 福田君は無善寺でやったことはあるけれど、誰も知らないだろうし、久保田君も京都なので東京では向井くらいしか知り合いは居ないので、呼ぼうにも声をかける人さえ居ないだろう。

皮算用6 羽根田さんは誘うとしてもドラム隊とかの演奏者だろうし、原田さんは小川さんを呼んだ時点で「もうやらなくてもいいかも」とか言ってるので、路地と人関係は来る人はいないだろう。

皮算用7 マヘル系は鈴木さんがやると言っているけど、鈴木さんのファンにかけるしかないが、毎晩のようにどこかでやっているのでわざわざ来る人がいるとは思えない。

皮算用8 Brunoは東京でやるというので地元では盛り上がっているかもしれないけど、企画が東京のヒップホップ界と接点がないから、誰も気づかないだろう。

結論。showboatの告知は一回きりで、RTもされてない。だから客はせいぜい10人とみた。帰りの旅費は出ないだろう。そしたら小川てつオさんに弟子入りするしかない。ごみ箱漁るのは慣れてるからいいけど。

だからこれを見ているきみ、ぼくも演奏するし、頼まれればオザケンの真似でも灰野さんがぱみゅぱみゅやってる真似でもなんでもしたげるから、知り合いに宣伝して呉れ。7日のネストもいいけど、こっちのほうが根本的にマヘルだから。

今日の情宣終わり。

 

なんかもう捨て身の情宣梅雨の夜

 

勘だけで生きる女たちは猫のように置かれた場所に対しては実存的に絶対に正しくリアルである。問題は彼女らが投げ出され、置かれた場所だ。
それが闇市であるのか、難民キャンプであるのか、津波の被災地であるのか、汚染区域であるのか、はたまた都内であるのかによってその処世と心象のリーズンは異なる。後期資本主義の世界の拠り所であったリアル信仰が崩れるのは見えない汚染区域においてである。
音楽のリアルは追及すべき目標ではなくなった。なぜならリアルは性に結びつきこそすれもはや生と結びつかなくなったからだ。男は女を通してしか学べない存在であるから、3.11以降は男は千万語を費やしてもリアルに到達できなくなったのである。
汚染区域の農家の実存と、その農産物の出荷をオウム的なテロに等しいと断じる反原発論者の男の義には永遠に接点がない。それらを止揚する弁証法が機能しなくなった、破滅した地にわれわれはいまや住んでいるのである。
避難区域の農家のルポルタージュである「超自然の大地」というドキュメンタリーのタイトルは、「超」というものに縋るしかない構造を露呈している。もはや神頼みなのである。
しかしその「超」の意思に対する女のリアルがウランに歪められていることが、ウランのデザイン論としての真のグノーシスから地を遠ざけているのだ。その構造はナチズムに似ている。音楽はいまはひたすら哀歌を奏でよ。
モントリオールのゴッドスピードユーが lamentを題材にしたのもそのような心情からであったと今は思われる。

 

what’s going on in your mind?

アルジェリア人とエジプト人のハーフの男がfacebookでメッセージを寄こした。マヘルのRVRMを手に入れ、革命の始まった去年の1月25日の朝も、それを聴いてから街に繰り出したのだ、と言う。
89年の「ベルベット革命」のplastic people in the universeの連中にルーリードが呼ばれて感動する逸話のようには喜べなかった。その後のプラハのホームレスの子供たちを知っているからだ。
「ジャスミン」の飛び火である「スイレン」はGoogleの幹部がfacebookで仕掛けて、twitter、youtbeを使ってエジプト人を変化させたが、300人以上が死んで、今年の6月にやっと旧ムバラク派も交えて総選挙が行われた程度である。
SNSで意識は変わるかもしれないが、去年のスペインを初めとして、世界中で事態は良くなっているわけではない。それは終わりが始まるということだ。
それらの「花々」と比べて、「アジサイ」は失業がスローガンになっていない点で特異である。「スイレン」は死者から始まり、死者を生んだ。「花々」のきっかけは釜ヶ崎や山谷の暴動のほうに近い。
花の名前を冠するなら、少数であっても死者を生むかもしれないという不吉な不安と闘わなくてはならない。それを阻止しようとすればスタッフの仕事量は限界を超えることになる。
ただもはや「平時」は存在しない。安保は結局「平時」であった。「平時」であれば、横目でみながら平行に歩く美学的な仕事が逆説的に残っていったりもすることをわれわれは知っているが、そうしたディレッタントは原発事故以後不可能になっている。
例えば「ウランが美しい」というような耽美派の言い方は、悪いジョークにしか聞こえないだろう。自殺志願者でさえ車が来れば避けるからだ。切迫は、官邸に向けられているというより、自身のビオスに向けられている。
それを他者も含めたゾーエーに昇華させられるかが鍵だ。メルヒェンのアノニマスを呼び覚ます前奏こそがスタッフには求められているのだ、と思った。

 

 

tori kudo’s meltdown

マイク一本が常にスナックに見立てた客席に置かれている。出演者はなるべくそこに陣取っているが、一般の観客も加わりやすい雰囲気にする。そこでは店からの持ち出しによる水割りが提供される。そこでの話は全プログラムを通してスピーカーから出し入れされる。
照明は真っ暗な状態を1とし、最大に明るい状態を5として記述します。

 

ステージの照明は1

19:00-19:10

DVDの映像をプロジェクターで投影
開始と共に照明はステージ3客席2
「ブギーバック」のカラオケ

 

19:10-19:30 照明はステージ3客席1
Reiko.A
原発事故に関連したボーカリゼーション
マイク1にリヴァーブをかませる

 

19:30-19:40
照明はステージ3客席2
再稼働反対のシュプレヒコールの録音物と下司愛録音物(ノートpcのヘッドフォン端子からPAに繋いで音だけ出す)に乗せた語り
「近づくと窓から川は見えず 川には水は無く 縫い合されず端切れの端切れの千切れになった糸のような斜視で遠くから見ている 穴をとじて それぐらいで子どもが飢えることは無い」 

同時に前島ももこホームレス関連映像をプロジェクターで投影

 

19:40-20:00 照明ステージ4、客席3
原田淳子
アコギによる導入
連続して小川てつオ
歩き回る
野宿者についてのトーク

 

20:00-20:15 照明ステージ3客席2
工藤
アカシアのカラオケ(テキストは被災地の農家やDV被害者のリアルな声の紹介が出来ないということについて)、その後小関千恵による映画「隣る人」からの話とBrunoの紹介(サウダージのこと)
DVDの映像をプロジェクターで投影

 

20:15-20:35 照明ステージ3客席1
Bruno
持ち込みのCDの音をPAから出す
スカイプによる映像をプロジェクターで流す予定だったが、未定
接続の端子は彼らが持ってこなくてはならないと言ってある

 

20:35-20:55 照明ステージ3客席2
福田真也+久保田健司+工藤
原発、ホームレス、外人居留者、に関する声を聞いたあとの返答としての即興演奏で、三人共ギターだが仮想のドラム、ベース、ギターの役割を受け持ち、それを随時入れ替えながら演奏する方式。

 

20:55-21:05 照明ステージ3客席2
工藤
AKBのカラオケ(テキストは背骨の人と腹の人のこと、迷走神経)と小川、橋本の紹介
プロジェクターで映像を流す

 

21:05-21:25 照明ステージ3客席2
小川直人+橋本うさこ
シンセとボーカル

 

21:25-21:40 照明ステージ3客席2
工藤
キャリーぱみゅぱみゅのカラオケ(テキストはマヘルの組織論について)と鈴木美紀子、大谷直樹他の話、観客からのフィードバック(ミキサーは客席のマイクからの音をなるべく拾うようにする)
プロジェクターによる映像

 

21:40-22:00 照明ステージ4客席2
羽根田亜紀++澁谷浩次+工藤+αによるopen field、他

照明は最後は照明ステージ2客席3

おしまい

*****************

参加者

工藤冬里  進行、ギター
原田淳子  アコギ
小川てつオ 話
Brunoほか岐阜から数人 ボーカル、
小関千恵  話、スナックのカウンター
福田真也  ギター
久保田健司 ギター
小川直人  シンセ
橋本うさこ ボーカル
羽根田亜紀 ユーフォニウム
渋谷浩次  ベース
大谷直樹  トランペット、話 
鈴木美紀子 ギター、話
前島ももこ 映像、プロジェクター操作、物販(tweetをまとめたもの)
玉柳輝起  ミキサー、エンジニア

不在参加 
下司愛 声、絵画
坂本愛子 声(未定)